半世紀の契約
(13)交換条件①

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「ところでお前達。美子に仲介させて、頭を一つ下げて終わりにするつもりでは無いだろうな?」 「勿論、謹んで謝礼を進呈致します」  娘を抱きながら極悪非道な笑みを浮かべた秀明に、佐竹が顔に緊張を漲らせながら応じる。しかしここで美子が、控え目に会話に割り込んだ。 「あの、佐竹さん? それはちょっとどうかと……」 「いえ、私共の気が済みませんので」 「そういう事ではなくて、謝礼を出すとなったら、主人が『俺がそんな金に困る様な生活を、家族にさせていると思っているのか、貴様らは?』とか言って、難癖を付けないかと思いまして」 「…………」  夫の性格を熟知している美子がそんな懸念を口にすると、二人は改めて目の前の秀明を見やった。そして彼が無言で薄笑いを浮かべているのを見て、両者とも無言になる。  そして男三人がそれぞれ微妙な表情で黙り込んでいるのを見て、美樹は「うぁ?」と不思議そうにキョロキョロ見回していたが、このままでは埒が明かないと、柏木が恐る恐る申し出た。 「あの、それでは……、美子さんがご希望の物があれば、進呈させて頂きますが……」  しかしその提案に、美子は憂い顔で言葉を返した。 「ええと……、今の発言は『貴様、誰の許しを得て、妻の名前を口にしている』と難癖を付けられる上、『俺が妻の好みを把握できていないとでも言うつもりか?』とネチネチ言われそうなのだけど……」 「…………」  再び沈黙が満ちた室内だったが、ここで半ばやけっぱちに佐竹が尋ねた。 「申し訳ありませんが、それならどうしたら良いでしょうか?」 「そうですね……。それならここは一つ、感謝の意を込めて身体で払って貰いましょうか」 「げ」 「本気ですか?」  事も無げに美子が告げて来た内容に、一体何をさせられるのかと二人は本能的に身構えたが、それを聞いた秀明は当然の如く頷いた。 「そうだな。お前に頼みごとをして、金や品物でその労を労おうとする根性が気に食わない」 「それじゃあ庭木の剪定とか、廊下の拭き掃除とかで良いかしら?」 「……何だそれは?」  しかし続けて妻が口にした内容に、忽ち不満を露わにする。 「だって、今して貰いたいのはそれ位だし」 「そんなのは早かったら数時間、長くても二日位で終わるだろう。どうせだったら屋敷中の瓦の葺き替えとか、井戸を掘り当てる位にしろ」 「そんな無茶を言わないの。二人とも驚いているわよ? 全くもう」 「何か他にして欲しい事は無いのか?」 「他の事と言われても……。美容院に行く間、美樹の面倒をみて貰うとか、纏まった食材や日用品の買い出しとか?」 「却下」 「困ったわね……」  面白く無さそうに秀明が断言した為、美子は本気で途方に暮れた表情になった。そして何をやらされる事になるのかと佐竹と柏木が戦々恐々として見守る中、悩んでいた美子が急に明るい表情になって夫に申し出る。 「そうだわ! それならお二人で、妹の話し相手になってくれないかしら?」 「……ああ、それなら妥当かもしれんな」  一瞬当惑した秀明だったが、すぐに美子が言わんとする事を悟って、意地悪く笑った。一見何でも無い事の様に思えるものの、秀明の不気味な笑みを見た二人が、慎重に詳細について尋ねる。 「奥様の妹さん、ですか?」 「どういった事でしょうか?」  その問いに、美子は神妙な顔付きで語り出した。 「実は私の二番目の妹は、去年大学在学中に作家デビューしたんです。年明けに出した二作目もなかなか好評だったらしくて、今春卒業してから、執筆活動に専念する事になりました」 「そうでしたか」 「おめでとうございます」  多少照れ臭そうに美子がそう口にすると、二人は率直に祝いの言葉を口にした。しかしすぐに美子が心配そうな表情になって、話を続ける。 「それは良かったのですが……、三作目の執筆に取りかかってから、煮詰まってしまったみたいで。このひと月、食事とトイレとお風呂以外は、自室に閉じこもって机にかじり付いている状態なんです」 「それは……」 「ご家族としては、心配ですね」  本心から妹を案じている様に見える美子に、二人は心の底から同情した。するとここで、美子が予想外の事を言い出す。 「その問題の三作目なんですが、偶然にも佐竹さんと柏木さんをモデルにしているんです」 「は? 俺達を、ですか?」 「確かに藤宮さんには面識がありますが、妹さんとは接点が無い筈ですが……」  さすがに面食らった二人だったが、美子は如何にも申し訳なさそうに事情を説明した。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません