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「大丈夫か? ユーチェン……」 「アイツは?」  ひしゃげたコンテナと粉々になったドローンの残骸から、サイボーグの姿は見え ない。ユーチェンが聞いてくると言う事は、どこか手応えが薄かったと言う事だろ う。実際、俺自身も今のでサイボーグを倒せたとは思えなかった。 「どうだっていい、これで奴等は隠し切れない。退くぞ」  スマートではないが目的は全て達成できたし、想定外の妨害も退けた。ユーチェ ンに肩を貸し、コンテナから降りて船倉を離れようとする。ユーチェンの九尾がガ ラガラと引きずられる。当然の事かもしれないが、念動力がないと重いだけの鉄の 塊でしかなかった。 「一人で動ける。念動力も戻った」  遠慮気味に腕から離れ、面の位置を正して深呼吸をしていた。よく見ると九尾が 僅かに浮いている。  手を組んで行動してみたが。色々と悔いが残る結果だった。情けないが、俺はや はり人と組む事に慣れていない。里で人間不信になり、ずっと独りでやれるだけの 力と業を磨いてきた。――俺にしかできない仕事をすればいいと思っていた。  俺にしかできない事を出来ても、俺がしたいと思う事が出来ていない。そして今 だに葛藤の中にいる。  一体、何処から見直せばいいのか。氷野さんも鷹野も、そしてユーチェンも。  折り返し階段へ辿り着き、登ろうとした見上げた瞬間――自動小銃を構えた数人 と目が合った。  ユーチェンの九尾が一瞬で視界を覆い、けたたましく発砲される弾丸を弾いた。  サイボーグに手間取り過ぎた様だ。警報で陽動した見張り共が戻って来た。腰に 忍ばせていた発煙機を起動させる。もう怯んではいられない、全員蹴散らして突き 進む。  煙幕に包まれたまま、怯んでいる見張り共を両手の苦無で切り裂いていく。バイ ザーを装着する暇もないが、経験と勘を頼りに突破していく。甲賀の秘薬が配合さ れた粘着性のある煙幕。全身に煙を纏い、煙に同化しながら相手を制していく。  飛び交う弾丸を掻い潜り、階段を登り上がり、通路の見張りを蹴散らす。ユーチ ェンも後ろから弾丸を弾きながら付いて来る。  使い切った発煙機を捨てて、すぐに次を起動させるが、強風に煙が舞い上がって 敵と対峙する。狼狽える間もなく打撃を加えて投げ落とし、残りの三方手裏剣を前 後の敵へ向けて放つ。この状況にも拘らず、まだドローンを使って回収しようとい うのか。 「高速戦車が持って行かれる……」  ユーチェンの呟きに下を見ると、サイボーグは何事もなかったかの様に手下共に 指示を与え、ドローンから伸びたワイヤーをコンテナに括り付けさせていた。  あのコンテナに高速戦車が積まれているのか。他を無視してワイヤーで無理矢理 引き上げようとしている。――余程大事な物らしい。  ドローンは何度かワイヤーに振られてバランスを崩ししたが、コンテナを外へ出 す事に成功し、ゆっくりと飛び去って行った。  ユーチェンと背中を合わせて周囲を牽制する。こっちはいよいよネタ切れになっ てきた。 「ユーチェン、爆弾を使う。衝撃に備えろよ」  起爆装置の電源を入れ、ロックを解除する。どれだけの衝撃が襲ってくるか。  三本の尾が鉄板の足場を貫き、ユーチェンが後ろから抱き付いてきた。残りの尾 を使って包み込まれる。僅かな隙間から弾丸が飛び込んできた。 「今だ、やれっ!」  起爆装置のスイッチを入れた瞬間、身体の芯まで響く様な爆音と共に、船首を海 に押し込めた様な力に、全員の身体浮き上がって叩き付けられた。  上下に激しく揺れる船内。しかしユーチェンがしっかり固定してくれたお陰でこ ちらは大した影響はなかった。  九つ同時に念動力を単に操るだけじゃなく、鋼鉄の九尾を使って変幻自在の攻守 を行い。空間的でアクロバティックな立ち回りも行う。  大振りであると散々言ってきたが、九尾の黒狐が持ち合わせる数々の業は充分に 完成されている。  ユーチェンが守りを解いたと同時に、敵に向かって止めを刺しに行く。熊手で自 動小銃ごと切り裂き、蹴り飛ばし、体術の限りを尽くしてユーチェンと共に活路を 切り開いていく。 「甲板へ出るぞ! 掴まれ!」  残りの敵を薙ぎ払ったユーチェンの尾の一本が胴体に巻き付くと、柵から飛び出 して壁に尾を突き刺して壁を登っていく。――ぞんざいな扱いを。  しかし、巻き付いた尾に引っ張れる感覚はなく、身軽な感じがする。俺の身体を 幾つかの念動力で支えているらしい。念動力にこんなに柔軟な一面があったとは。  下にいるサイボーグに目が行く。手下共が発砲する中、静かにこちらを見上げて いた。  風火党の伊賀流に、サイキックのサイボーグ。そして大量の兵器と人身売買。海 楼商事は、世界の闇は、この国で何をしようとしているのだ。  湧き上がる疑問は一先ず振り払い、ハッチから飛び上がり甲板に出る。積み上げ られたコンテナの一部が無残に崩れ落ち、船首は激しく燃え上り本当の警報が鳴り 響いていた。熱気と冷気が混じり合って吹き荒れる。 「鵜飼、どうやって逃げる?」  予定にはない逃走経路にユーチェンが聞いてくる。ここから自力で港に降りるに は何が最も早くて安全か。周囲を見渡しているとレシーバーからノイズが飛び込ん で来た。 『ユーチェン! 鵜飼! 聞こえてる。今何処にいるの!』  無線から彩子の声が響き渡る。甲板に出て電波の状態は良くなったが、彩子は無 線が届かない場所で待機してる筈だ。 「彩子さん、鵜飼と一緒に甲板にいます。そっちこそ何処にいるんですか?」 『船の側面、船尾方面のコンテナターミナルの側まで来た。船からこちらへ発砲さ れている! 早く戻って来て!』  彩子も攻撃を受けているのか。悠長に船から降りてる暇はなさそうだ。ユーチェ ンの背中を叩き走れと促してターミナル側へ向かう。気が焦っているのか、ユーチ ェンは俺を置いて尾をバネの様に伸縮して高く跳躍する。しかし、あの移動方法は 役に立ちそうだ。  真っ直ぐ直線に、瓦礫を飛び越えてターミナル側へ駆ける。ユーチェンは尾をコ ンテナに引っ掛けて器用に移動していた。狐と言うよりも木々を飛び渡る猿だ。  ユーチェンとほぼ同時にターミナル側に到着すると、車が一台ポツンと乗り付け られていて周囲からは小さな火花が散っていた。彩子が応戦している様だが、双方 とも銃の有効射程外で、今のところ撃ち合いは威嚇レベルだった。 「ユーチェン、ここから一足飛びで車まで降り立てるか?」 「少し荒っぽいけど、信じるか?」  ここまでのユーチェンの身にこなしを見て、荒っぽいと言うの事は充分に分かっ ていたが、背に腹は代えられぬだ。 「サイキックに付いて行くのは一苦労だな……。俺は何をすればいい?」  ユーチェンが傍にあったコンテナの扉を念動力で引っぺがし、縦に浮かして手元 まで手繰り寄せた。 「“板”を念動力で思い切り吹っ飛ばす。私達を乗せたまま……。その“板”の勢 いが死んだタイミングで私に掴まって“板”を蹴って。よくやる手段だけど、人を 連れてやるのは初めてだ。しっかり掴まってくれれば衝撃を抑えて降り立てる。忍 者ならそれぐらい出来るでしょ?」  このサイキック、とんでもない事を言ってるなと、思うところもあるが、飛んで 跳ねてが得意な忍者としては、何となくのイメージが掴めてしまうから、困ったも のである。  飛び出した板でギリギリまで距離を稼ぎ、角度修正して飛び降りる。着地の際に 九尾が衝撃を抑えるが、二人分やるのは初めてと言う事か。 「ウダウダ考えてもしょうがない。やってくれ!」  フードを外して“板”となった扉に熊手を突き刺してしがみ付く。全く、滅茶苦 茶だな。ユーチェンも手慣れた感じで、尾で身体を固定する。  後ろから弾丸の弾ける音、船員共に気付かれた様だ。鉄の扉でも場所によっては 貫通する可能性がある。 「行け! ユーチェン!」  両腕を広げて力を溜め込む様な素振りの後、腕を大きく振った瞬間、強烈な加速 に息が詰まった。  未だかつてない感覚だった。おそらくは一瞬の浮遊感に過ぎないものだと頭では 分かっていても――まるで空を飛んでいるかの様な気分になれた。  凄まじい力と才能。なんと妬ましい存在なんだサイキックは。同じ人間であるに も拘らず。場違いで醜い感情に心が染まっていく。  落下の感覚を覚えると同時に、ユーチェンの背中にしがみ付き“板”を蹴り離し た。ドンピシャだ、彩子の車に向かって落下していく。  九尾全てを地面に当ててじわりと衝撃を和らげていったが、ユーチェンの身体が 地面に触れると同時に崩れて二人とも転げ落ちた。ユーチェンの見通しは甘かった 様だが、ユーチェンの念動力なら充分支えられた。不慣れのせいだろう。 「ユーチェン! 無事なの!」 「大丈夫です! 早く逃げましょう!」  九尾の右側四本を真横へ展開させて彩子と車を守っている。残りの五本は左側か ら回し、自らを守っていた。俺もその中で身をかがめる。  彩子が尾の影から船に向かって応戦する。偽銃のサブマシンガンでは、あの距離 の敵には当たらないだろう。  彩子は最初俺達と共に船に忍び込もうとしていたが、ユーチェンと二人で説得し て待機してもらっていた。当人は不満そうだったが正解だった。機転を利かせて車 をここまで走らせた。これで確実に離脱できる。 「先に逃げろ、俺は隠れて警察が制圧するのを見届ける。そこまでが俺の任務だ」  ある程度のところまでだが、万が一警察が連中に圧倒される事があれば、行かざ るを得ないだろう。  望月とサイボーグはもう船にはいない筈だが。だとしても軍用のオートマタやド ローンは一部船に残っている。あれを起動されては警察も対処が難しい。  彩子の車に預けていた予備の武具を取り出して仕切り直しだ。“大蛇”の鎖を袖 の中へ通してウィンチに巻き付ける。かすり傷だったが、何時の間にか右肩を撃た れていたらしい。袖は血で湿り、腕を伝って手の平から滴り落ちている。 「鵜飼、大丈夫なの?」 「心配するな、ユーチェン。お前、中々やるじゃないか。脱帽だ」  ユーチェンの頭をわしわしと撫で回した。完璧と言うには程遠い、俺にも反省す べき点は多かった。サイキックと忍者と言う組み合わせ以前の問題だ。  俺の発想ではサイキックの感覚を正確にイメージする事が出来なかった。もっと やれる筈なんだ。今回の件は――敵も味方も全てが規格外だな。  「悪い様にはしない、だから心配するな……」   そして約束できない事をユーチェンに言ってしまう。そうでもしないとユーチェ ンが動きそうになかったからだ。  補充した発煙機で煙幕を張って離脱を促した。パトカーのサイレンが少し離れた ところからこだましているのが聞こえた。ターミナルに積み上げたコンテナの頂上 に登って、まずは高みの見物でもしよう。  煙幕を背に俺達は散開した。望月とサイボーグ、そして海楼商事の動向が気掛か りではあるが、これで一気に前進だ。

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