半世紀の契約
(18)食べっぷりでの婿判定①

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「……美子姉さん」 「何?」 「本当に、これを出すの?」  お盆に乗せられた物を凝視しながらの美野の問いかけは、姉妹全員に共通の物だったが、美子はそれを一刀両断した。 「当たり前でしょう。ほら、ぼやぼやしてると冷めるから、さっさと運んで頂戴」 「……はい」  そして大人しくお盆を抱え持ちながら歩き出した美実達は、手元を見下ろしながら暗澹たる気持ちになった。 (これは駄目かも) (美子姉さん……) (やっぱり怒られても、今日は出掛けていれば良かった)  そして暗い表情で三人が客間に戻ると、どうやら残った面子でそれなりに話は盛り上がっていたらしく、昌典が機嫌良く声をかけてきた。 「お待たせしました」 「ああ、それじゃあ美恵。食事にするから、茶碗を片付け……」  そこで昌典が不自然に言葉を途切れさせたのは、娘達の手にあるお盆に乗せられた代物を目にしたからである。他の面々も当惑して黙り込んだが、美子は全く気にせずに冷静に指示を出した。 「美実、まずこちらに置いて」 「……はい」  そして座り込んだ美子は、持参したお盆を畳の上に置き、乗せていた金属製の長方形のバットの蓋を開けた。更に美実から受け取った蕎麦丼の蓋を取り、その麺の上にバットから菜箸で取り上げた海老天を二本と薬味を乗せる。 「じゃあ最初に谷垣さんにね」 「分かりました」  そして美子から準備ができた丼を受け取った美野は、神妙に谷垣の前にそれを出した。 「どうぞ」 「……なによ、これ」 (かけそばじゃなくて、まだ良かったかも) (あんな大きな海老天が二本乗ってるから、一応一人前千円は越えてるだろうし) (美恵姉さんの顔が怖い……)  こめかみに青筋を浮かべている美恵を見た妹達は、本気で肝を冷やしたが、そんな彼女達とは裏腹に、谷垣が歓喜の声を上げた。 「うわ!! 天ぷらそばですか!? 嬉しいな。好物なんですよ!」 「そうでしたか? それは良かったですわ。どうぞ、温かいうちに召し上がって下さい」 「はい! 頂きます!」  そしてこの間に美幸が揃えておいた箸を取り上げて、谷垣は猛然と蕎麦を食べ始めた。その様子に皆が唖然としている中、美子が他の者用の蕎麦を整えながら笑みを零す。 「上手い! これ、きちんと出汁を取ってますよね。やっぱり日本は昆布と鰹節の国だなぁ」  一気に半分ほどを食べてしまった谷垣がしみじみと口にすると、美子が笑いを堪える様に尋ねた。 「最近では海外でも日本食のお店は多くなった筈ですけど、やはり国内とは違いますか?」 「頑張ってる店には、偶に入りますがね。そういう店に当たった時は、嬉しくて泣いてしまう位ですよ」 「そうでしょうね。ご実家が料亭で、舌が肥えていらっしゃるみたいですから」  何気ない口調で美子が口にした内容に、谷垣は手の動きを止めて不思議そうに彼女を見やった。 「あれ? 俺の実家の事、美恵から聞きましたか?」 「いいえ、谷垣さんが開設しているブログを拝見しました」 「でもあの中で、実家の事とか書いてましたかね?」  尚も首を捻っている彼に、美子が笑いながら述べる。 「直接的には書いてありませんでしたが、話題に出されていた内容を総合的に判断すると、和風旅館か料亭かと推察しまして」 「そうでしたか。いやぁ凄い洞察力ですね、お姉さん」  本気で感心した視線を向ける谷垣に、美子は穏やかに笑いかけた。 「暫く海外に行かれていたみたいですし、今日は和食をお出しした方が、喜んで頂けると思いまして」 「ええ、もう、こんな本格的な蕎麦、最高です! 海外で食べるとただ真っ黒な汁や、明らかに市販のめんつゆを使ってる様な物を出される事もありますしね」 「ブログにも、随分腹立たしいコメントが載っていましたね」 「この海老天も衣がサクサクで、海老自体も身がプリプリしてて旨味を感じるし。本当に感動モノです!」 「喜んで頂けて何よりです。それからそのお蕎麦の他にも、お食事を用意してありますの。召し上がりますか?」 「はい、是非!」  美子の申し出に、嬉々として頷いた谷垣だったが、ここで美恵が慌てて会話に割り込んだ。 「ちょっと姉さん!? これだけじゃないの?」 「あら、当然でしょう? それでは少々お待ち下さいね」  後半は谷垣に告げて立ち上がった美子に、妹達は更なる不安を煽られた。 (絶対、気に入らなかったら、蕎麦だけで返すつもりだったわよね) (やっぱり午前中に作ってたあれ、お昼用だったんだわ) (取り敢えず良かったけど……、美子姉さんの事だから、まだ安心できない……) 「じゃああなた、美樹に食べさせていてね? ちょっと準備してくるから」 「……ああ」  そして蕎麦を配り終えた美子が立ち去って十五分程して、彼女が大きなお盆を手に再び客間に戻って来た。

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