15.― CRACKER IMP ― やっぱり、高速って言うだけあって、本気になると、とんでもない速さと機動力 を発揮するな。球体状のタイヤが前後左右もなく自在に滑らに動き、格納庫や倉庫 の隙間を走り抜けていく。 上空から高速で追いかけ、補足してるが、迂闊に近寄れなかった。高感度のレー ダーに、対空用の機銃とミサイル兵器。今までの高速戦車と明らかに違っていた。 こっちもミサイルを、いや駄目だ。下手に破壊し過ぎて、サーバーが破損でもす れば元も子もない。前と同じ、コックピット狙いだ。 使うのは機銃だけ。前方へ回り込んで撃つしかない。速さならハッキングして操 っている、この飛行型ドローンも負けてない。軍用ヘリに匹敵する性能だ。 問題はそれが届く距離に近付けば、対空兵器の餌食になる事。もっと時間があれ ば遠隔操作の感度をもっと上げられるのに。やはりデカブツなドローンを“エイト アイズ”や“レインメーカー”の飛行プラグラムを流用しても限界があった。緊張 と共に脳から脊髄にかけて熱が増す。――じきにキルゾーンだ。 高度を落とし、後方から接近して機銃を撃ち始めると、高速戦車は速度も進行方 向も変えず一八〇度反転して機銃で応戦してきた。蛇行して避けるけど一、二発当 たってしまった。その度にカメラにノイズが入る。それがいやにプレッシャーにな った。 ドローンのセンサーが反応して警告音が頭に響く。――対空ミサイル。 攻撃を止めて、急上昇する。クソが、無駄な時間を使わせてくれる。使えるフレ アはあと一回。このドローンはまだ破壊されては困る。 しつこく追い回して来るミサイルは四発、警告音が鬱陶しい。ドローンを最高速 度で上昇させ、宙返りと錐揉みでミサイルとミサイルの間をすり抜ける。かなり際 どかった。 ミサイルとの距離を離したタイミングで再び高度を上げてフレアを放つ。後方部 を映すカメラは、夥しい量の高熱のシャワーに白飛びして使い物にならない。セン サーの情報に切り替える。ミサイル三発を落とす事に成功した。時間差で爆発音が 聞こえて来る。あと一発から逃げ切らねば。 高速戦車が定めていたキルゾーンに入り込んだ。もっと集中しろ、全タスクに神 経を張り巡らせるんだ。 急下降しつつ高速戦車の方へ向かう。狙いの格納庫まで、あと一分以内で通過さ れる。ドローンの速度を僅かに落としミサイルとの距離を縮め、機体を素早く水平 に戻しつつ横に傾け、動力をシャットダウンした。一瞬の浮遊感。ミサイルは姿勢 を直す前に地面へ激突、火柱を上げて粉々になった。 ドローンの動力を再起動させて、再び飛行させるが、無茶な動きに内外にかなり の負荷を与えてしまった。エンジンもプロペラもガタついてカメラの視界が小刻み に揺れていた。長くは持ちそうにない。 高速戦車が格納庫の扉前を通過するまで、あと十五メートル、九、六、三。視界 に表示するタイミングと角度もバッチリ――計算通りだ。 格納庫の中で待ち伏せていた大型オートマタを高速戦車の目の前に立たせて両腕 と胴体でガッシリ掴ませる。大型オートマタの視界が衝撃で激しく揺れて、ノイズ だらけになる。腰を落とさせ最大出力で踏ん張らせた。――頑張れ、耐えてくれ。 オートマタの遠隔操作はドローンよりも難しい。急ごしらえのソフトウェアでは 何もかもが荒削りで至らない。もどかしいな。 高速戦車の方が大型オートマタよりパワーが上だ、踏ん張っている両脚がアスフ ァルトにめり込んで少しづつ押されていく。両脚、両腕の関節部から異常を知らせ る。このままだと砕けて押し潰されるか、主砲の直撃で吹っ飛ぶ。 一か八か、人間の様に繊細な動きは出来ないだろうが、両腕を最大出力にして高 速戦車の前輪部を持ち上げて、胴体を支えに更に持ち上げる。 あともう少しで、戦車を横転させる事が出来るが。やはり無理か、人間と違って 機械に勢いや気合の類いはない。――スペックが全てだ。 計画変更、飛行型ドローンを急行させる。大型オートマタの関節も限界に達して いた。 地面スレスレを飛行して、少し持ち上がった車体に食い込ませる。このまま押し 上げれば横転させられる。 ドローンの出力を上げて押し上げようとした瞬間。高速戦車の主砲が大型オート マタの半身を吹き飛ばした。反動で高速戦車が後ろへ下がる。――失敗だ。 高速戦車の機銃がドローンに向く。デジタルブレインが即座に爆発と衝撃の度合 いをシミュレートする。――ミサイル二発、側面から約四メートルが表示された。 機銃に蜂の巣にされてカメラもセンサーもダウンするが、タスクはまだ実行可能 だ。計算したポイントの地面に向けてミサイル二発を撃ち込む。凄まじい爆風。飛 行型ドローンも完全に沈黙した。 黒煙が立ち込めて、こちらからは高速戦車の状態が分からない。格納庫に待機さ せていたオートマタを二体投入して状況を確認させる。――これでネタ切れだ。 視界ゼロの黒煙の中で、オートマタのセンサーが横転して格納庫の外壁にめり込 んでいるのを確認した。爆風と言う不確定要素にサーバーの状態が不安だが、なん とか高速戦車を無力化出来た。前回と同じなら三人乗り。パイロットと砲撃手、護 衛のサイキック兵の筈だ。 オートマタの対人センサーの感度と警戒レベルを最大に引き上げて高速戦車の後 方へ向かわせる。深呼吸して、自前の目でも状況を確認しておく。 音振動を検知。こちらからは、まだ確認できない。感覚をオートマタに伝えて警 戒させる。オートマタの視界にゆらりと映る――人影だ。 即座に攻撃させた。躊躇がない訳じゃないが、これ以上迷う事は許されない。相 手も発砲してきた。至近距離の撃ち合い。 黒煙の向こうから、敵が目の前に回る様に倒れ込んできた。一人仕留めたのを確 認すると、次は前進してたオートマタが目の前でグシャグシャと音を立てて潰され ていく。サイコキネシス。ユーチェンがする様に、オートマタが一機潰されてしま った。 サイキック兵の位置が分からないが、残ったオートマタに発砲させながら探させ る。サシでやったらオートマタに勝ち目はない――俺も狙わないと。 煙が薄まり、視界を確保出来るようなって、サイキック兵を捕捉できた。 息を吐き切って、アプリの指示に従い、スコープ越しに捉えたサイキック兵の下 腹部辺りに全神経を集中させる。 八六〇メートル先、しっかりライフルを固定して放たれる一撃。紛れもない俺の 殺意が込められた一発は、サイキック兵の胸と首の間の辺りを貫いた。 スコープ越しに絶命するサイキック兵を確認して、更に周囲も見渡す。 二機のオートマタはやはりサイコキネシスによって潰されていた。砲撃手らしき 兵士も倒れたまま動かない。 高速戦車は横倒しになり、周囲には粉々になった大型オートマタの残骸と、力尽 きて沈黙した飛行型ドローンが転がっている。 バイクの荷台に固定したライフルのバイポッドを引っ込めて。ライフルを背負っ た。この位置から、飛行型ドローンを遠隔操作、格納庫に誘導して待ち伏せた大型 オートマタと二機のオートマタで高速戦車を制圧させた。 俺とデジタルブレインで出来る、有らん限りの手段。――なんとか成功した。 しかし、本当の戦いはこれからだ。バイクに乗って高速戦車の元へ向かう。一キ ロ以下の距離、あっという間だ。 いい加減嗅ぎ慣れてきた硝煙の臭いにウンザリする。バイクを降りた途端、突然 襲いかかる眩暈、血の気が引いて一瞬で身体が冷えていく。駄目だ、立っていられ ない。 膝から崩れ、地面に手をついた瞬間に吐いてしまう。ナノマシンが混ざり変色し た黒い血が混ざっていた。クソッタレが。 見たくもないが、バイタル情報を確認する。脳神経の損傷が予想以上にヤバかっ た。ナノマシンは潤沢だったが、修復速度が追い付いてない。流石にオートマタ三 機とドローン一機の遠隔操作は負荷が大きかった様だ。 グロックを取り出し、呼吸を整える。立ち眩みを無視して、高速戦車の後部に侵 入した。 横転した戦車の中ではやりにくい。サーバーの固定具を外して、外へ引っ張り出 そうとするが、ケーブルが短く扉の前までが限界だった。 サーバーは辛うじて無事なようだ。これなら直結出来る。ポケットからケーブル を取り出し、直結する準備に取りかかる。 「え?」 思わず声が漏れてしまった。ショットガンを手にした敵と目が合う。相手も俺と 同じ、驚いた表情をしてる。――パイロットが生きていたんだ。 ショットガンの銃口がこちらに向く。無意識に左手をショットガンに伸ばした。 凄まじい衝撃が襲いかかり、身体ごと高速戦車の残骸に叩き付けられる。 早く殺さないと。そう考えた時には右手のグロックは全弾撃ち尽くし、パイロッ トは既に生き絶えていた。心臓が激しく脈打つ度に全身に痛みが走る。 チタン製の骨は簡単には吹き飛ばない。無我夢中で左手を盾にして、グロックで 応戦していた。 左手の薬指と小指は折れ曲がり、腕の肉はあちこちが吹き飛び、チタンの骨を露 出させていた。ダメージを認識した途端に、痛みに身体が震えてきた。 あと少しだってのに、蹲って震えてる事しか出来ない。チクショウが、どうして こんな目にばかりに遭うんだよ。 俺みたいなヤツ、輝紫桜町で適当なセックスと、酒とドラッグで上等な筈じゃな いか。どうして、こんなに必死になって柄にもない事やって、のたうち回ってんだ よ、クソが。 腐った泣き言に思考が埋め尽くされる傍らで、左肩に固定した補助端末を取り外 し、グロテスクに成り果てた左腕のコネクトポートに接続する。接触部からパチン と火花が散り、ビリビリと腕が痙攣を起こす。 そうだ、何故こんな目に遭ってるのか。――俺が望んで選んだ事だからだ。 変わりたくて、抜け出したくて、ガキの頃からずっと戦ってきたんだろ。何度も 捩じ伏せられ、蹂躙され搾取され続けても、それでも諦め切れなくて、愚かだと分 かっていても歯向かってきたんだ。 逃げるな、向き合え。俺にしか出来ない事をするんだ。 補助端末を開きコードを入力する。右手だけのタイピングはモタ付く。始めから フルアタックで飛び込む。ほぼ無人のポイントΣとは言え、こんな場所で無防備に ならざるを得ないとは。 サーバーまで這いつくばり、ケーブルを差し込んで、横転した高速戦車に凭れか かる。少し焦げ臭かった、発火したり爆発しない事を祈る。 震える手で左腕にケーブルを差し込み、ハッキングソフトを立ち上げる。脳内に 溢れ返る全てのタスクを止めて、情報を捨て去る。視界を閉ざして、目玉を後頭部 まで引っ込める様なイメージで深みに入り込んで行く。 脳内で入力し続けるコードも次第に認識が薄れ、自分自身がコードそのものにな っていく感覚。それが意識をアクセスさせる。 さて、ここから先は俺と“奴”だけの時間と空間になる。ケリを着けてやる。 「数列の水辺へ身を浸し……どこまでも深く落ちていく。コードを食い破り、望 みのままに……解き放て……」 視覚情報収得。やはり“ガーディアン”はサイバースペースを構築していたか。 前回は面食らったが、今回はしっかり準備しておいた。手直しをしたアバターを ダウンロードする。 赤い身体に黒い角と翼。ちょっと強そうなインプの姿になる。こう言う幼稚な茶 番はハッキリ言って嫌いだ。しかし“ガーディアン”ってヤツが仕切るシステムで ある以上、それに従わざるを得ない。 何処か見覚えの景色だった。何処か外国の様な街並み。石畳の広場の中央には噴 水がある。それをみてピンと来た。 此処は、ポイントβ、仮想街地の町並みをベースにしているらしい。道なりに歩 くと、数時間前の戦闘で印象に残った景色が再現されていた。埃も汚れもないピカ ピカの街、空は真っ白で手付かずと言った感じだ。 左腕がズキンと痛み出す。傷や出血こそしていないが、かなりリアルな感覚だっ た。前回は感覚が鈍り、逆に楽なぐらいだったのに。 仮想現実の認識が高まった今だと、もう通用しないのかも知れない。現実と虚構 が高いレベルで重なっていく。 補助端末のAIに任せてあるコード解析を確認しつつ、翼を広げて飛翔した。羽 ばたかせてみると、妙な疲労を感じたが。現実にない感覚と空を飛ぶ感覚は、楽し くもあり、心地好い。 高いところから見渡すと、ポイントβより遥かに広大で地平線の先まで街が続い ていた。 仮想街地のデータを読み込んで、モデルを構築。あとはコピー&ペーストを繰り 返してるだけって事か。 補助端末が集めたデータとサイバースペース内のコードを照らし合わせる。恐ら く此処は――ファイヤーウォールだ。 ここさえ突破すれば、メインシステムにマルウェアを流し込んで、完全に掌握出 来る。サイキック兵やオートマタのシグナルを止めて、全てのタスクコマンドを無 効化すれば、施設も自爆しない。――ここさえ打ち破れば全て終わる。 アクアセンタービルのシステムに比べれば単純だ。あとは最大の障害となる者も どうにかしないとな。 その気配が後ろから迫ってくるのを全身で感じ取った。――“ガーディアン”。 振り向いて見上げると、冷たく眩い光が目に刺さり、瞬く間に翼が切り刻まれ地 面へ落下していく。 “ガーディアン”。蜘蛛のアバターをやめたらしい。地面に落とされ、インプの 翼はズタズタになっていた。アバターのプログラムが破損している。 修復する事も出来るが、無駄な事に力は使わない。 今のところ予定通りだ。圧倒的な力を見せ付けてくる“ガーディアン”のやり口 を含めて。 優雅な四枚の翼と白銀のボディ。鎧兜の様な精悍な顔立ち、鋼鉄の天使と言った 容姿だ。翼は一本、一本が鋭利なナイフの様になっている。 俺が悪魔のアバターを使うから、そっちは天使ってワケか。徐々に分かりかけて 来たな。ヤツの正体を。 「もう、バレてんだよ。クソガキ! AIのフリなんかしてないで、なんか喋って みろよ!」 演算速度もマルチタクスのキャパシティも、俺より遥かに格上だ。俺が先手を取 る事は不可能だった。その都度“ガーディアン”をかわす手段を模索した。正に知 恵比べだった。上手く出し抜けてもAIらしからぬ機転で対処される。スペックが 高い分、ゴリ押しに思える事も多々あった。 そして、一番興味深いのは“ガーディアン”に対して直接攻撃を仕掛けた時の反 応の速さと雑な反撃。これもスペックが高い分ゴリ押しに思っていた。 しかし、これを人間に置き換えて、その行動を性格や感情と解釈した場合。ブラ イドが高く――幼稚と言える。 サイバースペースやアバターの趣味、そして単調なシステムのマルウェアも少々 未熟に思える。 俺が今まで“ガーディアン”に対抗できていたのは、全てハッカーとしての経験 と応用力だけだった。 スペックに物言わせれば、ビルのシステムも戦場のシステム管理も完璧にこなせ るだろうが、似た様な条件のハッカーと一騎打ちになると、経験の浅さと僅かばか りの感情を感じていた。 “ガーディアン”はガキだ。十代後半ぐらいの。 分かるんだ、俺もそうだから。自分の持つ力に納得のいく答えとか誇れるものが 欲しくなる。つまらない自尊心を身に纏って、意気がって無理に生きてた時だって ある。――それに似ているんだ、コイツは。 「オマエみたいなヤツは存在してはならない……。ボクだけで充分だ……」 初めて聞く“ガーディアン”の声、或いは心。一体どんな経緯で“そうなったの か”興味深いが、今はそれどころじゃない。 やる事は変わらない。始めから決まっていた事だ。――俺はコイツを潰す。 「同感だよ。俺達はきっと、早過ぎたんだろうね……。俺もお前を消したい」 闇雲に飛びかかって爪を突き立てる。アバターなんかにダメージを与えて何にな るのか疑問だが、首筋を何回も切り付けてやった。 “ガーディアン”が片手で軽々と首根っこを掴み反撃してくる。四枚の翼が一斉 に全身を貫てきた。痛みに似た不快感を感じる。俺と直結してシステムを破壊する 気らしい。 「オマエ何者なんだ? 消えてなくなる島国の人間のくせに……」 一つだけ、コイツは俺には違うところがある。――分別がない。 善悪と言う複雑なシステムを考える事もなく、それとも何かに強要されて歪んで しまったのか、信念や良心なんて物もなく機械的だ。 でなきゃ、どうしてこんな酷い奴等に手を貸す。金と他に何を求めるんだ。 俺は何時も理由を求める。だが、今回は敢えて向き合わない。コイツには容赦し ない為にも。 もう迷いはないよ。俺には救いたい人達がいる。守りたい仲間がいる。下らない ヤツに情けなんかをかけてやるものか。 「それでも人間なんだよ、俺もお前も!」 インプのアバターを削除して拘束から逃れる。遊びは終わりだ。 “ガーディアン”の頭を両手で掴む。現実も虚構でも俺は俺のままでいたい。ア バターじゃない蓮夢の姿を構築する。 「そんなに俺の中に入りたいか? だったら入れてやる! 楽しめよ!」 吸い込んでいるのか、吸い込まれているのか、どっが上で下なのか、落ちている のか昇っているのか。 あやふやな感覚に流されず、もっと深い“あの場所”へ“ガーディアン”を引き ずり込む。 見覚えのある景色に“ガーディアン”を叩き落とす。おかしな光景だ。 雨に濡れた路面は自分勝手な原色ネオンの明かり共が反射して乱れている。 ソフトウェアなんて必要ない。記憶だけで容易く構築できる。俺の意識の中でも 変わる事なく地獄模様の大歓楽街――輝紫桜町。 乱雑に込み合う黒い影達のど真ん中で立ち尽くす“ガーディアン”。 何処の誰かは知らないが、こんな地獄は見た事ないだろ。楽しませてやるよ。 自分を“ガーディアン”後ろに配置した。警戒心を剥き出しにして、周囲に翻弄 さているザマを眺めてるのも楽しいが。もう少しからかってみるか。 お気に入りのスカジャンから肌をさらけ出し、何時も出で立ちで振る舞う。 「天使さん。俺と遊ぼうよ。楽しませてやるぜ、天使のチェリー、ポルノデーモン におくれよ……」 安っぽい挑発と色目遣い。纏わり付く指先に全神経を注ぐ。自分の頭の中で何を やってるのかと、少し虚しくもなるが、結局こう言う性分なのさ、俺って奴は。 「どうしたの? 怖くて何も話せないお子ちゃまかな? それとも改造し過ぎてあ そこは機能不全? 心配するなよ、優しくしてあげる。地獄の中の極楽を味わせて やるよ……」 “ガーディアン”の股間部分を擦ってやる。本物の客ならイチコロなのにな。 ガキには刺激的な挑発に、いよいよ堪えられなくなった“ガーディアン”が手を 振り払い、胸ぐらを掴むと間髪入れずに腹に一撃食らわせてきた。 凄まじい衝撃と共に、デジタルブレインにマルウェアが雪崩れ込んでくる。胴体 は貫かれて大穴が開いた。 周囲も所々ノイズが入って歪んでいく。馬鹿な奴だ――此処は俺の世界だぞ。 「おいおい、金も払わないで勝手は御法度だぜ、お客さん。そう言う馬鹿は、この 街じゃ地獄を見るんだ……」 “ガーディアン”の腕を掴み、プログラムを解体する。引き抜いた腕が〇と一に なって崩れ落ちた。 俺に直結してるって事は、俺も“ガーディアン”と繋がってる状態。あとは分析 の蓄積が物を言う。 過去、何度となく俺を妨害してきた“ガーディアン”への対処と、攻撃に使って きたマルウェアの解析はずっと続けてきた。プログラムの組み方には人の癖が必ず 存在する。腕のいいハッカーなら、無視できない情報源だ。 ポイントβの高速戦車で仕掛けられマルウェアを解析しておいたお陰で、現状の “ガーディアン”が仕掛けるマルウェアの傾向と対策は万全だった。 輝紫桜町の背景を削除して、何時もの景色に戻した。俺とデジタルブレインのA I達の領域。覚醒した状態で此処にいるのは、不思議な気分だ。 まるで俺の左目の様な、限りなく黒に近い赤に、真っ赤なコードが流れている。 “ガーディアン”が状況を把握する為にあちこちにアクセスを試みている様だが 無駄だ。今日、俺に接触した時点でシステムに負荷をかけるマルウェアに感染して いる。何をしても寸前で食い止める。 バックグラウンドのタスクも大事だけど、自分で蒔いた種の不始末は自分で着け てもらわないとな。ゆっくり“ガーディアン”に近付くと、警戒して後ずさる。そ の背後にはデジタルブレインのAI達、俺の姿をした二人の影が待ち構えている。 二人は“ガーディアン”の左腕と右脚を引き千切った。手足は一瞬で消失する。 翼を羽ばたかせて“ガーディアン”が飛び立った。何処に逃げるつもりだ。リア ルな感覚のサイバースペースでは分かっていても恐怖心も膨らんでいく。 補助端末のAIに渡したインプのアバターが“ガーディアン”を捕らえて翼を喰 い千切る。今回は俺とAI三基の“四人”がかりだ。 AI達が目の前に落ちて来た“ガーディアン”の胸を貫き胴体を切り離し、シス テムを改ざんして破壊していく。ログアウトもさせない。徹底的に潰す。 無残に頭と右肩だけが残った“ガーディアン”をインプが片手で軽々と持ち上げ て俺の目線に合わせる。スペックじゃ勝てないが、ハッカーの経験値と“裏技”の 手数、自分の脳の中に招くと言う危険を冒して“ガーディアン”に勝てた。 「オマエみたいなクズに……こんな事、在り得ない……」 「世の中、二進数の様に二つでは成り立たない。人間なら解かる筈だ。お前は自分 を見失っている。心を捨てた奴なんかに俺は負けない」 ひたすら興味が沸いてくる。この若いサイボーグは、どんな理由で幾何学的な思 考になったのか。――AIにでも支配されているのだろうか。 “ガーディアン”の額を握り潰す様に掴んで、最期のマルウェアを植え付ける。 「複数のアルゴリズムを元に破壊と増殖を繰り返すマルウェアだ。除去する事は不 可能だし、下手な真似をすれば増殖の仮定で変化する。今後、お前はまともにシス テムを扱う事は出来ないだろうし、何れ生身の脳にも影響が出る。壊れた思考を認 識ながら、短い命をせいぜい楽しみな……」 “ガーディアン”の頭を潰して完全に消滅させた。自分の脳に他人を入れるって 言うのがこうも不快なものとは。――二度とやりたくないな。 AI達、今や俺のかけがえのない片割れ達よ。互いに目を合わせるだけいい。言 葉は要らない。最もシンプルで確実な――二進数で繋がり合えている。 俺の気持ちや要望はコイツ等のそれと同じだ。仕上げに取り掛からないとな。 クソが、やはり現実のダメージは大きい。凭れているのも辛くなり、その場に倒 れ込む。視界も血に染まり真っ赤になっている。 でも、大丈夫。しっかり思考している。何をすべきかちゃんと認識している。 ユーチェン、鵜飼、アヤ、鷹野、秋さん。――テツ。 大丈夫、みんなが紡いでくれた沢山のチャンスをしっかり活かすよ。 敵のメインシステムに張り巡らされた“ガーディアン”の罠を全て除去して侵入 したセクションから手当たり次第解放していく。 オートマタ、ドローンの指令系統にシャットダウン命令。 洗脳操作のシグナルを改ざん。武装放棄、投降姿勢。 あとは、システム内の証拠となる情報のコピーと施設のメインシステムへのアク セス。 他愛のないファイヤーウォール。コイツを突破して、全てのタスクを止めて解放 する。あともう少しだ。 重い瞼がとうとう閉ざされてしまい。視界が黒く染まるが。――まだ大丈夫だ。 テツの顔が脳裏に浮かぶ。こんな所で終われないよ。必ずテツに会うんだ。やっ ぱり諦めきれない。テツの事が愛おしくて堪らない。会いたいよテツ。 あともう少し、俺ならやれる――CrackerImpはしくじらない。
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