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16.― DOUBLE KILLER ―  警告 自爆シーケンスはフェーズツーへ移行 隔壁閉鎖します  警告 自爆シーケンスはフェーズツーへ移行 隔壁閉鎖します  やかましいな。通路の壁に寄りかかって息を整える。女の声で延々と流れる、耳 障りな警告。弾丸に余裕があればスピーカーを撃ち抜いてやりたい。鵜飼とユーチ ェンは無事に施設を離れただろうか。  この施設の端末を弄り、調べてみたところ。地下一階の更に下には広大なスペー スが設けてあり、支柱を全て爆破した建物がそこに落ちる様になってる。そうなれ ば、何もかも粉々になってしまうだろう。  地下スペースの解放と避難猶予を与えるフェーズワンが終了して、フェーズツー に移行すると、徐々に隔壁が施設を封鎖していく。  そしてフェーズスリーは、閉鎖した全てのエリアに高熱処理を施して、最期には 爆発させるそうだ。情報どころか――細菌一つ残らず消えるだろう。  イワンの腕から独立したマイクロ・マグネティックの追跡を逃れて、なんとか生 き残っているが、そのせいで逃げ遅れ、退路まで塞がれてしまった。出口からどん どん離れて、今は三階にまで追い込まれた。  この任務において、リーダーとしての任務は果たした。予定通り、ジャラの救出 に成功して味方の全滅も防げた。充分過ぎる成果だ。  その末のこれが俺の最後と言うのであれば、悪くない気分だ。但し、イワンの置 き土産なんかに殺されるのだけは御免こうむりたい。  まだ絶望はしていない、寧ろ希望を抱いている。――蓮夢がきっとやってくれる と信じていた。  だから最後まで諦めない、俺を狙って殺しにかかる奴は必ず退く。  ヤツは今も俺を探している。さっきまでは施設を脱出しようと、非戦闘員で溢れ 返り混乱していた。通気ダクトや壁の中を形を変えながら進行している。  手負いな上に武器もほとんどなく。逃げ切るのは不可能――戦うしかなかった。  マイクロ・マグネティックで形作られたイワンの猟犬を仕留める。後の事は、蓮 夢に全て委ねよう。それでいい。  隔壁はどうしようもないが、ロックのかかってない非常ドアや押し破れる箇所は 意外にある、ある程度なら移動する事は出来た。あのバケモノを黙らせる方法を考 えないと。  壁伝いに通路を進み、薄手の非常ドアを見付ける。緊張でドアノブを握る手に力 が入った。抵抗もなく素直にドアノブが回ってくれるだけで安堵に包まれる。  ドアを開けた先は非常階段だった。これなら一階に戻れる。そのまま外に出られ るんじゃないと、期待も生まれた。  遠くの方でガンガンと金属音が響いてくる。筒状の中で響いてる様な感じだ。早 く下へ降りよう。  身体中、切り傷だらけだ。イワンから受けた傷も深いが、あのバケモノは全身が 刃物で、掠めるだけでも切られてしまう。  ナイフでは到底倒せない。かといって残りの弾丸でも限りなく不可能に近い。  この状況で勝機があるならば、武器になる物を探すか、地の利を利用したトラッ プの様なアプローチしか残されていないだろう。  さて、どうしたものか。先程確認したこの施設のマップでは武器庫となっていそ うな場所は地下一階。一階は工場と医療スペース。  隔壁で閉鎖されているかもしれないリスクがある中、地下に向かうのは避けるべ きだ。だからと言って、病院なんかに何がある。打開策が見出せない。 『……ろ! てつ……。応答しろ!』  突然、無線から響いてくる秋澄の声に身体が跳ね上がり、心臓を痛める。苛付く 気を抑えて回線を開いた。 「秋澄、復旧が遅いぞ。どうなってる」 『すまない……。蓮夢くんの言う通りに対処はしたが、残念ながら、ここの連中の レベルは低過ぎるらしい……』  秋澄からも、かなり苛立った雰囲気を感じ取った。やはり指令部と現場のタイム ラグが埋まる事は永遠にないのだろうな。  和磨達にHQを当てにするなと言っておいて正解だった。 『鉄志、警報音が聞こえるが今何処にいるんだ?』 「ポイントΩの施設内だ。そんな事より状況を教えてくれ」  秋澄に此処の状況を説明しても、どうにもならない。余計な心配をして話を長引 かせるのも億劫だ。  それよりも全体の状況を知りたかった。 『前線の部隊と連絡が取れた。オートマタとドローンは機能停止して、サイキック 兵達も投降してるそうだ。サイボーグ共も士気が落ちて投降してる。全て計画通り だ、やったな鉄志! 俺達の勝利だ!』  秋澄の言葉を聞き、噛み締めてく内に口元が震える。下唇を噛んで震えを抑えて いると、今度は目頭が熱くなってきた。  蓮夢が、蓮夢がやってくれたんだ。本当に凄い奴だよ、お前は。 「そ、そうか。善かった……。本当に善かった……」 『鵜飼からも連絡が来た。二人とも負傷して、弟くんも意識がないそうだが、命に 別状はない。坂内達がピックアップに向かう準備をしてる』  圧倒的な力を相手に、たった四人で激しくも大きな流れを変えてしまった。クソ みたいな現実ってヤツを、まさに“引っ繰り返した”のだ。  残念なのは、その喜びを誰とも分かち合えない今の状況だけだな。  収束していると言え、彩子と鷹野が前線まで来るのか。差し詰め彩子の申し入れ だろう。ユーチェン達が負傷してるなれば、止めても聞く質ではない。 「大丈夫なのか?」 『護衛は付けるよ。組合長も此処へ向かっている。外の“組合”から正式に全権を 委ねられた。裏切者を送り込んだ奴等の面子は丸潰れだよ』  吉報だな。日本の“組合”にとって、方々の弱味を握った様なものだ。対等とま ではいかないにも、今回の様な雑な扱いを外部の“組合”から受ける事も減るだろ う。  警報音に紛れる物音。――近づいてる。  「なら、心配事は全て解決だな。秋澄、ありがとう……。後は任せたぞ」 『鉄志、お前大丈夫か?』  秋澄の声色が変わる。長い付き合いだから俺の強張った雰囲気は簡単に読まれて しまう。  緊張の糸はとうに切れて、ダメージと疲労に集中する余地がないが、それでも集 中しなくては。確実に近くにいる。 「鵜飼達のピックアップ頼んだぞ。俺と蓮夢も自力で離脱する。心配するな、後で 連絡する……」 『おい、待て鉄……』  通信を強引に切って、再び階段を下っていく。グロックは残り十発、デザートイ ーグルはない様な物だが、捨てる訳にもいかない残り一発。  圧縮したマイクロ・マグネティックはダイヤモンド並みの硬度になると言う。手 持ちの弾丸では無力だった。  やっと一階に戻れる。小窓もない分厚いドアと、鍵もない薄いドアがある。分厚 い方は厳重にロックが掛っていた。おそらく外に出られるのだろう。薄いドアの先 は医療スペースか。  分厚いドアの蝶番を手持ちの銃で破壊できないか調べるが、そんな単純な話では なさそうだ――完全に閉じ込められた。  階段の先に気配を感じる。ある筈のない目と合った様な感覚になる。マイクロ・ マグネティックの猟犬は既に、俺という獲物を捕捉していた。  選択肢は一つだけだ。医療スペースに逃げ込む。ドアを閉める余裕はなく猟犬も 入り込んで来る。これからどうする。  後退りしながらグロックを向けるが一瞬動きを止めるぐらいしか出来ない。猟犬 は何時飛びかかって来てもおかしくない状況だった。  犬の形状である事が一番厄介だ。マイクロ・マグネティックの質量内で形作れる 中で、間違いなく最強の形状だ。  真っ白な床と天井、青い壁、ガラス張りの手術室や機材だらけの検査室が並んで いる。横目に扉やドアを見ると、電子ロックのランプが赤く点滅してロックが掛っ ている雰囲気だ。ほぼ直線、回避が困難な場所だ。  コンパクトに構える。突っ込んで来るか、左右に振れるか。――集中しろ。  猟犬がサイドステップから壁を蹴って飛び上がり、一瞬で後ろを取られてしまっ た。撃つ間もない。  振り向いた瞬間に三本アームの頭部が首筋を狙って来る。辛うじて見切っている が、避けるのに必死だ。C.A.R.システムは接近戦に最も有効な射撃スタイル ではあるが、猟犬の様な俊敏でスタンスの低い相手では有効性が明らかに下がる。  それでも無駄弾は許されない。ダブルタップを重ねて怯ませる。残り六発、更に 首を掴んで壁に抑え込み、胴体に四発撃ち込んだ。残り二発。全身が刃物、首を掴 んだ左手はズタズタに裂けた。  最後まで諦めない。施設の閉鎖や自爆は俺にはどうする事も出来ないが、コイツ だけは仕留めて――その時を待たなくてならないんだ。  残り二発、何処に撃ち込む。猟犬はその迷いを逃がす事なく、押さえ付けられた 壁を蹴り上げ、押し出して来た。  よろめき、後ろに倒れそうになるが、猟犬の頭部である三本アームが左肩に食い 込み、引き寄せられる。肉を押し潰して骨が軋んで折れていき、遂には突き刺さっ て食い込んできた。  激痛に叫ぶ声もお構いなしに猟犬は引き摺り回し、何度も壁に叩き付ける。不味 い、気が遠くなってきた。  駄目だ、意識を繋ぎ留めろ。まだ死んじゃいない。――まだ二発残ってる。  左右に振り回されて右腕のグロックを猟犬に向ける事も儘ならない。頭の中が痛 みの感覚で満たされてパニックに陥りそうになる。  駄目だ。歯を食いしばれ、一切許さないぞ。死ぬ事も気絶する事も混乱も。状況 を打開して対処しろ。  死んでたまるか、絶対に生き残れ――蓮夢の元へ行くんだ。  肩に食い込んだアームの隙間に銃口を突き刺して残りの二発を撃ち込む。僅かだ が怯んで猟犬の足が止まった。グロックを捨ててイワンから奪ったナイフに持ち変 える。  アームの間接部にあたる部分にナイフを引っ掛けて、少しでも口をこじ開けたか った。このままだと食い千切られる。  振り払おうとする猟犬に必死にしがみ付いて抵抗し続けた。左右の壁に打ち付け られても、その痛みを忘れてしまう程、必死に抵抗する。  猟犬が首を大きく持ち上げ、全身が浮き上がり投げ飛ばされしまう。粉々に砕け てしまいそうな衝撃を全身に受け、ガラス破片が盛大に飛び散った。壁に投げ付け られないだけマシだったか。  視界はまだグルグルと回っているが、何かの検査室に投げ飛ばされたらしい。ド アがある。とにかく逃げないと。よろめきながらドア開ける。鍵をかけて入った先 にあった戸棚を倒してバリケードを作った。  猟犬が突き破ろうと体当たりを始める。――命を数分繋いだ。  頭を壁に擦り付け、今にも倒れてしまいそうな身体を支えている。激痛で目も開 けられず。口からは延々と涎と血を垂れ流しているザマだ。ナイフとデザートイー グルが残り一発。いよいよ、不味い状況だ。  出入口はここだけ、他に逃げ場はなし。他に使える物はなさそうだ。壁に凭れ呼 吸を整えていると、不意に電力の流れている音が耳に入ってきた。部屋の中央にあ る巨大な検査機から聞こえている。  身体の内部をスキャンする装置だが、円柱部分も広く全身が入る程、大型な代物 だった。  容赦ない体当たりにドアが破れかかっていた。もうすぐ猟犬が入ってくる。  悪運だろうと何だろうと、これが――最後のチャンスだ。  装置の傍まで身体を引き摺り、タッチパネル型の操作盤に目を通す。勘で操作を 進めてると、とうとう猟犬がドアを破って入って来た。  検査機のスイッチを入れる。――集中しろ。  猟犬を正面に、右手に持ったナイフをしまって深呼吸した。腰を少し落とし、右 手は腹の辺りの高さに構える。左腕はほとんど動かせなかった。  猟犬は常に人体の急所を狙いながら飛びかかってくる。集中しろ、一瞬で全て決 まる。既に段取りば頭の中で出来上がっていた。  どんなに満身創痍でも、一瞬だけ力を入れる事は出来る。  もう一勝負だ。――高まってきたぞ。  猟犬の四肢が力んだ瞬間からスローになっていった。気を抜くな、もっと集中す るんだ。  強力な脚力は助走をしなくても、トップスピードでこちらへ向かって来る。三本 アームの下顎が、首筋の頸動脈を狙って目前に迫って来た。ここだ、このタイミン グで――前へ踏み出せ。  素早く姿勢を下げると全身が軋み、痛みが全身を巡るが、下顎の一撃を避ける事 には成功した。  目の前には猟犬のボディ。潜り込み、後ろ脚を掴んで右肩に担ぐ。  飛びかかってきた勢いを殺さずに、そのまま検査機の中に放り込んだ。強力な磁 場を生み出す――MRIへ。  ふらつきを堪えて、MRIを起動させる。低い起動音がみるみ甲高い音へ変わっ ていった。  猟犬が筒から顔を覗かせてきた頃には、既に磁力に引っ張られて、必死に抗って いた。想像以上に強烈だ、身に付けている貴金属ですら引っ張れている。このまま だとこっちも危険だ。  どんどん強くなっていく磁力に猟犬の三本アームの頭部がMRIにめり込んでい った。メキメキと外装部を潰していき、MRIの内部が露出していく。周囲に火花 が散らし。周囲が熱を帯び焦げ臭くなってきた。――爆発する。  少し離れた先のステンレス製の作業台を押し倒し、火だるまになったMRIから 身を隠す。猟犬は筒の中で、形を保てずに崩れかかっていた。  絶え間ない破裂音と制御を失った歪な稼働音が鳴り響いている。一瞬の静寂を感 じた瞬間、作業台ごと壁際へ押し出された。  全身に熱を感じながら、鋭い耳鳴りが脳内を何度も貫く。これが収まり、圧迫さ れた内臓に酸素が入るまで動けそうになかった。仰向けになって、ひび割れ黒焦げ になった天井を見つめる。酸素不足に光が飛び散っていた。  まだ充分とは言えないが、右腕を支えに少しづつ身体を起こしていく。噛み付か れた左肩が痛む、これだけで気を失いそうな痛みだった。  吹き飛んだMRIは一部がまだ燃えていた。ここにいては酸欠になる。早く出た 方がいい。四つん這いから壁に身体を押し付けて立ち上がる。収まらない耳鳴りか ら僅かな物音が聞こえた。  乗り気じゃないが確認はしなくてはならない。――殺し屋の性だ。  炎に近付くと全身の傷に染みる。鬱陶しい。吹き飛んだ円柱部の内側で、ガチガ チと音を立てている猟犬の欠片が蠢いていた。三本アームの一部分のみ、あれだけ の爆発でも完全には倒せないのか。  マイクロ・マグネティック。ネット動画の上っ面な情報なんかを真に受けて、と んだ間抜けだよ俺は。  テクノロジーなんかじゃない。これは恐るべき――兵器だ。  蠢く欠片の中でブルブルとけたたましく震える真っ赤な球体が見え隠れする。ゴ ルフボール程度の大きさ、これが心臓部、核だと言うのか。  イワンと言う“主”を失うと自律して単調なプログラムで任務を果たさんとする 代理システム。イワンが組んでいたプログラムは――道連れ。  残り一発のデザートイーグルを手にした。残念だったなイワン。 「お前が死んで、俺が生きる。それだけの事だ……」  五〇口径が派手に弾け飛び、核はベコリと歪んで動きが止まった。撃ち切ったデ ザートイーグルを捨てる。  踵を返して部屋から出ようとすると、再び核が震え出した。溜息と共にイワンの ナイフを核に向かって投げつける。核は今度こそ真っ二つになって、火花をパチン と一つ弾いて完全沈黙した。 「やっぱり、二発だな……」  左肩を押さえ、壁伝いに部屋を出て、通路に戻る。出口を探さないと。さっきの 場所へ戻るか、他のルートを探すべきか。  迷っていると、廊下の照明が非常灯の赤に染まり、前も後ろも隔壁がゆっくりと 降り始めた。この足取りではどうやっても間に合いそうにない。  隔壁が完全に降りたタイミングで隔壁の側まで辿り着いた。  警告 自爆シーケンスは間もなくフェーズスリーに移行  警告 自爆シーケンスは間もなくフェーズスリーに移行  焼却処理のフェーズに移行した。可燃性ガスで施設内を焼き尽くし、いよいよ自 爆、陥没する。  今、この施設に閉じ込められた人間がどれだけいるのかは知らないが、さぞ絶望 している事だろうな。  腰を下ろし、壁に凭れかかる。ポケットの中のシガーケースを開けると、煙草の 巻紙から葉っぱがほとんど飛び散っていた。その中からマシなのを選んで咥える。  現実逃避なんかじゃない。ガスが吹き出る前に吸っておきたかっただけだ。火を 着けて深く吸い込み、一気に吐き出す。――格別な味だ。  勝利の実感と共に、緊張が解れていく。満足だった。戦い切ったし目的も果たし た。  もう一度、目一杯煙を吸い込んで吐き出すと、少し噎せてしまった。煙草を床に 押し潰して呆然と天井を見つめる。  施設のシステムは刻一刻と自爆の準備を進めているが、今の俺には恐怖なんて一 欠片もなかった。――相棒がタクスを継続してる筈だからだ。  必ずやってくれると信じている。疑いの余地などあるものか。  全システム解放 ロック解除中   全システム解放 ロック解除中  作業員は安全を確保の後 当該エリアの問題に対処せよ  全システム解放 ロック解除中  やかましいな。少し、気を失っていたらしい。数分か数十分か。目の前の隔壁が ゆっくり開いていく。相棒がやり遂げた瞬間を見逃してしまったな。  戦場への持ち込みが御法度である携帯端末を取り出し、派手にひび割れた画面越 しに、蓮夢が勝手にダウンロードさせた連絡アプリを立ち上げる。数キロ先に反応 を示していた。格納庫に戻り、車でも調達するか。  軋む身体を起こして、再び歩き始める。その度に痛みが全身に駆け巡るが、身軽 になった心の方が何倍にも強く、気を急かして歩かせた。  きっと、アイツもボロボロになっている筈だ。俺達はそう言う性分だから。早く 行ってやらないと。  会いたい。――蓮夢に会いたい。

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