姉妹の間でそんな会話がされた翌日の、倉田家を訪問しての帰り道。最寄駅への道を歩きながら、美子は溜め息を吐くのを止められなかった。 (俊典君の事がお祖父さんにばれていなかったのは良かったけど、照江叔母さんの気落ちぶりは、見ていられなかったわね。まだまだ長引きそうだけど、大丈夫かしら?) 久しぶりの孫娘の来訪を、病床にある祖父の公典は手放しで喜んだが、暗い顔で申し訳なさそうに出迎えてくれた照江には、美子は却って申し訳なさを感じてしまった。 (それにしても失敗したわ……。この季節に合うからと思って、うっかり形見分けしたばかりのお母さんの着物と帯で出向いてしまって。叔母さんが覚えていて『美子ちゃんに失礼な事をして、亡くなった深美さんにも申し訳が立たない』って号泣しちゃうし。本当に最近、やる事なす事何をやってるのかしら、私? 昨日美恵にも、発破をかけられたばかりだって言うのに) そんな事を考えながら、両手で軽く両頬をペシペシと叩いて密かに気合を入れていると、視線の先に見知らぬ老婦人が現れた。しかし彼女を見るともなしに眺めた美子は、思わず内心で首を捻る。 (この寒いのに、歩きながらソフトクリーム? そんなに好きなのかしら? 確かに今日は風も無くて冬にしては寒く無いけど、季節感がちょっと……。せめて温かい店内で食べれば良いのに) 歩道の向こう側から手にソフトクリームのコーンを持った和装の女性が、上機嫌にそれを舐めながらこちらに向かって歩いて来るのを認め、美子は彼女に道を譲ってすれ違おうとしたが、その瞬間自分の横で小さな悲鳴が上がった。 「あら、きゃあ!」 「え? はぁ!?」 トスッと軽く何かを身体を当てられる感じがして、足を止めた美子が何気なくそちらの方に顔を向けると、先程の老婦人がよろけでもしたのか、美子の着物の左肩辺りに手に持っていたコーンを押し付けながら、狼狽していた。 「まあまあまあ、どうしましょう!? 他人様のお召し物を汚してしまうなんて!?」 (申し訳ないと思っているなら、一刻も早くそのコーンを着物から離して欲しいんですが!?) おろおろしながらも動揺している為か、自分の着物にべったりとソフトクリームを押し付けているコーンから一向に手を離さないその女性に、美子は珍しく本気で切れそうになった。 「あのですね」 思わず声を荒げかけたその時、すぐ横の車道に急ブレーキの音が響き渡り、美子の抗議の声を打ち消した。思わず何事かと彼女が目を向けると、五十代ほどに見えるダークグレーのスーツ姿の男性が慌てた様子で運転席から降り立ち、車を回り込んで歩道に駆け寄る。 「奥様! どうなさいました!?」 「ああ、掛橋、大変なの! こちらのお嬢さんの着物に、ソフトクリームが付いてしまって!!」 狼狽したまま訴える老婦人に、掛橋と呼ばれた男は深々と溜め息を吐いてから、冷静に指摘した。 「ですから座ってお食べ下さいと申し上げましたでしょう、と苦言を呈したい所ですが、まずはそのコーンから手をお放し下さい。こちらの方のお着物への、処置ができません」 「あら、そう言えばそうだったわ」 軽く目を見開いて女性が手を離すと、掛橋は無言のままコーンを取り上げた。そのやり取りを聞いた美子は、怒りも忘れて半ば呆れ返る。 (そうだったわ、じゃあ無いでしょうが。何? このテンポのずれたおばあさん。物凄い深窓のおばあちゃんなの?) 掛橋はそのコーンを女性に渡すと、次にポケットから皺一つなくアイロンがけされて折り畳まれた白いハンカチを取り出し、それを広げながら美子にお伺いを立ててきた。 「お嬢様、失礼致します。取り敢えずクリームを取って、汚れた所を拭いてみますので」 「あ、はい……。宜しくお願いします」 取り敢えずこのままでは歩けない事は分かっていた為、美子は素直に頷いた。すると掛橋は、まず盛り上がっているクリームを全部、器用にハンカチに包み込む様にして取り去り、自分の主人らしき女性に渡した。それで終わりでは無く、更に同様のハンカチを取り出し、少しづつ軽く叩いたり拭き取って、染みを取り去って行く。 (ええと……、この人、ハンカチを何枚持ってるのかしら?) 次々と白いハンカチを取り出して四枚目を使い終えたところで、掛橋は美子に向かって深々と頭を下げて謝罪してきた。
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