黒兎少女
クラスメイト(5)

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 都心の駅前にある超高層高級マンション。いわゆるタワマン。  3411号室のドアを開けて玄関に入ってきたのは、美月と千景、それからぐったりしたままの倫子をお姫様抱っこしている梅本である。 「この子、めっちゃ軽くて疲れないわ」 「梅さん、筋トレしすぎじゃない?」 「ナル入ってるよね(笑)」  三人は廊下を通り、いちばん奥にある部屋に入る。広々としているが、物が少なくガランとしている。 「ほいっと」  掛け布団のないダブルサイズのベッドが一台あり、梅本はそこに倫子を寝かせる。  そばには、三脚で固定した業務用のビデオカメラと撮影用のライトが用意してある。 「……ここは?」  倫子は依然としてぐったりとしているが、意識はあるようだ。半袖シャツとミニスカートの制服姿でベッドに横たわっている姿は、なんとも艶めかしい。 「梅っちの自宅兼スタジオよ」  と美月。 「だれ?」 「さっき運転してたでしょ」 「そんなことより柏木ちゃん、彼氏っている?」  千景のとうとつな質問。  倫子は小さく首を横に振る。 「じゃあ、Hってしたことない?」 「………」  無言で顔を赤らめる。 「ゼッタイ高校のうちにヤッといたほうがいいよ」 「とっといても意味ないからね」 「処女厨なんてキモオタだけだし(笑)」 「ふつうは面倒くさがられるよね」  美月と千景が二人して説得をしてくる。おふざけ半分の調子で。 「おまたせ~!」  姿を消していた梅本が部屋にもどってくる。長袖シャツを脱いで、黒タンクトップ姿になっている。細マッチョというか、半端なマッチョ体型だ。巻きタバコのようなものをくわえている。 「これが梅さん。俳優兼監督の人」  千景が紹介する。 「梅っち! 梅っち!」  美月は手を差し出して、なにやら盛んにねだっている。 「はいはい、上モノだから大事にね」  美月は梅本から巻きタバコのようなものを受け取ると、美味しそうに吸い込んで、ゆっくりと白煙を吐く。  もともとけっして聡明そうには見えない顔つきが、さらに白痴めいた表情になる。タバコとはちがう奇妙な甘い匂い。大麻だろう。  次に千景が美月から大麻を受け取り、やはり美味しそうに吸って吐く。二人は気分も体もユルユルになって、壁際の高級ソファにぐったりと沈み込む。 「梅さん、やっぱ柏木ちゃん、初めてみたいだよ」 「おお! ラッキー!」   梅本はあらためて倫子の顔をまじまじと眺め回し、 「いや~倫子ちゃん、ほんとカワイイよね。ちっちゃいし」 「梅っちって、ぜったいロリ入ってるよね~」 「柏木ちゃんは梅さんのリクエストなんでしょ?」  美月が渡した、清廉女子高の一年生全員分の写真から、梅本が指名したのだ。 「前よりヤバ目の仕事だったんだから、あたしらの紹介料はずんでもらわないと」  美月がずけずけと要求する。 「わかってるって。ゼッタイこの子も人気出るから。そういや、倫子ちゃんて性格はどんな感じ? やっぱり妹系とか?」 「ありえねー、こいつ、ふだんはめちゃくちゃ陰キャで不愛想なんだよ。ゼッタイ笑わないし」  美月がすぐさま嘲笑気味に否定する。 「うそ! まったく想像できない」 「マジ、いつも無表情で、なに考えてんだかぜんぜんわかんないから」 「今はクスリのせいでカワイク見えるけどね~」  と千景が補足する。 「ま、そんなの関係ないか」  梅本は気を取り直し、 「じゃあ、ヤッちゃうか、撮影!」 「おーっ! やろやろ!」  美月と千景も盛り上がる。ソファから立ち上がり、慣れた手つきでビデオカメラとライトをセットしていく。  梅本は黒タンクトップとハイブランドのジーンズをいそいそと脱いで、紫色のボクサーパンツ一丁の姿になる。スタンバイOKだ。  「……撮影?」  倫子はまだ意識が朦朧としているようだ。 「記念だから、記念。柏木ちゃんの初めての♡」  千景の糸目の笑顔が、ひときわ不気味に見える。 「まあ、ヤラれてもきれいさっぱり忘れるらしいけど。ほんとヤバいよね、レイプドラッグって」  そう言ってる美月の口ぶりは半笑いだ。 「たぶん最初はちょっと痛いと思うけど。でも梅っち、処女の相手うまいから。仕事柄」 「……仕事?」 「あ、参考に見とく?」  千景がアイパッドを持ってきて、ネットの動画を再生する。 『リアル処女喪失5』というタイトル。顔立ちの整った真面目そうな少女が、梅本らしき男(顔にモザイク処理)に無理やり犯されている。少女は抵抗しようとしているが、意識が朦朧としていて無力だ。挿入されて動かれるたびに、切り裂かれるような悲鳴を上げる。とても演技には見えない。 「おれが運営してる裏系の動画サイト。チョー儲かってる」  梅本がノリノリで自慢する。 「これ、再生回数すごいでしょ。いい動画はみんなすぐ飛びつくから」 「でもこれって、ガチ未成年なのバレたらヤバくないの?」  千景のもっともな疑問に、梅本は得意げに答える。 「大丈夫。万一手入れがあっても、ヤバイ動画は〝一般ユーザーからの投稿動画〟ってていにしてるから」  「これ、D組の日高っていう……」  倫子がつぶやく。  日高沙織ひだかさおりは、ほんのひと月前まで清廉女子高の1‐Dに在籍していた女生徒だ。容姿端麗なだけでなく、優しく気さくな性格でみんなに好かれていたという。 「沙織のときはラクだったんだよな~」  嬉々として美月が述懐する。 「柏木とちがって、カラオケに誘ったらすぐにOKで仲良くなって。ファッション誌の読モやらないかって言ったらあっさり信じて、この部屋までついて来たんだよね」 「ちゃんと薬効いてて何も覚えてなかったのにね。あの後もふつうに学校来てたし」 「なんで気づいたんだっけ?」 「美月ががところかまわず、スマホでこの動画見てたからでしょ。そりゃ気づかれるわ」 「そうだっけ? 沙織の動画、エロくてつい見ちゃうんだよね~」  美月がテヘペロっと舌を出す。 「それで沙織ちゃん、自殺しちゃったんでしょ。かわいそうに」  微塵も同情していない梅本の口ぶり。 「サイアクだよね、電車に轢かれるって超痛そう」  千景はまるで他人事のようだ。 「倫子ちゃんは自殺しないでね~」 「柏木ちゃん、死んじゃったら意味ないよ~」 「意外とこいつ、そんなタイプじゃないって」  三人はゲラゲラ笑っている。大麻でハイになってるらしく、なんでもベラベラとよくしゃべる。  梅本はカメラのレンズを指さして、 「じゃあ、倫子ちゃん。まずはカメラにむかって、〝あたし、これから超カッコイイおにいさんに処女捧げちゃいまーす〟て言ってみよっか。笑顔のダブルピースで」 「………」  倫子は無反応。 「こいつ、ゼッタイそんなの言わないって!」  美月はまたゲラゲラ笑っている。 「まあ、いいや。本番いこっか」  梅本はベッドに乗り、倫子に覆いかぶさるように四つん這いになる。 「上、取っちゃおうね」  倫子のシャツを脱がそうと、胸元のエンジ色のリボンに触れる。  その瞬間、倫子はカッと怒りの表情となり、 「hag!」  と甲高い奇声を発する。 「⁉」  そのとたん、梅本の動きが硬直する。本当に指先一つ動かすことができないらしい。意識ははっきりとしているのに、その顔は驚きと恐怖で固まったままだ。 「な、なに……⁉」  美月と千景は気味悪がって後ずさる。 「やれやれ」  倫子はゆっくりとベッドからおりる。あきらかに正気の顔で、足元もしっかりしている。  千景のほうを見て、 「あなたとちがって、芝居をするのは趣味じゃないわ」 「なんで? クスリもう効いてないの?」  あのとき歩道で倫子が気持ち悪そうに口を押さえていたのは、常備している〈毒消しの実〉をとっさに飲んでいたからだ。ちなみにこの薬は、彼女が自室で栽培している観葉植物から採れたものだった。  ただし正常な意識が回復したのは、マンションに着く直前である。 「もう少し即効性があると思ったけど。わたしとしたことが、まんまとしてやられたわ」  倫子が、しみじみと自己反省の弁をもらす。  「でもあなたたちが想像以上にクズであることが知れて、有意義だったけどね」  倫子は部屋のすみに放っておかれている自分のスクールバッグを開き、中から巾着袋を取り出して左腕にかける。 「まずは──」  巾着袋から、十センチほどの白い蝋人形を一体取り出す。簡易なデザインの、いわゆる〝呪いの蝋人形〟だ。 「この人形には、あんたたちどちらかの写真が入ってるわ」  それ以外にも、ヒキガエルの血と肉と内臓なども入っているが。 「な、なんだよ、そんなもの」  美月は怯えつつも小馬鹿にする。  倫子はさらに巾着袋から、木の葉のような形をした黒曜石をとりだす。古代人の石のやじりだ。 「はじめは落書きのお仕置きていどですますつもりだったんだけど」  鏃の平らな面を蝋人形の頭に押しあて、 「さあ、これはどちらのかしら」  そのまま横むきに首を折る。  次の瞬間、千景の首も忠実にボキッと90度折れ曲がり、おぞましく白目を剥いて、糸が切れたようにドサッとくずおれる。 「初めてその細い目を見開いたわね」  床に横たわっている千景は、血の泡を吹いて絶命している。 「あ、あ……」  美月は恐怖で失禁し、生足の内股を伝わせてジャージャーと尿を垂らす。  倫子はもう一体の蝋人形を巾着袋からとりだす。 「さて、あなたはどうしてやろうかしら」  その目は爛々と輝いている。 「ご、ごめん、助けて……」  美月はボロボロと大泣きして命乞いする。アイメイクが崩れて、頬に黒い涙が幾筋も垂れている。なんとブサイクな生き物なのだろう。 「シャツを脱いでくれる?」 「え?」 「早く脱いで」  美月は倫子に言われるがまま、震える手で胸のリボンをとりはずし、大あわてでスクールシャツを脱ぐ。ブラジャーは派手なピンク色のフリル付きのものだ。 「どうだったかしらね?」  鏃の鋭利な切っ先で蝋人形の胸に、机の落書きの〝象チンコ〟をうろ覚えで描いていく。  たちまち美月の胸に、血みどろの〝象チンコ〟が浮かびあがる。 「イ、イーッ!」   悲鳴を上げて痛みでのたうち、背後の壁に倒れ込む。 「あ、あんたいったいなんなのー⁉」 「あら、聞いたことない?」   切っ先を蝋人形のみぞおちに突き立て、そのまま腹部を縦に真一文字に切り裂く。 「魔女よ」  美月の腹は切り開かれ、中から大量の内臓がドロドロと床に流れ出る。その有様を目に焼き付けながら事切れ、自分の小腸の塊にブニャッと顔面を浸けたまま動かなくなる。  激しい興奮の余韻で、倫子はまだ肩を上下させている。まるで絶頂に達した直後のような恍惚とした表情。  振り返ると、梅本がまだ四つん這いのままベッドの上で硬直している。 「ああ、忘れてたわね」  倫子はその耳元に、反響のかかったような奇妙な発声で話しかける。 「あ~あ、こんなに女子高生を殺しちゃって。いくら変態でも自首するしかないわね」  相手を従わせる強力な〈暗示〉魔法だ。 「それから──」  なにやら小声で囁いて付け足す。  元の声にもどして、 「金縛りは一時間くらいで解けるから」  倫子は自分のスクールバッグを肩にかけ、意気揚々と出ていく。  阿鼻叫喚と血肉にまみれた、この世の地獄と化した部屋を残して。

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