半世紀の契約
(12)背に腹は代えられぬ②

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「はい、あなた? どうかしたの?」 「すまないが、ちょっとこっちに来てくれ」 「お茶のお代わり?」 「そうではなくて、お前に話があるんだ。茶は良いから」 「分かったわ。ちょっと待ってて」  何事かと思いきや、同じ邸内にいる秀明からの呼び出しだった為、通話を終えた美子は、当惑しながら無意識に呟いた。 「何かしらね?」 「あ~ぅ?」  腕の中の美樹もキョトンとした顔で母親を見上げ、美子は美樹を抱っこして応接間へと向かった。 「あなた、どうかしたの?」  ドアを開けて二人が顔を見せた途端、秀明が破顔一笑し、客人二人に向かって親馬鹿っぷりを炸裂させた。 「やあ、美樹も一緒に来たか。清人、浩一、娘の美樹だ。妻と俺に似て、美人だろう?」 「……大変、お可愛らしいお嬢様で」 「……将来が楽しみですね」  しかし答えるまでに若干のタイムロスが生じた事と、両者の表情が引き攣り気味だった為に、秀明が面白く無さそうに文句を付けた。 「清人、棒読み口調じゃ無く、誉めるなら全力で誉めろ。浩一、顔が引き攣ってるぞ。二人とも失礼な奴だな」 「申し訳ありません」 「精神修行をやり直してきます」 「あなた、後輩の方を苛めないの。それで? 私に話って何?」  美子が軽く夫を窘めると、秀明は向かい側に座る二人を指差しながら、苦笑気味に彼らの来訪の理由を述べた。 「こいつらが今日、ここに来た理由なんだが……、俺が三田の加積屋敷に出入りしているのをどこからか聞きつけて、俺に仲介しろと言いやがった」  それを聞いた美子は、驚いて何度か瞬きした。 「え? 加積さんに、自分達を紹介して欲しいって事?」  それに秀明が重々しく頷く。 「平たく言えばそういう事だ。あそこは面識の無い者は電話は取り次いで貰えないし、直接押しかけても文字通り門前払いだし、出入りを許された人間でも、アポを取らないと駄目だしな」 「確かにそうね」 「だがあそこにフリーパスなのはお前で、俺はお前のオマケ扱いで出入りしているから、俺自身にはどうにもできん。お前に話を通さないと駄目だろう?」  そう確認を入れて来た秀明に頷きながらも、美子は難しい顔になった。 「それは分かるけど……。でも、どうして紹介して欲しいの? お仕事の関係? 商談とかならそんな事で一々、加積さん達を煩わせたくは無いのだけど……」  これまでにも加積との関係を嗅ぎ付けた何人かの人間が接触してきた事はあったが、その都度秀明がきっちり追い払っていた為に、美子は困惑した。それが秀明の次の言葉を聞いて、益々怪訝な表情になる。 「いや、これは完全に、こいつらのプライベートの範疇だ」 「プライベートなら、益々加積さん達に引き合わせて欲しいって言う理由が、分からないんだけど?」 「それがな? こいつら、加積氏が秘蔵している花を、一輪貰い受けたいそうだ」 「花?」 「ああ」 「一輪だけ?」 「らしいな。もっともその花は、一輪しか咲いていないらしいが」  何やら面白そうに、にやにや笑っている夫から問題の二人に視線を移すと、かなり緊張しているのかどちらも無表情になっているのを認めて、美子は再び秀明に視線を戻した。 「確かにあそこのお屋敷には、趣の異なる立派なお庭が有るけど……。珍しいお花を栽培している、温室とか有ったかしら? それにそんなに珍しいお花なら、尚更譲って頂くのは難しいと思うけど」 「さあ、そこの所は俺も知らんし、当人の交渉次第だろう。で? どうする?」  相変わらず薄笑いをしながら決断を促してきた秀明に、美子は小さく溜め息を吐いてから美樹を夫に向かって差し出した。 「わざわざこちらまで出向いて来られたし、柏木さんにはちょっとした借りがあるし、話だけはしてみましょう。あなた、その間、美樹を見ていて頂戴」  すると秀明は、満面の笑みで美樹を受け取ってあやし始める。 「分かった。美樹、ママはちょっとご用があるから、パパと遊ぼうな? ほ~ら、高い高~い」 「うきゃ~、ぱぁぱ~」 「似合わない……」 「別人……」  上機嫌の美樹をゆっくり上げ下ろししながら遊び始めた秀明を見て、反対側のソファーに座ったままの二人が信じられない物を見た様な表情で固まり、低い声で呟く。そんな男達を無視して壁際に寄った美子は、持っていた携帯のアドレスで加積邸の電話番号を選択し、早速発信した。  そして何コールかで応答があった為、いつも通り電話の向こうの相手に申し出る。 「もしもし、藤宮ですが、今加積さんか桜さんはお手すきでしょうか? ……ええ、ありがとうございます。宜しくお願いします」  そして背後から複数の視線を感じながらも、美子は無言で電話の向こうの反応を待った。 「はい、美子です。桜さんもお変わりありませんか?」  機嫌良く挨拶してきた、かなり年の離れた友人である桜と幾つかの社交辞令を交わした後、何を思ったか美子は勢い込んで滔々と語り出した。

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