9.― DOUBLE KILLER ― こうして見ると、とんでもなく大きな組織に喧嘩を売ったものだと実感する。何 もかもが想定外な事ばかりだ。 何度もこの場所に来た。アクアセンタービル前の広場。深夜となると人気はほと んどなかった。夜明けまであと三時間弱。 アシストドローンの“インセクト”が受信したデータからは、蓮夢がアクアセン タービルまで来ている事は確かだ。かなり時間が経ってしまった。 明後日には二人でこのビルに乗り込もうというタイミングだった。俺も襲撃に遭 い、蓮夢は此処にいる。この状況は蓮夢が捕まったという事で間違いない。もっと 警戒すべきだったか。いや、今そんな事を考えてもしょうがない。 “M4A1カスタム”弾倉五つ、一五〇発。“グロック34”弾倉五つ、九十六 発。“M4Super90”四十発。身に付けている以外にも腰のバックパックに 少し積め込んでいる。かなりヘビーだ。 サプレッサー付きの“MP5SD6”はロビー制圧用の使いきりだ。 しかし、充分とは言えない。生身の人間であっても、防弾ベストを装備していれ ば、サイボーグや装甲の固いオートマタと同様、二発では仕留めきれない可能性が 高い。 出来る限り、ヘッドショットを狙う必要がある。直感と集中力が物を言う。 蓮夢は俺の事を“超感覚”じゃないのかと言っていたが、今はそう信じたいもの だ。人間を越えた存在――“トランスヒューマン”の力。 わざわざアクアセンタービルへ連れ込んだのだ。俺をおびき寄せる意図もあるだ ろうし、すぐに殺すなんて事はない筈だ。無事でいてくれよ。 “インセクト”が先行してアクアセンタービル入り口前の様子を探っている。携 帯端末を固定した専用バンド左腕に巻き付ける。 外の警備員は二人。施錠はしていないようだ。これは運がいい。 本来なら裏から侵入してロビーへ入る筈だったが、正面から一気にロビーカウン ターへ向い、端末に蓮夢が仕込んだメモリを差し込んでセキュリティシステムに制 限をかけ、ビルを孤立化させる。 その後は集中砲火を浴びる事になるが、海楼商事の専用エレベーターへ向かう。 希望的観測に過ぎないが、警備は上に集中している筈だ。一人のハッカーよりも 組織の核を守る事の方が重要だ。 “インセクト”が蓮夢の位置を正確に教えてくれればいいが。見立てはある。 アクアセンタービルの手前までは、蓮夢の救難信号を“インセクト”が受け止め ていた。それ以降、信号が発信されていないのは。発信できない場所にいると考え るべきだ。考えられるのは――地下だ。 出たとこ勝負だ。ビルの見取り図に地下のデータがない。“インセクト”だけが 頼りだ。 やるべき事は定まった。深呼吸をして、任務を開始する。――実行あるのみ。 アクアセンタービルの入り口手前は、ライトアップされた噴水が、緩やかに流れ ている。中央の窪みにある階段は十五段程度、下り始めると同時に下の警備員二人 を撃ち抜く。誰であろうと容赦しないが、このビルの警備も海楼商事の一部だ。躊 躇なく仕留める。 飛び降りる様に駆け下りて、身体でドアを押し開ける。外に異常に気付いて動き 始めた三人を素早く仕留め、真っ直ぐロビーカウンターへ走る。残り二十発。 カウンター内に三人。左側面から銃撃。構わず突き進みカウンター内の三人の頭 を撃ち抜く。無駄撃ちした、残りは十二発。 カウンターを飛び越えて四方から飛び交う銃撃を凌ぐ、姿勢を落とした状態で端 末のポートへメモリを差し込む。約四十五秒経過、可もなく不可もない。 「敵の位置を捕捉。エレベーターまでの最短ルートを表示」 携帯端末から“インセクト”に向かって音声指示を送る。カウンターは既に蜂の 巣状態、破片が舞い散っている。 割れかけたモニターがインストール完了を知らせる。実感はないが、これでアク アセンタービルのセキュリティは麻痺した。蓮夢の仕事だ、信用している。“イン セクト”から解析結果が表示された。 このフロア内に敵は八人、意外に少ないな。やはり上階に集中させているか、地 下に配備しているか。 エレベーター側と反対側で四人づつ、反対側に威嚇射撃、その隙にエレベーター 側へ向かう。そっちの敵は左に逸れながら応戦すれば仕留められる。 正確なエリア情報とリアルタイムな位置情報、これらが現段階で把握出来るのは かなり有利に思えた。本当に優秀で使えるドローンだ。軍用のドローンも充分優秀 だが、AIの思考力が段違いだった。 あの頃の戦場でコイツがあったらどれだけ良かっただろうかと、在り得もしない 事が頭を過る。――やはり蓮夢は凄い。 エレベーターを空ける為の“鍵”のアプリが入った携帯端末を開きアプリを開い て備える。 約二分五十秒経過、“MP5SD6”をフルオートに変え、威嚇射撃で撃ち切っ た。これで数秒、十字砲火を回避できる。“M4A1カスタム”を手にして、エレ ベーターへ向かう。残り三十発。 アサルトライフルでも連発にはせず、単発で二発ずつ、正確かつ確実に敵を撃ち 抜いていく。連射は必要ない、精度の高さと威力に重点を置く。残り二十二発。 エレベーターの操作盤に携帯をかざしながら、反対側の敵に向かって牽制する。 エレベーターの扉が開き始めた辺りで“インセクト”が戻って来る。エレベータ ーに入って身を隠しながら地下のボタンを押した。ノロノロと扉がゆっくりと閉じ て、下り出す。四分二十六秒経過、五分以内。――上々だな。 深呼吸、今のところ無傷。戦闘では知らず知らずの内に被弾してる事が多いので 注意が必要だ。 スタングレネードを手にして壁に身を寄せる。――敵は必ず待ち構えてる筈だ。 地下に着き、扉が開くと案の定、考えもなしに撃ってきた。こっちもスタングレ ネードを勘で投げ込む。エレベーターの内装は既に穴だらけになっていた。 グレネードが炸裂音と共に弾け飛び、外は叫び声で溢れ返っている。“インセク ト”が先行して外の状況を探る。 手前の四人はグレネード直撃だ。視力も聴力も奪われている。奥の七人は影響が まばらだった。優先順位を決めて一気に仕留める。スタングレネードで相手の自由 を奪える時間は十秒も満たない。 中腰に屈みながら奥の七人から仕留めていく。二十二発あれば十一人ジャストだ った。――集中しろ。 銃口が少しでもこちらへ向けている奴から先に仕留めていく。前方も後方も距離 も関係ない。進みながら一人一人確実に二発で仕留める。弾切れ、再装填、残り三 十発。 携帯端末の画面が“インセクト”の視点に変わり、マーカーと推定距離が表示さ れていた。――蓮夢がそこにいるのか。 位置を見ると下の方だった。更に下の階があるのか。地下の見取り図はない、マ ーカーを頼りに進んでいくしかなさそうだ。しかし、これで蓮夢の生存は確認でき た。よかった。 気が緩んだ瞬間に後ろから襲い込まれる。仕留め損ねたのか、異様に強い握力で 首を締め上げてくる手に抵抗すると、その腕の感触は人間のそれではなかった。ど うやらサイボーグらしい。頭部に被弾しているが浅かった様だ。 両手で胸倉を掴み返して一気に引き下げて拘束を解く、サイボーグの握力なら首 の血管毎、引き千切られる。実際それぐらいの力が入っていた。押し込んで、浮い た膝を蹴ってへし折り、よろめいたところで全身で押し倒して止めを刺す。残り二 十六発、勢い任せに撃ち過ぎた。 マーカーの方角へ早足に通路を進む。先に何があるかは分からないが、それしか ない。おそらく階段がある筈だ。 曲がり角、銃口を向けながら慎重に覗き込むとほぼ同時に弾丸が目の前をかすめ た。すぐさま角の壁にカバーリングする。威嚇射撃をするが相手に怯む気配が全く なかった。残り二十一発、想定内だが少しづつ計算がズレていく。 「インセクト、先行しろ!」 地面スレスレを滑る様に飛んで向こう側の映像を送って来る。――最悪だ。 ライトマシンガンを軽々持ったメカヘッドのサイボーグが三人もいた。戦闘型サ イボーグまで警備に配置されているとは。 三人で継続的に撃ちながら近づいてくる。頭部全体を覆うメカヘッドと筋力を増 強するパワードスーツ。簡単に撃ち抜けそうになかった。得物を変えた方が良さそ うだな。ライフルを背中に下げて、左腰に固定していたショットガンに持ち替えて コッキングする。安田の話では装甲破壊に有効な弾だと言っていたが、使うのは初 めてだ。 どこまでやれるのか、残り七発。一瞬でも相手の勢いが弱まったら打って出る。 敵の立ち位置は“インセクト”の先行で把握できていた。一列に左右僅かにズレ ていてほぼ重なっている状態だ。 弾幕が一瞬弱くなったタイミングで角から一気に飛び出した。真ん中のヤツに向 かって二発。目が見開いた、このショットシェルはとんでもない破壊力だ。真ん中 のサイボーグの胸と胴体が装甲ごとベコリとひしゃげた。 至近距離で弾丸が飛び交う中、手前のサイボーグの胸と頭に一発づつ撃ち込むと その衝撃でサイボーグが壁に叩き付けられた。真ん中のヤツを仕留め切れていなか ったが、優先すべきは奥のヤツだ。残り三発――厳しいな。 奥のサイボーグに向かいながら一発、左肩の着弾。倒れているサイボーグに止め の一発、頭を吹き飛ばす。 最後の一発、当然を頭を狙ったが、サイボーグは崩れかけのを盾にして致命傷を 回避する。弾切れ。 勢い任せに突っ込んで来たサイボーグをかわして、タックルで壁に押し込んで跪 かせて、ショットガンの銃口で抑え込む。やはりパワーが違う、抵抗する力に押し 負けそうになる。――こういう時のクイックホルダーだ。 排莢口の傍に一発分、固定しているショットシェルを排莢口に直接放り込んで装 填してサイボーグに止めを刺す。再装填、左手と右肩でショットガンを支えて、ホ ルダーのショットシェルを右手で掴んで詰め込んでいく 素早く正確に二発同時に詰め込む、二、二、二、一、弾込め。残り七発。 “インセクト”が周囲を警戒してる間に深呼吸を一つ。右の脇腹が痛む。カーボ ン素材のウェアとベストは簡単に貫通しないので致命傷を回避できるが、衝撃は吸 収してくれない。脇腹を拳で叩いてめり込んだ弾丸を落とした。 携帯端末を確認する。マーカーまでの推定距離は直進で三五〇メートル程の距離 だと言うのに“インセクト”はその先に待ち構える敵を捕捉していた。その中にサ イボーグが何人いるか。ショットガンからライフルへ持ち替える。弾倉の残り弾は 二十一発。 どんな時も、二発で仕留めろ。心掛けろ、集中しろ。無性に煙草が吸いたくなる が、堪えて深呼吸で済ます。 三五〇メートル。相棒までのその僅かな距離が遠い。無事でいてくれ蓮夢。
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