そして迎えた日曜。予定時刻通り藤宮邸を訪れた秀明を、美子は平常心を保つ努力をしながら、玄関で出迎えた。 「随分ご無沙汰しておりました、美子さん。お邪魔します」 「ええ、随分お久しぶりですね、江原さん。どうぞお上がり下さ」 「江原さん、お待ちしてました! さあ、遠慮無く上がって下さい!」 「いらっしゃい、江原さん! あ、荷物は持ちますから、どうぞどうぞ」 「美野、美幸……」 自分の口上の途中で、背後から飛び出すように現れた妹達に美子は口元をひくつかせたが、秀明は二人に向かって愛想を振り撒いた。 「やあ、ありがとう美野ちゃん。これは焼き菓子の詰め合わせとお酒が入ってるんだ」 「こんなにありがとうございます。皆で頂きますね」 「美幸ちゃん、これは美子さんになんだ。早速飾ってくれないかな?」 「了解しました! 早速花瓶に活けて、美子姉さんの部屋に飾ってきます!」 「美野、美幸!」 「相変わらず、二人とも可愛いな」 秀明から受け取った紙袋と大きな花束を手に、パタパタと奥へ走って行った二人を美子は叱ったが、秀明は笑いながら感想を述べる。すると美子と同様に下の二人を見送った美恵と美実が、廊下の壁にもたれながら皮肉を言ってきた。 「ほんっと、真性のタラシよね~」 「ひゅ~ひゅ~、色男のごとーじょー」 それを聞いた秀明は、苦笑いを漏らす。 「相変わらず二人はひねくれているな。悪いけど」 「連帯保証人様の邪魔はしないわ」 「こんな面白い見物、ぶち壊すわけ無いでしょうが」 「話が早くて助かるよ」 何やら協定を結んでいるらしい三人に早くも苛つきながら、美子は静かに声をかけた。 「……江原さん。こちらへどうぞ」 「分かりました」 そして妹達に見送られて、美子は秀明を先導しつつ、父が待っている奥の座敷へと歩き出した。するとすぐに秀明が、話しかけてくる。 「やあ、元気だった?」 その台詞に、美子は舌打ちしたいのを必死に堪えた。 「妹達から筒抜けだったくせに、白々しい事を言わないで」 「随分ご機嫌斜めだな。あの妖精みたいな顔になってる」 「妖精?」 いきなり目の前の男には似つかわしく無い単語が出て来た為、美子は思わず足を止めて怪訝な顔を見せると、秀明はゆっくりとジャケットのポケットから、自分の携帯を取り出した。 「これと同じシリーズの赤い奴、携帯に付けているだろう?」 「どうしてそれを……」 目の前にかざされた携帯に取り付けられている、黒い傘のキノコの妖精を見て、美子は盛大に顔を引き攣らせた。そんな彼女には構わず、秀明は上機嫌に話を続ける。 「美幸ちゃんが『江原さんは絶対黒のニヒル顔の奴! 未来のお兄さんなんだから、やっぱりお揃いにしないと! それに今日のお礼を兼ねたプレゼントだから、私が自力で取るからね!』って宣言して、わざわざ自分でお金を出して、何回も失敗した挙げ句、漸く取って俺にくれたんだ。こんな嬉しい未来の妹からのプレゼントを、粗末に扱えないだろう?」 「誰と誰が未来の兄妹よ!!」 「俺と、美恵ちゃんと美実ちゃんと美野ちゃんと美幸ちゃん」 「一々全員の名前を挙げないで!!」 そこで進行方向の襖が開き、昌典が呆れ顔を見せつつ窘めてきた。 「騒々しいぞ。どうした、美子」 「あ、ごめんなさい、お父さん」 「やあ、江原君。良く来てくれたね」 「おくつろぎの所、失礼します」 そうして取り敢えず三人で室内に入り、昌典と美子に対面する形で秀明が座布団に落ち着くのと同時に、昌典が穏やかな口調で声をかけた。 「それでは、君がここに来た理由は大体分かっているつもりだが、一応君の口から、きちんと聞かせて貰おうか」 「はい、それでは……」 そこで秀明は軽く居住まいを正してから、真正面から昌典を見据えつつ口上を述べた。 「この度、過日申し渡された条件が整いましたので、美子さんと結婚を前提としたお付き合いをさせて頂きたく、お願いに参りました」 そうして軽く頭を下げた彼から、自分の横に座る娘に視線を向けた昌典は、淡々と尋ねてくる。 「さて、どうする? 美子。特に断る理由は無い様に思えるが。お前には今現在話が進んでいる縁談は無いし、交際している人間もいないしな」 「…………」 全く反論できずに黙り込んだ美子だったが、その反応は予測できていた為、昌典は再び秀明に視線を戻した。 「ただ、江原君」 「はい、何でしょうか?」 「以前、君から同様の話を受けた時、美子の結婚については美子の判断に任せているので、特に私が制限を加えるつもりは無いと言った筈だが、本気で話を進める気なら一応君に言っておく事がある。改めて聞いておきたい事もあるしな」 「……拝聴します」 何となく有無を言わさぬ気配を察した秀明が大人しく従うと、昌典は唐突に美子に言いつけた。 「美子、お前は少し席を外してくれ。そうだな……、十五分位で良い」 「え? ええ、分かりました。それならその頃に、お茶を持ってくるから」 「ああ、頼む」 動揺していたのか、案内してきてお茶を出すのをすっかり忘れていた事を思い出した美子が、ついでにそれを言ってみると昌典が頷いた為、そのまま下がって台所に向かった。そして頃合いを見計らってお茶を持って行くと、予想に反して襖の向こうは静まり返っていた。 「お父さん、お茶を淹れてきました」 「ああ、入ってくれ」 声をかけてみると応答があった為、美子は襖を開けて中に入った。すると先程と同様、二人が微動だにせず向かい合って座っているのが目に入る。 「どうぞ」 「ありがとうございます。頂きます」 そして両者の前に茶碗を置くと、二人は静かにお茶を飲み始めたが、何故だか無言で含み笑いをしながら、両者が微妙なオーラを醸し出している事に気が付いた。 (何なの? 二人揃って、この不気味な笑みは?) しかしわざわざ突っ込んで聞いてみる気にはなれなかった美子が傍観していると、茶を飲み終えた昌典が徐に立ち上がった。 「さて、私の話は終わったから、後は当事者同士で話をしてくれ」 「お父さん……」 「分かりました」 美子は恨みがましく、秀明は笑いを堪える様な表情で昌典を見送ると、室内に少しだけ沈黙が漂ってから、秀明が言い出した。
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