「ちょ、おま、何考えてんだ、ロゼッタっ!」 部屋の内側へとロゼッタを引っ張って、小声でそう問い詰めると、ロゼッタは意に介した様子もなく俺に言った。 「何というか……そのままの意味ですよ、クロノ」 「だからっ、何で魔王を辞するなんていきなり言い出してっ……! いや、それより! 次の魔王が俺ってどういうことだよ!」 「それもそのままの意味です。今日からあなたは礫帝改め、三代目魔王クロノ・ディアマット。誰にも文句は挟ませません」 「って……! ぬおおぉ!?」 ロゼッタはぐっと俺の手首をつかみ、強く引きずってバルコニーに戻ると再び民衆に顔を見せる。 民たちは多少戸惑ってはいたものの、混乱する様子はなく、俺と彼女を見上げてまばらな拍手を送ってくれた。 「ほら、みんなだって反対する様子はないでしょう?」 腰に両手を当て、「えっへん」と得意気に胸をそらすロゼッタ。 しかし、そんな反論をされても、俺は抗議の声を上げるしかない。 「そうじゃないだろ! お前が一方的に宣言したから反対できないんだよ! それに俺は人間で、魔族じゃないんだぞ! こんなこと、どう考えてもおかしいだろうが!」 「おかしくなんてありませんよ」 するとロゼッタは、今度は真剣な表情になって言った。 「先にも言ったように、今回の戦いに勝てたのは、あなたがいたからです。魔王軍のために一番力を尽くしてくれたあなたが魔王の座を受け継ぐことは、何もおかしなことなんかじゃありません。それは今回だけでなく、今に至るすべての場面で言えること。だからこそ、皆も反対の声をあげず、拍手してくれているんですよ」 「それに──」と、彼女は言葉を続ける。 「それに、竜との戦いの時、皆に契約魔法を行使するよう命じたでしょう? あの時私が指示した呪文の言葉を思い返して下さい。『我らに宿る力のすべてを、我らが魔王のために行使する』──。ここでいう『我らが魔王』とは、魔力の受益者たるあなたのことを指しているんです。この場合、ただ呪文を唱えるだけで、たとえばこの言葉を皆が潜在的に拒否していたなら、契約上の効果が生ずることはありません。つまり、きちんと効果が発生した今回は、たとえあなたが魔王になっても誰もそれを嫌がったりしないということです」 「えええええぇ……!?」 思わず馬鹿みたいな声を出してしまった。 ……そういえば、確かにそんな感じの文言を復唱させていた気がする。 『魔王のため』という文言、それはてっきり二代目魔王のためという意味と思っていたが……魔法を行使した彼女自身が言うのだから、多分間違いないのだろう。 「ちなみに、皆が捧げた魔力は『あの時点での全魔力』なので、今後民たちに何か問題が生じることはないはずです。ただ、先行させた私の契約に限っては、『生涯あなたに力を捧げる』こととしてしまったので……どの道あなたに魔王を継いでもらわないと困るんですが……」 「……マジか」 畳み掛けるように説明を受けて、俺は正直、内心で頭を抱えた。 民意はともかくとして、ロゼッタの魔力が契約魔法でこちらに移されたのなら、それは事実上、魔王を継いでしまったともいえる。 (って、巨大になった防御結晶の原因はそれか……。ていうか、外堀を埋められまくってないか、俺……?) 困っていると、民衆の中から一人の兵士が声をあげた。 「──俺は別に人間が魔王になっても、問題ないと思うぜ!」 (……何だ?) その声の方に顔を向けると、叫んだのは新兵らしき若い魔族の男。 彼は近くの兵士が止めるのも聞かず、こちらに視線を合わせて声高に主張する。 「あんたがこれまで魔王軍のために戦ってきたってのは、嘘じゃないと思う! この間の魔王様とのやり取り、映像を見せてもらってその心根はよくわかった! 俺はあんたに付いていく! だからあんたも魔王として、俺たちを導いてくれないか!」 「お、おい、ザビタン! 魔王じゃないにしても、あの人、四天王なんだぞ! その口の利き方は……!」 「うるせえよ、ジューガ! なぁ、クロノさんよ! 魔王を継ぐのか継がないのか! 今この場ではっきり示してくれよ!」 ザビタンと呼ばれた新兵は、強い口調で俺へと問うた。 だが、そのまなざしは期待に満ちたものであり、こちらへの強い信頼があらわれていた。 「……クロノ」 願うような表情とともに、ロゼッタが俺のマントの裾をつかむ。 ロゼッタだけじゃない。 民衆たちも彼女と同じだった。 ザビタンのみならず、多くの民が俺へと期待の視線を向けていた。 「……ええい、仕方ない!」 俺はロゼッタを引き寄せて、片手で彼女の身体を強く抱きしめてやる。 そして、反対の手でマントを大きくひるがえし、民たち全員に聞こえるように声をあげた。 「わかった、皆のために微力を尽くさせてもらう! これからどうか──よろしく頼む!」 「「「おおおおおおおおおおおっ!!」」」 民衆たちが、応諾の意を示す歓声で応えてくれる。 ロゼッタはそっと俺の胸元に寄り添い、四天王たちは笑顔で拍手を送ってくれていた。 多分、この時の俺はとても一言では言い表せない顔をしていたと思う。 驚きと、戸惑いと、重い責任を課せられたことに対する重圧。 もちろん、皆やロゼッタへの感謝と、認められたという喜びの気持ちもあった。 (ま……なっちまったものは仕方がない。今まで以上に頑張っていくしかないってことかな……) ともあれ俺は、こうして人間でありながら、図らずも三代目の魔王となってしまったのだった。
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