半世紀の契約
(11)怒りのシュート②

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「何よ何よ何よ。あのろくでなし!! 珍しく電話をかけてきたと思ったら、何でこっちの話を聞かずに、いきなり罵倒してくるのよっ!!」  そして言うだけ言って幾らか気持ちが落ち着くと同時に、じんわりと両目に涙が浮かんできた。 「ちょっとだけ安心したのに。……馬鹿」  涙声で愚痴りながら美子が目を拭っていると、唐突に居間のドアが開いた。 「美子姉さん? 何だか騒いでいたみたいだけど、どうかしたの?」  なかなかお茶を持って来て貰えなかった為、一階に様子を見に来て美子の叫びを耳にした美幸がドアの陰から顔を見せると、美子は美幸に底光りのする、若干据わった目を向けた。 「……ちょうど良かったわ、美幸。暇ならちょっと付き合って貰えないかしら?」 「ええと……、そんなに暇でもないんだけど、何?」 「庭で気分転換するのよ。付いて来なさい」 「……え?」  美子の言葉は、もはや依頼ではなく命令であった為、美幸は若干怯えながら姉の後に続いた。すると美子は玄関を出て庭へと回り込み、その途中で物置からサッカーボールを有るだけ取り出して、サッカーゴールを狙える位置までやって来る。 「さてと。始めましょうか」  この段階で、美子がシュート練習で気分転換を図るつもりだと理解していた美幸は、大人しく傍観する事にした。そんな彼女の目の前で、美子が豪快にボールを蹴り出す。 「このっ……、くたばれ! ど阿呆がぁぁぁぁっ!!」 「ひっ!」  般若の形相で蹴ると同時に吐き捨てた罵声に、美幸は反射的に身を竦ませた。そしてボールは一直線に飛んで行くかと思いきや、微妙に左に逸れてゴール斜め前の松の枝に衝突し、細い枝が折れてしまう。 「ちっ! どこまで根性が曲がってやがるんだか!」 「あ、あの……、美子姉さん?」  盛大な舌打ちと共に苦々しげに吐き捨てられた内容に、美幸は顔を青くした。しかし美子は妹のそんな変化を気にもとめないまま、シュートを続ける。」 「地獄に落ちろ! この女ったらしがぁぁっ!!」 「いっぺん、痛い目みやがれ。天狗野郎っ!!」 「一体、何様のつもりよっ!! こんの俺様野郎がぁぁっ!!」 「黒兎の分際で、他人様に高説たれてんじゃ無いわよっ!!」  そんな風に絶叫しながらボールを蹴り続けて足元に一つも無くなると、美子は勢い良く背後を振り返り、先程から固まっていた美幸を叱責した。 「何そこでぼさっと突っ立ってるの! さっさとボールを拾って来なさい!!」 「はっ、はいぃぃーっ!!」  美子に叱りつけられると同時に、美幸は慌てて庭の奥へと駆け出した。それから一時間近く、美幸はボールを探して庭木の合間を縫いながら、美子とゴール周辺の間を行き来する羽目になった。 「そっ、それでっ……、美子姉さ……、さながら鬼みたいな、顔っ……」  淳の話は聞かせて貰えなかったが、何となく前夜の事が気がかりで、大学の講義を自主的休講として午後の早い時間に帰宅した美実は、姿を見せた途端美幸に抱きつかれて泣き出され、さすがに面食らった。しかしおおよその経緯を聞いて、遠い目をしながら美幸の頭を撫でる。 「うんうん、分かったから。シュートしまくってたのよね。因みにどれ位?」 「百、まではっ、数え……、あと、諦め……」 「そうかそうか。うん、頑張ったわね、美幸」 (一体、美子姉さんに何を言うかするかしたのよ、あの男はっ!?)  完全に秀明以外の可能性を排除して美実が内心で腹を立てていると、美幸の涙声が続く。 「こっ、怖かったよぅ~。何でこんな時に、限ってっ……、が、学級閉鎖っ……」  ぐしぐしと泣きながら訴える、とんだとばっちりを受けてしまった妹を、美実は心底不憫に思いながら慰めの言葉をかけた。 「本当に、運が悪かったわね。明日は念の為勉強道具を持って、図書館にでも行ってなさい。それに美子姉さんだって、それだけすれば幾らか頭は冷えたから、大丈夫でしょう」 「……うん」 「それで姉さんは、今どうしてるの?」 「疲れたから、寝るって」  そう言って頭を上げて二階の方を指差した美幸に、美実は再度溜め息を吐く。 「そっか……。じゃあ今日は、静かにしていようね」  その意見に反論する気など皆無の美幸は、黙って力強く頷いた。

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