(どうして黙々と食べているわけ? 別に、一口ごとに感想とか褒め言葉を言えと言ってるわけじゃないんだけど) がっついているとは言えないが、勢いが衰えないまま無言で食べ進める秀明に、美子は当初苛立ったものの、このままだと全部食べられてしまいかねないと思い返して、自身も食べる事に専念した。 しかし半分ほど食べた所で満腹感を覚え始めた美子は、控え目に秀明に声をかける。 「あの……、多かったら、残しても構わないから」 それを聞いた秀明は、若干驚いた様な表情で口と箸の動きを止めた。 「残す? どうして?」 不思議そうにまじまじと見つめられて、美子は若干居心地悪そうに告げる。 「その……、男の人がどれ位食べるか分からなかったから、多目に作って来てしまったものだから……」 「これ位は食べる」 「そう? それなら良いんだけど」 「それより、お茶のお代わりを貰えるか?」 「あ、はい」 差し出された紙コップに慌ててお茶を注いだ美子だったが、再び平然と食べ始めた秀明と、目の前の重箱の中身を交互に眺めて、途方に暮れた。 (本当にこれ全部食べられるの? 私、もう無理なんだけど) しかしそんな美子の懸念など、秀明はものの見事に吹き飛ばした。 「御馳走様でした」 「お粗末様でした」 重箱を綺麗に空にした秀明に美子が唖然としながらゴミを纏め、重箱を元通り風呂敷に包んでいると、秀明はその横でいきなり寝転がった。 「じゃあ、少し寝るから」 「え? ここで!?」 「ああ。天気も良いし」 「確かに天気は良いけど、あの……」 おろおろとしながら尚も言いかけた美子だったが、横になって片方の腕を枕代わりにして寝始めた秀明が無反応なのを見て、恐る恐る背中側から前の方に回り込んでみた。しかししっかり瞼を閉じて微動だにしない彼を見て、思わず起こさない程度の小声で呟く。 「……え? 本当に、寝ちゃった?」 そして静かに再び彼の背後に戻り、極力音を立てない様に荷物を纏めながら、美子は考え込んでしまった。 (何? そんなに眠かったの?) そこで、ある可能性に気が付く。 (ひょっとして……、居眠り運転しそうな位だったから、今日は敢えて車を使わなかったわけ?) そんな事を考えてた美子は慌てて振り返り、秀明の背中を凝視した。 (話を聞いた段階で、仕事が忙しくて疲れが溜まってるのが分かってるのなら、無理に今日出て来なくても、家で休んでれば良かったじゃない。何を考えてるのよ?) 「馬鹿じゃないの?」 思わず口を突いて出た言葉に、美子は無意識に顔を歪める。 (私が例の件で全部手配してくれた事を気にしてるから、気を楽にする為に無理して付き合ってくれたとか?) 「……そんなわけ、無いわよ」 自信無さげにそんな事を呟いてから、秀明の様子を観察していた美子だったが、全く起きる気配を見せない為、段々困惑してきた。 (でも、どうしよう。全然起きそうもないし、このまま放置して帰ろうかしら? ……そんな事、できないわよね) 一瞬冷たい事を考えたものの思い留まった美子は、色々諦めて溜め息を吐いた。 (もう良いわ。確かにお天気が良くて気持ちが良いし、一緒に寝ちゃおう) 一応何の為貴重品はポケットに入れて、美子は秀明の背中を見る様な体勢で横になり、そのまま風変わりな昼寝に突入したのだった。 そんな美子が全く知らなかった事だが、そんな二人の様子の一部始終を、少し離れた所から双眼鏡で観察していた一組の男女の間には、少し前から冷え冷えとした空気が漂っていた。 「ねえ? あんたの親友、何をやってるのか聞いても良い?」 「……寝てるかな?」 美実から白い目を向けられた淳は、とても友人を庇える雰囲気では無く正直に述べた。それに美実が盛大に噛み付く。 「『寝てるかな?』じゃあ、無いでしょうがっ!? 何なの? 馬鹿なの? デートの相手ほったらかして寝るなんて!? しかもここに着くまで、姉さんに荷物を持たせて!」 「ああ、それに関しては、俺もどうかと思うんだが……」 「江原さんがここまで無神経な人だとは思わなかったわ。もう帰る。馬鹿馬鹿しい」 「あ、おい、美実?」 プンプンしながら双眼鏡を淳に押し付けてその場を後にした美実を無理に引き止める事はせず、淳は苦笑いで見送った。そして改めて双眼鏡で件の男を眺めて、感慨深そうにひとりごちる。 「だがなぁ……、あいつ見た感じ、随分気持ち良さそうに寝てやがるんだよな……」 そうして苦笑した淳は、取り敢えず二人を観察する為に食べ損ねていた昼食をとるべく、周辺の飲食店を探しに出かけた。
コメントはまだありません