半世紀の契約
(9)白鳥秀明と愉快な仲間達①

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「清人、待たせたな!」 「後は宜しく」 「きゃあっ!」  無防備な所を、いきなり両肩を佐竹に押されて美子が背後に倒れ込んだが、思わず悲鳴を上げた美子を、背後から伸びた手ががっしりと捕まえた。 「おう、任された。よっ……と!」 「何するのよっ!」  そして背後から誰かに、そして両足は佐竹に持ち上げられ、瞬く間にワゴン車に乗せられてしまう。 「ちょっと! 離しなさいってば!」 「失礼しました。こちらにどうぞ」  目の前で勢い良くしまったドアの向こうで、再度深々と頭を下げた佐竹の姿があっという間に見えなくなり、美子が乱れた着物の裾を直しながら車の中を見回すと、運転席から陽気な声がかけられた。 「藤宮さんですか? ようこそ、歓迎します。白鳥秀明と愉快な仲間達、会員ナンバー21の富川佳代と」 「会員ナンバー8の篠田光です。初めまして」  誘拐犯と言われても文句は言えない男に、すぐ隣でにっこりとほほ笑まれて、美子は盛大に顔を引き攣らせた。 「『白鳥秀明と愉快な仲間達』って……、ひょっとして以前佐竹さんから聞いた、武道愛好会の事ですか?」 「別名はそうですね。あ、因みにさっき待ち伏せしてた佐竹清人は、会員ナンバー23です」 「富川。武道愛好会の方が、正式名称だ」 「だって堅っ苦しいですよ。愉快な仲間達の方が可愛いじゃないですか」 (薄々思っていたけど……、武道愛好会って、奇人変人の集団?)  無意識に顔を顰めながらバックミラーを眺めていると、運転席から富川が訝しげな声をかけてきた。 「あれ? バックミラー越しにガン見されてる気がしますが、何か私に物申したい事でも?」 「いえ、女性もいらっしゃるとは思っていなかったので」  かなり失礼な事を考えていた自覚はあった為、美子が適当に誤魔化すと、それに篠田が笑って応じる。 「白鳥先輩に言わせると、『富川は確かに生物学上の女だが、男社会で健気に頑張っている女性全般に失礼だから、社会学上の女とは認められない』だそうです」 「ですが、いきなり男だけの車に連れ込まれたら藤宮さんが落ち着かないだろうから、付き合う様に言われまして」 「……お気遣い、ありがとうございます」 (気遣いの方向性が、絶対間違っているけどね!?)  完全に呆れ果てた美子は、ここで苛立たしげに質問を繰り出した。 「ところで、どこに向かっているんですか?」 「何だか、白鳥先輩がお話があるそうで」 「一仕事終えるまで、指定の場所で待ってて欲しいそうです」 「……そうですか」 (それならそうと、直接私に連絡をよこしなさいよ! しかもどうして他人を迎えに来させるの!!)  美子は心の中で正当な主張をしたが、二人はそれを読んだかのように弁解してきた。 「それが先輩の用事が何時に終わるか、ちょっと予測が付かないそうで」 「それに加えて、結構凶暴でかなり頑固な女を確保するとなったら、それなりに腕の立つのを用意する必要があるとかなんとか」 「でもさすがに年の瀬ですから、急に言われても暇な人間はそうそう居なくて。それぞれ都合の良い時間帯と場所で、リレー形式で繋ぐ事になったんです」 「先輩との待ち合わせ場所で一人で延々と待たせたら、変な人間に絡まれる可能性もあるので、連れを用意してますから」 「はぁ……」 (何、この人達、人の考えてる内容が分かるの!? というか先輩同様、何気に失礼よね!?)  そんな風に密かに腹を立てながら、美子は軽く嫌味を口にした。 「お二人とも、年の瀬に身体が空いていらっしゃっるんですね。どんなお仕事を?」 「俺はフリーライターで、こいつは菓子職人です」 「先輩! ショコラティエですってば!」 「え? あの……、お二人とも東成大の卒業生ですよね?」  意外に思えたその進路に、二人は今度は苦笑いで答える。 「う~ん、良く言われるんですよね~。武道愛好会のメンバーって、様々な格闘技での有段者でありながら東成大に入学した人ばかりですから、色々な意味で突きぬけてる人間ばかりで。真っ当な職に就いたのは、今の所半分くらいかな?」 「俺らなんか可愛い方ですよ。ホストになった奴もいるし、放浪の旅に出て行方不明になった奴もいるし、住居不定無職でオンライン取引で金だけガバガバ稼いでいる奴もいるし。後はメイクアップアーティストに、ラーメン店の店長? 他にも色々、変わり種がいますけど」 「でも今のところ、犯罪者とか前科持ちはいませんよ? 警察に捕まる様なヘマしませんから」 「しかしあの白鳥先輩が、官僚になって今はサラリーマンって、何の冗談だ」 「本当ですよね~。真っ先に道を踏み外すと思ってたのに。同じくツートップの小早川先輩なんて、弁護士ですよ弁護士」 「あの人、何かやらかしたら、自分で自分を弁護する為に弁護士になったんだろ」 「ですよね~」  そう言ってケラケラと笑い合う二人に、早くも美子の忍耐力は限界に近付いた。 (やっぱり奇人変人の集団……。絶対にこれ以上、お近づきになりたくないわ)  そう心に決めて、それからは余計な事は言わずに黙っていた美子だったが、繁華街のコインパーキングに車を入れて三人で歩き始めてから、訝しげに前を歩く二人に尋ねた。 「あの……、待ち合わせ場所って、一体どこですか?」 「ええと、この辺の筈……」  するとキョロキョロと周囲を見回していた富川が、声を張り上げて大きく手を振った。

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