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 氷魔族の決闘の儀は、長を決める時のみならず、様々な場面で行われている。  個人間の諍いや、兵士の等級を決める試験など。  部族の方針を決める会議で意見が割れた時もそうだという。  氷の名を冠するその印象とは真逆で、実のところ彼らは好戦的な種族なのである。  アストリアが控えめな性格だったので、俺もそれを聞かされた時は驚いた。  そんな種族の長を決める決闘で、俺なんかかが代理人になって勝てるだろうか……ちょっとだけ不安になる。 「大丈夫ですよ。そこは魔王である私が保証します」  ロゼッタは笑顔で俺に言った。  いや、でも俺、皆と違って人間なんだけどな……。  魔力だって、諸々のバフを使って何とか同等にしてるようなもんだし。  一方、決闘の当事者たるアストリアは、ロゼッタと同じで安心したように頬を染める。 「僕も、クロノさんが代理人になってくれるなら心強いです。信頼できますし……正直、これ以上の人は思いつきません」 「そうか。まあ……全力を尽くすよ」  責任の重さを感じつつ、俺はロゼッタとアストリアとともに、氷魔族の領地に入った。  すでに伝書鳩を飛ばして、彼らの意思決定機関である長老会に用件は伝えてある。  俺たちが向かうのは、アストリアの両親がいる彼女の実家。  その二人に、挨拶と決闘についての了解を得るためだ。  とはいえ、アストリアに男の振りをさせたのは彼ら──つまり、その両親がそもそもの元凶なのだから、決闘の提案が拒否されることはない。  むしろ、魔王軍のトップであるロゼッタに味方してもらえて、恐縮の至りというところだろう。  その予想通り、ロゼッタと俺は丁重にもてなされることとなった。  氷魔族の名家である彼女の屋敷に到着すると、アストリアと同じ青い髪の両親たちは、こちらへうやうやしく頭を下げる。 「ようこそおいで下さいました。このたびは私どもの娘のためにお手間をかけ、また、ご尽力頂きましたこと、お礼の申し上げようもございません」 「構いません。アストリア・ブリードは私にとっても大切な友人です。友のために力を尽くすのは当然のこと」  魔王ロゼッタは威厳をもって彼らに応じる。  だが彼女は、続く言葉に少しだけ威圧感を込めた。 「願わくば、私がする以上に、親であるあなたたちには彼女への支援を期待しています。──特に、アストリアが女性である・・・・・・・・・・・と判明した今後においては・・・・・・・・・・・・」 「……っ。は、はいっ」 「そ、それはもう、心得ております」  つまり、今の言葉は二人に向けた叱責と脅しだ。  『アストリアに、無理に男であるよう振舞わせたことについては見逃してやる。しかし、今後同じように彼女に何かを強制すれば、今度は私が黙っていない』という。  親二人は恐れ入ったとばかりにかしこまる。  続いて、ロゼッタは彼らに俺を紹介した。 「さて──こちらに控えるのが、此度の決闘にてアストリアの代理人を務める礫帝、クロノ・ディアマットです」 「どうも、初めまして」  俺が前に出て会釈をすると、彼らも同じように頭を下げ、挨拶を返した。  ただ、礼儀は払っているものの、二人はロゼッタにするのとは対照的に、怪訝な表情を向けてくる。 「四天王のうち、お一人が人間だという噂は耳にしておりましたが……ほ、本当だったのですね……」 「あ、あなたが、アストリアの決闘の代理人をなさるので……? 他の魔族の方ではなく……」  あからさまに不安げな態度を取られる。  ……まあ、気持ちはわからないでもない。  魔族と人間、外見こそさほど差はないが、基本的に身体能力は人間の方が劣っている。  ましてや俺は何の特徴もない、ごく平均的な風貌の男。  羽根が生えているわけでも、角が生えているわけでもない。  俺の外見を見て、「わあ、頼もしい」なんて思う奴がいたら、むしろこっちからそいつの目を疑うだろう。  ただ、彼らの反応にロゼッタは頬を膨らませ、不満そうな顔をしていた。  そして、意外なことに逆隣りのアストリアも似たような表情をしている。  二人は申し合わせたわけでもないのに、流れるように抗議の声をあげた。 「父上、母上。僕の代理人になってくれる方に、その物言いは失礼でしょう。それにクロノさんはまぎれもなく僕と同じ四天王です。彼の強さに疑いはありません」 「お二人の不安は理解しますが、このクロノの強さは、四天王の中でも最強を誇ります。あるいは、魔力だけなら魔王である私に匹敵するかもしれません。ご心配には及ばないかと」  ……ちょっと待て、いつの間に俺は四天王最強になったんだ。  ていうか、逆だ。素の状態なら最弱だし、契約魔法でのドーピングがあっても、他の三人に引き分けられるか怪しいところだというのに。 (いや、でも……ロゼッタの契約のせいでさらに底上げされたから、最弱ではなくなったのか……?)  俺が戸惑っていると、ロゼッタたちの反論に、両親二人は「ほう」と感心したような顔になる。  なんというか、着々と外堀を埋められているような感覚。  これはいよいよ責任重大だなと、背中に冷や汗を感じていたところ── 「なるほど、そいつが今回の決闘の代理人か。だが、人間が相手とは俺も舐められたものだな」  背後から嘲るような声。  振り返ると、群青色の長髪に銀の甲冑。  その言動から察するに、おそらくは今回の決闘の相手だろう──大剣を背に差した氷魔族の男が、侮るような視線を俺へと向けて立っていた。

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