10.― KOGA LIU ― ユーチェンの奴、一人で大丈夫だろうか。確実にジャラを救出するなら、風火党 の連中や敵の入り乱れる場は避けるべきだったが、操られているジャラの雰囲気を 見る限りでは、自力で断ち切れるなんて考えは甘そうだ。 俺に出来る事は、この質の悪い同胞共からユーチェンとジャラを遠ざける事ぐら いだった。 腕を組み、望月と忍者共を見据える。背中からはサイキック兵達の気配。やれや れ、骨が折れる。 「この好機を待っていた。ジャラは返してもらうぞ、望月偲佳……」 俺が潜んでいると分かっていながら、望月は優勢を確信して迂闊にも手札を全て 出し切った。――これが好機だ。 ヘリを三機潰された僅かな焦りと、ジャラとユーチェンに執着し過ぎて、俺への 警戒が緩んだ瞬間は逃さない。 「甲賀流の飼い犬め……」 「伊賀流の狂犬が」 腸が煮えくり返ってるな。忍者は表情を隠さんと覆い隠しているが、結局のとこ ろ、眼が多くを語る。 望月の実力を考えれば、火に油を注ぐ行為は避けるべきだが――実に愉快だ。 「まさか貴様がドローンを使うとはな……」 「それだけじゃないぞ……」 さて、コレを使うのは初めてだが、どれ程の効果があるか。 腰に忍ばせていた見た目には小型スピーカーの様なデバイスを起動させる。途端 に鼓膜に刺す様な痛みを一瞬感じるが、それ以上にサイキック達は頭を抑えて悶え 始めた。 サイキック達が力を発動する際に発生する感脳波に干渉する特殊な超音波。これ が脳波を乱しサイキックを無効化出来るそうだ。 鷹野が対ユーチェン用に用意してくれた胡散臭い代物。あの時、地下水路跡でユ ーチェンが手を組む事を拒んだ時に使う筈だった物だ。 両手に苦無を持ち、後方へ跳躍してサイキック達の懐に潜り込んだ。異変に気付 いた忍者達も斬りかかって来る。 身体の何処だっていい、サイキック達を軽く一刺ししながら忍者二人をかわして いく。 残ったサイキックに苦無を投げつけ、斬りかかる忍者を一人掴んで、もう一人の 盾にして体勢を整えてから、忍者刀を鞘から引き抜く。 身体の一部の如く、滑らかな小太刀の太刀筋からは年季を感じるが、俺が持つ得 物は高硬度の忍者刀だ。力押しでは負けない。 刃と刃が触れる瞬間に刀を引き、小太刀の鋼がスッと切れて、相手の半身ごと切 り裂く。 刀を左手に持ち変え、右手から“大蛇”を放ってもう一人の首筋に突き刺す。伸 びきった鎖を引き寄せて止めの一太刀を浴びせた。 サイキック潰しのデバイスがバッテリー切れを起こす。数分しか使えないと鷹野 が言っていたな。一体、どんなルートからこんな物を入手するのか。 苦無に塗り込んだ甲賀の毒で、サイキック達はしばらく激痛で動けない。死ぬよ りはマシと思って堪えてくれ。 「お前もこのデバイス持ってるんだろ? 味方にサイキックがいると迂闊に使えな いからな。残りは“俺達”のみだ。どうする? 風火党の外道共よ」 ドローンや対サイキック用デバイスなんか、俺達が持ってないなんて思い込みが 隙になった。切り札はとっておくものだ。 残りは三人の忍者と望月のみ。ここからが本当の勝負だ。出来るだけ望月と直接 対決に持ち込まないと。 刀や苦無を手に間合いを取りながら牽制する忍者達。眼は多くを語る。三人の忍 者達は確信していた。――俺には敵わないと。 高まる緊張を切る様に望月が数歩近付いて右手を軽く上げた。 「脱出ルートを見つけて、他の連中を逃がせ……。ここは預かる……」 ヘリは使えない。望月はリーダーとしての務めを優先するようだ。三人の忍者が サイキック達を抱え一斉に散開する。 両手のトンファーをクルクルと回しながら、間合いのギリギリ手前まで来て、ウ ンザリとした溜息をつく。 「甲賀三羽烏か……。兄弟揃って下らん奴等だ」 俺達三兄弟は、少しばかり名の知れた存在だった。 とっくの昔に三羽ではなくなっているのに、名ばかりが何時まで経っても消えな い。まったく鬱陶しい。 「お前に何が分かる」 「鵜飼剣勇(ウカイケンユウ)。神童と謳われた剣技、まさに神業だった……。甲賀 を抜け出し、我等の誘いも拒み“抜け忍”共と雲の様に漂う腑抜けよ……」 久し振りに、あのバカ兄貴の名を聞いた。狭いコミュニティで軟派な真似をして 恥を曝したクソ野郎だ。 それでも、剣の腕は確かだった。向かうところ敵なしの剣豪。俺も知隼も、剣で は手も足も出なかった。だから得物を変えて負かしてやろうとムキになっていた頃 もある。 “抜け忍”か。年々増えてると聞いていたが、そんな連中と兄貴はつるんでいる のか。 「甲賀に残ってるのは、剣に劣る二番煎じと三番だけ。哀れなものだ」 「甲賀流が哀れかどうか、その身で確かめてみるといい……」 人のコンプレックスを抉ってくる。しかし、俺の我流“大蛇”は決して安い業じ ゃないぞ。――今度こそ思い知らせる。 「ジャラはアレが姉とも分からず、倒して此処へ戻って来るぞ」 ジャラの身のこなしは伊賀流のそれとほとんど同じだった。望月が特別、目をか けていたのは本当の事だろう。 風火党がサイキック達の戦闘訓練に加担していたのは間違いないが、その中でも 特に忍者に適した者を選んで仕込んでいたらしい。 “組合”の裏切り者、イワンとはまた別ルートで人材の回収をしていた訳だ。よ りにもよって、ユーチェンの目的が望月に、忍者と深く関わってしまっていたのが 不運であり――申し訳なく思う。 ジャラは間違いなく強敵だ。早く洗脳状態から抜け出せるといいが。 「その前に俺の仲間が対処する。大局を見据えるならば、お前等の勝ちかも知れな いな……しかし、この勝負は俺達が勝つ」 望月の殺気が更に強まり大きなうねりとなって渦巻いている様に思えた。忍者刀 を逆手に“大蛇”の刃も構える。 今はただ、この歪な仲間共を信じて、俺は望月を倒す事に集中する。二度とジャ ラに近付けないようにしてやる。 例え、刺し違えてでも必ずジャラは救う。それが――俺達の勝利だ。 「砕けろ! 鵜飼!」 “やってみろ望月”と発するより先に望月が懐に潜り込んで来た。相変わらずの 俊足だ。逆手に持った忍者刀でトンファーを受け流す。小太刀の時より頑丈で安心 感があった。 リーチと範囲が広くても、トンファーの挙動は拳打の域は超えられない。回転に 惑わされずに予測を立てれば回避できる。問題は手数が多い故、隙が少ない事だ。 両手のトンファーと忍者刀と“大蛇”の刃がぶつかり合う。互いに決定打のチャ ンスを狙い合う。両腕同士の打ち合いに、足技が混ざり始める。顎を引いて前蹴り を避けつつ、回し蹴りを繰り出せば、望月は一回りして足払いを繰り出す。 後方へ飛び上がり距離を取った瞬間に“大蛇”を放つ。ここから俺の間合いだ。 首を軽く傾けて刃を避ける。こちらの動きを見る余裕はなかった筈なのに、勘で あっさりと避けて来る。鎖を上下に操り、刃の軌道を変えて行くが悉く避けられて しまう。しかし、それも想定内だ。望月が近寄れない状態を維持しなければ、決定 打を重ねる事は出来ない。 刀をしまい、鎖を八の字に回転させてながら、徐々に鎖を伸ばして攻撃範囲を広 げていった。八の字だけでは見切られるので、振り回し、直投を織り交ぜて攻めて いくが、流石は超感覚だ。一分の隙も無駄も見せずに避けられる。おそらく望月は 気付いている筈だ――俺が誘導している事を。 かと言って勢いに乗った“大蛇”の動きを止めるのは簡単じゃない。望月は待っ ている。俺が拮抗を破る時を。その一瞬に超感覚が極める。そして俺もその時を狙 っている。鉄志は簡単に言ってくれたが、容易い事じゃないぞ。 更に回転を早めて望月を後退させる。――ユーチェンが潰したヘリの傍へ。 望月が一瞬、後ろを意識するその時を逃がすな。拮抗が破れる瞬間はそこだ。 刃が空を切る音が一層鋭くなっていく。しかし望月の集中力も一流だった。プレ ッシャーに苛立つ事もなく、全てを見切っていた。望月とヘリの距離はもう三メー ルを切っている。 あと少しだ。その瞬間、望月の視線が後ろを向いた。――そこだ。 望月の顔面目掛けて刃を飛ばす。普通なら絶対直撃する必殺の一撃だ。刃はガキ ッと金属を貫く音を立てる。数センチ差で避けられた。衝撃に震える鎖を伝う様に 見開いた望月の眼光が語ってくる――“そんなものか?”と。 鎖を引いて刃を戻そうすると、望月が鎖と刃の付け根を掴み鎖がビンと張る。更 に鎖を引っ張り、その反動で望月に突っ込む。望月は刃を掴んだままで片手を塞い でいる。――ここからは全てが決定打となる。 忍者刀を引き抜き横薙ぎ、振り下ろしと連続で斬り付けていく。かわし切れずト ンファーで受け止める回数が増えて行った。――あともう一押しか。 望月は避ける事を止めてトンファーで受け止める事へ集中していた。これだけの 猛攻を追い詰められながらも、全て捌き切ってしまった。超感覚、侮り難し。 少しづつ望月の攻撃が混ざり始めて来る。このままだと形勢逆転でこっちが押し 負けてしまう。 振り下ろされたトンファーを振り払うと、望月のローキックに足をすくわれてし まい、大きくよろめいてしまった。望月にとっては絶好の隙。 姿勢を直す間も与えられず、胴体に二発、頭部に一撃もらう。そのまま流れる様 に一回転の遠心力を加えた大技が振り下ろされる。 辛うじて意識を繋ぎ留め、刀で防御するが、二つのトンファーが刀越しに左肩に 直撃して、膝を着くまで押し込まれる。肩が外れたか。 望月を見上げると、その目は悦に浸っているかの様だ。――気付いてないな。 この耐え難い一撃は、押し負けて受けた物じゃない。望月も俺の目を見て、状況 を理解した様だ。 鋼鉄製の二本のトンファーは、忍者刀の刃に食い込んでいた。並の刀なら砕けて いただろうが。コイツはそんなヤワじゃない。真っ直ぐ刃を前へ押し、そのまま一 直線に刃を引いた。 鋼鉄製のトンファーは二本とも切り裂かれ、カラカラと散らばった。忍者刀は見 事、役目を果たしてくれた。ここまでオートマタやサイボーグ、そして望月の得物 を仕留めてくれた。――もう一息だ。 手首を返して更に追撃する。望月は反射的にトンファーで守ろうとしたが、持ち 手だけになったトンファーでは防ぎ切れず、左腕で刀を受ける。少し浅い。 バック転で一気に距離を離された。今の内に外れた肩をヘリの扉に引っかけて整 複する。ゴグっと体内に響いた音と共に痛みも駆け巡る。やり場の無い怒声を空へ 放つ。 望月は切り落とされたトンファーを足元へ捨て、こちらを見据えてる。その目は 冷静で、相変わらず余裕を持っていた。 「斬鉄の業か……」 左手に滴る血を腰の辺りで拭き取り、具合を確かめている。得意な得物を一つ失 ったぐらいでは、大して動じる程でもないか。 「どうした? 甲賀の二番煎じ相手にそのザマか?」 挑発など気にもせず。望月は含み笑いから高笑いを始める。――これだから伊賀 流は。 望月が何を言うのか容易に想像できた。厄介だな。 「楽しませてくれる……。やはりこうでないと。伊賀流として、冥利に尽きる」 腰に忍ばせた短刀を逆手に抜いて構えに入った。こっちも身構える。忍者刀はさ っきの一撃を受けた事で刃が欠けていた。長くはもたないな。 血の気の多い武闘派の伊賀流。望月の高揚している様な目は本物だった。 命のやり取りを楽しむその神経に戦慄を覚える。つくづく、伊賀流ってのは質が 悪い。 「修羅め……」 素早く左右にステップを踏みながら、望月が迫ってきた。飛びかかってくる猫の 様に柔軟で、しなやかな身のこなしで連撃を繰り出してくる。トンファーを使って いた時の速く豪快な動きとは違う、踊る様な滑らかな動きを見せていた。 しかし、トンファーと違い、隙がそれなりにあって反撃の余地があった。攻防が 続いていく。望月の事だ――何か狙っている。 互いに刀と体術で活路を見極めようとするが、出方を見切られた同士、簡単には 崩せなかった。 短刀を両手で握り一直線に刺しに来る。刀で短刀を受け流し、横薙ぎの一太刀を 左手に持ち変えた短刀で望月は受け止めた。 つばぜり合いとなった瞬間、受け止めた忍者刀目掛けて望月が掌底を放つ。忍者 刀は欠けた部分から打ち砕かれてしまった。 構うものか、想定内だ。右手から“大蛇”の刃を出して応戦する。何故だか妙な 胸騒ぎを感じた。 マスク越しの望月から不穏な気配を察知した瞬間、両手首を重ね合わせ、火花を 散らした。――しまった。 一瞬にして周囲が炎に包み込まれてしまった。伊賀者の常套手段、火遁術。 舞う様に立ち回っていたのは、可燃性ガスを撒き散らす為か。不覚、他の事に気 を取られ警戒しきれなかった。 煙幕を張って炎を抑え込むが、既にかなり箇所が炎に侵食されていた。焦っては 駄目だ、まだ大丈夫だ。 身体が焼けていく痛みにパニックに陥りそうになるが、必死に堪えながらアーマ ーを外し、忍装束とフードを脱ぎ剥がしていく。 右肩と腹部に苦無が突き刺ささった。煙幕越しに望月が出鱈目に放っているのだ ろう。 なんとか燃えてる箇所を消す事に成功した。装備品も防具も全て失った。 引き抜いた苦無は腰に忍ばせておく。突然の出来事と出血。全身の酸素が尽きて その場へ両膝を着いてしまう。 火の気がなくなり、煙幕も風に流されていく。今はとにかく呼吸だけでも整えな ければ。 撹乱や目眩ましの業、遁術を攻撃に使うとは――やってくれる、望月偲佳。 首と胴を守るだけのハイネックの鎖帷子。肩から腕は無防備、腹部の傷は浅く済 んだが、心許ない格好だ。 火傷の具合は把握し切れない。しかし、今は動けないレベルではなさそうだ。 「まだ楽しませてくれるんだろ? 鵜飼猿也、お前の得物は残っている……」 右腕から垂れた鎖。腕に巻いた金具と、腰に付けたウィンチ。タネがバレてしま ったな。腕の金具とウィンチから鎖を外す。 まだやれる。ここまで来て望月には浅い一太刀のみ。俺は“大蛇”のみ。なんて 事だ、脳裏には氷野さんと鷹野。組んだばかりのユーチェンと鉄志、いけ好かない 蓮夢が過った。 これは観念した訳じゃなく、絶望なんかじゃない。――意地だ。 アイツ等との約束を果たさなくてはならない。意地がこの脚を再び立ち上がらせ た。甲賀流、鵜飼猿也がこんな処で果てる訳にいかないんだ。 “刃”を逆手に握り、鎖を肩にかけて、左腕に三回程巻き付ける。上等だよ伊賀 者、望月偲佳。 姿勢を落とし、今にも襲い掛かってきそうな望月を見据えて俺も構える。まだや れる。俺を掻き立てる意地と、そして。 「忍者なら“潔さ”より“足掻き”だ。そうだろ? 鵜飼猿也」 「そうだな、望月偲佳よ。でもな、俺はまだ希望を持ってる……」
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