黒兎少女
クラスメイト(2)

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 朝のホームルームまで、まだ少し余裕がある。  1-Cの女生徒たちは友達とおしゃべりを楽しんだり、あわてて宿題を写させてもらったり、朝から眠たげでボーとしたりして、それぞれの時間を過ごしている。  カラカラ──  後ろの扉が静かに開いて、柏木倫子かしわぎりんこが教室に入ってくる。  彼女もまた、同じ清廉せいれん女子高の制服を身につけた1-Cの生徒だ。だがその視線は冷たく陰気で、周囲とは異質の空気をまとっている。飾り気のないショートボブの黒髪に、ちんまりと小柄なのもあいまって、警戒心の強い夜行性の小動物を思わせる。  カラカラ──  倫子は後ろ手で、また静かに扉を閉める。  いつもなら、このまま誰とも目も合わせずに自分の席に着き、ホームルームが始まるまで一人静かに読書をするところだ。いつもなら。  だが今朝に限っては、少し様子がちがっていた。 「………」  倫子は左眉をかすかに歪ませる。  窓際後方の自分の席をクラスのギャルコンビが占拠し、愚にもつかない雑談に興じているのだ。 「おまえそれ、ヤバいってマジで!」 「ほんと、超ヤバいよね~」  梶浦美月かじうらみつきが椅子に横向きに腰かけ、相方の安井千景やすいちかげが机の上に尻をのせている。  二人とも、もともとミニ丈のスカートをさらに短くして履き、リボンをぶらさげるように結んでシャツの胸元を広く開けている。  とくに美月のほうは、つけまつげにイエローのリップというケバケバしいメイク。校則違反のはずだが茶髪にブリーチまでしている。 (まるで道化のような外見だな)  倫子の素直な感想だ。  同じクラスだから、これまでも視界の端にチラチラと入ってはいたが、こうしてまともに眺めるのは初めてだった。 (朝っぱらから鬱陶しい……)  小さなため息をつくと、倫子はしかたなさそうに二人に近づき、 「……ここ、あたしの席なんだけど」  とクレームを入れる。感情の起伏を感じさせない、ボソボソと囁くようなしゃべり方で。  「オッス、柏木。今日もカワイイじゃん。ていうか授業以外であんたの声、初めて聞いたわ」  倫子とは対照的な、美月の軽薄な口ぶり。 「……座りたいんだけど」 「あたしの膝の上に乗っていいよ(笑)」  つまらないからかいを無視し、倫子は無言無表情でそのばで待つ。   だが二人は、まるで席を立つ気配がない。 「早くどいて──」 「そのへん、テキトーに座ったらいいじゃん」  美月が何気なく足を組む。スカートが超ミニのせいで、下着の股間部分が丸見えになってしまう。派手なピンクのフリル付きのものだ。女子校とはいえそのあけっぴろげな態度に、倫子の左眉がますます 歪む。 「ねえ、柏木ちゃんってどんな曲聞くの?」  社交辞令風にたずねてきたのは千景だ。ヘラヘラとした糸目の笑顔を浮かべて。 「アニソンとかボカロとか?」 「それ、キモオタだろ」  美月がツッコんで、二人でギャハハと下品な笑い声をあげる。 「いいかげんに──」 「こんどカラオケいかない? 駅前のカラオケ屋、平日ならアイス食べ放題でさ~」 「………」  倫子はあきらめ、そのまま無言で立ち去る。  背後から、 「柏木って陰キャじゃね?」  と嘲笑う二人の声。  教室を出た倫子は、女子トイレの個室に入って便器に腰かけ、持ち歩いている文庫本を読みはじめる。不本意ながら、ホームルームが始まるまでの時間をここで潰さなくてはならない。 「席につけ~」  チャイムが鳴って倫子が教室にもどると、ちょうど担任の男性教師も姿を見せたところだった。ギャルコンビも、やっと倫子の席から離れていく。  ようやく自分の席に着くことができた倫子だが、 「……!」  机のど真ん中に、ついさっきまでなかったはずの落書きを見つける。  いわゆる〝象チンコ〟だ。本来なら他愛ない下ネタだが、象の鼻に見立てた陰茎が小ぶりな幼児のものではなく、亀頭部が露出したリアルな大人のものなのが不快だ。しかもご丁寧に油性マジックを使っているらしい。  むこうはしの列に座っている美月は、こっちをチラ見して、愉快極まりないとばかりにクスクス笑い。その後ろの席の千景も、あいかわらずヘラヘラしている。 「本校の自殺防止対策の一環として、今週から希望者には生徒相談を開催することに──」  担任の話はもう耳に入ってこない。落書きの上に叩きつけるように教科書をおき、倫子は短い憎悪の言葉を吐く。  

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