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9.― KOGA LIU ―  やはり木偶の坊では駄目か。警察からお借りした二体のオートマタも、相手が悪 過ぎた様だ。センサーの範囲外から背後に回り込んで、一気に間合い詰めてから動 力部を一突き。相当、手慣れている。――あの女。  あれから毎晩、荒神会の事務所とこの建物を巡回する様にしていた。どうやら今 夜が、いよいよと言う訳か。  未だに信じ難いが、敵の側に忍者がいる。今度はボヤ騒ぎでは済まない。  そもそも、どの流派であっても分別を定め、悪には加担せぬようにと固く共有し 合えていた筈なのに。よりにもよってヤクザの用心棒なんかに。  荒神会の背後にいる黒幕が雇っているのだろうか。いずれにしても正義に反して いる。  何者なのか、おおよその見当はついているが、最近はその事ばかりで頭の中を満 たしていた。  建設中の建物の正面に立ち、そこを見据えると、既に気配の様なものを感じ取れ る。あの女、忍ぶ気はないらしい。尤も今夜の俺も忍ぶ気はなかった。  建物の中へ進む、三階まで吹き抜けの構造になっていて、一階は広々としたロビ ーになる。均一に設置された棒状の投光器が防犯用にまばらに点灯していた。  奥まで進んでいくと、壁に寄り掛かって腕を組んでいる、忍び装束姿の女が待ち 構えていた。 「待ってたぞ、甲賀流……」  今日ここで俺達は対峙して当然と言う展開。浮ついた不思議な感覚に陥る。  夜間迷彩の忍び装束は、身体に密着するボディースーツと最小限のプロテクター のみが装着されている。頭巾は布地で大き目の鉢金。  俺と比べたらかなり軽装だった。戦闘に特化している事は明白だった。  右腕に仕込んだ分銅鎖はまだ隠しておく。相手が忍者ならば尚更、手の内は寸前 まで見せてはならない。  女は壁から離れ、少し近づいてくる。六メートル弱。  壁に何かが張り付いていた。茶色い粘土質の物体。爆弾の類いと思って間違いな だろう。  これでハッキリした。あの女は忍者だが、俺や氷野市長の敵。港区の解放ではな く、支配の継続を望む側だ。  女は初めて会った時と同様、不敵な笑みを浮かべている。マスク越しでもよく伝 わって来た。向けるのは敵意と凝望のみ。 「話す気はないか……。やれやれ忍者ってのは、無口でいけないな……」  三枚の八方手裏剣を投げ付ける事には、女は既に間合いを三メートルまで詰めて きた。――速い。全てよけられた。  右手で小太刀を引き抜いて振り下ろす。顔面に触れる風圧、反射的に顔を反らし た。小太刀から伝わって来る衝撃は肉と骨を断った感触ではなかった。  顔をかすめた物を掴み横目に見て、小太刀の受け止めた物も見据える。鈍い光沢 を放つ鋼の――トンファーだった。  標準的なトンファーよりも、かなり長い印象を持った。七〇センチ以上か。  女が両手のトンファーを手放し、懐に潜り込まれる。激しい衝撃、グローブに金 属板でもついているのか、やたらと一撃が重い。  素早い三打、間髪入れずとんぼ返りからの鋭い蹴り、予測できる範囲だ。寸前で 顎を上げてかわし、反撃に転じようとするが女は更に飛び回し蹴りを放ってきた。  両腕で十字を作りガードして直撃を免れたが、大きくよろめき二メートル程、吹 き飛ばされた。両腕の痛みと痺れを振り払う。隙一つないこの身のこなし、ガキの 頃を思い出すな。  今は散り散りになった俺達、三兄弟は“甲賀三羽烏”と謳われ、“里”では何事 においても抜きん出ていた。  そんな俺達も体術の面にのみ、どうしても敵わなかった流派が一つあった。 「伊賀者……」  対立の歴史を超えて、現代では各流派が密に連携を取れる様になっている。手の 内を全て見せないにしても、簡単な手合わせは積極的に行われていた。  その中でも伊賀流は甲賀流に並んで優れた業と技術を伝承してきた流派だ。特に 体術に関しては群を抜いていた。武闘派と呼ぶに相応しいだろう。 「悪党の用心棒とはな、伊賀流も地に堕ちたか?」  会話する気はなかったが、相手が伊賀者ならば話は別になる。 「時代に順応していくだけだ。荒神会も所詮は駒の一つ、いずれ忍者の業と技術は 国外へ広がっていく。長い目で見れば、こちら側が正義だ」  荒神会を駒と言うのなら、この伊賀者を雇っているのはその上にいる黒幕と言う 事がハッキリしたな。  伊賀流に限らず、忍者の業や技術は裏社会の特定の分野においては重宝されるも のは多い。故に安易な金儲けに身を墜とす者が増えているのは現実だった。この女 も、そう言う輩の一人なのだろう。 「我等、忍者は日本の最後の要。時代に順応だと? そんな傭兵根性な考えこそ前 時代的な乱破の考えだ」  長い目だろうが、大局であろうが、人攫いを生業とする様な連中に、この国で好 き放題させる連中に正義などある筈がない。  本来の忍者や昔の在り方なんてどうでもいい。この時代の忍者は――悪を斬る。 「そう言うと思った。仲間に出来ないか期待したが所詮、石頭な役人の犬か。甲賀 流の未来も、たかが知れているな」 「笑わせるな……。ここで死ぬ貴様に、甲賀流の未来を語れる道理はない」  軽快にトンファーを回し、伊賀流が構えに入る。相当な手練れだ、大した歳の差 はないだろうが、経験の関しては間違いなく格上だった。  小太刀を左手に逆手で持ち替え、右手の袖から分銅鎖の刃を取り出す。苦無、手 裏剣、煙幕の様な小手先の攪乱はやるだけ無駄な隙を生む。自分の業に集中した方 が得策だ。空気が張り詰めていく。  伊賀者の得物は接近戦向けだ、距離を取って近付けさせない。先ずはそれが基本 となる。近づかれるとしても、それは俺の意思でそうさせる。  建物の柱に向かって走り出す。伊賀者も追って来た。柱を踏み台に、飛び上がっ て稼いだ距離から分銅鎖を繰り出す。  刃はいなされるが、引き戻し際も刃は獲物を狙い続ける。次はよけずにトンファ ーで刃を叩き落とした。不規則な軌道も物ともせずに鎖の遠心力を断ち切った。既 に武具の特性は見切られている。  鎖を引き戻すのと同じく、伊賀者が一気に間合いを詰めて来る。予測していた通 りに。  戻していた鎖を捻ってバウンドさせる。刃が宙を舞う。伊賀者の間合い、早くて 重い連撃。一瞬でも気が緩めれば、どこかの骨が粉々に砕けてしまうだろう。  ギリギリの際どい攻防戦の僅かな隙をついて、伊賀者を膝蹴りで突き離し、小太 刀で牽制する。少しの間合いから鎖を八の字状に振り回す。空気を裂く音が建物中 に響き、鋼と鋼が甲高い音をたて、火花を散らす。  伊賀者は刃を弾き飛ばそうとするが、この回転は容易くは止められない。少しづ つ伊賀者に迫っていく。  分銅鎖は接近戦には向かない武具と思われがちだが、鎖鎌と縄鏢の武術を織り交 ぜ、徹底的に極めた俺の分銅鎖に死角はない。伊賀者は状況を立て直す為に必ず距 離を取る。――そこを狙う。  伊賀流か、連中と甲賀流は“何となく”だ。何となく距離があり、何となく交流 し、何となく対立する。別に御大層な因縁なんかない。下らない物語ばかりが俺達 を取り巻いている。――だから何となく、嫌いなんだ。  遂にその時が訪れた。伊賀者がバク転で大きく距離を取った。逃がさない。  振り回した鎖の勢いを弱め、右脚に絡めて狙いを定め、一直線に蹴り撃つ。バク 転の後の、定まらない視点でこれは避けられない。これで終いだ。  頭蓋への直撃を確信したのも束の間、鎖から伝わってきたのは未だ感じた事のな い振動だった。  伊賀者は寸前で刃を受け止めていた。それどころか、両腕のトンファーで刃を粉 々に砕いたのだ。  あり得ない。あの姿勢から飛んでくる刃を、両腕のトンファーで正確に衝撃を重 ねて挟み込めるなんて、恐るべき反射神経と動体視力。  伊賀者がこの機を逃がす筈がない、鎖に執着する場合じゃないが。最も得意とす る業を見切られ、粉々に打ち負かされたと言う動揺は、予想以上に俺の動悸を乱し ていた。  腰に付けたウィンチから鎖を外し、小太刀を利き手に持ち替えてトンファーの猛 攻に応戦する。くるくると回転させて振り下ろし、振り上げるトンファーと切れの ある足技は心技一体の如く完璧だった。その絶え間ないの動きを見切り切れず、数 発が身体に入る。筋肉をきしませ、骨に響き渡る痛み。  少しばかり不味い状況かも知れない。早く反撃に転じなくては。何よりも建物に 仕掛けられた爆発物も何としないと。  伊賀者が打撃から掴み業に持ち込んで来る。一瞬たりとも気が抜けない。取っ組 み合って、互いの肘や膝が身体に食い込むが痛みを気にする余地すらなかった。  組み合ったまま、打撃を加えて動きが鈍った隙に関節を締め上げ、それを抜け出 し、投げ飛ばされても姿勢を保ち続ける。倒れる訳にはいかない。  完全に伊賀者のペースに陥っていた。急に掴んでいた手を離され、前のめりにな ったところを回し蹴りで頭部を飛ばされる。意識が飛び、視界が何回転も凄まじい 速さで巡る。  意識が何度も飛び、痛みもあやふやな感覚になっていく。胸に圧迫感を感じる。  馬乗りの状態でトンファーを打ち付けているのだろう。ほぼ無意識のまま両腕で ガードしているが、その効果も薄い。  焦りも恐怖もない。こんな世界だ、死は意外にも身近なもの。かと言って抗う手 立てを考えるには厳しい状況だった。せめてこの苦痛から――数秒でも解放される なら。  そう願った途端、胸の圧迫感が消えて仰向けの身体を凄まじい風圧が横切る。見 覚えのある甲殻状の黒い綱、その先端は銀色だった。これは――黒狐の尾か。  素早く酸素を取り込み意識を戻していく。この再会は忌まわしいが、いい気付け になった。  視線を上へ移すと、目付きの悪い狐の面が俺を見下している。やはり九尾の黒狐 だ。リィ・ユーチェン。  身体はまだ動かせなかった。何とか視線だけで黒狐と伊賀者を追う。仕掛けよう とする伊賀者を念動力で掴み上げ。柱へ吹き飛ばして叩き付ける。更に近づいて反 対の柱へ叩き付けた。九本の内、四本の尾を引きづりながら。あれで手の内が読ま れ、能力の正体が見破られると言うのに。  その間に何とか身体を起こす事が出来た。マスクを外すと口や鼻からボタボタと 血が垂れ落ちる。  血を拭い、左の袖に隠し持っている、増強剤の秘薬を数粒口に含み血と供に飲み 込んだ。後の反動が大変だが、今はこれに頼るしかない。  甲賀の秘薬は、出来る限り人工的な化学物質を使わない様にしてあるが、これは 即効性を強める為にかなり加えられている。既に効き始めていた。  まるで心臓が一回り大きくなる様な感覚と激しい鼓動。大量の血液が全身を駆け 巡り、全身の痛みも激しく脈打っているが、今は歯を食いしばって踏ん張る時だ。  再びマスクを着けて、黒狐に加勢する。伊賀者は小振りな三方手裏剣を組み合わ せ手数を増やした反撃に転じていた。  黒狐の念動力は同時に九つの物体を操る。ああやって絶え間なく仕掛ければ、黒 狐はいずれキャパオーバーを迎え、大きな隙が生まれる。俺が黒狐を相手に使った 手段と同じだ。黒狐もその事は分かっているが、どう対処すべきかは、まだ見出せ ていない様子だった。  黒狐の脇をすり抜け、伊賀者に斬りかかった。普段以上の剛腕に全身が軋む。ト ンファーに小太刀の斬り傷が刻まれた。  伊賀者はよろめきながらも、流れる様に身体を浮かして距離を取って。呼吸を整 える。距離の取り方からすると、既に念動力の有効範囲まで見抜いているらしい。  こちらも今の内にありったけの酸素を吸い込んでおく。悔しいが、あの伊賀者は 格上の手練れだ。  黒狐の面は、ほんの僅かにこちらを向いていた。横目でそれを見て小さく頷く。  今はそれしか出来なかった。忍者とサイキックの共闘。悪い冗談みたいな組み合 わせじゃないか。――どこまでやれる。  黒狐が先に仕掛ける。九本の尾が大きく広がるとかなり大きく見える。カバーす るのが難しい。伊賀者に向かって次々に尾を繰り出す。バラバラにそれぞれが意思 を持っているかの様に。そうかと思えば、扇の様に揃って滑らかに力強く、振り回 し、その反動と遠心力に身を任せて立ち回る。まるで、踊っているかの様に。  感心した。初めて戦った数週間前とは、もはや別人のレベルだった。大振りであ る事に変わりないが、これこそがユーチェンのイメージする立ち回りなのだろう。  しかし、俺以上に小回りが利いて手数も多い伊賀者を相手には、隙だらけだ。  姿勢を低くして、滑り込む様に黒狐をすり抜けて伊賀者に斬りかかる。逆手に持 った小太刀で右へ左へ、足技で上へ下へ。伊賀者は気付いたらしい、俺が今ドーピ ングをしている事を。甲賀の秘薬がどれほど強力か見せてやる。  痛みも忘れ、一心不乱の攻防を続ける。小太刀と鋼のトンファーが弾き合う甲高 い金属音が絶え間なく鳴り響き、次第にそのテンポに身体が乗ってくる。  伊賀者の手の内や体術の癖が少しづつ分かってきた。左手に苦無を持ち。小太刀 と共に手数を増やしていく。  攻防一体の均衡を崩す、一手を繰り出そうとしたその瞬間、伊賀者が吹き飛ばさ れて、後ろの柱に押し付けられる。黒狐の念動力か。  伊賀者は両手両足、胴体と首筋を掴まれている様だ。黒狐の念動力は、どことな く手の様なものに掴まれている様な感覚があった。 「まどろっこしい……」  右手をかざす黒狐は吐き捨てて、伊賀者に近づいていった。  生意気な事を言う。同時に念動力があれば、俺やこの伊賀者の様に日々鍛錬を積 み上げる必要もないのなら、そこは素直に羨ましいとも思うが。いや、やはり己の 業は常に磨き上げ、極めてこそだ。  どちらにせよ、サイキックも忍者も完璧な存在ではない。 「おのれ、サイキックめ……」  伊賀者は眼光鋭く黒狐を睨んでいる。そして黒狐も面越しにしっかり睨み返して いるのだろうと、気配で分かった。  全身を念動力を抑え込まれている割には、狼狽える事も焦っている様子もない。  ただ、機会を伺っている。それだけは確かだ。 「貴様、何者だ? 何故俺の事を知っている?」  大体察しは付いているが、一応聞いておく。  この数年、俺に限った話ではなく。忍者は度々、目撃されてSNSへ引っこ抜か れてしまっている。携帯端末とインターネットで溢れ返り、上空は様々なドローン が飛び交っているこんな御時世では、どうする事も出来ない。 「この崩壊した日本で息を吹き返した忍者が、世界へ実力を示す時が来たのだ。こ れ以上、世界から遅れをとる訳にはいかない……。事の重大さが、お前には分から ないのか?」  これもある程度、予測していた話だった。忍者同士で敵対する理由なんか、今は これくらいしかない。  この日本で、国と呼べるかどうかも怪しくなっているこの日本で、共に朽ちるの か、外海へ乗り出すのか。そうなれば、先人たちの残していった尊い遺産を切り売 りする事になる。そう簡単には手放せないものだ。 「望月偲佳(モチヅキサイカ)。伊賀流“風火党”」  “風火党”やはりそうか、そう思った瞬間。黒狐が突然よろめいて望月の拘束が 解かれてしまった。――何が起きた。  身構えると同時に鼻を劈く火薬と油の臭いに気付く。望月が何をしようとしてい るのか、すぐに分かった。  望月は拳を握り、両手の拳頭同士をぶつけ合わせる。反射的に黒狐を押し倒して 伏せさせる。周囲が一瞬で炎に包まれた。背中から強烈な熱を感じるが、これが一 瞬で済む事は知っている。  何故、拘束を解いたんだ、それに面食らって対処できなかった。  勢いよく噴き出した炎は一瞬で燃え尽きて、周囲には僅かな火の粉が漂う。  「火遁か……」  伊賀者の常套手段だな。火と火薬で相手を翻弄する。――逃げられた。 「何か美味しい情報でも手に入るかと思えば、忍者同士の小競り合いとはね」  黒狐の悪態に関して、反論する事も出来ず、膝から崩れ落ちてしまった。  緊張も解け、秘薬の効果も切れかかっている。呼吸は楽になったが、方々の痛み に全身が脈打っている。  黒狐が手を差し出してきたが、それを静かに拒む。まだ神経が尖っていて、触ら れたり動いたりする度に痛みが走る。 「触れるな、大丈夫だ……。風林火山の動となる“風”と“火”の一派だ。勢力の 拡大と利益の為なら、手段も選ばない連中だ。俺みたいな公僕に仕えて国を護らん とする従来の一派は静となる“林山党”。流派の対立がなくなったと思えば、分断 の種は尽きないな……」  胡坐をかいて、呼吸を整える。本来の忍者の事は何事に置いても他言無用だった が、痛みを紛らす為に話した。今更、異国のサイキック一人に知られたからと言っ て大した問題にもならない。 「礼を言う、どうにか目的は果たせた」 「あの爆弾の起爆装置?」  黒狐も爆弾に気付いていたか。忍び装束の胸元に突っ込んでいた、無線型のリモ コンの起動スイッチを捻ってシャットダウンさせる。  正直、黒狐をカバーしきれなかったのは、癪に思っている。もう少し味方に意識 を向けて、立ち回って欲しかったと言うのが本音だが、今回は胸に閉まっておく事 にして、危ういところに飛び込んでくれた事に感謝した。  黒狐が仕込んだ発信機をそのままにして、俺の動きをわざと漏らしておいたのは 一先ず功を奏した。   「これを奪うのが最優先だったが、思っていた以上に手強かったな」  勿論、望月を倒して洗い浚い吐かせてやろうと思っていたが、とてもそんな余裕 は持てなかった。戦っている最中あしらわれているとひしひしと感じた。  悔しいが、望月の方がベテランだし格上だった。この街の、素人同然の悪党ばか りを相手していて、何時の間にか俺は慢心していたのかも知れない。   フードとマスクを外して、深呼吸する。しばらく、へこむ日々が続きそうだ。 「こんな事を繰り返していても、根本的な解決にはならない……」  黒狐は面を外し、ユーチェンに戻る。若輩者の俺が言うのもなんだが、威圧感の ある黒衣に不釣り合いな幼い顔をしている。  冷め切った目からは僅かに焦燥感を漂わせていた。 「荒神会のバックにいる大元を倒さないと、か?」 「それをやるのは貴方の仕事でしょ? 私は救い出すだけ……。必ず答えを見つけ 出してくれると、信じている」  頭痛でも起こしているのか、ユーチェンは頭を押さえながら踵を返し、この場を 後にする。  俺の動きから、何かを得られるのかと期待していたのかも知れない。だとすれば 忍者の小競り合いはとんだ肩透かしだったろう。 「何を信じているんだ? 知っているなら教えろ。お前の都合もあるだろうが、こ っちだって……」  ユーチェンは立ち止まる事も、振り向く事もなく、吹き荒む闇へ消えていった。  大の字になって目を閉じる。もう駄目だ、しばらく動けそうにない。この数分は 全て投げ出して思考を止めよう。その後で鷹野に連絡だ。  夜中に連絡して、間違いなく機嫌悪くなるだろうな。建物は何とか守れたが、氷 野さんにも迷惑がかかるだろう。  これからどうする。荒神会には手を出せず、黒幕の正体は未だに分からない。そ していずれまた、伊賀の望月と対峙する事になるだろう。  荷が重い、考えたくなくても思考が止まらなかった。目を閉じていても、まざま ざと見えていた。どす黒く淀んだ闇が渦巻いている。そこに俺はたった独り。  これから、どうすればいい。

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