数日後。 1‐Cの教室。三時間目後の休み時間。 倫子はいつものように、窓際後方の自分の席で文庫本を読んでいた。 「!」 ハッと気配に気づいてふりむく。 あの通り魔が、忽然と教室の後ろに立っているのだ。 黒い影に触れそうなほどの目の前を、二人の女生徒が「キャハハ」とはしゃぎながら素通りする。むろん、他の生徒の目には決してその姿は映らない。 (自分についてきたのか?) 倫子の推理はすぐに否定された。通り魔は滑るように移動し、教室の中央にむかう。 そこにいるのは香織と彩音である。二人はいつものように隣り合った席に腰かけ、和やかにおしゃべりをしている。 (ちがう、あの二人についてきたんだ) 通り魔に寄り添われたとたん、二人の様子が豹変し、激しい剣幕で怒鳴りあいをはじめる。 「あたしは怒ってないって言ってるでしょ!」 「ゼッタイ怒ってた! でないと香織はあんな言いかたしないもん!」 「そんなことで怒らない! 彩音が誰と遊ぶのも自由だから!」 「なんでそんなウソつくの! あたしにはなんでも話してくれるって言ったのに! それがすごく悲しい!」 ふだんあれほど仲のいい二人が突然大ゲンカをはじめたということで、クラスメイトの誰もが驚き、騒然となる。 不意に、通り魔が彩音の身体にスーッと入り込む。 「あ……!」 思わず倫子も声をあげる。 「グルルルル……」 彩音は野太いうなり声をあげながら、ゆっくりと立ち上がる。白目を剥いているように見えるが、そうではなく極端に瞳が白濁しているのだ。 景気づけとばかりに、両の掌をバンッと叩きつけて、たやすく机の天板を砕いてみせる。 「ブハハハハハッッ!」 洞穴から響いてくるような不気味な笑い声。誰の目にも、完全に発狂したようにしか見えない。 「彩音……!」 香織は我に返っており、彩音の異常な姿に息を飲んでいる。 さらに彩音は、そこらにある机を片腕で払うようにして次々と放り投げていく。どうやら通り魔は、新しい身体の具合を試しているらしい。机は軽々と宙に舞い、回転しながら落下して、ドカン!ドカン!とものすごい音と振動を立てる。ありえない怪力だ。 教室内は女生徒の悲鳴が飛び交い、パニック状態になる。 「これが悪魔憑きか」 倫子一人が、興味津々で観察している。 彩音は教室を飛び出すと、 「ワオーン!」 と獣の咆哮をあげながら全力で廊下を駆けていく。 身につけているシャツもスカートも、そしてブラジャーまでも、邪魔だとばかりにどんどん引きちぎりながら。実に気持ちよさそうだ。
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