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2.― DOUBLE KILLER ―  午前中の蓮夢は艶っぽい。何時も昨晩の行いを引きずっている。  しかし、今日は会って早々、飯が食いたいと言っていたので、俺は何処か安心し ていた。少なくとも今夜の蓮夢は擦り減る事はない。  安っぽい、と言うよりもオンボロな大衆食堂でたらふく食べた後、蓮夢に連れて こられた輝紫桜町の歓楽エリアのある大きな広場で一服している。  移動販売のクレープ屋が設置しているテーブルを陣取って、蓮夢は足を組み、咥 え煙草をしたまま、黙々と補助端末をタイピングしている。  派手なスカジャンをはだけさせ、ホルターネックのトップスから肌を露出して。  時折、チョーカーのメタルプレートを指で摩る。蓮夢のよくやる癖だった。 「遅いな……」 「え? 何が?」 「この前の漫画喫茶みたいに、素早くタイピングできるんだろ?」 「あれは必要だからやってただけ……。何時もあんなのやってたら指と手首がイカ れちまうよ」  蓮夢は話ついでの様に手首をほぐし、指パキパキ鳴らした。あの、あからさまに パソコンで作業している感じの音を俺は何となく気になっていた。蓮夢のタイピン グは滑らかで途切れる事もなく、小気味いい。ハッカーなら誰しもと謙遜して見せ るが、あの集中力の高さには感服する。 「それで? 鉄志さんから会いたいだなんて嬉しいお誘いだけど、この後のデート プランは?」 「気楽なもんだな……。あれから三日経つし、海楼商事に潜り込むの計画も三日後 だ。デートじゃない、ミーティングだ」  クレープ屋で頼んだ味気ない珈琲を一口流し込んだ。三日前、アクアセンタービ ルのサーバーへ、蓮夢と数人のハッカー達で仕掛けたハッキングは、蓮夢が当初に 想定していた以上の成果を上げられたそうだ。その後の、海楼商事の手下共やサイ ボーグとの戦闘もスマートではないにせよ、上手く切り抜ける事が出来た。  総合的に見れば、大した勝利ではない。しかし俺自身、この数年一度も味わった 事のない達成感や充実感に心が満たされていた。  知りもしない誰かを淡々と追い詰め、引き金を引くより、仲間の為や自分の生存 の為の戦い。意思と以て突き進む為に引く引き金だ。今でも、それを思い出せば余 韻が蘇って多幸感に包まれる。何であれ――意味や理由があるから活きれる。 「あんなに派手に暴れた後で、のこのこ海楼商事に近づいても大丈夫かな?」   「俺達の顔を見た連中は全員仕留めてるし、システム面の痕跡も全て消しているな ら問題ない筈だ。多少、見た目も変えて行くし問題ない」  非公式な手段で“組合”のスパイ連中のスキルを借りて、輸入販売業の代表役に なりすまして海楼商事との商談を行う。海楼商事の本社と言うのも、中々厳重なセ キュリティだと聞いている。自由に動けそうもないが、最低限の隙を突いて仕掛け られるものを仕掛けて、この目にありったけの情報を焼き付けようと思っている。 「眼鏡にオールバック、ポニーテールの胡散臭い感じのあれ?」 「放っとけ……」  以前、この為に偽造したIDの顔写真を見た蓮夢の感想はそれだった。更にその 時は日焼けしてボンテージを付けたら最高にエロそうだと評された。理解不能な上 に、何となく不本意である。 「改造した“インセクト”を潜入させるてサーバールームまで向かう。でも通気ダ クトも無防備とは限らない。その時は待機させて、強硬手段時にジャミングを仕掛 ける。どこまで行けるか……」  二人で組んでみたものの、出来る事は小さな作戦ばかりで決め手に欠ける。調べ る程にアクアセンタービルは異常で強固な、要塞の様なビルだった。  根元まで吸い終えた煙草を、蓮夢が投げ捨てようとしていたので、携帯灰皿をテ ーブルに投げる。バツが悪そうに煙草を灰皿に入れた。  俺が言えた事ではないが、蓮夢の無作法と言うか、育ちの悪さと言うか。見た目 とのギャップを感じてしまう。 「お前がアクアセンタービルにばら撒いたウイルスと“インセクト”のジャミング で本当にシステムを弱体化できるのか?」 「あの時、俺がばら撒いたマルウェアは共有サーバーと海楼商事のサーバーエリア 内に六〇〇〇ファイル以上。それも囮や潜伏型と多様なマルウェアを仕掛けている から“ガーディアン”といえども虱潰しにはできない。かと言って、現状では全シ ステムの初期化も不可能さ」  海楼商事のサーバーに入り込めたと言うのが大きいらしい。確かに重要なのは核 となる“総合管理”だが、四つのセクションの半分に何時でも攻撃可能な状態で且 つ、相手は対処不能であれば、こちらはかなり優勢な状況と言える。 「どうして?」  素人目線で考えると、そのばら撒いたウイルスを巨大企業が何時もでも放置する とは思えなかった。 「あのビルの巨大サーバーだぜ、それをやるって言ったら何か月もかかるし、うん 億円って規模の作業になる。海楼商事の秘密と闇を共有できる専門家を集めるのだ って簡単じゃない筈だ。“現状維持”奴等はそれしかできない。俺達のプレッシャ ーや、最近港区で頻発してる密輸業者の潰し合い。かなり手一杯な状況だよ。腰を 据えたタスクなんて、やってる暇がある訳ない」 「なるほど、下手な更新が出来ないまま、既存の条件のみでの活動か。それが巡り 巡って、海楼商事全体の動きを鈍らせるって訳か」 「イルカちゃんのお陰だね。気になったから調べてみたけど、どうやら沖縄住まい らしいね。まだ無名のハッカーだけど、やり口も状況判断も堅実だし我慢強い。ど んな理由でハッカーやってるかによるけど、いずれ名も売れていくだろうね」  声変わりもしていない若いハッカーだった。“BadAssDolphin”。  蓮夢の言う通り、ハッカーなんて違法行為をしている割には真面目で謙虚な雰囲 気で好感が持てる奴だった。  それにしても、沖縄か。――混沌とした南方。 「沖縄か、随分と難儀な所に住んでるな」  日本の崩壊はウイルスパンデミックだけでなく、大災害による首都崩壊もある。  政治機能が一時崩壊し、東方の難民と感染者が拡散するその期間に、地方は手持 ちのカードで選択を迫られた。  辛うじて法や秩序、生産や流通を確保できたエリアはこの東北エリアを含め、文 明を維持できているが。――それが出来なかったエリアもある。  自給自足でどうにかコミュニティを形成しながら、無法者に警戒する様な原始的 なレベルの世界。  そんな事を考えていると、蓮夢は軽く鼻で笑って立ち上がる。パソコンの作業に 疲れたのか、あくびと共に背伸びをする。 「この島国に難儀じゃないエリアなんてないだろ。自分を生かす事に追われて、恥 も誇りも希望もない、哀れな肉便器共。ってね、シオンによく言われていたよ」 「哀れか……。いずれ日本って言葉も消えてなくなり、違う何かになってしまうの だろうか。お前も、そう思うか?」  テーブルに置いてある蓮夢の煙草とライターに手を伸ばす。自分の煙草は切らし ていた。  イワンの言葉が未だに心の何処かに引っ掛かっていた。いずれ日本は形を失うと 言っていた。分かる気がする。  ただでさえ小さな島国なんかで、都市国家まがいのエリアなんて持続出来る訳が ない。遅かれ早かれだ。 「政治に興味はないね。国って概念があってもなくても、俺は輝紫桜町で難民崩れ や犯罪者共とよろしくやって生きてるノーネームさ。それが延々と続くだけ。金持 ちの日本人だろうと外国人だろうと、搾り取って、ヤクに変換して流し込む……」  蓮夢の煙草を一本拝借して火を着ける。黒鉄の鉄格子の様な装飾の中に、光の当 たり具合で様々な色になるチタンプレートが入っている。ケバいデザインのオイル ライターだ。蓮夢らしいと言えばそうなるが。 「蓮夢、“トランスヒューマン”って言葉が何か分かるか?」  イワンの事を思い出したついでになるが、奴の言う“トランスヒューマン”につ いて尋ねてみた。  なんとなく、蓮夢はこう言う事に詳しい様な気がしたからだ。  蓮夢はその言葉を一度噛み締めて、椅子に腰を下ろした。煙草とライターを返し てくれと手を伸ばす。 「超越した人間、そのままの意味さ“超人”。夢物語だったトランスヒューマニズ ムの現実化。機械化によって強化されたサイボーグ。完全自律思考のAIを搭載し たアンドロイド。更に人間以上と言う広義で、特殊な脳波によって物理的影響を及 ぼせるサイキック。あと最近だと“超感覚”なんてカテゴリーもあるよね。意外と 鉄志さんも超感覚のトランスヒューマンかもよ」  煙草に火を着けながら、俺が求めていた以上の情報を蓮夢が提供してくれた。超 人とは、まるでフィクションの世界だな。  しかも、俺までその超人扱いとは、滑稽な話だ。 「俺が? まさか……」 「超感覚は視覚や聴覚等の五感が鋭く研ぎ澄まされて、高感度の第六感や予知能力 に近いレベルまで昇華している人らしいよ。鉄志さんの立ち回りなんて、まさにそ れじゃない? 超感覚はまだ診断基準がないから無自覚も多いって聞くよ」  確かに周りからはしばしば、後ろに目でも付いているのかだとか、勘が鋭過ぎる なんて言われる事はあった。逆に周りがどうして俺と同じ様な感覚で動けないのか と、不思議がって驕っていた時期もある。 「俺のは単に経験で成り立ってるものだ。それにしても随分詳しいな」 「違法サイボーグって言う当事者としてはね、最低限は知っておかないと。でもそ れがどうかしたの?」  アンドロイドにサイボーグ、そしてサイキックか。蓮夢の場合は警戒心から得た 情報の様だ。  イワンの雰囲気も、そう言う人種が中心となった時に自分達が如何に有利な位置 に立てるか。それを今の内から意識すべきだと言っている様に思えた。  まさかとは思うが、奴が俺の腕を買っているのは、俺にその毛があるかなのだろ うか。だとすれば、益々いけ好かない話だ。 「そう言う連中が幅を利かせる時代が来るって、偉そうに言ってるヤツがいただけ だよ。来ると思うか?」 「それがマジョリティであればね」 「マイノリティとは断言できないからな。最近になって戦闘型サイボーグやらサイ キックやらヘヴィな奴等ばかり相手してるのは事実だ……」  戦場の形式も変わってきていると聞く。そして偶然にしては立て続けに、トラン スヒューマンと戦っている。それも狭い日本の裏社会でだ。  だとすれば、既にそんな変化が世界で始まっていても不思議ではないと言うのだ ろうか。 「何時、サイキックと?」  怪訝そうに蓮夢が見つめてきた。話しそびれていた事だ。 「そうだ、その話もしないとな。荒神会の元会長、波江野に接触したよ。その時に 波江野は俺の目の前で消されて俺も危うかった。手も触れずに動きを封じて、全身 を締め付けられた。サイキックとしか説明がつかない」 「そう言う大事は、ちゃんと話してよ」 「それを話そうとした日に、その、何だ……。あのザマだったんだよ」  キツい一日だった。俺にとっても、そして蓮夢にとっても。  最近になって知ったが、闇取引の合法薬品は非合法な薬よりもずっと高額になっ ている。質の良い物なら尚更だ。――蓮夢に無理をさせてしまったかもしれない。  そんな罪悪感の様なものを抱いていても、それを本人に聞く勇気が俺にはなかっ た。本当に情けない。 「ちゃんと病院行った?」 「昨日行ったよ。お前みたいな説教をされて薬もらった」 「その先生の小言、疎ましいって感じたら変えた方が良いかもよ。そう言うのも治 療から遠ざかる原因になるから。優し過ぎるぐらいの先生がいい……。そうだ、輝 紫桜クリニックの心療内科オススメだぜ。この街は訳アリが多いから、先生達もタ フで一流揃いなんだ」  献身的で我が身も顧みない蓮夢に対して、安らぎを抱きそうになるが、それに浸 ってはならない。  蓮夢が人に向けている優しさ。蓮夢を雇っているクライアントや相棒の俺に向け られているそれは本来、自分自身にも向けなくてならないものだからだ。  それを失望や自己嫌悪で向けられずにいる。お互いの為にならない甘い毒だ。 「考えておくよ……。さっきから何の作業してるんだ?」  蓮夢は普通に振舞っているつもりらしいが、今日は会ってから常にパソコンを弄 っていている。何時もの色目や下ネタも話す余裕がない位。 「クライアントさんからの追加オーダー。三日後に港に入って来るコンテナ船に海 楼商事絡みやその他諸々の密輸品が紛れて来るから、特定してほしいんだって」 「調べてどうするんだ?」 「クライアントさんには警察へのコネクションがある。上手くやるんじゃない」  今日、会ってからずっと何処かにハッキングしていたのか。となると、デジタル ブレインの方も結構な処理をしているという訳か。  蓮夢のクライアントが警察と繋がりあると言うのは初めて聞いた情報だった。ク ライアントの事は今まで頑なに話さなかったのに。少しは信頼されているらしい。  それにしても、ハッカーなんて仕事をしていて、警察なんて避けたい存在に近い 者の依頼を受けると言うのは、カオスな話だ。それとも、蓮夢ほどのスキルと能力 ならば、警察は脅威の内に入らないのだろうか。 「海楼商事が関わるなら、人間が積まれてくるのか?」 「今回それはなさそうだよ、人攫いをやってる組織を幾つか監視しているけど、そ の気配がない。港区も犯罪組織が好き勝手し放題な所だからね。世界中の犯罪組織 が都合よく利用してる。クライアントを紹介してくれたのはハッカーのお師匠さん なんだ。日本にいる俺の方が適任だって。そう思うよ、厄介だけど……」  咥え煙草をしながら淡々とコードを確実に入力しつつ、蓮夢は今まで話そうとし なかった自分の周りの事を話した。  日本に戻り、今まで以上に他人に関心を持つ事もなく過ごしてきた。それでもグ イグイ関わって来る蓮夢に引っ張られていく内に、蓮夢の世界にも、興味が沸いて きていた。この特殊な街の事も含めて。 「俺達も調べに行くべきか?」 「三日後は俺達もアクアセンタービルに入り込む。そこまでは手が回らないよ。ク ライアントさんとその相棒を信じるしかない……。俺達は、俺達の出来る事をして 前へ進まないと」 「そうだな。なぁ蓮夢……」  話を聞いていて、今日会いに来た目的を話し辛くなったが、そう言う訳にもいか なかった。  蓮夢はタイピングを止めてこちら見る。 「俺からも追加オーダーを頼みたいんだが」  ポケットからコイン状のメモリを取り出して蓮夢に手渡す。ついでに携帯灰皿に 吸い終えた煙草を捨てさせる。 「これ、立体端末のメモリ?」 「波江野が身に付けていた物だ。一応の収穫だが価値があるか、中身を見てみない と分からない……」  あの日、サイキックを仕留めて、パニックで窒息しそうな状況の中、血の泡を吹 きながらくたばっていた波江野から手に入れた代物だ。ペンダントにして身に付け ていた。どうでもいい物じゃない筈だ。 「プロテクトを突破できないとか?」 「当然パスワードは分からない。“組合”の専門家は一ヶ月は必要だなんて言うし 当てにならない」 「協力したいけど、立体端末なんて高価なデバイス持ってないよ。OSもいじった 事ないし」  その高価なデバイスを胸ポケットから取り出し、ソフトケースから出した。俺に は黒光りする六角形の皿にしか見えないが。 「えっ、マジで! 最新式じゃん! こんなに小型になってるんだ。実物見るの初 めてだよ!」  予想以上の食い付きだった。蓮夢を身を乗り出して立体端末を見つめるよりも先 に取り上げた。  どす黒い暗紫色の左目ですら、欲しかった玩具を目の前にした、子供の目の輝き を放っているかの様だった。  蓮夢は黒皿の側面にあるボタンを長押しすると、六角の端からレーザーが飛び出 して中心で留まると、一瞬で長方形のモニターがふわりと浮かび上がった。 「いいなぁ、ホログラフなのに解像度ヤバいな……。中古でもまだ、一〇〇万は超 える代物だってのに。金持ちの組織はいいなぁ」  蓮夢は興奮気味に話しながらも、初めて触れるとは思えない程、慣れた手付きで 浮かび上がる画面に両手をかざして、デバイスを操作し始めた。  二十インチ程度のモニターの端にある蓮夢に両手が大きく広がると、モニターが 更に大きくなった。体感的な操作ができるデバイスらしい。老いぼれが使うには直 感的で丁度良いデバイスかもな。  それにしても、こんな物が百万単位とは。戦場にいた頃、ブリーフィングで当た り前の様に見てきた立体映像と大して変わらない様に思えるが。  小型してる事が凄いのか、高繊細なのが凄いのか、その価値が分からなかった。 「やるだけやってみてくれ、そのデバイスも欲しかったらやるよ」  蓮夢が手の動きを止めてこっちを凝視する。 「いやいや、欲しいけど……。流石に鉄志さんヤバいでしょ」 「俺は何時も数百万以上の仕事してるから文句は言わせないさ。それの価値を理解 して、使いこなせる者の手にあるべきだ」  多少、不安はあるが、蓮夢のいう程度の金額なら最悪肩代わりしていい。とにか く今は腕にいいハッカーに託して、手早く答えを得る事の方が先決だ。 「うわ……。鼻持ちならないカッコ良さ。職権乱用だし」 「頼まれてくれるか?」 「やってみるよ。波江野の詳しい資料も送ってくれる? 生い立ちとか身辺調査と かしてあるんだろ?」  デバイスを介してメモリー内のコードを破壊してデータを抜き取る。だけの作業 に波江野のデータが何に役立つのだろうか。  やはり、ハッキングの世界はよく分からない。 「今日中に送るよ。でもそんなもの必要か?」 「この手のタスクには、一番必要なものだよ」  蓮夢から頂戴した煙草はあまり吸う事なく灰になっていた。癖の強い香りは好み ではなかった。二人分の吸い殻に灰皿はパンパンになっている。  蓮夢はクライアントのオーダーをそっちのけで、立体端末の操作に夢中になって いた。――何て言うか。 「お前って、結構オタクだな」 「うるさいよ……」  膨れっ面をみせて反論する。野暮ったい隔たりが消えた訳ではないが、そんな蓮 夢の反応が不覚にも可愛いと感じてしまう。厄介な事だ。  自分を慕ってくる年下の後輩や部下に対して、希に抱く感情と同じ。そう思う様 にした。俺にしては珍しい事に、こんな短期間で他人に信頼や親しみを抱くと言う のは今までなかった事だった。  蓮夢には何処か危険な雰囲気、不思議な魅力があって、それを興味本位に覗こう とすれば、逆に覗き返され入り込まれてしまう様な、そんな感覚にしばしば襲われ るのだ。それでも悪い気はしない、しなくなってきた。 「蓮夢、実銃を撃ちまくれる場所を知ってる。明日か明後日に二人で合わせてみな いか? ツーマンセルを」 「おやおや、飯デートのお次は野外デート? グイグイ来るねぇ、鉄志さん」 「デートじゃない、演習だ。嬉しそうな顔するな」  立体端末をシャットダウンして、喜悦に声を弾ませる。緊張感のない奴だ。  と言っても、この提案は急な思い付きだった。“潜入作戦”までの三日間を有効 に使いたいのもあるが、蓮夢とは上手くやれそうな気もする。拳銃の使い方はまだ まだ素人の域を出てないが、標的をしっかり捉えて射撃していた。意外と銃を使い 慣れている印象である。頭も良いし飲み込みの早さにも期待できる。  完全な素人なら、こんな提案はしない。 「別にいいよ。明日なら空いてる」 「俺の任務はお前を無事にアクアセンタービルに接続させる事だ。しっかり守って やるつもりだ。とは言え、不測の事態は前提としておかないと。互いにカバーし合 えて、上手く立ち回れば成功率も格段に上がる」  飲みかけのエナジードリンクを全て飲み干して。蓮夢はテーブルに頬杖をつく。  特に何を言う訳でもなく、笑みを浮かべたままこちらを見ている。少々、目のや り場に困るが、背けずに蓮夢を見据えた。 「そうだね。でも今更、根性論とか精神論みたいなクソな屁理屈は勘弁してよ、兵 隊さん。筋力も体力もどうにもならない。俺が欲しいのは、効率と理論だけ……」 「上等だよ、俺も根性論は嫌いだ」  悪くない答えだ。蓮夢は一朝一夕で出来ない事への対処法を求めてきた。この要 求に応えるには、それなりのプランを練る必要がある。  それでも、この国に戻って来てから、すっかり錆び付いていた脳や心臓が活性化 していく様な感覚と高鳴りが――俺には心地良かった。

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