一方で、早朝である事もあり、家族を起こさない様に慎重に家の中に入って足を進めた美子は、自室に辿り着くなり、一気に緊張が解けて床にへたり込んだ。 「疲れた……。一体、何だったのかしら?」 茫然と座り込む事、数分。ここで美子は掛け時計で時刻を確認し、慌てて立ち上がった。 「いけない、ぼんやりしてる暇なんかないわ。急いで朝食の準備をしなきゃ。お父さんは今日まで仕事だし」 それから猛烈な勢いで着物を脱いで片付け、手早くセーターとジーンズを着込んで台所へと向かった美子は、そのままの勢いでエプロンを付けて朝食の支度をしていると、いつもよりも早い時間に起きて来た美恵が、台所の入口で顔を顰めつつ声をかけてくる。 「……姉さん? 何で居るのよ?」 「居たら悪いの? 暇なら、その茹で上がった物をだし汁で和えて頂戴」 どうやら自分の代わりに朝食を作るつもりでいたらしい美恵が、思わずと言った感じで憎まれ口を叩いてきた為、美子もつい言い返してしまった。(こういうのが悪いのよね)とは思ってはいるものの、つい喧嘩腰になってしまう口調を美子が反省していると、美恵も憮然としながらも、大人しく言う通りに手伝い始める。 「どうして美子姉さんが、朝ご飯を作ってるわけ?」 「じゃあ明日は、美実が作ってね。糠漬けと果物を、人数分切ってくれるかしら?」 不審そうな顔で台所に顔を見せた美実に、すかさず美子が用事を言いつける。ここで逆らっては駄目だと瞬時に判断した美実は、大人しく包丁を握って切り始めた。 「え? どうして美子姉さんが……」 「朝から、幽霊を見た様な顔をしないでくれる? もうすぐご飯にするから、お茶碗とお皿と小鉢を人数分揃えてね」 台所の入口で驚愕の表情で固まった美野に、美子は溜め息しか出なかった。そして美野も大人しく手伝い始めると、ひょっこりと美幸が姿を現す。 「あれ? 美子姉さん、昨日帰って来てたの? 予定、聞き間違ったかな……」 首を捻っている美幸に、美子は怒鳴りつけたい気持ちを堪えつつ、押し殺した声で美幸に声をかけた。 「美幸……、ちょっと来なさい。皆、後は良いわ。ご苦労様」 美幸の横をすり抜けて美子が廊下を歩き出すと、彼女は大人しく後ろに付いて歩き出した。そして二人で美子の部屋に入ってから、美幸が不思議そうに尋ねる。 「美子姉さん、何?」 そこで美子はビニール袋に入れて持って帰って来た紙袋を取り出し、美幸に向かって差し出した。 「これは何?」 「あれ? 使ったの? じゃあやっぱり泊まって来たんだよね?」 きょとんとして尋ね返した美幸に、美子は忽ち怒りの形相になった。 「使ってません!! 大体中学生が、こんな物をどうやって入手したの!? 通販? 今度からあなたに届いた物は、全て開封検品するからそのつもりでいなさい!!」 「えぇ!? それってプライバシーの侵害!」 「お黙りなさい! さっさと質問に答える!!」 盛大に訴えた美幸だったが、美子は問答無用で叱り付けた。それに美幸が堂々と言い返す。 「それはお店で買ったの! 怪しげな所じゃないもの!」 「中学生にこんなのを売るなんて、どんな店よ!」 「だから、ちゃんとした所だし! 店員のお姉さんに『奥手の姉が男の人と初お泊まりなので、男心をくすぐる物を、この予算内で選んで貰えますか?』ってお願いしたら、『まあ! お姉さん思いなのね。分かったわ、大サービスしちゃう』って言ってくれて、随分おまけして貰ったのよ?」 真顔で主張した美幸だったが、ここで美子の顔が盛大に引き攣り、怒りの声を上げた。 「何を馬鹿な事をしてるの! こんなくだらない物に使うなら、暫くお小遣いは無しですからね!!」 「えぇぇぇっ!! 酷い! 美子姉さん、横暴!!」 「黙りなさい!! ご飯にするから、話はもう終わりよっ!」 激怒した美子が足音荒く部屋を出て行くと、この間こそこそと様子を窺っていた美恵達が、入れ替わりに美子の部屋に入って来る。 「うぅ……、酷いよぅ。年始客が来ないから、今度のお正月はお年玉だって貰えないのに……」 項垂れて涙ぐんでいる美幸と、美恵が袋から引っ張り出した物を交互に見ながら、彼女の姉達は溜め息交じりに感想を述べた。 「美幸、気持ちは分かるけど、これは無いと思うわ」 「まだ大人しい奴で良かったわよ。もっと際どいのだったら寒空の下、家から叩き出されてたから」 「しょうがないわね。何か欲しい物があったら、私が買ってあげるわ。姉さんの怒りが治まるまで、少し我慢しなさいね」 「うん……、美恵姉さん、ありがとう」 そうして一気にテンションが下がった美幸を宥めつつ、美恵達は揃って食堂へと向かった。
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