半世紀の契約
(4)初めての言葉①

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「よっし! 任務完了!」 「あそこまで上手くいくとは、思わなかったわね~」 「お騒がせしました。あの不愉快な人達は、もう戻って来ませんので」  秀明の推測を裏付ける様に、龍佑達の姿が見えなくなった途端、ドアを閉めた美幸が先程までの泣き顔とは打って変わって笑顔で拳を握り、美実と美恵が苦笑しながら秀明達の方に向き直る。それに些か呆然としながら秀明が問いかけた。 「美実ちゃん。あの短冊状の布は……」  それに美実は、人の悪い笑顔で応える。 「瞬間接着剤で髪にべったり塗り付けたから、下手したら頭皮にまで付いちゃったかも。そうしたら髪を切るだけじゃなくて、溶解剤も必要ね。大変そう~」 「あれを取るには、嫌でも髪を根元からザクザク切らなきゃいけないし」 「そんなみっともない頭で披露宴に出られるなら出てみなさいよ!」  カラカラと美幸が笑う横で、美野がボソッと説明を加えた。 「あの布……、美子姉さんが書いたんです。相変わらず達筆で、怖かった……」 「美野ちゃん? 何があった?」  どことなく顔色が悪い美野に、秀明はもとより美恵達も何事かと顔を向けると、美野は真顔で話し出した。 「偶々部屋を覗いたら、美子姉さんがあの布を睨み付けながらひたすら硯で墨をすっている所に遭遇して。『何をしているの?』と聞いたら、『禿げろって念じているの』って……」 「…………」  そこで室内は静まり返り、男達は揃って無意識に自分の頭に手を伸ばしたが、美野は沈鬱な面持ちで話を続けた。 「三十分位して、また様子を見に行ったら、漸く筆に墨を含ませた美子姉さんがすらすらと一気に書き上げて、『どう? 会心の出来だわ!』って、もの凄く良い笑顔で両手で、持って見せてくれて……」  それを聞いた彼女の姉妹達は、真顔で言い合った。 「確実に禿げるわね」 「元々禿げる運命だったとしても、十年は早まったわね」 「やっぱり美子姉さんだけは、本気で怒らせないようにしよう」 「…………」  力強く言い切った彼女達に男達は僅かに恐怖を覚えたが、すぐに秀明は気を取り直して懸念を口にした。 「だがあんな事をしたら、訴えられる可能性も」 「どうして訴えられるんです? 私達、何もしていませんよ?」 「え?」  秀明の台詞を遮ってニヤリと悪役らしく笑ってみせた美恵に、妹達が続く。 「この控え室に招待客以外の人なんか入っていないし、私達、見てないわよね?」 「そう言えばさっきホテルの監視カメラが、このフロアだけ故障しているってスタッフの方が仰ってました。臨時調整中だとか」 「お義兄さん、ごめんなさ~い。シャンパンを抜いてお祝いしたかったんだけど、酒屋のおじさんに『未成年者には売れないよ』って、断られちゃったんです~」  如何にも白々しい物言いに、秀明は思わず笑ってしまった。 「そうか。俺も招待客以外の人間は見ていない。お前達は何か見たか?」  後輩達に目を向けると、漸くいつもの調子を取り戻した彼らも、口々に笑顔で述べる。 「ここに来てから懐かしい先輩の顔と、可愛らしい義妹さん達のお顔しか、見ていませんね」 「何か騒ぎがありましたか?」 「俺達の馬鹿笑いの声じゃないのか?」  そんな風にあっさり意思統一されたのを見て、美恵が妹達に声をかけた。 「皆、撤収するわよ。大叔父さん達にご挨拶しないと」 「あんた達、制服を汚してないでしょうね?」 「大丈夫。泡の垂れる方向には注意したから」 「お騒がせしました~!」  最後に美幸が笑顔で手を振って四人が引き上げると、どうやら阿南に続いて入室していた清掃担当のスタッフ二人が、美野達から空き缶を回収した後は黙々と仕事をしていたらしく、床のコーラの痕跡を綺麗に消し去り、それが済むと同時に頭を下げて出て行った。  そして十分程前と同じ状況に戻った室内で、男達が呆然と呟く。 「何だったんでしょうか?」 「嵐みたいでしたね」 「近年稀にみる、凄い間抜けな物を見てしまいました」  しみじみと後輩達が口にするのを聞いてから、とうとう我慢できなくなった秀明は、腹を抱えて笑い出した。 「……はっ、あははははっ! 愉快過ぎる! 何なんだ、あれはっ!」  それに誘発されて周りも爆笑したが、そこにノックの音と共に、ドアの向こうから淳が顔を見せる。 「よう。何だ? 凄い盛り上がってるな?」 「小早川先輩!」 「何であと五分、早く来なかったんですか!?」 「めちゃくちゃ笑える物が見れたんですよ?」 「何の事だ?」  そして相変わらず腹を抱えて笑っている秀明を放置し、後輩達が嬉々として報告してきた内容を聞いて、淳は思わず天を仰いだ。

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