手筈は容易だった。 教師の一人を魔法で操り、校内放送をさせる。 「生徒の呼び出しをします。三年二組の榎本椿、佐伯早苗、山下真里の三名は、至急、生徒指導室まで来るように」 いじめっ子グループの三人は、雁首並べておとなしく生徒指導室で待っている。怪訝そうな顔で。 「椿、これいったい何なの?」 「あたしだって知らないわよ!」 「誰かが柏木のことチクッたんじゃ……」 そこへ、倫子が何食わぬ顔で部屋に入ってくる。 ざわつく三人。 「柏木、あんた先生にチクッたの?」 「そんなことしても無駄でしょ。あんたたちがいかがわしいデマを流してるんだから」 倫子はポケットからペンタクルを取り出し、 「さて、どうしようかしら」 じつは具体的な復讐方法はまだ考えていなかったのだ。 「あんた、なに言ってんの? 先生は誰が来るのよ? 矢野?」 「とりあえず、まずあんたからね」 倫子は真里のほうに顔をむける。 「なに?」 その必要はないのだが、倫子はペンタクルに口を近づけて指示を出す。 「全身をバラバラに爆発させて。彼女だけよ」 次の瞬間、ドカンッという派手な音とともに、山下真里の五体が吹っ飛ぶ。 勢いが強すぎて、真上に発射した頭部は天井にぶつかって少しへしゃげてしまう。 「あっっ!」 早苗は旋回しながら飛んできた左腕に頬をぶたれたようだ。 支えを失った真里の胴体は床に落ち、その衝撃でバラバラのぶつ切りになる。各部位からの大量の流血で、生徒指導室の床はたちまち血塗られてゆく。 「へえ……!」 倫子は魔法の威力に目を丸くして感心する。 「ふうん」 前屈みになって、床に転がっている真里の無残な生首をしげしげと覗き込んだりもする。じつに楽しそうだ。 「ヒィィィッッギャァァッツーー!!」 文字通り腰を抜かして床にへたりこんでいた早苗が、今になって耳をつんざくような汚い悲鳴を上げる。 「どこからそんな声が出るのかしら。さて、次はどっちに……」 倫子は椿のほうに目をやる。 椿は棒立ちで凍りついている。目の前で起こった出来事をなかなか受け入れられないようだ。 そこで、倫子は長年の疑問を思い出す。 「なんであんたは、わたしをいじめのターゲットにしたの?」 他の二人はボスである椿に従っていただけだ。意思があるのは彼女だけなのだ。 「……?」 倫子の目の前に、幻影が映し出される。 それは現実の視覚映像と寸分たがわぬものであったが、不思議と混同することはなかった。ただ幻影魔法初体験の倫子には、これが目の前の中空に投影されているのか、脳内に直接映し出されているのか判別できなかった。 ──椿が自分の部屋で、化粧台の鏡にむかっている。似合わぬ少女趣味の可愛い服装をして。これが彼女の本来の嗜好なのだ。 「なんでこんなにおばさん臭い顔をしてるの……!」 鏡に映った自分の顔を不快そうに見つめている。コンプレックスでノイローゼ気味のようだ。 ──一年一組と二組の女子の合同の体育の授業風景。ソフトボールの対抗戦をしている。生徒の半数は体育座りで応援である。身長順の並びは崩れて好きな者同士でかたまっている。 形だけ応援していた椿が、ポツンと一人でいる倫子に気づく。その横顔が気になり、しげしげと眺める。 見つめすぎて視線に気づかれ、倫子がまっすぐこちらを見る。 「……なに?」 「!」 その顔立ちに衝撃を受ける。自分の理想そのものなのだ。 椿は憎悪に近いような嫉妬を覚える。 幻影魔法が解け、通常の視界にもどる。 「よくわからないけど、正当な理由がないのは確かね」 まだ呆然としている椿にむかって、 「だったら、あなたは望み通りの外見にしてあげるわ」 「あ、あ! なに⁉」 椿は自分の両手の異変に気づき、奇声をあげる。骨格はそのままに、外見だけがみるみる老けていっているのだ。 「あら、逆だったわね」 倫子は愉快そう。もちろん確信犯だ。 あっというまに、椿は皺だらけの醜い容姿になってしまう。頭髪はそのままで背筋もシャンとしたままだから、老婆にしてもずいぶんと異様に見える。 「ほら、鏡よ」 魔法で壁を鏡のように反射させ、椿の全身を写してやる。 椿は絶叫し、ショックでフラフラと夢遊病者のようにドアのほうにむかう。 「あんたの出口はこっちよ」 倫子は椿の手を引いて、窓際まで連れて行ってやる。ついでにガラリと窓も開けてやる。ここは四階だ。 「ほら、早く。出たいんでしょ」 椿は恐怖で怯えているが、体はそれとは裏腹に、窓枠に手と足をかけ、大ジャンプしてしまう。 倫子が窓から顔を出して下を覗いたときには、すでに椿は石畳の地面に墜落死していた。身体の半分が潰れているが、姿は元にもどっている。 「ちょっとあっさりしすぎかしら」 倫子は手にしていたペンタクルの温度変化に気づく。いつのまにか、かなりぬるくなっている。おそらくあと一人分で魔力は費えてしまうだろう。 床にへたっている早苗にむかって、 「あなたはもうちょっと時間をかけて殺してあげるわ」 「お願い! お願いだから助けて!」 涙と鼻水でグシャグシャになりながら、早苗は必死で命乞いする。 「何がいいかしら? 火でじっくり焙る? それとも少しずつ背中の皮を剝いでいくのがいいかしら」 「あたしは椿の命令で付き合っただけだから!」 倫子は少し思案して、 「だったらわたしの命令をきいてもらうわ」 三年二組の教室は、矢野の授業の真っ最中だった。 「中心に原子核があって、その中に陽子と中性子があると。そして原子核の周りを回っているのが──」 そこへ前のドアをガラリと開けて、早苗が現れる。意思のない淀んだ目。右手に包丁を握っている。 「どうした、佐伯?」 最初に腹部、それから胸。 早苗は問答無用で矢野をメッタ刺しにする。 教室中に悲鳴が飛び交い、生徒が逃げ惑って机や椅子がガタガタと音を立てる。 「まったく躊躇なしね」 廊下に立って、倫子は興味深そうに見物していた。いつのまにかそばにサンドルの姿もある。 ワイシャツを赤く染めた矢野は、何が起こったのか永遠に気づきそうにない間抜けな驚き顔のまま、そのばに崩れ落ちる。 早苗は命令された仕事を終えると、二つ目の命令を実行する。 手にしている血まみれの包丁で、自分の喉を深々と切り裂いたのだ。 各メディアは、〝中学校で女生徒による凶行 生徒二人が死亡 教師一人が重体 犯人は自殺〟とセンセーショナルに伝えた。 これが後々まで語られる、〈清廉女子中学生猟奇惨殺事件〉である。 * 事件から二日後。 三年二組の教室でも授業が再開された。無理もないが、生徒も教師たちも事件のショックでお通夜のようだ。 そこには倫子の姿もあった。 彼女だけが、実に晴れやかな表情をしていた。まるで、今にも歌い出さんばかりに。 誕生編(終)
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