半世紀の契約
(21)狂犬夫②

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「美子。楽しんでいるところを悪いが、そろそろおしまいだ。家に帰るぞ?」 「分かったわ。すぐに加積さんに全裸になって貰って、皆で踊って貰うから待っててね?」 「それは止めろ」 「どうして? 最後までやってから帰るわ」 (まともに言い聞かせても無理か。美子相手に、手荒な真似もできないしな)  不思議そうに主張してくる美子に、秀明は即座に説得の方針を変えた。 「確かに最後までできないお前は不満だろうが、このまま野球拳を続けたら、俺の機嫌が悪くなるぞ?」 「どうして?」 「俺を仲間外れにして、何を楽しんでるんだ。しかも俺以外の男の裸を凝視しやがって。俺が面白く無いのは当然だろうが?」  そんな事をどこか拗ねた表情で秀明が口にすると、美子は驚いた様に目を見開き、秀明の服から両手を離して、右手に裁ち鋏を持ったまま軽く両手を打ち合わせた。 「なるほど! 確かに秀明さんをそっちのけにして、私だけ楽しんでいたのは悪かったわ」  やっと気が付いたと言う様に、うんうんと一人で頷いている美子に、秀明は安堵しながら再度帰宅を促す。 「だろう? だから、もう大人しく帰るぞ?」  しかしここで美子は、更に予想外の暴挙に及んだ。 「もう~、秀明さんったらっ! 相変わらず誰かに構って貰えないと、忽ち寂しくなって拗ねまくっちゃう、困ったさんの可愛い小兎ちゃんなんだからっ!!」 「…………」  満面の笑みでそんな事を言いつつ、美子が空いている左手の指でピシッと自分の鼻の頭を弾いた為、秀明は無表情で固まった。それと同時に至近距離から、抑えようとして抑え切れなかった様な、くぐもった笑いが聞こえる。 「ぶ、ぶふぁっ!!」 「こっ、こうさっ!」 (……完全に酔ってるな)  チラリと横を見ると、両手で口を押さえた加積と桜が、秀明達から顔を背けて全身を震わせており、それを目にした秀明の怒りのボルテージが更に高まった。しかし何とか平常心をかき集めて、美子に向き直る。 「分かっているなら、俺と一緒に居てくれ。俺はこれ以上美子に構って貰えないと、寂しくて今にも死にそうなんだ」  そして秀明が哀れっぽく訴えつつ、両手で美子の右手を包み込むと、彼女は流石に心配そうな顔付きになった。 「まあ、それは大変。大丈夫?」 「だからそんなに男の裸がみたいなら、俺が幾らでも見せてやるから、さっさと家に帰るぞ」  そう言いながら秀明は、さり気なく裁ち鋏から美子の指を外し、更にそれを左手に持って背中に回す。すると心得た笠原が即座に鋏を回収し、秀明が安堵したのも束の間、美子がまたとんでもない事を言い出した。 「じゃあ私達の部屋で、秀明さんが裸踊りをしてくれるのね?」 「……どうしてそうなる」  盛大に顔を引き攣らせた秀明だったが、美子は平然と主張してきた。 「だって一人でフォークダンスはできないから、必然的に裸踊りをする事になるじゃない。せっかくここまで本格的にやってたんだから、最後まで本格的にやるの!」 「ちょっと待て、美子」 「してくれないなら帰らないから! ここで皆で、裸でフォークダンスをして貰うの!」 「だからそれは」 「皆で、裸で、フォークダンス! み~る~の~!!」 (駄目だ……。理性と判断力の欠片も無い)  地団駄を踏みながら涙目で訴える美子を見て、秀明は色々な意味で諦め、溜め息を吐いて了承の言葉を返した。 「分かった……。俺達の部屋で、お前の気の済むまで俺が踊ってやるから」 「本当? 秀明さん」 「ああ。俺がお前に嘘を吐いた事があったか?」 「三回あるわ」 「…………」  疑わしそうに言われた挙句にきっぱりと断言され、秀明は再び無言になった。しかし美子は、すぐに明るい笑顔になって申し出る。 「と言うのは冗談だけど。じゃあ秀明さんのお腹に、私が顔を描いて良い? と言うか、描かせて? 今までそんな事をやってみた事はないけど、自信はあるの!」 (おい……、今度は裸踊りと腹踊りが混ざってるぞ)  思わず心の中で突っ込みを入れた秀明だったが、期待に満ち溢れた瞳で妻から懇願された為、かなり複雑な表情で黙考してから、低い声で呟いた。 「……………………水性ペンなら」 「やった~!! 秀明さん、愛してるわ!!」 「ああ……、俺も愛してるぞ、美子」  満面の笑みで自分に勢い良く抱き付いてきた美子を、秀明も両手で抱き締め返す。しかし美子が目にしていない彼の形相は、もはや人のそれでは無かった。 (寄ってたかって、面白半分で美子に飲ませた奴ら……。全員殺す!!)  さながら鬼神の秀明の、紛れもない本気の怒りと鋭い殺気を全身に浴びる羽目になった全裸の男達は、本気で生命の危機を感じ、寒さ以上に恐怖に震える事となった。

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