深夜、ひっそりと静まり返った住宅地。 小学校があり、その敷地沿いの道を赤瀬和人は歩いていた。いや、忍び歩いているというべきか。 暗闇にまぎれて校内の様子を食い入るように伺いつつ、同時にキョロキョロと自分の周りにも注意をはらう。外灯で明るくなっている場所に出ると、顔を伏せて早足で通りすぎる。あきらかに挙動不審だ。それでいて、ずいぶんと目立つ横幅のあるギターバッグを背負っている。 「ここじゃダメだ」 和人は背の高いネットフェンスにむかって、やや苛立ち気味につぶやく。まだあどけなさを残した少年だ。スポーツ刈りらしい頭髪は伸びっぱなしのうえ、寝ぐせまでついている。 「ここがいい」 柵が低く、広範囲に暗闇に包まれている場所を見つける。スマホを取り出し、暗視カメラアプリを通して校内の様子を確認する。グラウンドに人影はない。 緊張のせいか多少足をもつらせるも、柵を超える。グラウンドに下り立つと、校舎のほうへまっすぐ駆けていく。暗闇でも迷うことはない。ほんの二年前まで自分が通っていた母校なのだ。 一分とかからずに、目的の場所である中庭の飼育小屋の前に到着する。 和人はまたスマホを取り出し、中の様子を確認する。 白いウサギが三匹、灰色が二匹。情報通り、今もウサギ小屋のままだ。まだ眠っていて動かないものもいるが、何匹かは和人の気配に気づき、耳をピンと立てて鼻をヒクつかせている。 それにしても思ったより金網の目が細かい。和人は上着の内ポケットから用意していたペンチを取り出し、パチパチと切って直径10センチほどの穴を作る。これでよし。 次に背中のギターバッグを下ろし、ジッパーを開けて、愛用のボウガンを取り出す。 正式にはクロスボウと呼ばれるものだ。その中でも、ピストルクロスボウという入門者向けの軽量の種類。だがけっしてオモチャではない。 専門店の通販サイトを利用して購入したのは数か月前のこと。未成年者への販売は禁止されており、購入時には年齢確認される。だが身分証の画像をサイトにアップロードすればいいだけだったので、和人は父親の免許証を無断で借りて難なくクリアした。 「やるぞ……!」 気合を入れると、和人は後部にあるレバーをカチャリと下ろして弦を張り、上着の内ポケットから取り出したアルミ矢をセットする。まだ安全装置は解除しない。 心臓の鼓動が体内でドンドンと騒がしいのだ。大きく深呼吸し、自分を落ち着かせる。 冷静になれ。ここまでは万事順調だ。あせる必要はない。 決意し、安全装置を解除する。先端の下部に小型の懐中電灯を自前で取りつけており、スイッチを入れる。たちまち小屋全体をはっきり見わたせるほど眼前が明るくなる。 ウサギはすでに五匹とも目を覚まし、見知らぬ侵入者を警戒している。後ろ足で立ち上がって直立不動のもの、逆に落ちつかなげに小屋の中を走り回っているものもいる。 和人はペンチで開けた穴に先端を突っ込み、ボウガンをしっかりと構える。右手でグリップを、左手でフォアグリップを握り、台尻を肩にぴったりとつけると、まるで自分の身体の延長のように感じられる。 「おれは殺戮の王だ……!」 和人が宣言する。誇らしげに。傲慢に。多少、芝居がかって。 「そして恐怖の大王にして破壊の神……!」 直立不動で真正面に立っている白ウサギに狙いを定める。一・五メートルほどの超近距離。 引き金を引く。カッ、という渇いた発射音。 直径16センチの矢が、白ウサギの胸部に深々と突き刺さる。出血はほとんど見られない。おなじ態勢のまま硬直している。わずかに鼻がヒクついており、まだ生きているらしいことがわかる。 和人はすばやく二の矢を継げ、すぐさま放つ。また胸部に命中すると、白ウサギはバタリと横倒しになり、それきり動かなくなる。 和人の中から緊張と不安が消え、熱情が一気に高まる。 さらに矢を継げる。こんどは盛んに走り回っている灰色ウサギに狙いを定め、脇腹に命中させる。足が止まり、白目がみえるほど目を開いて、「キューキュー」という甲高い苦痛の鳴き声をあげる。 和人は二の矢を放ち、灰色ウサギにとどめを刺す。ピタッと鳴き声がやみ、そのまま沈み込むように命が消滅していく。一匹目以上の興奮を得る。 結局、計14矢すべてを射ち尽くし、五匹すべてを絶命させる。 ハアハアと荒ぶる呼吸はなかなか鎮まらない。手応えは、思い描いていた以上だった。 「おれは殺戮の王……!」 やり遂げた男の顔で、小屋の惨状を満足気に見下ろす。高揚感に満ち、自分の偉大さに酔いしれる。 だが奇妙な現象も起きていた。殺戮の途中から、ずっとガチガチに勃起しているのだ。射精まではしていないが、大量のカウパー液で下着がヌルヌルになっている。同級生の話や本に書いてあることとちがう気がするが、それ以上深くは考えなかった。それよりも最後にやらなければならないことがある。 和人は黒マジックを取り出すと、白ペンキが塗られた小屋の柱部分に、自分で考えたシンボルマークを書き残す。
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