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11.― DOUBLE KILLER ―  さて、ここからが正念場だ。  蓮夢と打ち合わせた。四人を説得してチームを組む。持ち合わせた情報を総括し て打開策を用意して、河原崎へ進言する。  どこまで詰められるか、蓮夢を信じるしかなかった。――現時点で具体案はなか った。  とにかく、俺と蓮夢は何を言われても怯まず堂々と振る舞い、この場で結束を固 めて、全員で立ち向かう必要がある。  行き当たりばったりな状況だ、それでも蓮夢のやり方を信じて見守るしかない。 「お前等“組合”がサイキックやサイボーグを手持ちの駒に加える為に、武力弾圧 するだと……」  険しい表情で鵜飼が詰め寄って来る。この時点で、鵜飼の次の行動は容易く読め るが、それに対して対策するつもりもなかった。 「そうだ、六〇〇対六〇〇の戦闘が想定される。その中に俺達も加わり、ユーチェ ンの弟を探し出す……」 「ふざけるな!」  案の定、鵜飼が胸倉を掴みかかって来た。重心をしっかり置いて、振り回されな い様、踏ん張っておく。昼間の段階で、蓮夢にだってこうされるぐらいは想定して いたし、殴られるぐらいは覚悟していた。鵜飼の態度だって受け入れる。 「結局“組合”の一人勝ちか! 俺達や蓮夢を利用して、最後には根こそぎ奪い取 るのか!」  返す言葉もない。ユーチェンの弟を一人助けるぐらいなら“組合”の狙いや意図 が何であれ、どうにかなると高を括っていたのは事実だった。  しかし、交戦が前提の軍事作戦となると、入り込む余地がなかった。  締め上げてくる鵜飼の腕に、ふっと蓮夢の手が添えられた。 「鵜飼、俺は利用されたなんて思わない。テツが手を貸してくれなかったら、ここ まで辿り着けなかった。そしてお前やユーチェンが助けてくれたから、アクアセン タービルから情報を奪えたし、生き残れたんだ。組織ぐるみの動きを個人にぶつけ ないで……」  俺も鵜飼も腹の底では分かり切っている事だったが、自らは言えない言葉。鵜飼 の手が離れていく。  組織に遣える人間一人に何が出来る。俺が決めた方針じゃない。  静かに諭してくれた蓮夢。これ以上ない程の心強い味方に思えた。 「蓮夢、私達が協力し合えたなら、弟を救えるの?」 「千人以上が入り乱れる様な戦場で、私達に何が出来る?」  少し場の雰囲気がクールダウンした様に思えた。ユーチェンも冷静に尋ね、彩子 の方も具体案を求めてきた。――重要な話はここからだった。 「確かに当該エリアには千人以上の人間がいる。でもマーカーで分ければ“組合” の兵士を除外してスキャン出来る。俺の操るドローンなら、ほんの数分で、一度に 二十人から三十人の顔を識別できる。約六〇〇人、それほど時間はかからない」 「それでジャラを見つけられたとしても、貴方達だけで、戦場を動きまわって都合 良く辿り着けるとは思えない。言いたくはないけど、信憑性もなく理想論にしか聞 こえない話ね……」  蓮夢の操るドローンの中で最も高性能で、索敵能力に長けた“エイトアイズ”な ら可能性はある。一機しかないのが心許ないが。  それを見透かしたかの様に、理想論とハッキリ言われてしまった。鷹野、秘書役 ってのは何時も厄介だ。 「手は考えてる。テツを通して“組合”の部隊として作戦に参加する。俺達の目的 は二つ、ジャラの捜索と救出。そして戦闘の早期終了。不要な犠牲が増えない様に すればジャラを含めて全員の生存率も上がる」 「“組合”を勝たせるのか?」 「海楼商事に勝たせて、何かメリットがあるの? “組合”を勝たせれば、サイキ ック達の生命も保証される。あくまで“組合”が欲しいのは優れた人材だろ」  この不条理な状況に置いて、蓮夢の導き出した答えは――“組合”を勝利へ導き つつ、ジャラを見つけ出す。  最小限ではなく最大限の行動と結果を目指すものだった。  闇雲にツーマンセルで行動したり、チームで敵味方関係なく行動するよりも、情 報や戦況を“組合”から共有しながら行動できれば、効率は格段に上がる。 「サイキック達にとっては、海楼商事から“組合”に変わるだけで状況は変わらな い。囚われたまま……」 「他に方法はない。ここで犬死するよりも、生きていれば道が開ける可能性だって ある。楽な道じゃない、でも絶望でもない」  サイキックと言う同胞を憂うユーチェンの言葉が胸を突き刺してくるが、蓮夢は 目を背ける事なく、受け止めていた。  本来なら鵜飼の憤りも、ユーチェンの失望も、俺が全て受け止めて然るべきなの に、何時の間にか、蓮夢が全てを受け止めて、矛先を自らに向けさせていた。  流石としか言えない。蓮夢は棘のない言葉を選び、ぞんざいな態度も見せる事も なく、真っ直ぐ二人に話していた。  それが二人に伝わったのか、伝えるのが上手いのか、鵜飼とユーチェンは腑に落 ちかけている様に感じ取れた。 「具体的に、どうやって戦闘を早く終わらせるの?」  ここは専門の俺が話すべきか。胸倉を掴まれて乱れた襟を正し、ネクタイを締め 直した。 「戦場では今でもAIがHQ、指令本部を管理してる。兵士一人一人から得る情報 から膨大なデータをリアルタイムで回収して、戦況の把握、戦略の構築、再構築を 行うシステムだ。これを蓮夢がハッキングして沈黙させる事が出来れば、敵は統制 がとれず一気に崩れる。それを“組合”に伝達して連帯すれば、更に有利に動く」 「この手の戦闘経験が浅い人間ばかり、貴方だって、どちらかと言えば不向きそう だけど、そんなに上手い具合に事を進められるの?」 「確かに簡単じゃないし、俺が戦闘向きじゃないのは認めるよ……。それでも現場 に行かないとハッキング対象に近づけない。やるしかないさ」  鷹野は見抜いていた。この提案の発案者が蓮夢である事を。徹底的に問い詰める 気らしい。  蓮夢も雰囲気に気付いたのか、鷹野の方に身体を向けて真っ直ぐ見据えていた。 「貴方が最善を尽くそうとしているのは充分理解できる……。それでも、無茶にし か思えない。出来る事ならサイキック達を助けたい……。でも、鵜飼を決死隊の様 なチームに送る訳にはいかない」  命を預かる覚悟と責任を果たせるだけの技量を持ち合わせているか。鷹野は蓮夢 に問いかけていた。  自分独り命を賭けるのとは訳が違うと言う事は、痛い程分かっている。かと言っ て他に方法なんてないが、鷹野の言い分も理解出来なくはない。  この状況で渋る程、鵜飼の事を本気で案じているのだ。  蓮夢だけに、これを背負わせる訳にはいかない。肩に触れて会話を代わろうとし たが、蓮夢は反応しなかった。  ただ静かに、首のチョーカーについたクローバーの飾りを擦っている。無意識の 癖かも知れない。緊張か不安がある時によくやっている仕草だった。 「無茶なのは分かってる。可能性に賭けて、皆にリスク背負わせるのも悪いと思っ てる……。でも、独りじゃ何も出来ない。俺は鉄志と手を組めた事も、いけ好かな い鵜飼に出会えた事も、ユーチェンから仕事をもらえた事も縁だと思っている。そ して今、俺達は同じ所から同じ方向に向いている……」  蓮夢は全員の顔を見渡して話し始めた。  同じ方向を向いていた。前ばかり、後ろばかり見て。横に並ぶ味方になり得る者 に目を向け様としない。  それは立場、意地、偏見。つまらない物の様で、踏み込む事は意外に難しい。 「俺達にはスキルと能力がある。それも簡単には手に入らない程の大きな力だ。で も、望んで得たものじゃない。生まれ育った環境とか、周りの人間を選べないよう に……。成らざるを得なくて成ったんだ。なのに、結局何も出来ないまま大きな流 れには逆らえないなんて、クソな結末迎えるのかよ? これじゃ何の為に……」  蓮夢の実体験に基づく言葉だったが、鵜飼は腕を組み瞳を閉じ、ユーチェンも視 線を下げて、過去を眺めていた。少なからず共感出来るものがあったのだろう。  俺も環境は選べなかったし、蓮夢は家族に恵まれなかった。  忍者も一族で運用していると聞いている。鵜飼にも忍者以外に成ると言う選択肢 はなかっただろうし、ユーチェンやジャラだって望んでサイキックに生まれた訳じ ゃない。  全員が蓮夢の言葉を噛み締めていた。鷹野も入り込む余地がない。 「人助けって、誇れる事だろ? 自分勝手でもいい、こう成った自分には意味があ るって思いたいんだ。良心に誇れる様な思考で、不条理をひっくり返して俺は証明 したい。まだ“希望”は、残っているんだって……」  柄にもなく、心が震えていた。こんな時代の、こんな島国で“希望”なんて言葉 が――言葉以上の眩さを放っていた。  蓮夢の過去を知っているからなのか、上部だけの前向きな言葉ではない本物の言 葉だ。  境遇から逃げず思考し続け、移り変わる心に向き合ってきた蓮夢の本物の言葉。  長い沈黙。不意に噛み締める様な鵜飼の息遣いが部屋に響く。  「ハッカーの腕っぷしに関しては認めている……。コイツには、俺達が逆立ちした って出来ない事が出来るのは確かだ」 「貴方を守りながら、ジャラを探して敵の中枢を破壊する。それでいいのね?」  鵜飼とユーチェンは承諾した。  一度は共闘した関係だ。俺や“組合”に憤っても、具合は悪くない筈だ。そもそ も、どんな状況であっても、諦めると言う選択肢は持ってない。  蓮夢はユーチェンの元へ行き、両肩に手を添えた。 「時には頼るかもしれない。でも、ユーチェンは弟を探す事を最優先にして」  ユーチェンは頼もしく笑みを浮かべた。二人の傍へ彩子が近づく。蓮夢に向ける 視線は鋭く、警戒心が滲み出ていた。 「私と鷹野は何をすればいい?」 「坂内さん……」 「私の考えも鷹野と同じ、無茶に思える。でも今更、諦める訳にもいかない。やる しかないんだ。確かに、人助けも善意も根っこの部分には、自分勝手があるのかも 知れないな……。輝紫桜町の人間なんか信用できないが、CrackerImpは 信用してる。貴方がいたから、私はユーチェンと出会えた。その礼はしたい」  坂内彩子、蓮夢の話ではユーチェンの母親と友人関係だったと言うが、初めて会 った娘の為に警察官のキャリアまで捨て、よくここまで協力して来たものだ。何か 訳ありなのだろうか。  行政の人間に元刑事。本来、俺や蓮夢にとってはバツの悪い相手だ。  今更ながら、とんでもない会合だな。よく纏まったものだ。 「鷹野、やってみよう。どの道コイツ等と手を組むって決めていた。ちょいと難易 度が上がったぐらいだろ?」 「本気で言ってるの?」 「冗談でも言ってないと、やってらんないからな……」  俺達四人がチームで行動する事は絶対条件だった。本当に大胆で機転が利く。蓮 夢は鷹野を納得させる為に、全員を味方に付けて見せた。  やはり、蓮夢は凄い。愚かしくても嘘偽りのない真っ直ぐな心と、相手を惹き付 ける計算高さも兼ね備えている。  “心を見ている”その鋭い感覚は、天性の才であり、望まない形で輝紫桜町でよ り磨き抜かれ、まさにカリスマの領域に達している様にも思えた。 「俺達四人でチームを組む。二人にはサポートに回って欲しい」 「オペレーターをやれと?」 「俺とドローンから情報を流し続ける。量が増えていくと俺も見落とすかもしれな い。流れて来た情報を分析して、チーム全員に共有させて欲しいんだ」  ジャラを見つける事に関しては“組合”は利用出来ない。  蓮夢と“エイトアイズ”が掻き集める膨大なデータをHQから鷹野と彩子に分析 してもらう。  補助端末を含むAI三機と、三人体制の捜索。少しでも早く正確に。 「今回の作戦は厳密には、欧米側の“組合”が主導で行っている。日本の“組合” は傭兵を駆り出された立場。つまり“言いなり”状態だ。権限はない」 「日本の“組合”は当然良く思ってないし、テツの見通しでは“組合”が不利な状 況らしい。最悪、負けるかもしれない」 「数は同等でも、生身の兵士とサイキックでは実力に差があり過ぎる……」  ユーチェンの呟き通り、敵兵士の実力が規格外だった。どんな攻撃を仕掛けてく るのかすら分からない。  唯一の強みは、傭兵達には実戦経験があると言う事ぐらいだった。今だに疑問に 思う。イワンはこんな甘い見通しで、本当に制圧出来ると本気で思っているのだろ うかと。 「日本の“組合”も、本音では犠牲を増やしたくない。その為には俺達が不可欠っ て売り込む必要がある。組織内でも腕利きの殺し屋、甲賀流の忍者、そしてサイキ ック。更に敵のシステムを破壊して、一発逆転を狙えるハッカー。中々、魅力的だ と思わない?」  本音を言えば、これで河原崎が了承してくれるかは正直、分からなかった。  このチームは申し分ないスペックとポテンシャルを持っている事は間違いない。  海楼商事とは少しコンセプトが違ってトリッキーかも知れないが、同じく次世代 ユニットと名乗っても遜色ない筈だ。 「その交渉材料として、今回の作戦に有効な情報も統合する。そちらの情報を提供 してもらう」  あとは今以上の情報を手に入れて、俺達が前線にいる事への重要性を分からせる しかない。  蓮夢の話だと、鵜飼達の情報の中にも必ず使えるネタがあると言っていたが。ど うか良いネタが見つかって欲しい 「鵜飼が集めた情報とユーチェンが集めた情報も含まれている。有効に使って」  鷹野がショルダーバッグからノートPCを取り出す。蓮夢が二人をここへ呼ぶ際 に彩子を経由して頼んでいた物だ。 「開く必要ないよ。これから表示する」 「お前、ハッキングされてるぞ……」  鵜飼は状況を鋭く見抜いていた。蓮夢の事だ、既にやってるだろうなと、薄々思 っていたが。  鷹野がハッとしてPCを開いているが、その表情を見て、あからさまに異常な表 示になってると、経験で分かる。 「悪いね、本当は断りを入れるべきだけど、時間が勿体なくてね」  立体端末のモニターに、鵜飼達が集めた情報が次々に表示され何重にも窓が重な っていった。内容に目を通す間もない。俺達には目で追うのがやっとの速さ。それ を蓮夢は吸収する様に取り込んでいるのだろう。暗紫色の目が微弱に光っていた。  モニターにカメラの映像が表示される。動きの激しい動画だった。刀や鎖が映る 様を見る限り、鵜飼の視点で撮られた映像の様だ。 「お前、任務中はカメラを? 今回の任務では遠慮してもらうぞ」 「そうもいかんな、そっちのルールにも従うんだ、こっちにも合わせてもらう」  となると、輝紫桜町で初めて戦った時の映像もこの中にあるのか。消してしまい たいが、今は余計な事で揉める事は避けておくべきか。  鵜飼にカメラが付いている事は、知らなかった体でいよう。  “組合”と関わるなら、自衛の一環と言ったところか。 「荒神会の事務所を襲ったの、やっぱりお前だったんだ。アレのお陰で海楼商事の 守りが固くなって動き難くなった……」 「こっちも仕事なんでね」  荒神会の事務所に忍び込んだ映像。中々緊張感のある映像だった。  俺は輝紫桜町で、蓮夢は中央区で林組とやり合っていた夜の港区か。あの夜を境 に物事が動き出した様に思える。  海楼商事の手の中で、変化する時代の激流に巻き込まれた夜。  動画は蓮夢の遠隔操作によって早送りと再生と繰り返し要所を抑えていた。荒神 会の事務所から一転して、九本の尾を荒ぶらせて宙を舞う黒狐に応戦する映像が流 れる。鵜飼の奴、ユーチェンとも戦っていたのか。 「もし、始めから私達が組めていたなら、遠回りをせずに済んだのだろうか……」 「戯言だよユーチェン。一つ一つの積み重ねで今が成立してる。始めに顔を突き会 わせたって、殺し合いになるだけだ」  時間と効率を第一に考える蓮夢の考えに沿ってみても、俺達は無駄の連続だった と思うところもあるが、結果的に必然だったと思う。俺も蓮夢もその時に出来る事 しか出来なかった。ユーチェン達もきっとそうだろう。  真っ直ぐで生真面目、悪く言うなら、ユーチェンは猪突猛進な気質の様だ。映像 から見る戦い振りからも、目的を果たしたくて焦りを滲ませている。 「確かに……」  ユーチェンはわざとらしく鵜飼を睨んだ。鵜飼は視点はどことなく天井に向く。 「おお、誰? セクシーな忍者だね」  何時の間にか映像は別の物に切り替わっていた。細くしなやかな女性のラインを 保った忍装束が目にも留まらぬ速さで迫り来る。手練れの鵜飼がこうも押されてい るとは、手にしている獲物はトンファーか。 「伊賀流の望月って女だ。おそらく兵士育成に手を貸していたんだろう」  忍者が海楼商事に手を貸しているのか。在り得る話か、忍者の中には、雇い主を 日本国内に限定しない、傭兵気質の一派がいると言うのは“組合”でも知られてい た。そう言う連中は“組合”にとって望むところだった。  鵜飼、やはり血の気の多い戦い方をする。自尊心の高さがそのまま自信に繋がっ て、躊躇ない戦い方に転じている。――この女忍者には見透かされているが。  ユーチェンは生真面目故に冷静に戦況を読めない。鵜飼も判断の速さは優れてい るが、自惚れが原動力なら危険要素だな。――二人の事が少し見えて来た。 「伊賀流って悪い忍者なの?」 「そう言う訳じゃない、何処の流派でも過激派と保守派で対立してる。それ以上は 話さないぞ……」 「見なよコレ……。港区は海楼商事の独壇場だね。ユーチェン達が潰してた密輸業 者も、間接的に海楼商事の手下だ。別口の情報と照らし合わせると一目瞭然だ」  鵜飼の返しも待たず蓮夢は情報を次々に処理し続けている。蓮夢が調べていた情 報と鵜飼達の情報を重なり合う。――流石、速いな。 「ユーラシアにアフリカ大陸、南アメリカ大陸まで……。海楼商事だけでここまで 出来るのだろうか?」 「悪徳企業だけじゃ無理だろうね。バックに相当な大物がいる。まさに“悪意”っ てヤツさ……」  圧倒される彩子に蓮夢はさらりと答える。俺自身、蓮夢と探る中で感じていた事 だった。海楼商事の規模の大きさは“組合”にとって脅威的だと。 「“組合”の息がかからない組織なら限られている。その内のどれかだろうな」  “組合”にいれば何事も想定内。世界の裏側は全て“組合”の糸が張り巡らされ ている。――俺は糸を這える蜘蛛だと思っていたのに。  その“組合”すらも時代の大きな変革において、一要素に過ぎなかった。不安要 素が潜んでいる。 「興味深いけど、今調べる事じゃないわ」  鷹野がすかさず釘を打って来た。こう言う融通の利かなそうなタイプの人間は苦 手だな。ルオシーに似ている。鵜飼とは信頼関係が築かれている様だが。 「分かってるよ。これは、例の密輸船の情報だね……。積み荷のリストか。助かる よ、事前に兵器の正確な情報があれば、デバイスにハッキングし易くなる」 「高速戦車に局地戦用のオートマタ。爆撃用のドローンまで……。数は少なそうだ が、こっちが圧倒的に戦力不足だ」  密輸船内の映像と平行して、更にデータを開いていく。蓮夢はアクアセンタービ ルの時の様に、ドローンやオートマタを操るつもりだろうか。  蓮夢の表情が少し明るい様子からすると、これは戦闘を優位に動かせる要素にな りそうだ。データは充分に価値を証明してくれたな。  鵜飼やユーチェンの事も少し分かってきて、チームとして動き方のイメージが出 来つつあった。  戦場は常に想定外の連続だが、仲間の能力と気質さえ把握してれば、上手いアド リブもとれる。――見えてきたぞ。 「残念ながら、密輸船で食い止める事が出来なかった……。そのリストの兵器は間 違いなく、あの施設に配備されてると思っていいだろう」 「しっかりしてくれよな、甲賀ちゃん」 「黙れ……」  彩子の話だと、密輸船を派手に爆破はしたが、積み荷は回収されたと言う事か。  蓮夢は鵜飼に皮肉を言っているが、その夜はお前が女装して俺達は酒を飲んで語 らっていた夜だ。とやかく責める気にはなれなかった。 「この薬品類は何?」  モニターに表示された数枚の画像には、複数の薬品、マスクとヘッドギアが写さ れている。 「分からない、かなり厳重に保管されていたけど、その薬品も持っていかれた」 「このマスク、液体を気化させて吸引する為の物だね。こういう感じのドラッグが 一時、輝紫桜町で流行ってたなぁ。四六時中吸ってられるからサステナブルにガン ギマり! てね」  そう言えば戦場にいた頃、それに近い物は存在していたな。鎮痛効果や一部の感 覚のみを麻痺させて、恐怖を鈍らせるマスク状の吸引機。  仲間の中にも多用する者がいた。本当は止めさせたかったが、戦場でまともに動 いてもらう為に黙認していた事を思い出すと、気分が沈んだ。 「お前もやってたのか?」 「俺は天然由来のコカインで充分。たまにシャブとかラブドラッグとか、アシッド キメてドローン飛ばしたり……。そろそろ、止め時だよね……」  蓮夢と目が合う、蓮夢は神妙な面持ちだったが、俺は表情が緩んでしまった。  クスリを止めようとする意思が蓮夢にある事が分かり、嬉しかった。 「そうだな、止め時だ……」 「うわ、何コイツ!」  ホッとするのも束の間、データの回収作業は続いていた。  鵜飼の映像にはメカヘッドとボディアーマーを装着した、戦闘型サイボーグが映 し出されている。  厳つい体格に、真っ黒な翼の様な右腕が殺意と共に激しく振り下ろされる。あん なのが直撃したら、バラバラに飛び散るな。 「そうだ、あの施設に行くなら、望月達、忍者とコイツにも警戒する必要がある」 「かなり高出力なサイボーグだ。骨格も筋肉も相当イジッてるね。適合率も結構高 いかも……」  確かにガタイの割に俊敏でしなやかだ。そして軍歴を持った人間だと、身のこな しで分かる。  メカヘッドで顔は見えないが、相当な場数を踏んだベテランだろう。トップクラ スの兵士である事は間違いないが。――それにしても。 「この腕……」 「刃の翼、金属でもズタズタに引き裂いて、閉じれば強固な盾にもなる。そしてパ イロキネシスを使うサイキック……」 「形状も変幻自在に変えてくる。とんでもない化物だった」  突如、地面から噴き出した火柱を見て、蓮夢や彩子から声が漏れるが、それより も形状が自在に変わると言う、黒い右腕にばかり目が行く。体格や身のこなしの具 合、相手を見下す様な仕草。――俺はこの右腕を知っている。 「蓮夢、全身が見えるタイミングで動画を止めてくれ」 「どうしたの?」  動画の中から三枚程、サイボーグの全身像がピックアップされる。 「映像荒いな、なんとかなるか?」 「AIを使ってイメージ補正をかければ……」  即座に映像解析用のソフトウェアが立ち上がり、目まぐるしい速さでサイボーグ の全身像が補正されていった。  翼の様な腕が変形する途中の映像。蓮夢にコマ送りを指示して、変形する過程に も注視する。――間違いない、これは。 「マイクロ・マグネティック……」  振り返ると、その場の全員が怪訝そうに俺を見ている。不味いな、にやけるどこ ろか、高笑いまで噴き出してしまいそうだ。  パズルのピースが見事にハマった気がする。モヤ付いていた疑問にも説明がつけ られる。  過酷な任務には変わりないが、これで俺達は一歩前進できそうだ。 「これは、良いネタが手に入ったぞ。蓮夢……」

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