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「おかえりなさい、クロノ! ……って、何か予定より人数が多くないですか?」  人間の兵を連れて屋敷に戻って来た俺たち。  ロゼッタは先頭の俺を見て、パッと表情を輝かせて駆け寄ってくるが、その中にエルフの女性が混じっているのを目にすると、少しばかり眉を寄せた。 「ああ、帰る途中でちょっとトラブルに出くわしたんだ。彼女たち、襲われていたからうちで保護することになったんだよ」  俺が言うと、すぐ後ろについていたフィーネがひょこりと顔を出す。 「お久しぶりね、ロゼッタちゃん」 「え、フィーネさん!?」  ロゼッタは驚いて声を上げる。  とはいえ、彼女にとってもフィーネは見知った仲でもある。  ロゼッタはフィーネたちのここに至るまでの事情を聞くと、すぐに納得してエルフ全員を歓迎した。  一方、フィーネはロゼッタの装いを見ると、しみじみと感じ入ったようにつぶやく。 「本当に……魔王なのね……」  今のロゼッタは、町娘の服装ではなく、王都にいた頃の黒いドレスを着用している。  完全な正装とまではいかないが、それなりに魔族然とした格好だ。  兵たちを迎え入れるため、威厳を損なわないようにとクラウディアが提案したのだが、それも相まってロゼッタの姿は見る者に高貴な印象を与えていた。  ちなみに、もともと村に住んでいた人間たちには、彼女が魔王であることはすでに明かしてある。  村長などには腰を抜かすほど驚かれたが……まあ、こちらも大っぴらにできなかった事情があるわけで、そこは許してもらいたい。 「えっと……クロノ君もあなたも、ずっと普通のカップルとしか思ってなかったから……。私、出会った時に何か失礼なことしてないかしら……」 「何言ってるんですか。むしろ私たちの方がフィーネさんにお世話になったんですよ」  どこか遠慮がちなフィーネに、ロゼッタは笑顔で答える。 「困った時はお互い様です。どうぞゆっくりしていって下さいね」  彼女がそう微笑むと、そこでフィーネはようやく安心したように「ありがとう」と礼を述べた。 「あ、でも……クロノ。今の私たちの状況について、フィーネさんに言っておいた方がいいですよね」 「ああ、そういえばそうだな。元帥たちとのことを知らないで、王都に行かれたりするとまずいもんな」  『今の私たちの状況』。つまり、魔王軍は元帥一派とロゼッタ&四天王で対立状態にあるということだ。  俺たちは現在、内部分裂の状態にある。  身内の醜聞を外部に明かすのは良くないが、無関係の者を危険に晒すわけにはいかない。  もし元帥たちが実権を握ったなら、おそらくエルフも含めた他種族すべてを排斥するに違いないからだ。  俺はそれらの事情をかいつまんで説明する。  話を聞き終えたフィーネは、合点がいったようにうなずくと、一つの質問を俺たちに投げかけた。 「なるほどね……。けど、それなら、その元帥たちが魔族至上主義だっていうのなら……あなたたちはその逆と考えてもいいのよね?」 「……逆っていうのは?」 「つまり、他種族を差別したりはしないってことよ。まあ、ロゼッタちゃんの隣に人間のクロノ君がいることから見ても、大丈夫だとは思うんだけど」 「ああ、そりゃあ当然。というか、ロゼッタの親父さんである先代魔王が共存派の人だったからね。だから、俺たちは血統だけじゃなく主義的にも、それを継いでるってことになるのかな」  魔王軍は、そもそも初代魔王が荒れて統制に欠ける魔族たちを抑えるために作ったのが始まりだとされている。  魔族は寿命が長いゆえに代替わりは少ないが、それは逆に言えば先代魔王が長い間一人で同族たちを治めて来たということでもあった。  俺たちはそんな彼の遺志を違えることなく承継しているのであり、いわば魔王軍の正道といっても差し支えないはずだ。 「それじゃあ私たち……お互いに同盟を組むというのはどうかしら」  フィーネは俺の返事を聞くと、そんな提案を持ち掛けた。 「同盟?」 「そう、エルフと魔族の協力関係ってこと。私たちエルフも各地区に長が点在していて、私がトップってわけじゃないんだけど、あなたたちとだったら皆が上手くやっていけると思うの。最近、他国との情勢もきな臭くなってきているし……。いざという時に助け合えれば、お互いにメリットがあると思うんだけど」 「同盟関係……それはエルフ全体とってこと?」 「ええ。もちろん、そちらの事情もあるでしょうから、すぐに決めてくれなくていいわ」  その提案に俺はなるほどとうなずいた。  確かに、彼女たちと協力関係を結べるのなら、こちらとしてもメリットは大きい。  向こうは魔族の後ろ盾を得られるメリットがある一方で、こちらも高貴なエルフに認められたという箔付けになる。  なかなか魅力的な申し出だった。  俺が同盟のことについて前向きに考えていると、今度はロゼッタが怪訝な表情でフィーネに尋ねた。 「あの、フィーネさん。それはいいんですけど、『他国との情勢がきな臭い』っていうのは……」 「ん、ああ、それね。たとえば、さっき襲って来たハシュバールの人間たちとか……。あと、それに援助しているドラグニアが、ちょっとね……。良い噂を聞かないのよ。実を言うと、そのこともあって私たちの村も色々と対策を考えないといけないなって思っていたところだったの」  ドラグニア。それは竜が治める竜族の国の名前である。  先刻フィーネが教えてくれたように、同国はハシュバールに竜鱗の甲冑などを支給して、軍備増強の手助けをしているという。 「ハシュバールも、以前はそんなに悪い国じゃなかったんだけど、ドラグニアの援助を受けるようになってから、まるで国民の意識が変わったみたいに好戦的になっちゃってね……」  「人間って、力を手にするとそうなっちゃうのかしら」と、フィーネはつぶやく。  確かに個人個人ではそういうこともあるかもしれないが、民のすべてが急にそうなってしまうというのは、聞く限りでは妙な話だった。 (兵士に……援助……。竜鱗の甲冑、か……)  そういえば、さっきの兵士たちも妙に好戦的だった。  イキっているというか、まるでどこぞのチンピラのような印象を受ける。 (あんなのが人間の正規兵とは思いたくないが……力がアップする防具を付けて、気が大きくなったってことなんだろうか……いや、待てよ?)  不意にあることを思いつき、俺ははたと顔を上げた。 「フィーネさん。悪いんだけど、さっきの兵士と戦ったところまで、もう一度ついて来てくれないか。同盟の申し出は受けようと思う。ただ、その前に……一つだけ気になることがあるんだ」

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