半世紀の契約
(14)ろくでもない求婚②

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「はい、伝えておきます。本日は結構な物を頂戴しまして、ありがとうございました」 (はぁ、せいせいする。さっさと帰ってくれて良かった)  心の底から安堵しながら相槌を打った美子に向かって、ここで秀明が左手を差し出してくる。 「今日はお時間を頂き、ありがとうございました」 (え? 握手? それにこの人、左利きだったかしら?)  それに深い疑問を覚える事も無く、美子も素直に左手を差し出して握手しようとした。 「いえ、こちらこそ大してお構いもできませんで……って、何?」  しかし握手しようとした秀明の左手で自身の左手首を掴まれ、美子が戸惑っているうちにいつの間にか彼の右手に握られていた指輪が、美子の左手の薬指に収まる。それを確認した途端、秀明は彼女の手から手を離し、あっさりと別れの言葉を口にした。 「じゃあ、失礼。また連絡する」 「え? あの……、ちょっと、これ……」  そして全く現状認識が追いつかず、美子が呆然としたまま立ち去る秀明を見送っていると、隣の部屋の障子が勢い良く引き開けられ、縁側に妹達が殺到してきた。 「ちょっとちょっと姉さん、それ見せて!?」 「うっわ、早々と張り込んだわね~、江原さん」 「大きいダイヤ! 1カラットは有るわよね!?」 「サイズもぴったり……、流石に侮れないわ……」 「嫌だ美幸。姉さんの指のサイズなんて、私が教えたのに決まってるでしょう?」 「そうよ。指にぴったりのリング贈ってくれた位で、コロッと騙されちゃ駄目よ?」 「そうだったの? 江原さんだから、目で見ただけでサイズが分かったのかと思ってた」  自分を取り囲み、手を握り締めて好き勝手な事を騒ぎ立てている妹達に向かって、美子は地を這う様な声で確認を入れた。 「あなた達……、どこまでもあの男の肩を持つのね」 「別に姉さんの事を、蔑ろにしているつもりはないわよ?」 「そうそう。長年美子姉さんに想いを寄せている人に対する、ささやかな応援をしているだけで」 「余計な事はしないで! こんなのも要らないわよ!!」  ここでいきなりブチ切れた美子は、勢い良く薬指から指輪を抜き取り、まだ開けてあった窓からそれを庭に向かって放り投げた。その途端、美恵達の悲鳴が上がる。 「きゃあっ!! ちょっと姉さん!」 「どこ? どこに落ちた!?」 「ちょっと分からない! 池の中か、岩の隙間に落ちたかも!」 「靴を履いてくる!」  そうして四人がバタバタと大騒ぎしながら玄関に向かって駆け出して行くのを尻目に、美子は一人自室に戻った。すると否応なく窓際の棚に、秀明が持参した色とりどりの花束が活けてある花瓶が目に入り、勢い良く顔を背ける。  さすがに自分が褒められない事をしたとの自覚はあったものの、それを素直に認められないまま、美子はベッドの端に腰かけながら弁解がましく呟いた。 「だって……、あんなのと結婚するつもりなんて、無いんだもの。確かに見た目は良いし、それなりに有能みたいだけど、あんな性格が悪い、何を考えているか分からない奴なんて……」  そしてそのままごろりとベッドに転がって身体を捻ると、ホルダーに嵌っている自分の携帯と、そこについているストラップが視界に入り、思わず溜め息を吐く。 「それに、何かやっぱり違うし……」  自分でも何を言っているのか良く分からないまま、美子は奇しくも秀明と色違いで持つ事になってしまったストラップを、暫く無表情で見詰めていた。その静まり返っている美子の部屋とは対照的に、庭では彼女の妹達が悪戦苦闘の末、池の縁石の隙間に嵌ってしまった指輪を漸く取り出して、歓喜の叫びを上げていた。 「はぁ、無事取り出せて良かった~!!」 「本当に良かったわ。一時はどうなる事かと。でも美幸、割れていないかしら?」 「美野……、落とした位でダイヤが割れたら、それはパチモンだから」 「小さな傷位は付くかもよ? 全く……、姉さんも素直じゃ無いわよね」  じみじみと安堵の溜め息を吐いた美恵が、ここで真顔になって妹達に声をかけた。 「皆、聞いて。これからは江原さんが大っぴらに姉さんを口説きにかかるから、私達で全面的に協力するわよ?」  それに妹達が、力強く頷く。 「そうよね。後がつかえてるんだし、姉さんが三十になるまではあと何年かかかるけど、それまでには片付いて欲しいもの」 「順番とかそういうのは抜きで、美子姉さんには江原さん以上にお似合いな人は居ないと思うわ」 「優しいし、物分かり良いしね。変な人が義理の兄に収まったりしたら、冗談じゃないし」 「話は纏まったわね」  そこで妹達を見回した美恵は、その場で中腰になって右手を伸ばした。それを見た彼女の妹達は、何を言わずとも自然に円陣を組んで、美恵の手に自分の手を重ねる。 「じゃあ、これから気合い入れて行くわよ? ファイトーッ」 「おぉーっ!!」  そんな風に庭で盛り上がっている娘達の様子を、書斎の窓際からこっそり眺めていた昌典は、「楽しそうだな。早速、深美に教えてやらないと」などと呟きながら、満足そうに奥へと引っ込んだ。

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