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<6>  夕暮れ、電車に揺られながら強い不安にさいなまれる。時間ぴったりに着くはずだけど、一駅ごとに暗く重いものが強く心にのしかかってくる。  そうしているうちに、目的の駅に着いてしまった。また逃げ出したくなるが、最後の勇気を振り絞る。  駅前広場に歩を進め、店じまいの支度をしているPOP'N CUTEのワゴンへ向かう。 「お返事を聞きに来ました」  思わず声がかすれそうになるが、きちんと声に出す。 「友梨ゆりちゃん、悪いけど少し外しててくれる?」  おチビ先輩にそう呼びかける小里さん。自分と同じ発音の名前なんて、何か不愉快だな。  彼女が、遠くのベンチへと歩み去って行く。 「それで……お返事は」  おチビ先輩が十分に距離を空けたのを見届けると、再度問う。 「ごめんなさい。私、好きな人がいるんです」  小里さんが深々と頭を下げる。  本当はわかっていた。あのおチビ先輩と相思相愛なんだって。わかっていたはずなのに……。わかってたはずなのに、涙がどうしようもなく溢れてくる。 「すみません、少し泣かせてください」  頑張って声を殺そうとするけど、嗚咽を上げてしまう。  悲しい、悔しい。全国大会で二位に終わったときを思い出す。あのときは、ほんとにあとちょっとの差だったんだ。何度も何度もビデオを見返して、そのたびに悔しくて泣いていた。  ひとしきり泣いて、少しだけ落ち着くと、もう一度だけ礼をして駅へと向かう。  さようなら、小里さん。心の傷が癒えたら、またアイス買いに行きます。 <7>  駅内で、再び思い出し泣きしてしまう。  通行人が何ごとかとジロジロ見てくるけど、どうようもなく悲しいんだからしょうがないじゃないか。 「どうしたの、夕璃ちゃん?」  ふと、背後から聞き覚えのある優しい声がかかる。振り返ると、そこには学食のお姉さんが立っていた。カジュアルなスカートルックの私服がよく似合っている。 「すみ、ません。ちょっと、いろいろ、あって」  しゃっくりのように言葉を切りながら、返事をする。 「うーん、私で良かったら話聞くけど……どう?」  そう言って、駅中の喫茶店を指差す彼女。そこで少し話さないかという意味だろう。 「お願い、します」  ハンカチで涙を拭いながらうなずく。ちょうど誰かに話を聞いてほしい気分だった。  ◆ ◆ ◆ 「何飲む? 好きなの言って」 「そんな、悪いです。自分で出します」  少し落ち着きを取り戻して店内に入ると、おごると言われたが、話を聞いてもらおうというのにそれは悪い気がした。 「いいの、いいの。お姉さんに出させてよ」  うーん、あまり食い下がるのもかえって悪いかな。 「じゃあ、抹茶オレお願いします」  ご厚意に甘えることにしよう。お姉さんは、アイスカフェオレを頼んだ。  席に対面で座ると、彼女がじっと見つめてくる。あたしが話し出すのを待っているのだろう。 「ええと、どこから話したらいいのか……」  人に話をする時は、まず結論からというのが友人の持論。自分もそれにならい、今しがた振られたことから話を始め、小里さんとの出会いにまで話をさかのぼらせる。  話している最中にまた涙が出てきてしまい、ハンカチを取り出す。  涙を拭っていると、「辛かったね」と言って優しく頭をなでてくる。 「あ、ごめんなさい。小さい妹がいるから、つい癖で」 「いえ、ありがとうございます。あたしのほうこそ、こんな話聞かせて。そういえば、お姉さん……。ええと」  と、言葉に詰まる。今更だが、彼女の名前すら知らないことに気付く。 「あ、そういえば夕璃ちゃん私の名前知らなかったか。郡谷四季こおりや・しきっていうの。よろしくね」  微笑みながら、ちょっと頭を下げる彼女。あたしも、ちょこっと頭を下げる。何だか照れくさい。  郡谷さんは、そのあともいろんな愚痴に付き合ってくれた。話がひと区切りするたびに、うんうんとうなずくだけとかオウム返しではない、心のこもった相槌を打ってくれる。それが何だか、とても嬉しくて、言葉がするすると出てくる。  さっきまであんなに泣いていたのに、「嬉しい」という感情が湧いてくるなんて。彼女みたいな人を、聞き上手っていうんだろうな。 「あっ……すみません。そろそろ帰らないと家の者が心配するので。お茶、ありがとうございました。お話も聞いてもらえて、随分気が楽になったみたいです」  気づけば腕時計の針が八時半を回っていた。家に着く頃には九時をとっくに過ぎてしまうだろう。 「いえいえ。私が気付くべきだったよね。夕璃ちゃんが楽になれたなら、それが一番。じゃあ、また今度学校でね」  郡谷さんにぺこりと頭を下げ、「失礼します」と別れを告げる。彼女も頭を下げ、手を振って見送ってくれた。  来る時はあんなに重苦しい気分で電車に乗っていたのが、帰りは妙に爽やかな気分。振られて、あんなに悲しい気持ちになったのに。  潔く玉砕したから……なんてわけないよね。間違いなく郡谷さんのおかげだ。  不思議な魅力を持った人だな。  中吊り広告をぼーっと眺めながら、そんなことを考えた。 <8>  二学期初のお昼休み。いつものようにギガカツカレーを頼んだものの、どうにも食が進まない。 「どうした? 全然スプーンが動いてないぞ?」  対面で長髪をかき上げつつきつねうどんを食べている、親友の小田部おたべえみるが黒下縁眼鏡越しにカツカレーとあたしを見ながら怪訝けげんな顔で尋ねてくる。ゴリゴリの理系で、何ごとも合理的にというのが信条。「話は結論から」というのも、彼女に教わったものだ。  えみるは弁当勢だが、今朝は用意する暇がなく仕方なく向かった購買のパンもピンときたのがなく、珍しく学食で同席している次第。それにしても、九月初旬に温かいきつねうどんは辛くないのだろうか。 「ああ、うん……。ここしばらく食欲がなくてね」 「例の件か?」 「いや、それとは別件で……」  彼女には小里さんに振られたことをもう話してある。ただ、それとは別に新たな悩みごとが。  うーん。この子、割とバッサリ話を切ってくる方なのでどうも話しにくいけど。 「郡谷さん……あの学食のお姉さんいるよね?」 「ああ、いるな」  眼鏡の曇りを拭き取って再度かけ直し、振り返って背後のカウンターで仕事している郡谷さんを見るえみる。 「最近、彼女のことばかり考えてしまって……」 「恋だな、それは」  向き直って速攻できっぱり断言する彼女を、ぽかんと見てしまう。 「人は恋するとな、多幸感を得られる脳内麻薬が出る。これで脳が満たされると食欲が減退するのだが、これはちょうど覚醒剤の乱用と同じ原理だな。ほら、逮捕者がガリガリに痩せてたりするだろう?」  続けざまに放たれる物騒なキーワードに、慌ててしーっと人差し指を立てる。これだから、えみるは……。 「さあ、恋心は自覚したな? あとはアタックするといい」  だから、結論を急ぎすぎ! でも実のところ、これが新たな恋だという自覚はすでにあった。だけど、それを認めてしまうのは何だか罪深いというか、とても良くないことのように感じていた。ついこの間、小里さんに振られたばっかりなのだから。 「あたし、尻軽だと思う?」 「恋に早いも遅いもないだろう。それとも何か? 残りの一生、思い出の人にみさおを立てるつもりだったのか?」  そりゃ、寂しい一生を送るつもりなんてないけど、ほんとにズバズバとものを言う子だこと。でも、おかげで踏ん切りがついた。 「背中押してくれてありがとう。行ってくる」  親友の見送りを受けながら、成仏しそこなったカツカレーのお化けが横たわる食膳を下げに行く。 「すみません、残しちゃいました」 「え! 食べかけどころか手つかずなんて珍しい……。やっぱり、あのこと引きずっちゃってるの……?」  郡谷さんがびっくりした後、後半心配そうに小声で尋ねてくる。背後で、あたしが完食できなかったことによる生徒たちのざわめきが起こる。 「いえ、そういうわけではないんです。お仕事、何時に終わりますか?」 「え? そうねえ。着替えなんかも含めると、二時半ぐらいかな。そのあと、すぐ別の職場行っちゃうけど」  意外と早い。でも、お昼休みが終わったら店じまいだもんね。そりゃそうか。しかし、帰りがけに告白するという計画がいきなり頓挫とんざしてしまった。 「じゃあ、個別にお会いできる日時ってないですか? お話ししたいことがあるんです」 「次の日曜日がちょうど空いてるけど。そうだなー……正午にあのときの喫茶店で待ち合わせでいい?」 「はい、大丈夫です。お待ちしています」  ぺこりと一礼して、学食を後にする。さあ、敗戦からの復興だ! <9>  約束の日、もう二十分ぐらい待っているけど郡谷さんは現れない。彼女が遅刻しているのではなくて、あたしの気が急いて予定の三十分前に着いちゃっただけなんだけど。だってほら、自分で誘っておいて事故とかで遅刻したらそれこそ申し訳ないし。  今日は気合を入れて、めったに着ない可愛い系のワンピースで武装している。可愛い系で武装という表現も我ながらどうかと思うけれど。  出る前に姿見で確認して、非常に悪い目付きと絶望的にミスマッチでショックを受けたけど、でも、一番可愛い自分を見てもらいたい。水泳バカのあたしにだって、おしゃれ心ぐらいあるのだ。  さらに待つこと数分、正午の少し前にカジュアルな白いパンツルックの郡谷さんが入店してきた。手を振って存在をアピールすると、カウンターで手早く注文を済ませてカップ片手にこちらにやって来る。 「待たせちゃった?」 「いえ、少し早く着いてしまっただけなので」  嘘も方便。というか、彼女に何も落ち度がないので気を使わせても悪い。対面に座る郡谷さん。 「可愛いね。私服はいつもそんな感じなの?」  可愛いと直球を投げられて、頬が熱くなる。お父さんと家政婦さん以外から可愛いなんて評価をもらったの、記憶にある限りでは生まれて初めてだ。お世辞でも嬉しいな。でも郡谷さんのことだから、本気で言ってくれたのかもしれない。 「ありがとうございます。ちょっと今日はおめかしを……。郡谷さんも、きれいです」 「ありがとう。それで、今日はどんなお話かな? 何だか雰囲気が明るくて、こないだの続きには思えないし」  微笑みかけてくる彼女に告白しようとして、言いよどむ。ああ、いざとなると勇気がしぼむのがあたしの悪いところだ。小里さんのときは、嫉妬に狂って大衆の面前で告白するというとんでも行為をしでかしたけど、さすがに敗戦を味わった直後だと厳しい。 「ええと……できれば、ちょっと場所を変えませんか? その、落ち着いて話がしにくいので」  実際、今日は客が多い。これではムードもへったくれもない。そういうことにしておこう。 「じゃあ、これ外で飲もうかな。どこがいいかな……。行きたいとこある?」 「特に思いつかないですね。郡谷さんはいい場所ご存じないですか?」  この駅はほとんど通学のために経由するだけなので、周辺地理にはそれほど明るくない。 「そうねえ……公園でどう? 結構歩くし暑いけど、そのぶん人も少ないんじゃないかな」 「はい、そこでお願いします」  こうして、あたしたちは公園へと向かうことになった。 <10> 「とーちゃーく!」  公園の入口で、郡谷さんが明るい声を上げる。わりと大きい公園だ。彼女の読み通り、休日にも関わらず人出が多くない。日差しが強いので屋根付きのベンチを探し、そこに並んで着席する。暑いので途中の自販機で買ったスポドリも、あとちょっと残っているぐらいだけど、それを脇にちょこんと置く。  あたしの言葉を待つように、じっと優しく見つめてくる。落ち着いて話したいと切り出したから、暗くはないけど何かデリケートな話だと理解したのだろう。 「ええと、ですね……」  せっかく持ち直した勇気ゲージが、またグングン下がっていく。喉がからからなのは、きっと暑さのせいだけじゃない。  頑張れあたし! 「郡谷さんが好きです! 別の女性に振られたばっかで何言ってんだって感じですけど、好きになってしまったものはしょうがなくて! 付き合ってください!」  起立して深々と頭を下げる。今回は手を後ろではなく前で重ねる。この格好で体育会式のお辞儀は、さすがにちょっとどうかと思ったので。  しばし空く間。ダメか。ダメだよね、こんな尻軽女。コドモだし、女同士だし。第一、こんな素敵な人に恋人がいないわけないし……。 「顔を上げて」  言われた通りに顔を上げると、すごく真摯しんしな表情で見つめられる。澄んだ瞳に、吸い込まれてしまいそう。 「いいよ。お付き合いしましょう」  微笑む彼女。一瞬頭が真っ白になって、続いて喜びが怒涛どとうのように押し寄せてくる。 「冗談じゃない、ですよね……? からかってたりしないですよね?」 「こんな場面でそんなことしないから安心して。きっと、今まで恋でたくさん傷ついてきたのね」  思わず悪い癖で猜疑心が湧いてしまったあたしの手を、そっと優しく握ってくる。  頬を涙が伝う。今まで、たくさんの女性に振られ続けてきた気持ちを理解してくれるなんて、やっぱりすごく察しがいいんだな。 「すみません。これ、嬉し涙です」  泣きじゃくるあたしを、立ち上がって優しく抱きしめて頭をなでてくる。なんて優しい人なんだろう。  小里さん、今ならお二人を祝福できます。あの日振られなければ、こんなに素敵な女性ひとと結ばれることはなかったでしょうから。  郡谷さんなら、あたしが心から求めていた愛情ものをきっとたくさん与えてくれる。そして心の隙間が埋まったら、それをちゃんとお返ししよう。  彼女・・にそっと頭を預け抱きしめ返す。愛してます、心から。

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