ヒマワリちょんぎり魔
ヒマワリちょんぎり魔

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 夏になると思い出すことがある。  それは町内で起きた不気味な事件だ。  当時、俺は小学五年生だった。  テレビでは連日、とある国の情勢が悪化し、日本への輸入品が大打撃を受けていた。  穀物に、ナッツ類、香辛料も値段が高騰し、町内の商店街が皆、困っていた。  雑貨屋は、店先で売っているカシューナッツやクルミをキャラメリゼしたお菓子が高くなってしまうと嘆き、カレー屋は香辛料のことで困っていて、肉屋はこだわって作っているソーセージに使う、香辛料とナッツ類が足りなくて大変という話だ。近くで畜産業を営んでいる人は動物にあげる穀物が足りなくて、どうすればいいんだと喚いていた。  でも俺はまだ子供だったので、そんなことは気にせず、毎日夏休みを謳歌していた。  そんなある日だった。  学校のプールへ朝行くと、学校の様子がどこかおかしかった。  プールはいつも通り青々としているのだが、校庭に違和感を抱いた。  校庭に入り、見渡すと、なんとヒマワリが無いのだ。  真っ黄色に光り輝いていたヒマワリの花がどこにも無いのだ。  俺は当直の先生にヒマワリの花が無いことを伝えると、先生から、 「オマエ! ヒマワリの花をイタズラで切り落としたのか!」  と言われてしまった。  イタズラで、切り落とす……? と思っていると、確かにヒマワリの茎や葉はあって。  花だけが鋭利な刃物で切られていることが分かった。  俺はすぐさま先生に、 「そんなイタズラしていない! イタズラしていたら自分で言わない!」  と訴えかけると、先生は頷きながら、 「確かにそうか」  と言った。  まあその時は誰か、生徒のイタズラだと思って、大事にはならなかった。  だが、次の日、町内会が育てているヒマワリも数本花が無くなっていたのだ。  小学校と同じようにヒマワリの花の部分だけ切られて、その花は下に落ちているわけではなく、忽然と消えてしまっていた。  俺は町内会の人へ、小学校でも同じようなことがあったと伝えると、町内会の人は訝しそうに俺のほうを見て、 「君が真似してやったわけじゃないよね?」 「そんなことするわけないじゃん! ヒマワリは綺麗なんだから!」  そう、ヒマワリは綺麗。  町内会が育てているヒマワリも花が無くなった数本以外、綺麗に生き生きと花が咲いている。  町内会の人は溜息をついてから、 「誰が一体こんなことを……」  と言いながらも、また俺のほうを怪しむように見てきた。  だから俺は言うことにした。 「もし俺がイタズラでするなら全部切るよ! 何で数本だけしか切らないんだ!」 「それもそうか」  それで納得されるのも癪だけども、まあこれ以上睨まれることは無くなり、良かった。  でもだ、でも一体何故こんなことを。  そしてこんなことをする人間は一体誰なんだ。  俺はそのことが気になりだし、自分でメモを付け始めた。  今日、町内会のヒマワリはちゃんと数えて6本切り落とされていた。  花はどこにもなく、もしかしたら持ち去ったのかもしれない。  小学校の校庭にも改めて行き、切り落とされた本数を調べた。  小学校のヒマワリは全部切られていて、20本。  さらに俺は昨日と今日あったことを両親に話すと、瞬く間に噂が広がった。  次の日には、 「これは見立て殺人の一種で、いつか重大な事件が起きる」 「今度は人間の首切り事件が起きるのでは」  と言ったような噂が飛び交っていた。  輸入品が高騰しているニュースは誰も見向きもせず、この町内だけはヒマワリちょんぎり魔と命名された事件に熱中していた。  友達は親から「子供だけで外を遊ばせることができない」と言われて、学校のプールへ行くことを禁止された。  俺の親はその辺は緩く、俺は一人でメモ帳を持って町内を駆け巡った。  どこかに事件の手掛かりは無いか、と。  すると畑にいる人たちが大声で話しているところに出くわした。 「どうしたの?」  と聞くと、その中の一人がすぐに、 「こんなところで子供一人で歩いてちゃ危ないよ! うちの畑のヒマワリもやられたんだよ!」 「ヒマワリちょんぎり魔、に、ですか?」 「そうだよ!」  と言ったところで、その畑の隣の家に住んでいると思われる人もやって来て、 「うちの庭のヒマワリもやられていたんだ!」  と言って、その場にいた人たち全員「わっ」となった。 「どれ? どれ?」  俺はその庭のヒマワリを見させてもらうと、確かに同じように切られていた。  その時、俺はとあることに気付いた。 「このヒマワリの葉、少ししおれているね。花が無くなるとしおれるのかな?」 「違うよ、このヒマワリはもう終わりで枯れかけだったんだよ」  俺は今までのヒマワリを思い返してみた。  すると確かにどのヒマワリも枯れかけだったような気がした。  町内会が育てていたヒマワリも、生き生きと咲いていたヒマワリは切らず、葉が枯れ始めているようなヒマワリだけ切られていたような。  何故だろうか。枯れかけのほうがまだ罪悪感が少ないから? それとも他に理由が、と思った時、一つの案が浮かんだ。  だから俺は自分が思う場所へ直行した。  商店街に着き、ここで俺が思う店主へカマをかけた。 「ヒマワリの頭を切っているところ、見ましたよ」  するとその店主はすぐさま俺に近付き、人差し指を唇に当てながら、 「そのことは秘密にしてくれないか」  と小声で言った。  俺はやっぱりと思いながら、 「町内の人たちが不安に思ってるから止めたほうがいいよ」 「分かった。まあもう十分”獲れた”からもうしないよ」  その後、俺はこの【肉屋】からソーセージをもらって、公園で食べてから家へ帰った。  そうか、やっぱりそうだったのか。  枯れたヒマワリを切るということは、そこについているヒマワリの種が欲しかったんだ。  情勢の悪化で手に入りづらくなった、ソーセージの中に入れるナッツ類を、ヒマワリの種で代用するつもりなんだ。  ソーセージの中身は何が入っているか分からないから、アクセント程度のナッツならそれで事足りるというわけか。  俺はこの事件のことをまだ口外していない。  何故ならずっとサービスでソーセージを安く売ってくれるからだ。  やっぱり口止め料って大切だよな。  結局夏以外も思い出してる。買おうとする度に思い出してる。 (了)

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