新婚旅行から戻って、すぐの土曜日。美子は秀明を伴って、父の実家である倉田家を訪れた。 「こんにちは、おばあちゃん。照江叔母さん」 出迎えてくれた叔母と祖母に美子が挨拶すると、女二人は笑顔で声をかけてくる。 「いらっしゃい、美子ちゃん、秀明さん」 「うちの人が、首を長くして待ってたのよ? お話が済んだら、顔を見せてあげてね。挙式と披露宴の時に一人だけ置いてけぼりを食らったから、その後ずっとブツブツグチグチ文句を言っていて」 「でも、今日美子ちゃんが秀明さんを連れて家に来ると聞いてからは上機嫌で。新品の下着と寝間着も準備させたのよ?」 「そうだったんですか」 既に歩行が困難になり、介護を受けている祖父の様子を聞いて苦笑してから、美子は旅行のお土産を差し出した。 「叔母さん。これは少しですが、新婚旅行のお土産です」 「ありがとう。本当に、好天続きで良かったわね。それじゃあ、和典さんと荒井さんが待っているから案内するわ」 「じゃあ後でね、美子ちゃん」 「はい」 「後程、お伺いします」 上がり込んだ玄関で美子達は康子と別れ、照江の後に付いて歩き出した。 「あなた。二人がいらっしゃいました」 「ああ、入ってくれ」 座敷に通されると、男二人が座卓の片側に並んで座っており、美子は秀明と並んでその向かい側に座った。 「和典叔父さん。今日はお時間を頂いて、ありがとうございます」 「良く来たね。後で父に顔を見せてやってくれ」 「はい。そのつもりです」 笑顔で叔父に挨拶をしてから、美子は旧知の人物に向き直って頭を下げた。 「荒井さんもお久しぶりです。こちらが、私の夫の藤宮秀明です」 「初めまして。今日は宜しくお願いします」 「こちらこそ」 穏やかな笑みを浮かべる老人に秀明を紹介すると、和典が早速話を進めた。 「さて、単刀直入に話をしようか。君は荒井さんにもう一仕事して欲しいそうだが、できれば詳細について聞かせて貰いたい」 「それではご説明します」 一度戻った照江が持ってきた茶碗を座卓の上から取り除き、秀明は以前に説明した地図をその上に広げて、事細かく説明し始めた。美子が密かに驚いた事に、この前同級生達に披露した時よりも、更に詳細に地図に書き込まれていた上に、付随するプランも幾つか増えていた。 (旅行中は計画を練っている素振りなんか見せなかったし、戻ってからこの何日かは普通に仕事をしていたのに、一体いつの間に?) そんな風に美子が唖然としているうちに、秀明は滞りなく説明を済ませた。 「取り敢えずこれで、一通りの説明を終わらせて頂きます」 「この一連の計画の、初期政策の一つが町長選だと?」 「はい、そうです」 さすがに年長者達も呆気に取られていたが、和典がまだ訝しんでいる表情で確認を入れると、秀明は真顔で持参した鞄からファイルを取り出した。 「取り急ぎ、立候補予定者の略歴に加えて、町内人口動態の最新版、町の財務状況、行政区毎の産業種別と就業割合など、必要と思われる資料を一通り持参してみましたので、ご一読下さい」 「失礼します」 秀明が差し出したそれを荒井が受け取って開き、ざっと目を通し始める。そして数分後には静かにそれを閉じ、しみじみとした口調で正直な感想を述べた。 「白鳥は……、随分と、馬鹿な事をしたものですね」 「…………」 暗に「この人を後継者にできれば良かったのに」と言っている荒井に、和典と美子はコメントに困って顔を見合わせたが、秀明はそんな事には構わずに話を続けた。 「それから、今現在町内の中学校卒業生のうち、二十年前から四十年前の世代について全員調査中です」 それだけで荒井は、秀明の目的が分かった。
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