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<1> 「フードファイターのエントリーだ!」 「来たー! 俺、完食に五百円!」 「それじゃ賭けにならないだろ!」  あたしが食券を自販機で買うと、○×高校の学食内の男子生徒たちがいつものように盛り上がる。ついでに一部の女子も。  食券には「ギガカツカレー<中辛>」と書かれている。お値段は千二百円也。学食メニューにしては異様に高いが、それには理由がある。 「お姉さん、いつもの」  カウンターで、不敵に微笑みながら学食のお姉さんに食券を渡す。 「来たね、夕璃ゆりちゃん! お姉さん腕によりをかけて作っちゃうからね!」  ショートカットで二十代前半ぐらいのきれいなお姉さんが、自分の左二の腕をぽんと叩く。奥の厨房で学食のヌシであるおばちゃんが、うなずいて戦闘態勢を整える。  あたしは降雪夕璃ふりゆき・ゆり○×高校ここの生徒で水泳部所属。中学三年のとき全国大会で個人二位を達成していて、一年生ながら期待株扱い。  テーブルで待ちながらぼーっと考え事をしていると、さっきのお姉さんから声がかかる。 「夕璃ちゃん、ギカカツカレーお待たせー!」  半券片手にカウンターへ取りに行くと、そこにはカツカレーのお化けが待ち構えていた。  カツとごはん、そしてルーの量が通常の三倍という代物。○×高校スペシャルメニュー四天王の一つだ。学食内が再度騒然となる。  特に動じることもなく再度着席し、目をつぶって合掌する。 「いただきます」                   いざ、実食!  まずは、メイン具材であるカツから。サクッとした衣の感触に続き、肉の歯ごたえがやってくる、そこにじゅわっと溢れるポークの肉汁。シンプルに美味しい。そして、これにソース代わりの野菜の旨味と甘味が溶け込んだ、ほど良い辛さのルーが絡んで実に素晴らしいハーモニーを奏でる。  そして、カツの後味が消えないうちにルーとライス、そして付け合せの福神漬けをかき込む。これまた美味うまし。ルーも良くできているけど、お米がまた美味しい。  ここの学食は高校にあるまじきレベルの高さだと思う。○×高校を選んで良かったと実感する瞬間だ。 「ごちそうさまでした」  再び目を閉じ合掌。カツカレーのお化けは、すっかり消え失せて成仏していた。学食が歓声に沸く。 「やー、相変わらずお見事!」  空の食膳を下げると、お姉さんに感心される。 「いえ、みなさんの料理が美味しいからです。美味しくなかったらこんなに食べられませんよ」  また来てねー、というお姉さんの声と皆の拍手喝采に送られて、学食を後にする。さあ、午後の授業と部活頑張ろう! <2>  強い日差しが照りつけ、汗がにじむ。こないだ入学したばかりだと思ったのに、もう中間テストの結果が返ってくる時期。成績は六十点台がほとんどで、良くて七十点前半。特別悪いというほどではないが、良くもない。部活の方に熱中してたからなあ……。  ともかくも、スポーツバッグを肩口に担いで部活帰りに校門を通り抜けると、何やら人だかりができている。うちの女子が多いな。何ごとだろう。  人垣の向こうに目をやると、「POP'N CUTE」という両端にアイスの絵が描かれた看板と、パステルカラーのワゴン車の屋根が見える。へー、アイスクリームの移動屋台か。  水泳はとてもカロリーを使うから、ちょうど甘いものが恋しい気分。さっそく行列に並ぶ。  長蛇の列……というほどではないけど十分じゅっぷん弱並んで、次はあたしの番。髪をサイドテールにまとめた小柄な女生徒が少し迷った末にバニラを注文する。 「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」  店員さんは、天使か妖精かと見紛うような、美しい顔立ちのお姉さんだった。優しげな目元が印象的で、髪をローポジション・ポニーテールにまとめ、「POP'N CUTE」のロゴが入ったエプロンとキャップを身に着けている。清潔感と、何より快活で人の良さそうな印象を受ける。 「急かすようですみませんが、後ろがつかえていますので……」  店員さんの声に、はっとなる。いけない、思わず見とれてしまった。 「ええと……バニラ、チョコ、メロン、チョコミント、抹茶、オレンジ、ストロベリー、モカを!」  勢いで、つい大量に頼んでしまう。まあ、頼んでしまったものはしょうがない。さすがに買いすぎたので、紙カップ入りのをドライアイスと一緒に箱詰めしてお持ち帰り用にしてもらう。 「これ、隠し味にちょっとだけお塩使ってる。しかも、この風味はきっといい岩塩」  横から、そんな声が耳に入る。声の主はさっきの小柄な女生徒。リボンタイの色を見るに、二年生か。 「すっごーい! よくわかりましたね、驚きました!」  店員さんが、口に手を当てて感心の声を上げる。  あれ、何だろうこの気持ち。何か嫌な、ざわっとした感覚……。  頭を振って、変な感情を心から追い出す。アイスが溶けちゃう。バスももうすぐ来るし、早く帰らないと。 <3>  バスから降り、歩道をとぼとぼと歩く。何だったんだろう、さっきの。すごく嫌な気分。  家が見えてきた。この辺は高級住宅地で、今目に映っている広い庭付きの白い大きな家が自宅。 「ただいま」 「おかえりなさい、お嬢様」  玄関に上がると、通いの家政婦さんが出迎えてくれる。彼女とは幼稚園の頃からの付き合いだ。 「今日は、いいイサキが手に入ったんですよ。塩焼きにしようかと。お風呂から上がられる頃には出来上がると思います」 「あ、ごめん。ちょっと今日食欲が……。少なめでお願いできる? あとこれ、冷凍庫に入れといて」 「あら、珍しい。お加減が悪くないといいのですけど。では、軽めに作りますね」  そう言ってアイスの箱を受け取り、食堂ダイニングの方へと消えていく。  とりあえず、お風呂に入ってさっぱりしよう。そうしよう。  ◆ ◆ ◆  お湯が溜まるのを待ちながら、汗と汚れをシャワーで流す。どうにも、心のもやもやが消えない。泡をすべて洗い流すと、ふと思い立って脱衣所兼、洗面所の鏡の前に立つ。  顔立ちは悪くない、と思う。むしろ、どちらかというと美人の部類だと自分でも思う。でも、それを帳消しにするぐらい目付きが悪い。塩素焼けで茶けたショートカットも相まって、知らない人からよくヤンキー扱いされることもある。自分では、根はかなり真面目な方だと思うんだけど。  笑顔を作ってみる。ううん……やっぱり、この鋭い目つきに致命的に似合っていない。思わず深い溜め息を吐く。  そんなことをやっているうちにお湯が溜まったので、ゆっくり浸かる。ぬるめのやつに長く浸かるのが好きで、広い浴槽で手足を伸ばしてくつろぐと、心にかかった霧が少し晴れてくれるような気がする。 <4> 「良ければ、味見役をお願いできませんか?」  すっかり常連になったPOP'N CUTEでまたも大量のアイスを抱えて帰ろうとした矢先、あの店員さんの声が聞こえた。  振り向くと、話しかけた相手はあたしではなく、あのいつぞやのおチビな上級生。下車した店員さんと和やかに会話する彼女。嫌……何か心の中がザワザワする! 「じゃあ、改めてよろしく! 私、小里こざとにこら」  おチビに微笑む店員さん。何で! こんなに毎日たくさんアイス買ってるのに、何でアイツのほうが先にあんなフランクに自己紹介されてるの!? だいたい、味見役ってどういうこと!?  心の中に、嵐が吹き荒れる。ちょうどマイクロバスが来たので、急いで乗り込む。一刻も早く、そこから逃げ出したい気分だった。  ◆ ◆ ◆  湯船に浸かりながら自己嫌悪に浸る。この感情は、きっと嫉妬。あたしは店員さん……小里さんに恋しているんだ。  うちはとても裕福だし、お父さんもすごく愛情を注いでくれるから何一つ不自由をしたことがない。  でも、そんなあたしでも手に入らないものがひとつだけある。それは、年上の女性からの愛情。  別に虐待されているとかそういうことはない。ただ単に、お母さんを幼い頃に亡くしているのだ。  家政婦さんもちゃんと愛情を注いでくれるけど、それはあたしが求めているのとは多分別種のもの。  だからか知らないけれど、思春期を迎える前から好きになるのは常に年上、それもかなり上の女性。  だいたい本気にされず、単に「年上の女性への憧れ」でいなされてきた。違う、そうじゃないのに。  湯船に沈み込み、ぶくぶくと息を吐く。  小里さんにとって、あたしは「買う量がいつもすごい常連さん」に過ぎないんだ。ろくに知らない先輩に嫉妬するほど好きなのに、なんて切ないんだろう。  ◆ ◆ ◆ 「おーい、降雪! やる気ないなら帰れー!」  部長の叱声ではっと我に返る。いけない。朝練の真っ最中に、飛び込み台の上でぼーっとしていた。 「すみません!」  急いで飛び込み、クロールで泳ぐ。  あのおチビな先輩は、夏休みになったら駅前に拠点を移したPOP'N CUTEでちゃっかりバイトの座に収まっていた。小里さんの横で楽しそうに働く彼女。あたしは小里さんの中でまだきっと、ただの常連さん止まり。嫉妬の感情が、積乱雲のごとくどうしようもないほどに巨大化しているのがわかる。  このままじゃダメだ! あの先輩ひとに完全に奪われてしまう前に、告白しよう!! <5>  八月最終週の登校日、会いたくなかったような、ある意味会いたかったような人物と廊下で鉢合わせした。 「こんにちは。いつも、お買い上げありがとうございます」  ぺこりと頭を下げてくるおチビ先輩。人の気も知らないで、呑気なご挨拶。 「店長さんは、あんたなんかに絶対渡さない!」  ひと睨みして、きっぱり言い放つ。あえて店長さんと呼んだのは、直接教えてもらったわけではなく、彼女経由で知った名前で呼ぶのが何か悔しかったから。  宣戦布告はした。決戦は明日だ! やるなら正々堂々と。一日だけ猶予をあげる!  ◆ ◆ ◆  部活が終わってお昼。いつものように駅前広場のPOP'N CUTEに行く。今日も盛況だ。  心臓が早鐘のように打つ。きびすを返して逃げ出してしまいたい。  いや、今更怖気づいてどうする! 何のための宣戦布告だ! ここまで来て逃げるとか、格好悪いってレベルじゃない。  行列に並び、自分の番が来る。でも今日は、買い物ではない。 「店長さん、あたしと付き合ってください!」  後ろに手を組み、深いお辞儀とともに言い放つ。言った。言ってしまった。いや、そのために来たのだけど。ともかくも、ついに言えた! 周囲が騒然となる。 「あたし、本気です! お願いします!!」  頭を上げ、言葉を続ける。 「ええと……午後七時に営業が終わりますから、そのときまたいらしていただけますか? お返事はそのときに」  困った様子で返す小里さん。まあ、そうだよね。でも、他に告白ができそうなタイミングが思いつかなかったので許してください。 「わかりました! 失礼します!」  深々と再度一礼して、駅内に入る。ともかくも、最終決戦も終戦間近だ。あとは、返事を待つのみ!

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