半世紀の契約
(14)予想外の話②

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「そうでしょうか? 私には、分不相応なお話かと思うのですが……」 「美子ちゃんのそういう謙虚な所も、私は好きよ?」 「ありがとうございます」 (これはもう、今ここで何を言っても無駄だわ)  にこにこと笑顔を振り撒く照江に、美子はこの場で適当に誤魔化したり宥めたりするのを諦めた。するとここで、照江が幾分神妙に言い出す。 「さすがに今すぐに結婚してくれとは言わないし、喪中にも係わらず正式に縁談を持ち込む様な真似をしたら、あの非常識な人と同列視されるから控えるけど」 「勿論、あの人達と叔母さんを、一括りにしたりはしません。安心して下さい」 「ありがとう、美子ちゃん。……それで、これまで従兄弟としか思っていない相手との結婚話をいきなり持ち込まれても、美子ちゃんも戸惑うだろうし、ここは一度当事者同士で会って、それについての話をして貰えないかしら?」 「はぁ、それは……」  流石に結婚についての即答は避けられて安堵したものの、この話自体をどう回避すべきかと悩んで言葉を濁した美子に、照江が急に心配そうな顔付きになって言い出した。 「勿論、今現在他からの縁談があるとか、お付き合いしている人がいるとかなら、断ってくれて構わないのよ? 嫌だ、私ったら。こういう事は真っ先に、お義兄さんや本人に確認しないといけないのに。一人で先走ってしまって、ごめんなさいね?」  根は悪い人間ではないと分かっている照江に、心底申し訳なさそうに謝罪され、美子は(確かに先走り過ぎではあるわよね)と思わず苦笑しながら宥めた。 「いいえ。別に問題はありませんから」  すると瞬時に、照江が嬉々として確認を入れてくる。 「じゃあ今のところ、美子ちゃんには特に決まった相手とか、お付き合いしている人とかは居ないのよね?」 「それは……」  再び口ごもり、反射的に脳裏に秀明の顔を思い浮かべた美子だったが、自分自身に弁解する様に、その事実を打ち消した。 (別に結婚相手が決まってるわけじゃ……。だって付き合ってるわけじゃないし、勿論正式に婚約とかしてるわけじゃないし、あいつから求婚されたのも面白半分だろうし。取引とか交換条件とかでしか、一緒に出歩いてもいないし……。確かに指輪は渡されたけど、しっかり返してしまっているし)  そして若干の後ろめたさを覚えながら、自信無さげに叔母に告げる。 「そう、なるんじゃないでしょうか?」  その途端、照江は両手を打ち合わせて、満面の笑みで申し出た。 「良かった! じゃあ今度、俊典と一緒に食事でもしてくれない?」 「ええと……、お食事ですか? 構いませんよ? 私も久しぶりに、俊典君の顔を見たいですし」 「分かったわ! 早速あの子に言っておくから。俊典の事、宜しくね! 頼りにしてるわ、美子ちゃん!!」 「はぁ……」  照江の迫力に押され、身を乗り出してきた彼女に掴まれた両手をぶんぶん上下に振られるままになりながら、美子は完全に諦めの境地に至った。すると照江が急に時計で時間を確認して、慌てた様子で立ち上がる。 「本当に良かった! 今年は春から縁起が良いわ!! あ、じゃあそろそろ迎えが来る時間だから、お邪魔様でした!」 「いえ、大したお構いも致しませんで」  慌ただしく辞去する照江を見送る為に一緒に玄関から出ると、丁度門の所に倉田家の専属運転手が運転する車が停車した所であり、それに笑顔で乗り込んだ照江のスケジュール管理能力の一端を目の当たりにした美子は、(さすが照江叔母さん。政治家の妻の鏡だわ)と心底感心しながら、走り去る車を見送った。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません