半世紀の契約
(4)最低男の来訪②

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「白鳥さん。釣り書きを見てご存じだとは思いますが、美子には妹が四人います。茶を出したのが次女の美恵で今大学四年です。それとこちらの手前から順に、高校二年の三女の美実、次に中二の四女の美野と、最後は小五の五女の美幸になります。皆、白鳥英明さんだ。ご挨拶しなさい」  軽く説明した昌典が促すと、彼女達は年の順に短く挨拶してきた。 「はじめまして」 「……どうも」 「いらっしゃいませ」 「こんにちは! 見合い写真よりも、イケメンさんですね!」  美恵は薄笑いを浮かべつつ、美実は観察するように、美野は恥ずかしそうに、そして美幸は遠慮なしに感想を述べる。するとそれに美野が噛み付く。 「美幸、いきなり失礼じゃない!」 「褒めただけじゃないの」 「二人とも、お客様の前よ?」  溜息を吐いて美子が窘めると、秀明が笑いを堪える表情になって、土産として持参した紙袋を美子に向って差し出した。 「すみません、お渡しするのを忘れていました。些少ですがお納めください」  それに美子が礼を述べる前に、身を乗り出して紙袋に印刷されている店のロゴを確認した美幸が、歓声を上げた。 「あ、やった! 《プリーメル》のケーキ! あそこはどれも美味しいんだけど、ナポレオンパイが入ってると良いなぁ」 「美幸! 頂きものに対して色々言うなんて失礼でしょうが!」 「えぇ~、良いな~って、言っただけじゃな~い」  生真面目な美野に叱責されて美幸がむくれ、姉達は(また始まった)と呆れて溜め息を吐いていると、秀明が笑顔で年少者二人に声をかけた。 「美幸ちゃん、確かナポレオンパイは入っていたから、安心して」 「やった! ありがとう、白鳥さん」 「どういたしまして。それから美野ちゃんは、どんなケーキが好きなのかな? 十二種類を一つずつ買って来たんだけど、その中に美野ちゃんの好きな物も入っていて、喜んでくれたら嬉しいな」 「あの……、私は何でも美味しく頂きますので……」 「そう? じゃあ皆で仲良く分けて食べてくれる?」 「はい」 (美幸、美野……、あっさりこんなのに騙されないで)  美幸が満面の笑みで、美野も嬉しそうに頷いてみせたのを見て、美子は頭痛を覚えた。そこで美実が皮肉っぽく言い出す。 「そうすると十二個買って来たんですよね? 申し訳ないけど父は辛党で、ケーキの類は食べないんですが?」 「ええ、それもお聞きしていましたので、藤宮さんにはこちらのお酒をご用意させて頂きました。好みが分からなかったので、小さめの瓶にしましたが」 「それは、わざわざご丁寧に、ありがとうございます」  秀明がすかさず差し出したもう一つの細長い紙袋を、昌典は苦笑しながら受け取った。しかし発言内容に矛盾を感じた美恵が突っ込みを入れる。 「じゃあ、どうして十二個持ってきたのかしら?」 「姉妹五人と夫人で六人ですから、一人二個で計算したんですが。そういえば夫人は、今日はお留守ですか?」 「…………」 (え? 何だ?)  途端に静まり返った室内に秀明が戸惑っていると、美実が淡々とその理由を説明した。 「事前の情報収集に、穴があったみたいね。母さんは今、入院中なの」 「それは、大変失礼しました」  さすがに秀明も自分の非を詫びたが、昌典は重くなった室内の空気を取り払うように、穏やかな笑みを浮かべつつ語りかけた。 「いえ。実は白鳥さんの話を 深美みよしにしましたら、是非会ってみたいと言われましたが、さすがに病室にお招きするわけにはいきませんし、代わりに我が家に来て頂きました。白鳥さんの事は、私から妻に伝えておきます」  それに秀明は頷き、さり気なく話題を変える。 「そうでしたか、ご夫人に宜しくお伝え下さい。しかし姉妹全員に『よし』という字が入っていますが、それはお母様の名前から取られたのですか?」 「ええ。我が家では代々、美しいと書いて『よし』と読ませる名前を付けています。私は婿養子なので違いますが、妻の妹達や叔母達もそうです」 「そうでしたか。家族の絆の強さが見えて、宜しいですね」 「私もそう思います」 (何をどうでも良い話を延々と。さっさと頭を下げて帰りなさいよ!!)  何となく室内の空気が和み始めて安堵したものの、世間話に突入した秀明達に美子は密かにいらついた。すると昌典との会話に一区切り付けた秀明が美子の方に体を向け、先程中途半端になっていた謝罪を行う。 「それでは、美子さん。先日は大変失礼を致しました。一社会人として大変分別の無い発言をしたと、猛省しております。お許し下さい」  そう言って深々と頭を下げた秀明に、美子もこれ以上揉める気は無く、素直に頭を下げた。 「それに関しては、その後の私の対応にも非があると思われますので、相殺にして頂ければ嬉しいです。本日はわざわざ足を運んで頂いた上、結構な物を頂戴いたしまして、ありがとうございました」 「私の気持ちですので。お気になさらず」  そこで互いに謝罪が済んだのを見た昌典が、何気なく秀明に問いかけた。 「それでは白鳥さん、これで用事はお済みかな?」 「いえ、ここからが本題になります」 「ほう? 本題とは?」  すると秀明は昌典に体を向け、傍目には真剣な表情で口上を述べた。 「美子さんと、結婚を前提としたお付き合いをさせて頂きたく、ご挨拶を兼ねてお願いに参りました」 「それはそれは……」 「はぁ?」  そして深々と頭を下げた秀明を見て、昌典は些か皮肉気な笑みを浮かべ、美子は戸惑った声を上げた。そして頭を上げた秀明が、自分に向って軽く小馬鹿にしているような笑みを向けてきたのを見た瞬間、美子は盛大に抗議した。

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