藤宮家で昌典と、半分深刻で半分馬鹿馬鹿しい話をした翌日。淳は気を取り直して国際電話をかけた。 予め把握していた相手のスケジュールと、時差を考えて電話した結果、ホテルのフロントを介して無事相手に繋がったが、淳が昨晩判明した内容の一部始終を語り終えると、その電話の相手である秀明は、如何にも楽しげに言葉を返してきた。 「そうか……。詳細な報告をありがとう、淳。やはり持つべきものは、気の利く友人だな」 「いっ、いや! これ位、どうって事無いがな!」 楽しげな口調ではあるが、長年の付き合い故に秀明が激怒している事を容易に察した淳は、声を若干上擦らせながら、受話器を取り落とさない様に手に力を込めた。 「しかし……、俺がたかだか三週間ちょっと日本を離れている間に、随分面白い事になっていたみたいだな。今の今まで知らなかったぞ」 落ち着いた口調ながら、それには明らかに皮肉が含まれており、淳の顔色が瞬時に変わる。 「それは……、ちょっとした認識の行き違いと不幸な勘違いが、微妙に重なり合った結果であってだな。別に意図的に隠蔽したわけでは無いから、そこの所はくれぐれも誤解の無いように」 「何を弁解がましく言ってるんだ? お前らしくない」 「……そうだな」 秀明の声音が、急に寒気を感じる物になってきた為、淳は余計な事は言わずに大人しく頷いておいた。すると秀明が、極めて事務的に問いを発する。 「ところで淳。彼女が加積の屋敷に招かれている日時は、具体的にはいつなんだ?」 「それが……、五日後の十四時なんだが……」 「そうか。分かった」 「おい、秀明?」 目の前のテーブルに置いてある秀明のスケジュール表には、彼の帰国予定が一週間先である事が記されていた。その為恐る恐る美子の予定を告げたものの素っ気なく言葉を返してきた秀明に、淳は怪訝な顔になる。しかし彼が懸念した通り、秀明は結構無茶な事を言ってきた。 「淳。折り入って、お前に頼みがある」 「何だ?」 「俺のマンションの鍵、預けっぱなしだったよな?」 「ああ、そうだが」 「因みに俺の車のキーの収納場所、分かってるよな?」 「ええと、確か……。あの書類ケースの、上から二番目の引き出しだったか?」 「そうだ。俺の帰国日時に合わせて、成田まで車を持って来て欲しい。五日後までには帰る」 「………そうか」 淡々とし過ぎている口調に、淳は「お前のスケジュールはどうするんだ」と突っ込む気力も失せて黙り込むと、秀明は何を思ったか、更に抑揚の無い口調で続けた。 「今現在、お前の事を『親友』だと思っているが、やってくれたら『心の友』にグレードアップしようと思う」 それに淳は即答した。 「持って行くが、『親友』のままで良い」 「珍しく謙虚だな」 微かに笑いを滲ませた声を発した秀明だったが、淳はこれ以上の無駄話はせずに、最低限の要求を口にした。 「飛行機のチケットを押さえたら、すぐに連絡を寄越せ。できるだけ早めに頼む」 「そっちの都合もあるだろうしな。了解した」 「それじゃあ、そっちは忙しくなるだろうから切るぞ」 「ああ、宜しく」 そして胃が痛む会話を何とか終わらせた淳は、受話器を戻して床にへたり込んだ。 「朝から疲れた……。今日はこれから高裁に行かなきゃならねえのに、一日保つのか?」 そうしてひとしきり加積と秀明に対する恨み言を口にしてから、淳はいつもより遅い時間に、自宅を出て仕事先へと向かった。
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