半世紀の契約
(18)交換条件①

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 深美に言い聞かされて、お詫びの品を選んでもらう為に迎えに来た秀明の車に乗り込んだ美子は、普段足を踏み入れない複合商業施設に連れて来られた。そして駐車場から施設内に入り、あれやこれやと話しかけてくる秀明に適当に相槌を打ちつつ足を進めたが、「ここだ」と彼に指示された場所で、思わず足を止めた。 「ここは……」 「ご覧の通り、オーダーメイドのランジェリーショップだ」  ショーウインドーの向こう側に展開されているディスプレイを見れば一目瞭然な事を、秀明は含み笑いで告げた。それに早くも切れそうになる自分自身を抑えつつ、美子が静かに問いを重ねる。 「どうしてここに?」 「実用品を、細部までとことん君の好みに合わせて作れるから。深美さんの条件に合致するだろう? どんな奇天烈な物でも作れるから、遠慮無くどうぞ」 「誰がどんな物を作るって言うのよ!?」  思わず秀明に掴みかかって声を荒げた美子だったが、秀明は苦笑しながら難無くその手を解き、さり気なく手を繋いで店内へと足を向けた。 「さあ、入口の前で立ち止まっていると店や他のお客の迷惑だから、さっさと入ろうか」 「ちょっと! 手を離しなさいよ!」  そしてムキになって手を振り払おうとしたが、入店してすぐに白いブラウスに紺のタイトスカートの制服らしい格好の女性達に頭を下げられて、あまり見苦しい真似はできないと、その動きを止めた。 「いらっしゃいませ」 「江原様、お久しぶりです」 「やあ、また寄らせて貰ったよ」 「ありがとうございます。精一杯ご希望に適う物をお作り致します」  美子の手を離さないまま、秀明は二十代から三十代の女性スタッフ三人に愛想良く笑いかけ、その様子を美子は半ばうんざりしながら観察した。 (常連客っぽいし……。これまで一体何人の女を、ここに連れて来たのよ。パッと見て、確かにディスプレイや店の雰囲気は悪くないんだけど)  周囲を見回しながらそんな事を考えていると、奥の方から五十代に見える綺麗に髪を纏めた女性が足音を立てずに歩み寄り、秀明に頭を下げて挨拶してきた。 「江原様、いらっしゃいませ。本日はこちらの方の物を、お作りすれば宜しいのですね?」 「ええ、宜しくお願いします」 「畏まりました」  そして美子に向き直った女性は、軽く頭を下げてから穏やかな微笑みを浮かべつつ、名刺を差し出してくる。 「お客様、初めまして。私はこの店舗のオーナー兼主任デザイナーの、春日と申します。以後、宜しくお願いします」 「藤宮と申します。今日はお世話になります」  美子も会釈を返し、ここで漸く秀明が手を離してくれた為、春日の名刺を受け取ってハンドバッグにそれをしまった。そこで春日がお伺いを立ててくる。 「それではまず、江原様には向こうのソファーでお待ち頂いて、藤宮様の採寸をさせて頂きたいのですが」 「分かりました。お願いします」 「それでは奥で採寸をさせて頂きます。高原さん、お願いね」 「はい。藤宮様、こちらにどうぞ」  そして秀明は店内の一角にある応接セットに、美子は高原の先導で奥に設けられている試着室へと向かった。そして靴を脱いで、足が冷えない様にカーペットが敷かれたスペースに上がり込む。  そこは試着室とは言っても三方が鏡張りの四畳半程の十分余裕があるスペースで、一瞬美子は戸惑ったが、続いて高原ともう一人が入って来た為、その広さの理由が分かった。

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