作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

終章~始まりの家族~  日々、変わっていくのだ。今ならよく理解出来る。  病院の中庭沿いのあるリハビリルームに置いてあるバランスボールを念動力で掴 み、自分の周りに泳がせる。鈍った様な気配はない、何時も通りだ。  ジャラと戦ったあの日以来、一度も念動力を使っていなかっった。それどころじ ゃなかったし、何よりもやる気が起きなかった。  九尾の黒衣も、狐の面も失った。――そしてジャラの記憶も。  この一週間、私も彩子さんもパニックだった。現実を受け止め切れず、苛立って 焦って、最期には爆発する様に泣きじゃくって――もう、疲れた。  鉄志の話だと、ジャラと同じ症状のサイキック兵が複数確認されているそうだ。  鵜飼は甲賀の秘薬を悪用されたと言う負い目を感じているのか、ジャラとの接触 を避けていた。そして昨日、医者が止めるのも聞かず、病院を出て行った。  蓮夢が病院に来ていたらしいが、鵜飼が気を利かして帰したと言っていた。別に 会っても良かったのに。  鉄志も蓮夢もすぐに病院を出て何かをしている。鉄志や鷹野さんからは定期的に 連絡が来て、その後の事を教えてもらっている。蓮夢も何かをしている筈だ。鵜飼 もきっとそれに触発されたのだろう。――動けないのは私だけか。 「ユーチェン……」  念動力で操っていたバランスボールの一つを、何時の間には彩子さんに奪われて いた。腑抜けだな。 「何時でも出られるよ」  今日で退院。打撲、骨折、裂傷。完治にはしばらくかかるが、後遺症になる様な 怪我もなく、外で生活するには困らない程度にはなった。  私もジャラも、何から何まで彩子さんにはお世話になりっぱなしだ。 「ジャラも病室を移った。鉄志の言う通り待遇は悪くなさそうだ」  ジャラはこれから心療内科と精神科で、療養とリハビリが始まるそうだ。それが 最良かどうかと言うより、そこしか受け入れ口がないと言うのが本音だった。  まだ、私達と一緒に暮らすには、ジャラには時間が必要だった。結局、私がジャ ラにしてやれる事なんて何一つなく、他人に委ねるしかなかった――こんな筈じゃ なかった。  八つのバランスボールを定位置に戻す。衝撃波も試したかったが、流石に此処で は使えない。 「彩子さん……これから、私はどうすればいいんですか?」 「分からないよ……。これからの時間は、それを探す事から始めないとならないっ て、分かっていてもね……」  私は自分で考えなきゃいけない事を彩子さんに尋ねた。彩子さんの回答も何処か 歯切れが悪い。  今の事や、これからの事を考える事に疲れ果てていた。ジャラのこれからと言う 先の見えない状況に何も定める事が出来ず、考える事から目を背けている。 「ジャラのマスクを外して、力尽きて気を失う前に……ジャラは確かに言ったんで す“お姉さん”って……。今みたいに情報として言う感じではなく。確かに」  震える手で互いに握り締め、見つめ合って、確かにジャラはそう言ったのだ。 「再会出来たのは、その一瞬だけでした……」  彩子さんの胸に額を置けば、彩子さん何時も優しく抱き締めてくれる。最近はず っとこんな調子だ。  これから私は、どうすればいいんだろう。 「ユーチェン……」  自分でも情けないぐらい弱くなってしまった。あの戦いで、全てを出し切ってし まって、空っぽになってしまったのだろうか。  ジャラを助け出した今となっては、荒ぶる妖である必要はなくなったのかも知れ ない。だとすれば、リィ・ユーチェンとは――こんなにも脆く弱い人間なのか。 「一先ず、ジャラに会ってそれから病院を出ましょう」  気が重い、警戒心と不安に満たされたジャラの目を見たくなかった。  リハビリルームから雨上がりの中庭を通って、エレベーターに乗る。心療内科の 病室は六階にあった。  また今日も他人を見る様な目のジャラに会って、噛み合わない会話と沈黙に曝さ れるのか。どう接すればいいのか全く分からなかった。  心療内科と精神科のエリアはガラス張りのゲートを通らないと入れない。患者の 家族である私達は専用のカードキーを渡されている。  此処にジャラを閉じ込めて、私達だけ戻るのか。――また独りになるのか。  ジャラのいる病室に近付くにつれて、場違いに思える様な笑い声が重なって聞こ えてきた。無意識に早歩きになり、ノックする事も忘れ、ジャラの部屋のドアを開 けた。 「でさぁ、お店中がネズミだらけになってもう大パニック! お客がブン回したロ マネの瓶がブォン! ってオーナーに直撃してさ、大の大人が宙に舞う事なんて映 画のスローモーションみたいに見えたね。でも一番ウケたのは、その春斗って奴が ネズミにガチでビビってイヤー! ってホストに抱き付いたとこ。普段なんてワイ ルド系イケメンなキャラのクセにさ、もうそれが可笑しくて悲鳴が飛び交う中、腹 抱えて笑っちゃったよ」  ジャラが笑っていた。昔と変わらない仕草で。口元に手を添えて控え目に笑うん だ。――懐かしい。  この笑顔が当たり前に見られる日々がやって来ると思っていたのに、一週間過ぎ ても見る事が出来なかった。見れる様な状況じゃなかった。  それでもジャラは笑っていた。椅子に座り、得意げにペラペラと話す者の雰囲気 に引っ張られる様に。 「蓮夢……」 「アンタ、どうやって入ったの?」  蓮夢の元へ行く。黒とゴールドのスカジャンを着崩して、女性もの様な肩見せの トップスを覗かせている。  この病室には私達以外は入れない。その状況では蓮夢とは言え、彩子さんは警戒 心をあらわにするの無理はない。 「俺に電子ロックと監視カメラは無意味だよ」  ビビットピンクのウィッグを絡めた黒髪を得意げ掻き上げる。この病院も既にC rackerImpの手中か。とんでもない事を平然とやってのける。 「オネェサン、蓮夢さんってとても面白い方ですね。色んなお話を聞かせてもらい ました」 「人をコメディアンみたいに言うなよな……」  ジャラの髪をくしゃくしゃと乱すと、また笑顔になった。  昨日までの戸惑いと混乱に満ちた表情は完全に消え、ジャラは年相応な笑顔を惜 しみなく見せてくれた。  蓮夢とは初対面なのに、何をどうすれば、こんな短時間で打ち解け合えるんだ。 「どんな話をしてたの?」 「輝紫桜町のロクでもない話さ。痴情の縺れとか、修羅場とか。俺のじゃないよ」  私と彩子さんの表情が少し曇った。十五の未成年相手に輝紫桜町の話は穏やかじ ゃなかった。 「勿論、全年齢対象のヤツだよ」  その雰囲気を察してか、蓮夢は捕捉してきた。自覚があるのかないのか、蓮夢は 息をする様に、キツめの下ネタを発してくる事があるからな。  身を置いていた環境故なのか。だとしても加減してもらいたいものだ 「えぇ、そうですか?」 「裏切り者……」  男性同士の猥談も、十五歳の男が好む話なんかも全く馴染みがないが、ジャラは 心底、蓮夢の話を楽しんでいる様子だった。――そんなものなのだろうか。 「何時か、行ってみたいですね……」 「大した所じゃないけど、連れてってやるよ、ユーチェンと一緒にね」  曇りがちな表情で、彩子さんは足元のリュックを漁りながら話してる蓮夢を見て いた。私に視線を移したが、目を逸らしておく。  実際のところ、輝紫桜町に私達みたいな未成年が楽しめる所なんてあるのだろう か。頭に浮かぶのは今のところ、ゲバブ屋ぐらいだった。 「あと、コレをお前にやるよ」 「ノートパソコン」  ベットテーブルに置かれたノートパソコンは表面にベタベタとステッカーが貼ら れて、かなり年季の入ったパソコンの様だが、ジャラが画面を開くと、僅か数秒で 立ち上る。見た目に反してスペックは高そうだ。 「物持ちいいだろ、俺が初めて買った端末なんだ。外側がボロいけど中身は最新の パーツで再構成してる。ジャラ、コイツを正しく使えれば、ほとんどの答えは手に 入る。後はお前自身でよく考える事だ」  彩子さんが手にとってパソコンを調べる。視線は鋭く、ハッカーの用意したパソ コンが信用出来る物かどうかを確認していた。蓮夢は何か言いたげだったが、堪え て彩子さんを見ている。下手に話すより、彩子さんが納得するまで待つつもりだ。  刑事とハッカー、或いは犯罪溢れる歓楽街に顔に効く半グレ。偏見もあるが、蓮 夢の根底にあるものを決して忘れてない。その姿勢は私も理解している。  しかし、一時的とは言え、あれだけ過酷な戦場を助け合って戦ってきた相手なの だから、いい加減信用してもいい様な気がするが。 「何を調べればいいんですか?」 「何でもさ、お前は自由なんだ、遊んだり調べたり、探したり。全て思いのままな んだから。」  ジャラは完全に蓮夢に心を開いていた。血を分けた姉弟である私を差し置いてと 悔しくもあるが、以前、蓮夢が言っていた、よく話し、よく知り合う。まさに今の 蓮夢がそれを実践して見せてくれた。  当たり前に思えて、とても難しい行為だった。蓮夢は本当に凄いな。  一通りパソコンを調べ終えた彩子さんが、パソコンを蓮夢に手渡し小さく頷く。  改めてパソコンの画面を見ると、通話やゲーム関係のソフトウェアがインストー ル済みになっていた。ジャラの為に用意してくれたのだろう。 「もう一つアドバイス。日記をつけろ」  蓮夢はソフトウェアの一つを開いてジャラに見せた。  画面一杯に雄大な景色が映り、ゆっくりと流れていく。テキストの入力画面は半 透明に表示されていた。文章を綴るだけのソフトにしては、かなり凝ったデザイン をしている。 「日記ですか……」 「書ける時でいい、その日あった事や思った事、悩んだ事。書けるだけ書きまくる んだ。それで頭の中を整理できる。俺がサイボーグになって、この頭にデバイスを 詰め込んだ時、そうやって整理してた」  蓮夢がどうしてサイボーグになったのか、私には分からない。でも決して容易い 事ではなかったのだと、蓮夢の憂いを含む表情を見ていると伝わって来る。  腰を上げ、おもむろにジャラの傍へ寄ると、蓮夢は両手でジャラの頬を包み、額 を優しく押し当てた。 「今までなんて、どうでもいい。お前は“これから”を“家族”と一緒に生きるん だ。誰もお前を縛る事なんてないから……」  そうだ、私はジャラの置かれた状態を受け入れたくなくて、思い描いた未来から 逸れてしまった事を認めたくなくて――自分勝手にジャラと接していた。  大切なのは“今”なんだ。今のジャラが安らかに生きて行ければいいんだ。私達 が考えないといけなかった事は記憶を戻す事じゃない、これから三人で生きていく 事。――家族を始める事だった。  ジャラの頬に両手を添えたまま、額を離し真っ直ぐ見つめていた。ジャラの目も それに釘付けになっていた。今にもキスしそうな雰囲気と距離感。大胆で何処か艶 っぽく。蓮夢じゃないと出せない雰囲気だと感じる。多くの人間が、あの大歓楽街 で蓮夢に魅了されるのも納得だ。 「家族……」 「さて、俺は行くよ。ジャラ、これだけは覚えておいて。お前の家族と、俺に鉄志 や鵜飼も、ずっとお前の味方だから。早く元気になれよ……」  ジャラの元から離れ、蓮夢と目が合う。――待ってる。そう受け取った。  静かにドアが閉り、気配がなくなった後で椅子に腰かけてジャラを見つめる。ま だ少しぎこちない笑みを浮かべながら。 「いい人ですね、蓮夢さんって」 「ええ、本当にいい人。ジャラ、少しだけいい?」  ジャラの傍へ寄り、両手を広げてジャラを待つ。一瞬、彩子さんに目を配り、ジ ャラも両手を広げてくれた。  穏やかでか弱そうな雰囲気とはギャップのある、ガッシリした筋肉。学校でいじ められ、泣き付いてきたあの頃の柔らかさは欠片もなく月日の経過を実感する。 「ごめんなさい、私、過去の話ばかりして貴方を困らせて……」  ジャラは私の弟だ。この世で唯一残された家族だ。どんな事があったって、この 事実は変わらない。  もっとしっかりしないと、分かり切っていた事だったけど、私には立ち止まって る時間なんてない。 「いいんです……」 「もう、絶対に離れない。必ず貴方の傍にいる。家族になって、一緒にやり直して くれる?」  ここから始めよう。新しい、私達だけの家族を。  他に道なんてない。現実を受け止めて、三人で幸せになる方法を探すんだ。 「姉さんの傍にいます。いさせて下さい……」  やっとジャラの心に触れられた様な気がした。今はこの温もりだけでいい。  結構、待たせてしまった。病院の駐車場にバイクを停めている蓮夢の元へ向かっ た。泣き腫らした目を見られたくなかったが仕方ない。  広い駐車場は車はほとんど駐まっておらず、冷たい風が吹いていた。 「少しは安心したかい?」 「うん……」  バイクに凭れて、蓮夢は煙草を吸い始める。煙を一筋空に放って、一息ついた。  何から何まで、蓮夢には頼りっぱなしだ。とてつもなく大きな借りができたと思 っている。凄腕のハッカーとしてではなく一人の人として本当に尊敬する。 「ジャラは心配いらないよ。もう少し時間が経って落ち着けば、今よりもっと良い 関係を結べる筈だ、しっかりね」 「ありがとう、蓮夢」  蓮夢に近付こうとする私を遮り、彩子さんが蓮夢の前に立った。何処か圧迫感の ある雰囲気。強張るのは私だけだった。 「“ナバン”に飼われる娼婦や男娼は、人の心に入り込んで虜にする。なんて言わ れていたが、本当らしいな。あの接し方は普通じゃない、人心掌握術の一種だ」  蓮夢の過去を私はほとんど知らない。知る勇気も今はなかった。彩子さんの言う “ナバン”と言う組織が何なのかも知らない。  ただ、確かな事は、ジャラの心を開いて笑顔を取り戻した蓮夢の行いは、好意や 善意には程遠い、技術的な行為だと言っている事だ。――信じ難い。  しかし、彩子さんの警戒心は輝紫桜町と蓮夢の過去を知った上での、刑事として の疑念。  共闘が終われば、また私達は立場の違いでぶつかり合うのか。相容れないはぐれ 者達。それが私達なのだろうか。だとしても。 「彩子さん、そんな言い方……」 「いいんだよ、ユーチェン。本当の事だから。あの組織のボスに拾われて“身体に 喜びを、心に毒を”って、そう教わった。言えない様な事を沢山仕込まれたよ。あ の街で俺は俺じゃなくなった。けど、確かにそれは俺なのさ……」  腕を下で組んで、遜った笑みを浮かべていた。蓮夢はこの手の偏見や因縁を突き 付けられる事にも手慣れている様な印象を受けた。  今までに何度か感じた雰囲気。そして今この瞬間にも、蓮夢に対する興味は尽き ず、そして仕草も視線も、その全てに惹き込まれそうになる。これが意図的にやっ ているなんて思えなかった。――それぐらい自然な振る舞いにしか見えない。 「ジャラの見失った心に触れてみて色々分かったよ。それに、心に流し込むのは毒 とは限らないさ。俺はもう、シオンの玩具なんかじゃない。業ってものは使い方次 第。って事にしといてくれると嬉しんだけど、アヤ……」 「気安く呼ぶな……」  彩子さんの鋭い眼光を受け止め、蓮夢の目も少し険しくなる。煙草を深く吸って 足元に捨てた。 「鵜飼といい、アンタといい……。ほとぼりが冷めれば元通りになれるなんて、本 気で思ってそうだから、マジで笑えるよ。それと、彩子って呼ぶと一瞬嫌な顔する から愛称にしたんだぜ……」  ブーツの踵で煙草の火を消す。周囲の空気が少し重く感じた。無理もない、ここ まで一歩も譲らず警戒心を向けられれば、流石の蓮夢でも不愉快だろう。仲裁すべ きだが、入り込む隙がなかった。  彩子さんの事を彩子と呼ぶと嫌そうな顔をする。言われてみれば、私にも覚えが あった。ごくたまに眉を寄せて引っ掛かった雰囲気になる事があった。  この短期間でも。相手の事をこれだけ見てて一を知り十を知るが如く見透かせる のなら、相手を魅了して虜にする事も容易いのかも知れない。  私の事もどれだけ見透かされてるのか。そして、そこを突いて心に侵入されると 言うのなら――確かに怖ろしい話だ。 「あと数日もしない内に、ほとんどの事が表沙汰になる……。俺達が“敵”を見据 える様に“敵”も俺達を見据える。ここで俺達がそれぞれが関わりを断っても、見 られ続ける。俺達は一人一人が“脅威”だからだ。今後、同等レベルの連中が近付 いてくるだろう。俺達が闇から引きずり出したせいでな」  この一週間、あの軍事施設や海楼商事に関するニュースはなかった。明らかに報 道規制されていた。インターネットですら徹底していた。  この期間で丁度良い“落とし所”を行政機関が仕立て上げているのは見え透いて いた。思えばとんでもない事をしていたんだ。  私達の考えは甘かったのだろうか。――望まない方向に進みつつある。 「残念だけど……この一件に関わった者全員がこれからの事に、向き合って変わる 必要がある。もう部外者や傍観者には戻れない。だから優位にならないとね……」  凭れていたバイクから離れ、彩子さんの傍へ行き、ジャケットの内ポケットから メダルの様な物を手渡した。  水晶だろうか、透き通った石の中には三日月の形をした黒い宝石が黒光りしてゴ ールドが縁取っていた。 「これは?」 「これからの俺達に必要な物さ。分別があって、中立でいられる人に持っていて欲 しい」 「蓮夢、貴方は何を企んでいるの? この一週間の間に鉄志と何を?」  蓮夢は更にジャケットのポケットから少しくしゃくしゃになったチケットの様な 物を私に差し出してきた。  中央区にある高級ホテル。そこのレストランバーからの招待状のようだ。此処も “組合”の所有物なのか。 「明日、此処の店を貸し切って打ち上げをする。鵜飼達も参加する。みんなが揃っ た時に話すよ」  打ち上げか。叔父も一仕事を終えると、何かと打ち上げと称して飲みに行き、よ く付き合わされた。九尾となって何もかも覚束なかった時でも、叔父は祝杯を上げ て労ってくれた。――面倒だけど、嫌いじゃない。  招待状を眺めながら昔を思い出していると、バイクのエンジン音が身体を震わせ てきた。蓮夢は手にしたヘルメットを静かに見つめていた。 「やっと見付けたんだ。俺がサイボーグになった理由を、この力の意味を。ユーチ ェンがジャラを救う為に九尾の黒狐になった様にね」  蓮夢は否、CrackerImpは既に己の役目を見出だし、行動していた。危 険な殺し屋を相棒にして。  その企みの全貌は明日の夜までお預けか。蓮夢のバイクは力強い爆音と共に加速 して颯爽と駐車場を出て公道へ消えていった。  その先を呆然と見据えてると、しばらくして彩子さんから深い溜息が聞こえた。 「七年前……輝紫桜町に巣食う全ての犯罪組織が一斉に戦争を始めた。あの街の内 と外、沢山の人が犠牲になった。私達は街にバリケードを張って閉じ込めるしかな かった……」  東北エリア最大級の大歓楽街。一体どれだけの組織が存在するのか想像も出来な いが、警察と行政機関が手に負えず、街を封鎖するレベルなら、戦争と言う言葉は 大袈裟ではないのかも知れない。  蓮夢はそれを目の当たりにして、あの街で生き残ったのか。 「ごめんなさい。ユーチェンにとって蓮夢は恩人かもしれないけど、輝紫桜町の住 人を完全に信じ切るには、もう少し時間が必要みたい……。あの“地獄”は警官と して、忘れ難い……」  この島国に来て間もない私には知らない事が多過ぎる。彩子さんが蓮夢を警戒す るのも、蓮夢の優しさが疑わしい事も――どちらも悲しい。  刑事だった彩子さんと、輝紫桜町の人間である蓮夢の間に割り込んで、どちらか に肩入れする事は、今の私には出来なかった。  ただ一つ確かな事は、弟のジャラを救うと言う、目的は果たしたが、その事があ らゆる方面に影響を与えてると言う事実。それから目を背ける事は許されないと言 う事だった。 「きっとまだ、終わっていないんだ……」  今日、蓮夢はそれを伝えにやって来た。ジャラの心を開いてくれたのは、私達が 前に進む為に、次の戦いに赴く為に。 「彩子さん、どんな事があっても、私は“家族”を守り続けます。きっと、私にし か出来ない事だから……」  これが私達の進むべき未来なのだろう。私はまだ、サイキックである事を武器に して、今度は守る為に戦うのが役割なのだ。 「家族なら皆で乗り越えていかないと。私達でジャラを守ろう」 「その為に何かが変わると言うのなら、私は変わってもいい……」  彩子さんも理解していた。乗り気ではない表情をしていたが、現実を見据えた眼 は鋭かった。  私と彩子さん。そしてジャラと共に、この先の現実と未来を乗り越えていく。 「貴方がそう願うなら、私も手伝う。陽葵もきっと望むだろうから……」  変化を怖れず、前へ進もう。時は止められない。私達がまだ知らない悪意が少し づつ、着実に迫って来るのなら。  九尾の黒狐がする事は何時もと変わらないだろう。邪魔者は容赦なく薙ぎ払う。 「ありがとうございます。それと、私も“彩さん”って呼んでもいいですか?」 「そう呼んでいいのは、陽葵だけだったんだけどな……。私もこれからの為に、少 し変わって行かないとね」  新しい黒衣と狐の面が必要だ。まだまだ手探りにはなるが、サイキックとの戦闘 を想定した対処法も考えておかないとな。  今は、彩さんには言わないでおく。少し前まで私の心を満たしていた、虚しさと 絶望は消え失せていた。ジャラにそうした様に、私にも希望と役目を与えてくれた のかも知れない。それが例え――甘い毒でも構わない。  きっと大丈夫。私はもう一人じゃないから。仲間達と“家族”がいるから。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません