半世紀の契約
(5)同窓会②

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「お久しぶりです、美子さん」  その声に顔を上げると、靖史がコップ片手に佇んでいるのを認めて、美子は椅子から立ち上がって礼を述べた。 「勝俣さん。先日は送って頂きまして、ありがとうございました」  それに彼は小さく頷いてから、申し訳無さそうに言い出す。 「すみません、良治達が秀明を連れ出して、この場に全然知り合いが居ない美子さんを一人にしてしまって」 「お気遣い無く。皆さん久しぶりに顔を合わせた同級生と、話したい気持ちは分かりますし。元々傍観するつもりで来ましたから」 「そうですか。何だか色々とすみません」  どうやら気を遣ってくれたらしいと分かった美子は、笑顔で空いている隣の席を勧めた。すると靖史も素直に腰を下ろした為、思った事を正直に話してみる。 「観察していると、本当に楽しいですよ? 彼がああいう屈託のない笑い方をするのは、珍しいですし。普段はもっと……。何て言うか、皮肉っぽい笑い方が多いかと」 「そうですね。でも元々秀明は、あんな風に笑う奴だったんですよ」  その口調に、若干の苦みと寂しさが内包しているのを察した美子は、静かに言葉を返した。 「そうですか。やはり私よりも皆さんの方が、あの人の事を知っていそうですね」  すると靖史が、唐突に話題を変えてきた。 「俺は東京の私立大学に進学したので、向こうで一人暮らしを始めてから、偶に都内で秀明と顔を合わせていました」 「そうだったんですが。存じませんでした」 「でもあいつ、俺達の前から姿を消してから、三年ちょっとで凄く印象が変わっていて……。入学直後に久しぶりに顔を合わせた時、殺伐とした感じになっていて、一瞬別人かと思った位でした」 「そうですか……」 (やっぱり白鳥家に引き取られてから、相当やさぐれたのね。想像は付くけど)  苦々しい思いを覚えつつ、美子が溜め息を吐きたいのを堪えていると、靖史が引き続き真顔で述べる。 「一応笑ってはいましたが、どことなくつまらなさそうで。生気が無いって言うのとは、また違うんですが……。正直、心配していたんです。こいつは将来、とんでもない犯罪者になるんじゃ無いだろうかって。埒も無い考えでしたが」 (確かに、犯罪行為を微塵も躊躇わない人間になったわね。頭と運がすこぶる良くて、今まで捕まらずに来たけど)  確かに人生を踏み外しかけてました、などと言えず、美子は無言で項垂れた。するとここで靖史が何やら若干明るい口調になって、話を続ける。 「でも大学に入って一年位経過したら、随分マシな表情になっていて。何かあったのか聞いてみたら『一緒になって馬鹿をやったり悪さをする、ろくでなしの相方ができた』とか言って。そんな風にふざけて言う様な、凄く仲の良い友人ができたんだなって、安心したんです」  晴れ晴れとした口調と表情で靖史はそう述べたが、十分心当たりの有った美子は、無意識に顔を引き攣らせた。 (それって絶対、小早川さんの事……。あなた達在学中に、一体何をやらかしてたのよ!?)  本気で頭痛を覚え始めた美子だったが、靖史は笑顔のまま話を締め括った。 「だけど今日の秀明は、これまで以上にいきいきとしていて驚きました。昔通りの笑顔だし。きっと美子さんと結婚したおかげですね」 「いえ、今日は久しぶりに皆さんとお会いして、嬉しいだけだと思いますが」 「それもあるかとは思いますが、全てでは無いですよ。今後とも秀明の事を、宜しくお願いします」 「はい、任されました」  深々と頭を下げた靖史に、美子も笑顔で応じる。そして二人で笑って世間話をしていると、突然靖史の背後から腕が回され、秀明が軽くヘッドロックしながら文句を言ってきた。 「おい、靖史! 他人の嫁に、何手を出してんだ!」  早くも酔い始めている気配の秀明を、靖史が苦笑いで見上げる。 「あのな……。超絶に扱いにくくて問題児のお前が愛想を尽かされない様に、美子さんにお願いしていた所だ」 「可愛くないぞ、靖史。昔は俺の後を、パタパタ付いて来てたってのに。そんなに物を斜めに見る様になりやがって」 「秀明は物事を裏返しに見るだろう? それよりはマシだ」 「何だと? 本当に生意気になったよな、お前!」  そして上機嫌の秀明に拉致されて、靖史もフロアの中心に引き摺られて行かれ、美子は再びテーブルに一人になった。しかし別段寂しいともつまらないとも思わず、笑顔で固まって談笑している秀明達を眺める。 (もしこの町でずっと母親と二人で暮らしていたら、きっとひねくれずに育ったわよね。……何かムカついて来たわ。あの夫婦の間抜けな写真を撮っておいて、ネット上に拡散させる位はしても良かったかも。誰か撮っていなかったかしら?)  何となく白鳥家の事を考えて、美子が一人でムカムカしていると、数人の女性の集団がやって来て、美子に声をかけた。 「美子さん、男共が江原君を離さなくて、ごめんなさいね?」 「退屈してませんか? 飲み物とか料理とか取って来ますから、遠慮無く言って下さい」 「ありがとうございます。今のところは大丈夫です」  どうやら女性陣の中でも、物おじしないで世話焼きのグループが、一人きりの自分に気を遣ってくれたらしいと分かった美子は、笑顔で礼を述べた。すると続けて質問が繰り出される。 「それで? 江原君とはどうやって知り合ったんですか?」 「やっぱり江原君がナンパしたとか?」 「真面目そうだし、美子さんの方から声をかけたりしないですよね?」  ちゃっかりパイプ椅子持参で周囲に座り、じっくり腰を据えて聞き出す気満々の彼女達に、美子は笑いながら話し出した。 「実は、見合いの席で顔を合わせたのが、最初なんです」 「見合い!?」 「意外すぎる!」 「それで? 江原君に騙されちゃったんですか?」 「それが……、あまりにも失礼な事を言われて、あの人にお茶をかけて席を立ってしまって」 「うわ、やる~、美子さん!」 「そりゃあ、あの江原君と結婚しちゃった人だもの」 「それで? その後、どうなったんですか!?」  それから美子は暫くの間、秀明とのあれこれを正直に口にする事ができない為、ある事は歪曲し、ある事はぼかしながら彼女達に語って聞かせ、彼女達からは秀明の昔の話を聞いて盛り上がっていたが、唐突に秀明の良く通る声が会場中に響き渡った。 「よぉ~っし!! そろそろ皆、気分良く盛り上がってきたよな? これから主役が喋るから、耳かっぽじってよぉ~く聞きやがれ!!」  その声に会場中の視線が秀明に集まり、美子達も例外ではなかった。 「何事?」 「うわ、何か江原君、凄い酔ってない?」 「美子さん、ごめんなさい。もう! あの男共はっ!!」 「いえ、気分良く飲んでいるみたいですから」  彼女達が困惑したり怒りの表情を浮かべる中、何を思ったか秀明はどこからかパイプ椅子を二つ引き摺って、美子達がいる長机から少し離れた所に少し間隔を空けて椅子を並べた。そして美子を手招きする。 「よし、美子、ちょっと来い!」 「一体何?」 「良いから」  訳が分からないまま美子は周囲の女性達に会釈して立ち上がり、秀明の所に向かった。すると秀明が上機嫌に彼女を出迎えたと思ったら、いきなり左腕で肩を抱いて、フロア全体を見渡しつつ大声を張り上げた。

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