黒兎少女
先輩(2)

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 放課後。  清廉中央駅からバスで15分。倫子は香織に連れられて、件の先輩の入院先にむかう。  着いた先は、市街地の広大な敷地に建つ、おおよそ治せない病気などなさそうな巨大な総合病院だ。 「隅田先輩、香織です」  一般病棟の403号室。香織がドアを開け、倫子もいっしょに中に入る。 「話してた子を連れてきました」 「ありがとう、香織」  蚊の鳴くような弱々しい返事。  隅田朝美すみだあさみはベッドで布団をかぶり、すがるように枕を抱いて、ぐったりとうつぶせになっている。部屋は個室で、広々とした快適な空間だが、朝美はこの世の終わりのような顔をしている。高校では女子バスケ部の副キャプテンをつとめるほど活動的で人望もあるらしいが、今の疲弊しきった姿からは想像もできない。 「説明は木村さんから聞いてるわ。上を脱いで見せてちょうだい」  倫子はぶっきらぼうに指示する。  朝美は不安そうな視線を香織にむける。 「先輩、大丈夫ですから」  朝美がためらいがちに身を起こすと、かぶっていた布団がめくれ落ちる。淡いピンクのパジャマは病院のレンタルらしいが、上のシャツは大きめのサイズのようだ。前ボタンをはずしてそれを脱ぐと、両腕で胸を隠して、おずおずと背中をこちらにむける。 「ほう……」  倫子は感心して声をあげてしまう。対照的に、香織はつらそうに目を逸らしている。  朝美の背中のちょうど真ん中あたりに、調理用のボウルほどもあろう巨大なこぶができているのだ。 「良性の皮下腫瘍らしいけど、大きくなるスピードが異常だって。まだ小さいうちに二回切除したけど、すぐに新しいのができて。あっというまにこの大きさになって……」  説明している朝美は今にも泣きだしそうだ。 「どのくらいで?」 「だいたい五日くらい。今は落ちついて経過を見てる段階だけど、お医者さんにも原因はわからないって……」  これは本物かも、と倫子は思いはじめる。正直、香織の話だけでは半信半疑だったのだ。  倫子は腫瘍に右の掌をかざし、呪力をさぐってみる。 「……!」  たちまち息を飲む。  世にもおぞましい、強烈なイメージが脳裏に飛び込んできたのだ。 (これは……腐った獣の死骸? いや、すさまじく醜い最下級の悪魔が腫瘍の中に宿ってるんだ!)  倫子は興奮が抑えきれない。羨望さえ感じていた。 (なんてすごい呪いの魔法なの……!) 「柏木さん、どう?」  おそるおそる香織が尋ねる。 「これは、呪いね」 「ほんとに?」 「ええ、まちがいないわ」  朝美にむかって、 「中身は?」 「え?」 「腫瘍の中身は?」  朝美は気恥ずかしいのか口ごもりながら、 「それは……スキャンで見てもらったけど、ただの水分とか脂肪……」  最新の医療機器を惑わすほどの巧妙さも兼ね備えているのか、と倫子はますます感心する。  醜い悪魔はまだ胎児の段階のように見える。腫瘍の肥大は止まっても、中身はまだ未成熟なのだ。これが成長を遂げた暁には──  おそらく隅田朝美は命を落とすことになるだろう。 (それにしても、こんな見事な呪いを仕掛けたのは、いったいどこの何者なのだろう?)  そこで香織の話を思い出した。 「脅迫状が来てるんでしょう? 見せてちょうだい」 「もうパジャマは着ていい?」 「ええ、脅迫状を」 「ちょっと待って」  朝美はいそいでシャツに袖を通すと、ベッドわきの収納棚から開封済みの茶封筒を取り出し、倫子に手わたす。 「これがとどいた次の日くらいから症状が出はじめて……」  朝美の自宅に郵送されたそうで、ちゃんと〝隅田朝美様〟と宛名書きされており、切手も貼ってある。あたりまえだが差出人名はどこにもない。  倫子は中に入っている便箋を取り出す。宛名と同じく、中身も手書きだ。 〝鹿島くんとすぐに別れろ! このブス! ドブス! 釣り合ってないんだよ、バーカ! もし別れないなら呪う! 呪い殺してやる!〟 「………」  倫子は眉をひそめる。この短い文面からは、送り主の卑しく幼稚な精神性しか伝わってこない。 「鹿島かしまさんていうのが、先輩の彼氏さんなんだけど」 「脅迫状の主に心当たりは?」 「鹿島くんはバレー部のエースで、女子にすごく人気があって。ファンの子はいっぱいいたんだけど……」  彼氏自慢のように聞こえるのを気にしてか、朝美は少し面映ゆそうだ。だがすぐに顔を曇らせて、 「一人、すごく熱心な子がいて。となりのクラスの小柴加奈恵こしばかなえっていう。たぶんその子が……」 「まちがいないの?」 「となりのクラスの友達に頼んで、この手紙の文字を日誌からさがしてもらったんだけど、その小柴っていう子でまちがいないって。まだ本人には確認してないみたいだけど」  ずいぶんと脇が甘いな、と倫子は呆れる。いや、その辺の女子高生ならこんなものか。この嫉妬深く迂闊な女子が、これほどの呪いを仕掛けたとは考えにくい。ということは── 「柏木さん、先輩のこと治せそう?」  いつのまにか香織と朝美の二人は、すがるような目で倫子のことを見つめている。 「………」  倫子は考えを巡らすも、今すぐここでは判断できないという結論に達し、  「呪いを解くには儀式が必要なの。でも準備には少しかかるかもしれないわ」  とあいまいな説明でごまかす。

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