終章~ダイバーシティパンク~ スッキリしない気分だ。これから先、俺は蓮夢が傍にいないと、ずっとこんな調 子になってしまうのだろうか。やたらと切ない気分だな。 あんなに真剣に考えていたなんて。それに比べて、俺の思い悩んでいた事や、躊 躇してる事の浅さが恥ずかしい。 蓮夢はプレッシャーに思って欲しくないと言ってたが、そんな訳にもいかない。 俺は蓮夢の気持ちに応えなくてはならない。――応えたいんだ。 「もしも~し! 聞いてますか? 鉄志さん」 秋澄の嫌味ったらしい声で現実に引き戻される。消えかかってる煙草から、か細 い煙が切れた。 最近、秋澄のオフィスには、俺の吸殻で溢れ返ってる。 「ん? うん……」 山盛りの灰皿に吸殻を差し込む。 「おいおい、らしくないぞシャキッとしろよ……ホントに聞いてたのか?」 「聞いてたよ。イワン・フランコの死体が見付かってないんだろ」 薄々、そんな話が舞い込んで来るじゃないかと予感はしていた。戦場で個人を特 定するのは困難だが、何処に確認してもハッキリした答えを得られなかった。 イワンの倒れた場所は施設の中だ。死体が荒らされたり吹き飛んでしまう様な場 所じゃない。――何者かが回収したんだ。 「随分、落ち着いてるじゃないか」 「仮に生き残っていて仕掛けて来るなら返り討ちにしてやるし、仕留めてこいと命 令されれば、粛々とこなすだけだ……」 確かに仕留めた。三流の殺し屋じゃあるまいし、見誤る事なんてない。 サイボーグともあれば、蘇生も容易いのだろうか。マイクロ・マグネティックの 猟犬が俺を死体から遠ざけていた。死体を回収する余地は充分にあった。 奴等は当面の間“組合”を避けたい筈だ。しばらくは身を潜めるだろう。即座に 脅威にはならない。備えればいい。 「大した自信だな」 「俺は、俺の感覚を信じるだけだよ……」 今回の戦闘で少しだが、自分の感覚が“特殊”だと言う事をやっと認識できた。 この年齢で感覚と言うものを鍛える事が出来るとも思えなかったが、戦略の幅を 広げる事が出来そうな。そんな期待も抱いていた。 しかし、どうでもいい。今の俺はイワンだとか、超感覚だとか考える余裕はなか った。蓮夢の事で手一杯だった。 「それにしても、大胆な計画だな……。こんな事は前代未聞だぞ」 これも備えの内だ。いずれ俺達の首が締まっていくのは分かり切っている。だか らこそ、今の内に先手を打つのだ。 「良い前例になるよう最善を尽くすさ」 「お前変わったな。良い意味で」 秋澄はデスクから立ち上がり、山積みなっているファイルを壁一面に広がる真っ 黒なキャビネットへ仕分けてしまい込む。 「だと良いんだけどな……」 そう言えば、秋澄も同性に対して異性に抱く様な想いはなかったが、心を開ける 同性と関係を深めていった結果にセクシュアルが変わったと言っていた。その通り なのか、元々秋澄にはその気があったが、周りがストレートだらけなので流されて いたのか。 俺と蓮夢の状況に似ているのだろうか。秋澄に相談すれば、胸の中の靄は晴れる のだろうか。得意げに話されるのは癪だが。 いや、話すべきじゃないな。これはあくまで俺と蓮夢の話だ。干渉は無用。 深い溜息が漏れる。今日だけで何度溜息を吐いているのか。胸が苦しくて溜息以 外の捌け口が見付らなかった。 「でも、最近おかしいぞ。心此処に在らずで、浮付いてるって言うか」 浮付いてるんじゃない。真剣に考えて悩んでいるんだ。他にもやらないとならな い事があると言うのに。 この二つと、これから上手くやっていく方法も考えないとならないが、俺独りで はどうにも考えがまとまらない。蓮夢と共有する時間をもっと増やしたかった。 「別に浮わついてなんか……ただ……」 「何だよ」 「若い内に、恋愛とか恋人とか、経験しとけばよかったなって……」 秋澄からバサバサと、厚手のファイルが零れ落ちる。 他人事、無関心、つまらない固定概念。何よりも、人を好きになる経験が俺には 不足している。だから今だに煮え切らない思いと、抑え難い本心が混ざらずに渦巻 いている。 蓮夢が羨ましい。アイツの様に、想いを正確に理解して行動に起こせれば。 「俺は行くぞ、お前も来いよ。それと、蓮夢が義手の感度補正したいって言ってた ぞ。任せてみてもいいんじゃないか」 今夜、話せるだろうか。鵜飼がいるのは少々厄介だが、機会を伺って蓮夢と話せ ればいいが。 考えを巡らせていても埒が明かない。早いところ次の段階に進まなくては。 三杯目のシャンパンを飲み干す。そろそろジンが飲みたい気分だ。 “組合”の所有する高級ホテル“宮”の最上階にあるレストランバー。蓮夢には また此処かとボヤかれたが、俺の我儘が一番通るのは此処だけだった。 軽い労い、軽い挨拶。蓮夢の下ネタ混じり乾杯の音頭で始まった打ち上げは席は 用意せず、ソファとテーブルの上に料理を置いて自由にやっていた。 秋澄も合流して七人。これで、あの作戦に参加した全員が此処にいる状態。 蓮夢は彩子と話している。客観視して初めて気付くが、蓮夢は柔らかい表情とは 裏腹に、常に相手の心を探っている様に思えた。高い集中力だった。 ユーチェンは秋澄と鷹野に囲まれて会話を楽しんでいた。二人とも組織は違って いても秘書役だ。気遣いが行き届いている印象だった。 鵜飼の姿が見当たらず、隅々まで見渡してやっと見付ける。壁に凭れて静かにビ ールを飲んでいた。えらく根暗な光景だな。 ウェイターに空になったグラスを渡し、ライム入りのジンをロックで注文して鵜 飼の元へ行く。 睨みこそしないが、小さな縦傷の入った左目がジッと見据えている。 「何だ……」 「寂しそうにしてるから、相手してやろうと思ってな」 ウェイターが丁度良いタイミングで持って来てくれた、ジンのグラスを鵜飼に差 し出し、軽い乾杯をする。 「必要以上に馴れ合う気はない」 ジンを半分ほど飲む。素直じゃない奴だ。アクアセンタービルでやり合った時に 比べればマシなんだろうけど。 「俺は単独行動するタイプの忍者だ。だから仲間って集まりに慣れてないだけだ」 「そうか、俺はこう言うのがしっくり来るよ。仲間に囲まれて苦難も喜びも共有し 合える。傭兵だった頃の仲間はもう秋澄だけだ……」 俺達の共通点は“孤独”であり“はぐれ者”である事だ。それにどう向き合うか はそれぞれのやり方があった。 だからこそ、群れると強いのだ。 「こんなデコボコで歪なチームでも仲間には変わらない。また、こんな気分が味わ えるとはな……。捨てたもんじゃないな、こんな世界でも、そうは思わないか?」 「まぁ、悪くないかもな……」 鵜飼は残りのビールを飲み干す。ウェイターが素早くグラスを受け取り、鵜飼に 追加を伺うが、不要と断りを入れていた。 「それで? この一週間、蓮夢と二人で何を画策してた? 鷹野にも何度か接触し てるそうじゃないか」 「それじゃ、ボチボチ話すか」 「氷野さ……市長からは今後ユーチェン達やアンタ等を敵視しないようにと念を押 されたよ。但し“組合”と輝紫桜町には警戒を怠るな。だそうだ……」 氷野想一(ヒノソウイチ)市長か。まだ会えていないが、鵜飼や鷹野の臨機応変な動きを見る分に は堅物の政治屋ではなさそうだ。――裏社会で買い慣らせないタイプでもあるが。 「上出来だよ」 ジンを一気に流し込み、壁際に置いてあった丸テーブルをギギギを音を立てなが らフロアの真ん中へ引き摺る。その音で注目が集まった。 「蓮夢! 立体端末を。みんな! 楽しんでるところ悪いが、深酒に突入する前に 仕事の話がしたい」 席を立った蓮夢がジャケットのポケットから六角形の立体端末を取り出して、投 げて来た。右手で辛うじてキャッチする。左肩は上げるとまだ痛かった。 立体端末の電源を入れると、光の筋が飛び交う派手なアニメーションの後、珍し いフォントでデカデカと“DiversityPunk”と表記される。蓮夢の仕 業だって事は明白だが、過ぎた演出だ。 「改めて今回の一件に関して協力に感謝する。本当に良いチームだ。お互いの立場 や個人の活動もあるだろうが、だからこその強みもあった。俺達は唯一無二のチー ムだよ」 「鉄志、前置きはいい。どうして欲しいのか早く話せ……」 事前に用意していた幾つかの言葉は、彩子の言葉で吹き飛んだ。左から右へ全員 の顔を見渡す。据わった目付きでブリーフィングを聞く兵士の様な鋭さがあった。 さり気なく蓮夢が俺の隣に寄って来る。ならば本題を話す事にしよう。 「単刀直入に言おう。俺達のチーム、ダイバーシティパンクを継続させる。今後も 表と裏の社会を相手に、活動を持続させる」 周りの反応は薄かった。今のところ、想定内と言った雰囲気だ。 あとは膨大な情報量の中から、俺達チームが共有すべき情報を開示して理解して もらう。――まだ終われない理由を。 「チームを続けるべき理由を話すよ。あの軍事施設にあったデータベースを全て解 析した。このデータは“組合”も鵜飼のボスにも渡してある。俺達が注目すべき点 はここ……」 立体端末を遠隔操作で操作して、蓮夢は三つのデータを開示する。アクアセンタ ービルの海楼商事から奪ったデータ。軍事施設内のデータアーカイブ。そして“組 合”の最終報告書の一部データである。 「最初に手に入れた海楼商事のデータベースだと、拐われたサイキック達は二〇〇 人程、でも実際はその倍を越える四〇〇人以上のリストが見付かった」 「あの日の死亡者数や投降者の数を合わせても半分以上のサイキックが“そこに” いなかった事になる計算だ」 海楼商事の情報を元に、一個大隊規模を投入したが、実際には倍以上の兵力が存 在していた事になる。倍以上のサイキック兵――ゾッとする。 「イワンの一派や風火党の仕業もあるが、それでも多過ぎる。あの混乱に乗じて脱 走した者もいた筈だ。これは多分、鵜飼達は既に知ってる情報じゃない?」 鵜飼は一瞬、鷹野の方を見るが、鷹野は誰とも目を合わせない方向へ視線を向け ていた。――やはり知っている様だ。 あの軍事施設はここエリアMとエリアYの境目にあった。今は両エリアとも情報 を共有し合ってピリ付いてる頃だ。 立体端末には、いち早く情報をキャッチした蓮夢が回収した動画が流れる。一つ は街頭カメラの映像。もう一つはSNSの投稿動画。 横転した現金輸送車は後部がズタズタに裂かれ、パトカーに取り囲まれている。 現金を運びながら威嚇射撃する連中を、警察の発砲から守る様にスカーフで口元 を隠した男女のコンビが応戦していた。 警察やオートマタが放った弾丸は彼等の手前で弾け飛び、手も触れずに、パトカ ーが吹き飛ぶ様に宙を飛び上がり、アクション映画の様に派手な火柱を上げて爆発 した。――いずれ世界中に有りふれてしまうかも知れない光景だ。 「昨日、エリアYで起きた武装強盗事件。報道やSNSは規制がかかっていて今は 閲覧できない。行政機関の差し金だよな?」 「フォースシールドとショックウェーブ……。脱走したサイキック兵達が既に犯罪 者に……」 立体端末の画面に近付き、二人のサイキックを沈痛な面持ちで眺めているユーチ ェン。 サイキックであるが故に家族を失い、この世の悪意に今も曝されている。そして 同じ様な境遇のサイキック達が世界中に存在していると言う事実。耐え難い理不尽 を抱いているのだろう。 「映像を見る限りでは、サイキックじゃない連中もいるけど、行き場のない彼等の 行き着く先に、ロクでもない連中が待ち構えてるって事は確かだ。もう始まってし まったんだよ」 蓮夢の言葉と共に、彩子が後ろからユーチェンの両肩に手を置く。 残念ながら、この二人は既に犯罪者となった。エリアYを敵に回してしまった現 状では捕まるか、命を落とすか、更に堕ちていくかだ。 それ以外の選択肢を生み出すには。これこそが俺達が此処に集う理由なのだ。 「イワンの一派はいずれ“組合”の脅威になるだろう。風火党の忍者達の動向も気 にかかる。何よりも海楼商事の後釜に何が来るかも分からない……。このままやら れっぱなしなんて事はない筈だ。逆襲は速やかに始まる……」 「ジャラを救出する目的は果たせた。でも、それで終わりって言うには、確かに無 責任なのかも知れない……」 「そうだ。こう言った問題にバランスを保ちながら素早く対処できるチームが必要 だ。俺達以外にいないだろ」 この先、利用され暴走せざるを得ないサイキック達が方々に溢れる。忍者連中の 掟やら結束も更に揺らいでいく。それは一部の行政機関の弱味を握られる事を意味 する。更に“組合”に匹敵するレベルの巨大な組織が、この日本を、この六連合を 睨んでいる。 各方面へ連帯しつつも独立した特殊なチームが必要だった。 「アヤは市長さん公認で私立探偵をやっている体だよね。メダル持ってきてる?」 「これか」 彩子が手にしたメダルを鵜飼と鷹野が興味を示した。滑稽に思われるだろうな。 世界を裏でコントロール出来る組織が、今だに古い掟と忠誠心を重んじ、こんな 骨董品でまかり通るのだから。 「それは“密約の証”と言う“組合”の外部の者でありながら“組合”の顧客にな れる、ある種の特権だ。それがあれば俺を雇って仕事をさせる事に弱みは生まれな い。顧客の要望に応える“組合”の自然な形だ」 蓮夢と秋澄以外の全員が愕然とした視線を向けて来る。俺達がチームを組むに際 して、最も懸念されるのは“組合”の存在だ。強大な組織に力の前に、最後には取 り込まれてしまうと言うリスク。弱味は見せられない。 しかし、顧客と言う若干“上”の立場なら、この懸念は払拭される。無論、一〇 〇パーセントと断言は出来ないが。 「アヤの運営する私立探偵なら、俺も雇われバイトのプログラマーって事にしてお ける。鵜飼は行政機関からの監督として、俺達の活動を監視する。俺達がどこまで 暴れてもいいのかしっかり見定めてくれよな」 鵜飼は蓮夢を睨んだが、完璧な手筈の前に何も言い返せない様子だ。 彩子とユーチェンが経営する、形だけの探偵事務所に、雇われプログラマーの蓮 夢と、コンサルタントの俺。アドバイザーは鵜飼。茶番に思えるが成立している。 「これじゃ私がボスみたいだな……」 「ボスになって欲しい。元刑事なら誰よりも正義を知っている、適任だよ。でも時 には警察では不可能な事もある。そんな時の為に俺達チームがいる」 俺は警察が正義を知っているとは正直思えない。それでもユーチェンを支え続け てきた坂内彩子ならば信用できる。 視線が彩子に集まっていく。ダイバーシティパンクを継続する為の媒体にしてし まうのは少々強引だったが、これが一番収まりが良い。 腕を組んで考え込む彩子の元に、鷹野が静かに歩み寄り、一枚の封筒を差し出し た。――頼んでいたヤツか。 「彩子さん、このタイミングで負担に思わないで欲しいんだけど、氷野市長から警 察への民間顧問の推薦状よ。これを引き受けてくれれば、実質警察も協力関係にな れる」 警察の民間顧問制度は六連合独自のシステムだ。元刑事の彩子なら、その立場を 有効に使える。 蓮夢や鵜飼の諜報活動が邪魔される心配がなくなり、俺達が非合法な手段を使っ ても、多少融通が利く。――警察が敵に回る事もなくなる。 「これから俺達がやろうとしてる事は、未だ前例のない事だ。善も悪も、裏も表も ない領域で正解なんてない。ただ確かなのは、いずれこの驚異は必ず押し寄せて来 て全てを苦しめる。組織も居場所も、家族もコミュニティも国も……」 人間なんて生物はどんな状況でもそれなりにやっていく。ただ、酷くなると分か っていて何もしないのは愚かだ。その愚かな選択をしてしまった後悔が、今の俺と 蓮夢を駆り立てるのだろう。――今やらねばと。 外部の干渉を受けず、良心のままに行動する。まるで漫画に出てくる様な正義の 味方だ。 ヒーローなんて損な役回りは避けるべきだ。弱肉強食の世の中で、馬鹿げている し、現実的じゃないと分かってはいるが、俺達四人は心の何処かでヒーローを求め るか、目指している節もある。決して口には出さないが、自分自身の正義と良心を 信じているのだ。 今はまだ、疑わしいところもあるが、それに賭けてみる価値はあると思う。 「彩さん、やりましょう。ジャラだけじゃない。これからもサイキック達がこんな 風に利用させれるのを、私は見過ごせない。今日まで、サイキックとして戦ってき た。この力を彼等の為にも使いたい」 「ユーチェン……」 鋭い眼光で俺と蓮夢を突き刺して来る。急な申し出である事は悪いと思うが、出 来るだけ早く形にしておきたかった。外の“組合”や、六連合の部外者がとやかく 言ってくる前に。 彩子は軽く溜息をつき、俺の隣まで来て全員を見据えた。 「引き受ける……。ただし、お飾りになる気はないからな。そのつもりで……」 彩子と握手を交わし、今度は鵜飼の元へ行く。 「鵜飼、公僕として、やってくれるか?」 彩子の差し出した手を、鵜飼はぶっきら棒に固く握手する。 「薄々、そんな事になるじゃないかって思ってよ。鷹野、氷野さんはそれでいいっ て言ってたんだろ?」 「当然でしょ。ダイバーシティパンクが動く時は必ず報告してもらうし、鵜飼の見 解も判断基準になる。しっかり仕事してもらうからね……」 鵜飼から、うげぇと声が漏れると、笑いに包まれた。おそらく、四人の中で一番 腕っぷしがある男だ。 この石頭の若造とは今後もぶつかり合う事は多いだろう。蓮夢と最も相性が悪い のが厄介だ。出来る限り、俺は冷静に落とし処を見出ださないとな。 「ダイバーシティパンクの活動に関して“組合”は傍観の立場だ。とは言え、鉄志 は優秀な人材で失い難い存在でもある。故に鉄志をサポートはケースバイケースで させてもらう。そんなところだ……」 今後も、何かと秋澄の世話になるだろう。秋澄には貸しが幾つかあるが、ダイバ ーシティパンクよりも“組合”側だと言う事は、今まで以上に意識はしておかない と。 “組合”は優れた人材は決して逃さない。機会を伺っている筈だ。この三人を取 り込む事を。 秋澄、お前には悪いがその時は――俺が食い止めるぞ。 「決まりだな。改めてダイバーシティパンク結成だ」 何を言う訳でもなく。俺達は自然と円陣を組み、互いの目を見て確認し合い、分 かち合った。これまでと、これからを。 「これから先、イカれた事が当たり前の様に起こるだろうさ。そう言う時代に俺達 はいるんだ。協力し合って、問題に向き合ってこう」 心の何処かで、誰もが微かに思っていた。これが終われば“普通”に戻れると。 だが、そもそも終わりなんてものはなかったのだ。むしろ始まりだった。気付く のが遅かったかもしれないが、ここからだ。 「さて! 仕事の話はここまでだ。好きなだけ飲み食いしてくれ!」 待機していたウェイター達が動き出し、パーティーが再開される。 鷹野は彩子に民間顧問についての説明をしていた。秋澄は俺に肩に触れ、軽く労 うとユーチェンの元へ向かった。咳払いをして煙草に火を着ける。 ウェイターが持ってきたジンはなみなみと注がれ、啜る様に飲み、香りと共に一 息ついた。一段落だな。 適当な椅子に腰を下ろし、しばらく煙草とジンを交互に楽しみながら新しい仲間 達の様子を眺めていた。そう言えば、一人いないな。 席を立ち周りを見渡す。バルコニーへ続く扉が半開きになっているが見えた。天 気の良い昼間しか解放しないスペースの筈だが、アイツなら簡単に鍵を開けるか。 外に出るとそれなりに風は強く、酔いも一気に覚める程寒かった。 蓮夢は咥え煙草で呆然と夜景を眺めている。ビルの味気ない屋上は、下から溢れ 出す光に照らされている。遠くのビル群は青白い光、郊外は色とりどりの灯りが交 わっている。何処を見渡しても、忙しない光に溢れ、星の煌めきは微弱で到底敵い っこなかった。 「ご苦労さん、疲れたか?」 「うん、一気に力が抜けちゃった。やっとだよ……。でも、エリアYの強盗の件も 調べないとね。明日にでも取りかかる」 灯りに照らされながら、微笑を浮かべる蓮夢は、どこか艶っぽく夜の街に映えて いた。――夜が似合う、とでも言うべきか。 武装した窃盗団など、大した相手ではないが、サイキック達は保護してやらない と。窃盗団の居場所を特定して制圧。サイキック達を説得する機会を作る必要があ るな。 「頼むよ」 傍にいるだけで気が休まる。鵜飼とユーチェンとはもう少し、時間が必要かもし れないな。相変わらず俺は人との信頼関係に時間をかけてしまう性分だと改めて感 じる。 そして蓮夢がいかに特別なのか。間違いなく、俺は蓮夢に惹かれている。 「なぁ、蓮夢……」 ジンを勢いよく流し込む。今を逃すと話す機会を失いそうな気がした。 「今度、よかったら家に来ないか?」 「テツの住んでるあのマンション?」 「まぁ、輝紫桜町で飲むもいいが、何て言うか、家でのんびり過ごすのどうかと思 ってな……。どうだ?」 俺も蓮夢も大人なんだ。何も大した事じゃない筈だ。何時だったか、蓮夢は言っ ていたじゃないか“火遊び”だって。 咥え煙草のままの蓮夢と一瞬目が合ったが、これ以上、蓮夢の顔を見る事が出来 ず、背けてしまった。蓮夢の表情は既に察していた。 「嫌だ」 予想外の言葉に、いや、拒絶された事に対して何故だと口走りそうになるのを必 死に堪えてる。 俺は何か順序を間違えたのだろうか。でも、蓮夢はその気になってるんだから拒 まれる理由はない筈だ。それとも、そう考える事そのものが傲慢で軽率なのか。 「あんな診察台みたいな狭いベットは御免だよ……」 蓮夢はクスクスと笑いながら、人の家のベットを小馬鹿にした。確かに大きくは ない、それは認める。一人暮らしだしあれで充分だ。 そうだよな、蓮夢の言う通りだ。あのベットは二人には狭い。 「俺ん家来なよ、ボロマンションだけど、ベットも風呂もデカくしてあるから」 俺の考えてる事と蓮夢の考えてる事が、言葉にしなくても同じだとハッキリする と、年甲斐もなく胸が高鳴ってくるし、照れてくる。 現実味を帯びるにつれて、戸惑いよりも好奇心が強まってくる。 「そうか、俺はその、それでも構わないぞ」 「何時でも連絡頂戴よ。待ってるから……」 右手に持っていたグラスを取り上げられ、残りのジンを全て飲まれてしまった。 互いに吸い終えた煙草を足元へ捨てて潰し、手摺に凭れたまま静かに街を眺めて いる。 もう、十年以上は見てきたであろう景色。天まで届きそうな外資系企業の高層ビ ル群。その隙間や底詰め込まれたスラム街と歓楽街。――今は違って見える。 闇夜を忘れ、光に溢れ返った退廃の島国で、堕落を貪る時は終わりを告げた。 光に目を凝らし、深い影を退く。目には見えない大きな“何か”に立ち向かうの だ。――それが俺の役目、仲間達を導きながら。 「テツ、みんなを守ってあげて。リーダーはテツ以外あり得ないよ。俺が全力でサ ポートする……」 蓮夢の手が俺の手に絡まる。暗紫色の左目が鈍く光っていた。 そうだ、俺はリーダーだ。成り行きに流される事はない、自ら選択して此処に立 つ。凄腕のはぐれ者が集った、唯一無二のチームを導く。――傍らの相棒と共に。 もう、独りじゃないんだ。相棒の手を握り返す。 「お前が傍にいてくれるなら、俺も心強い……」
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