半世紀の契約
(23)腹の探り合い②

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「……本当に面識は無いの?」  探る様に言ってみたものの、それは秀明に平然と返されてしまう。 「一企業の課長職の男と代議士の秘書との間に、そうそう接点があるとは思えないが? ああ、今では“元”秘書様だったか。肩書無しでどうにかやっていけるなら甘さも抜けて、何とか実家の役に立てる人間位にはなれるだろうな」  そして面白がるようにくすくすと笑った相手に、美子は徐々に怒りを駆り立てられた。 「あなたね……。人一人の人生を狂わせておいて、他に言う事は無いわけ?」 「もっと正確に言わせて貰えれば、自業自得な勘違い間抜け野郎だったな」 「それは確かにそうかもしれないけど、もう少し言いようって物があるでしょう!?」 (駄目だわ、怒りに任せていたら、相手の思う壺よ。冷静に、冷静に)  思わずテーブルを掌で叩いてしまった為、周囲からの視線を集めてしまった事に気付いた美子は、慌てて自分自身に言い聞かせた。その上で、再度慎重に問いかける。 「もう一度聞くけど、どうして叔父のところに、あんな物を送りつけたわけ?」  すると秀明は薄笑いを完全に消し去り、真顔になって告げた。 「前々から、お前の父方に釘を刺しておきたかったのが一番の理由だが……。今回のあれこれは、強いて言えばお前が一番悪い」  それを聞いた美子は、本気で首を傾げる。 「はぁ? いきなりわけが分からない事を言わないで。どうして私に非があるのよ?」 「俺からの電話やメールをずっと着信拒否のままにしていながら、男と出歩いてヘラヘラ笑っていただろうが」 「……え?」 (確かにこの人の電話もメールも、マンションに出向いてからこの前まで着信拒否のままにしてあったけど……。ちょっと待って!)  ここで秀明が口にした事で確信した内容について、美子は盛大に非難の声を上げた。 「『男と出歩いてヘラヘラ』って、やっぱりこの前ペイントボールをぶつけて来たのは、あなた達ね!?」 「それがどうした」  その指摘にも平然と応じる秀明に、美子が徐々に目つきを険しくしながら糾弾する。 「何開き直ってるのよ! まさか八つ当たり? それだけの事で、あれだけの騒動を引き起こしたわけ?」 「事実誤認も甚だしいな。俺は親切にも周囲に知られて騒ぎになる前に、隠されていた真実を倉田議員に教えてやっただけだ。馬鹿な事をしでかしたのは、あの考え無しの恥知らず野郎だ」 「それでもあれはやりすぎでしょうが!」  すると秀明は軽く眉を上げ、不愉快そうに美子を見ながら尋ねてきた。 「あいつに密かにコケにされていたお前は、腹が立たないのか? 愛人を容認する、都合の良い女扱いされたんだぞ?」 「……はっきり言われたわけじゃないし、正直実感が無いわ」  目の前の相手から視線を逸らしながら美子が若干困り顔で本音を述べると、秀明は苛立たしげに吐き捨てた。 「これはまた随分と、お優しい事だな。血縁関係がある分、甘いのか? 俺は自分の女をお飾り人形扱いされて、何もしないで傍観している程の阿呆じゃない」  しかしその主張は、彼以上に硬質な声で美子にはねつけられる。 「私は誰の女でもないし、第一あなたとの初対面の時、私の事を面と向かって『一番凡庸だが愛人を囲っても喚き散らさない程度の世間体を保てる女』と言ったのを忘れたの? 実際にするかしないかの問題じゃ無くて、そういう目で見るってだけでも同類扱いして良いわよね?」 「…………」  言い終えた美子が鋭い視線で秀明を睨みつけると、彼も無言のまま視線を返す。  そのまま数十秒、双方一歩も引かない緊迫した睨み合いを続けてから、秀明が根負けした様に彼女から視線を逸らした。それと同時に、先程本をしまった鞄に手を伸ばし、その蓋を開けて中から黒い革製の高級そうなリングケースを取り出す。  次いで無言のまま、それをテーブルに乗せて自分の目の前に押しやった為、容易にその中身の見当が付いた美子は、僅かに顔を顰めながら問いかけた。 「何? これは。黙っていないで、ちゃんと説明したら?」  皮肉気に言われた秀明はそれを気にする事無く、再び美子に視線を合わせて、真剣な表情と口調で申し出た。 「俺と結婚してくれ」  しかしそれを聞いた美子は、軽く溜め息を吐いて応じた。 「良くできました。……と、言いたいところだけど、他の女の人はどうするの? 全然知らなかったけど、付き合っている女性とは全く別の女性と結婚するのが、最近巷で流行っているのかしら?」  秀明の言葉に微塵も感銘を受けた様子を見せず、それどころか若干呆れた様子すら見せながら美子が皮肉を返したが、秀明は気を悪くした風情は見せずに言葉を重ねた。 「この際他の女とは、全員完全に手を切る」  それを聞いた美子は、軽く溜め息を吐く。 「全員、ね。別に無理して切らなくても、構わないのよ? 私のせいで別れたと、後からグチグチ言われるのはまっぴらだし。そもそも本気で言ってるわけじゃないでしょう?」  そう言って苦笑した美子に、ここで初めて秀明が不快そうに顔を歪める。 「……俺は本気だが?」 「偶然ね。私もなの」 「…………」  ここで二人は無表情に近い状態で見詰め合ったが、先に根負けした美子が、若干疲労感を漂わせながら言い出した。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません