その日の夜。 「どう思う?」 倫子は自分の部屋で、サンドルに意見を求める。床でスフィンクス座りをしている。 「そのたぐいの呪いは同業者の仕業だ。おそらく倫子より力があるだろうな」 「やっぱり」 倫子もおなじ考えだった。 「〈呪いの代行〉をしてるのね。脅迫状の女子が依頼人で」 「それで稼いでるんだ。典型的な魔女の生業だ」 〈呪いの代行〉というのは、依頼主の呪念を、依頼主に代わって相手に送り込む魔法、およびその行為のことだ。 「それで、わたしにこの呪いが解けるかしら?」 倫子は机上で開いている自分の魔導書に目を落とす。 「この〈解呪〉の魔法で」 「よほどヘマしないかぎり大丈夫だ」 「そうなの? この魔法はまだ試したこともないのに」 「解くのがそれほど難しい呪いじゃない」 「へえ……」 少し拍子抜けした。かなり手こずるものだと覚悟していたのだ。 だが問題はそれだけではない。 「じゃあ仮に、わたしが呪いを解いたとして、面倒が起こる可能性は?」 「まだ成就してない呪いだろ。それを解いたとしたら、むこうの商売を邪魔したことになる。行儀良くはないな」 やっぱりね、と倫子は思う。そこがいちばん気がかりなところなのだ。 「クレームが来る?」 「文句のことか? 口ですめばいいがな」 「いきなり制裁される危険も?」 「わからん。どんな相手なのか、今のところまったく不明だからな。魔女といってもいろいろだ」 「ふ~ん」 倫子はさして逡巡せずに決断する。 「やるわ。むしろその魔女にも会ってみたいし」 * その週の土曜日。 「これより、呪いを解く儀式をはじめます」 倫子が厳粛にのべる。 403号の個室にいるのは、倫子と朝美と香織の三人。香織は朝美のそばで付き添っている。 「その前に確認なんだけど」 倫子は少し落ちつかなげに、 「成功した場合の報酬は……」 「あ、はい。香織から聞いた金額はもう用意してるから」 「だったら問題ないわ」 倫子は愛用の黒のリュックから、食品保存用の大型のガラス瓶を取り出す。中に入ってるのは、大きな金属製のメダルだ。ふだんは倫子の部屋の窓際のスチールラックに魔除けとして置いてある。 「大事なのはこのペンタクルなの」 蓋を開けて金属製のメダルを取り出し、朝美に手わたす。直径十センチほどもあり、印章や呪文が緻密に彫り込んである。 「儀式のあいだは、これを持ってて」 「はい」 朝美はしっかりと両手でペンタクルを持つ。緊張で顔をこわばらせているが、儀式中に被呪者がやることといったらこれだけなのだ。 「あの、あたしはここにいていいの? 邪魔にならない?」 香織が素朴な質問をする。 「木村さんは付添人としてそばにいてあげるように。ただし被呪者には触れず、呪文の詠唱も慎んで」 「うん」 ようするに、被呪者が心細くならないように、そばにいてあげるだけの役割なのだ。 「それでは」 倫子は静謐な響きで、〈解呪〉の呪文を詠唱しはじめる。 「オメネ エクスクレメンテス エロリス ノリテ マレ デシュエレ──」 この調子で儀式は進み、想定外のアクシデントなども起きず、半時間ほどでつつがなく終了した。 * 香織から柏木家に電話がかかってきたのは、それから二日後のことだった。 『夜分遅くにすみません! 木村だけど!』 夜分といってもまだ午後九時だが。ずいぶんと興奮しているようだ。 「どうしたの?」 キッチン兼玄関で電話をとった倫子も少し緊張気味だ。用件は例のことしかない。 『隅田先輩のことなんだけど!』 「ええ、経過はどんな感じ?」 『隅田先輩、ウソみたいに腫瘍が消えちゃったんだって! すごく喜んでたよ!』 「そう、よかったわね」 倫子は安堵する。とりあえず、一仕事は無事終えた。 だが肝心なのはここからだ。 「隅田さんに頼んでほしいことがあるんだけど」 『うん、なに?』 「小柴っていう人の住所を知りたいの」
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