半世紀の契約
(16)容赦の無い品定め①

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 前年から一人暮らしをしている美恵が帰って来た為、藤宮家では久しぶりに家族全員が顔を揃えて、和やかに夕食を食べていた。すると食後のお茶を飲みながら、美恵がさり気なく実家に帰って来た用件を口にした。 「お父さん、姉さん、義兄さん。私、結婚を考えている人がいるの」 「ほぅ?」 「あら……」 「えーちゃ?」  淡々と口にされた内容に昌典は軽く眉を上げ、美子は軽く目を見開き、妹達が無言で固まる。何やら周囲の空気が微妙に変化したのを敏感に察した美樹が、美子の隣で子供用の椅子に座ったまま不思議そうに叔母に目を向けたが、ただ一人秀明だけは素直に祝いの言葉を口にした。 「そうなんだ。おめでとう、美恵ちゃん」 「ありがとう、お義兄さん。それで」 「その人は入籍前に、ちゃんと家に挨拶に来るんでしょうね?」  自分の言葉を遮って疑わしげに確認を入れて来た美子に、美恵は若干ムッとしながらも怒りを抑えて応じた。 「……今月末に帰国するから、その後に連れてくるわ」  その言葉に、美子は不思議そうに問い返す。 「あら、その人は今、海外出張でもしているの? どんなお仕事をされてる方?」 「冒険家よ」 「え?」 「は?」  さらっと告げられた言葉に、美恵以外のその場全員が、驚きの表情になって絶句した。そして一番先に気を取り直したらしい美子が、含み笑いを漏らす。 「……それはなかなか、面白そうな方ね」 「…………」  美子と美恵が静かに睨み合う中、妹達は顔を寄せて囁き合った。 「ぼ、冒険家って、職業って言えるの? どこを冒険するの? 地球上で探検されてない所なんてないんじゃない? あ、宇宙とか?」 「馬鹿な事を真顔で言わないで。第一それだと、宇宙飛行士でしょうが。ええと……、今時、未開の辺境とかを探検ってわけじゃないでしょうから、ヨットで海を横断とか、大陸をオートバイで横断とか、気球で世界一周とかかしら?」 「はっきり言えるのは、金儲け度外視の酔狂な人間のやる事よね。美恵姉さん、最近男の趣味が変わったのかしら? 以前は『男の価値って、女にどれ位貢ぐかよね』とか言っていたのに」  未だ唖然としている秀明の耳にもその囁きは聞こえていたが、その横で美子が、美実と同様の推測をしながら他人事の様に言い出した。 「冒険家なんて、企画を立ててメディアに売り込んだり、スポンサー探しをするのが大変よね? 定職に就けないから、生活費はバイトで稼ぐしか無いだろうし……」  そう言ってわざとらしく溜め息を吐いた姉を、美恵が険しい表情で睨み付ける。 「嫌味のつもり? 言っておくけど、旭日食品や関連会社に彼のスポンサーに付いて貰うつもりはないし、康太は自分の生活費位、自分で稼げるわよ」 「それなら、あなたの生活費はどうするの?」 「これまで通り、自分で稼ぐわよ。会社の運営が軌道に乗ったばかりだから、仕事を辞めるつもりは無いし」 「あら、まあ……」  如何にも大仰に驚いて見せた美子に、美恵が早くも噛み付く。 「『何て甲斐性無しなの?』とか言わんばかりの顔、しないでくれる!? ムカつくから!」 「被害妄想気味ね。頭を冷やした方が良いわよ?」  しかし美子は美恵の非難の声を物ともせず、淡々と話を進めた。 「取り敢えず話は分かったわ。お父さんの予定と摺り合わせて、一度皆で顔を合わせる機会を作りましょう」  それを受けて、この間黙っていた昌典が会話に加わる。 「そうだな。美恵、因みに相手の名前は?」 「谷垣康太よ」 「分かった。覚えておこう」 「それじゃあこれまで通り、どこかの日曜のお昼に皆揃ってご飯を食べながら、谷垣さんのお話を伺いましょうね」 「話は終わりよ。帰らせて貰うわ」  にこやかに美子が話を纏めると同時に、美恵が不機嫌そうに立ち上がった。それを見た美子も、椅子から腰を浮かせる。 「あら、もう帰るの? じゃあお惣菜を持たせてあげるから、ちょっと待って」 「良いわよ。ちゃんと食べているし」  余計なお世話だと言わんばかりに素っ気なく言い返した美恵だったが、美子は構わずに台所に向かいながら妹に言い聞かせた。 「食べていると言っても、外食ばかりでしょう? もうタッパーに詰めて、台所に準備してあるから。玄関で待っていて」 「……分かったわよ」  微妙に押しが強い姉に、それ以上逆らう気は無かったらしい美恵は、ブスッとしながらも頷き、他の者に短く別れの言葉を告げた。 「じゃあ、また来るわ」  そうして美恵と美子が食堂から出て行くと、美子の代わりに美樹をあやしながら、秀明が昌典に問いかけた。 「お義父さん。さっき美子が『これまで通り』と言っていましたが、今までに似たような事があったんですか?」 「ああ。美恵が結婚を考えている相手を家族に紹介するのは、今度で四人目だ。秀明が家に来てからは初めてだな」 「そうですか。それでは……、美恵ちゃんは、これまでに三回婚約解消したという事ですか?」  初めて聞く話だった為、一応控え目に尋ねてみると、昌典は彼から微妙に視線を逸らしながら、意味不明な事を呟いた。 「……一番最初は、特上鰻重だった」 「はい?」  何やら重々しい口調のそれに、秀明はわけが分からないまま問い返したが、そこで恍惚とした表情で、美幸が口を挟んでくる。 「あれ、凄く美味しかったな~。ここら辺でも美味しいって評判の、老舗の特上だったし」 「普段は『子供には贅沢です』って頼んでくれないのに、私や美幸にもきちんと一人前だったわよね」 「食べた後が最悪だったけどね……」 「何かあったのか?」  美野もうっとりしながら相槌を打ったものの、一転して美実が苦々しい口調で続けた為、秀明は怪訝そうに義妹達に尋ねた。すると彼女達が、口々にその時の状況を説明してくる。 「終始にこにこしていた美子姉さんが……。その人が帰った瞬間、『こんなにご飯粒を食べ散らかす様な男、あちこちで女を食い散らかしてるわよ』って激怒したの」 「それに美恵姉さんが『そんなの、偏見以外の何物でも無いわよ! まともに男と付き合った事も無いくせに、大きな顔しないで!』って怒鳴り返して」 「その後暫く、家の中の空気がもの凄く悪かったんだけど……。少しして、その男が三股かけてたのが分かって、美子姉さんがそいつの職場に乗り込んで、殴り倒してきたらしいわ」  淡々と美実が言った内容について、秀明は思わず確認を入れた。 「ちょっと待った。その馬鹿男を殴り倒したのは、美子じゃなくて美恵ちゃんだろう?」 「いや、美恵ではなくて美子だ。しかもあの後、即行で腕利きの弁護士を雇って、暴行をふるった事を無かった事にした挙げ句、相手から慰謝料をふんだくっていたな」 「…………」  どこか遠い目をしながら語る義父に、秀明は思わず黙り込んだ。すると美幸が、次の話題を出してくる。

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