「家が…ない!!!!!!」 先ほどまであったただの優しいイケメンの面影はなく、 絶望と驚愕と悲惨を混ざて1つにしたような顔をしながらガクンという音をたて膝から崩れ落ちました。 どうしたんだ?と思い彼の目線を追っていくと、確かに言葉通り家はありません。 その代わりに、2本のご立派な斧が刺さった木の残骸たちが瞳に映りました。 この様子から推測するに、先程やけくそで投げた彼の金の斧と銀の斧が、 プレゼントする予定だった家に直撃してしまったのでしょう。 筋肉がいい仕事をしたばかりに、見るも無残な形へと変貌していたのです。 「何ということでしょう。」 「いやこっちが言いたいよ。」 狙ってやっても難しいであろうピンポイント地点への落下に、 2人とも茫然と口をあんぐり開けてただただ見つめました。 空を見上げる程大きかった男は、今はモルモットよりも小さく見えます。 「すみません。まさか先ほどの斧がこんなことになるなんて。 ただ、あなたを喜ばせたかっただけなんです。 必ず作り直します。1ヵ月…いや、2週間以内には作り終わらせますので。」 しょぼんという言葉は彼のためにあるのではないかと言いたくなるほど、 とても力なく悲しい瞳をしていました。 木こりに迷惑をかけてしまった、がっかりされると思ったのでしょう。 あれだけ自信満々だったのが嘘みたいに、 今となっては、彼女の目を見ることすらも怯えている様子。 そんな彼の姿を見て、木こりはふぅと小さくため息をつきました。 そして隣でびくっと肩をすくめる彼の隣で、穏やかな声で話しかけます。 「金の斧も銀の斧もない、家はこの通り綺麗に全壊。 あと、残った選択肢は何でしたっけ?」 「えっ?」 「最後に出した選択肢は?」 「えっと…私?」 「そう。なら、あなたが欲しいです。」 「えっ!?でも」 想定外の言葉に、彼は手を何度も横に振ったり、頭を抱えたり、信じられないとアタフタしだしたのです。 そんな挙動不審な様子を見ても、木こりは全く動じません。 「先ほど、私はちゃんとお伝えしていたはずですよ。 『私に何かを授けることで、あなたがちゃんと治療を受けてくれるなら貰いますよ』と。」 「確かに言ってはいましたが…それは、妥協ですか?それとも同情ですか?」 「どちらでもありません。私が今欲しくなりました。 あっ。勘違いしていたら嫌なので言っておきますけど、私はこんなことで失望したりしないですよ。 それに、元はと言えば、私があなたに怪我をさせたのが原因です。 この後病院に行ったら、せめて傷が治るまでの間だけでも、隣で面倒を見させてください。 私がこんなことを言うのもおかしいですが、それが、今私が一番喜ぶことです。」 彼女のことだから、嘘ではないと理解してはいるのでしょう。 しかし、そこまで言っても彼はなかなか首を縦に振ってはくれません。 あれが欲しい、これが欲しいと思っていても、 いざ「じゃあ買ってあげる」と言われるとちょっと動揺してしまうタイプなのです。 木こりは何だか彼のしおらしい様子がちょっとだけおかしくて、 隣にゆっくりとしゃがみ、太陽が悪戯するように彼を覗き込みました。 「それで、その後に2人でもう一度家を直しませんか?」 「えっ?」 「私木こりなので、木を切るのは得意です。それから力仕事もね。 だってこういうのは、2人でやればいいだけの、簡単な話なのでしょう?」 「—―—はい!!」 先ほどまで囃し立てていた鳥もバタバタと飛んでいくような威勢の良い声と同時に熱い抱擁をされ、 思わず顔から火が出てしまいそうな程真っ赤になった木こりは、 そのあまりの恥ずかしさから勢いよくイケメンの顔面にビンタをしてしまいました。 またもや傷を増やしてしまった!と急いで彼の頬に手を当てますが、 今度はその手をゆっくりと握られ、ただ真っすぐ見つめられたのです。 改めて見ると、顔面が国宝レベル。 素直に見つめ返すことが出来ず、ふっと瞳を逸らすと、彼は手を握ってたまま下におろしていきました。 50センチくらいの2人の間には、それを繋ぐ糸の様に結ばれた指。 穏やかな鳥の声が聞こえて来たのと同時に、彼が木こりの方を見つめて問いかけます。 「今更ですが、あなたの名前を聞いても良いですか?」 「あぁ、そういえば言ってませんでしたね。キリルです。ご存じだとは思いますが、木こりをしています。」 「素敵なお名前ですね。胸に刻みつけました。一生忘れません。」 「毎回重いんだわ。それで、あなたの名前は?」 「申し遅れました。私はスリングと言います。 あなたが、一生忘れられない名前にしてみせます。」 「恋愛小説家も真っ赤になるようなセリフ。」 「ちなみに泉の男神をしています。」 「ここに来てとんだぶっ飛び設定。」 彼が男神をしていると聞き、本当にとんでもない奴だったと驚愕もしましたが、 泉の中から現れたことや、手を差し伸べた時に右手だけが濡れていなかったことなど、 色々なことが同時に腑に落ちたのでした。 相手が人間だろうと神様だろうと、彼が彼であることに変わりはない。 例え変人であろうと最後まで病院に連れて行こうとしていたように、 誰であろうと偏見を持つことをしない木こりは、その職業も彼と一緒にまるごと受け入れたのでした。
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