半世紀の契約
(11)対面②

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「流石に倉田家御用達の興信所ですね。自分でも知らない事が書かれていて、正直驚きです」 「その割には、全く驚いた様には見えないが?」 「申し訳ありません。他人の期待を裏切るのが好きなもので」  薄笑いを浮かべて応じた秀明に、公典は負けず劣らずの物騒な笑顔を見せた。 「母親だけでは無く、お前の母方の祖母も所謂未婚の母だな。母親の戸籍に祖父の名前が無かった筈だ」 「……それが何か?」 「単なる独り言だ」  スッと両眼を細めた秀明に、公典が淡々と続ける。 「何やらくたばりそうな馬鹿が、死に際になって漸く良心が疼いたか、地獄に落ちるのが怖くなったらしいな」 「周りに迷惑ですね。何をしたって地獄行きは確定でしょうに」 「ほう? 迷惑か? 本来、お前の母親が受け取る筈だった物を、お前が貰えるかもしれないぞ?」 「そんな事、俺が知った事か。万が一、こちらに下手なちょっかいを出して来るような、迷惑で恥知らずの上に、底抜けの馬鹿だったら……」  そこで勢い良く読んでいた報告書を閉じた秀明は、公典を真正面から見据えながら、獰猛な肉食獣を思わせる笑みを見せた。 「どんな家だろうが組織だろうが、白鳥の様に叩き潰すだけの話だ」 「良い面構えをしているな、若造」  しかし公典は全く動揺を見せず、寧ろ満足そうに頷いた。そして唐突に話題を変える。 「気に入った。それは封筒ごとくれてやる。その代わりにサッカーチームとまでは言わんが、美子との間に三人以上子供を作れ。息子でも娘でも構わん」 「は?」 「そして、そのうち一人は倉田によこせ。俺の孫の中では美子が一番だし、お前との掛け合わせなら間違いは無い」  いきなり脈絡が無い事を言われて唖然とした秀明だったが、すぐに気を取り直して真っ当な事を口にした。 「私の事を随分高く評価して頂いている様ですが、それは本人の資質と性格と能力によるかと。しかもまだ生まれてもいない子供について、私の一存でお約束できません」 「和典と照江には言っておく」 「……微妙に話が通じない爺さんだな」  本気で呆れて思わず本音を漏らした秀明だったが、次の公典の行動で再び面食らった。 「よし、話は終わりだ。これをやるから美子を呼んでこい」  そう横柄に言い付けながら、公典がごそごそと寝間着の袂を漁って取り出した物を両手に押し付けられた秀明は、完全に目が点になった。 「あの……、これは?」 「見ての通りポチ袋だ。ちゃんと名前を書いてあるから、間違えるなよ?」 「いえ、そうでは無くてですね」  なぜここで『美子へ』と『秀明へ』と左上の隅に小さく書かれたポチ袋を受け取らなければならないのかと、秀明には珍しく本気で戸惑っていると、襖が開いて康子が顔を見せた。 「あなた。お話は終わりました? 美子ちゃんを連れて来ましたよ?」 「おう、さすが康子。タイミングばっちりだぞ! 美子、さあこっちに来い!」 「はい」  嬉々として美子に向かって手招きする公典を見て、秀明は反射的に封筒を抱えて立ち上がった。同時に無意識にジャケットのポケットにポチ袋を突っ込んだところで、空いた椅子に座ろうとした美子が、横に立つ秀明が何やらいつもと違うのを察したのか、不思議そうに尋ねてくる。 「秀明さん、どうかしたの?」 「……いや、何でもない」 「そう?」  それから美子は公典に、挙式と披露宴、新婚旅行に関しての話を語って聞かせた。それらを公典は笑顔で頷きながら、時折質問を繰り出していたが、その姿はどう見ても孫娘にベタ甘の好々爺にしか見えず、先程押し付けられた封筒を持参した鞄に詰め込みながら、秀明は(やはりお義父さん以上の人物だったな)と、密かに溜め息を吐いた。

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