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3.― KOGA LIU ―  ぼやけた視界、激しい耳鳴り。滅茶苦茶やってくれる。  向かいに座っている蓮夢とユーチェンに焦点をなんとか合わせると、蓮夢が覆い 被さりユーチェンを守っていた様だ。しかし、二人に動きはない。――俺も動かね ば。 「鵜飼! 無事か!」  鉄志は既にベルトを外して動ける状態だった。思い起こすと、ヘリが攻撃を受け てから不時着までの記憶は途切れ途切れになっている。 「俺より二人を……」  鉄志を向かいの席へ行かせ、頭を数回振って無理やり意識を呼び覚ました。苦無 でベルトを切り落として立ち上がる。煙と熱に目眩を覚えた。  鉄志は蓮夢を起こし上げて、ユーチェンのベルトを外した。蓮夢の奴、墜落して る時にベルトを外してユーチェンを庇ったのか。  一歩間違えれば、どこかに叩き付けられて命だって危ういと言うのに。  立ち上がったユーチェンがフラフラとよろめきながら近付いてくる。 「ユーチェン、大丈夫か?」 「なんとかね……」 「早速で悪いが開けられるか?」  ベッコリとひしゃげたスライドドアに手をかざすと、ギシギシと音を立ててドア が引きちぎられて、光が入り込む。  苦無を手に、警戒しながら外へ出る。ここは敵に囲まれていると思って、間違い ない場所だ。ユーチェンに手を貸してやり外へ出す。続く鉄志と蓮夢も足取りはし っかりしていた。  不時着からの任務開始とはな。四人とも目立った怪我がなかったのが幸いだ。 「調子は?」 「やっぱり、バイクで来ればよかった。二度と乗らない……」 「お前のバイク、山向きじゃないだろ」  長物を構え警戒する鉄志の問いに、蓮夢はフラ付きながらボヤいている。やはり ハッカーは現場向きじゃない。と思ったが、暗紫色の左目がこの明るさでも分かる ぐらい鈍く光っていた。――頭はしっかりフル回転してるらしい。 「パイロットを助けないと。ユーチェン、こっちも頼めるか?」 「ある程度予想してたけど、便利使いね……」  こっちもボヤきながら面を被り、コックピットの方へ向かった。  どこの国の、どの街を参考にしたのか、石畳の広場は三階建ての建物に四方を囲 まれ、異国情緒を感じた。  乾いた銃声が遠くから響いてくる。この張りぼての街といい、余りにも非現実的 な感覚に陥る。  金属を引きちぎる荒っぽい音と共に、パイロット二人を引き摺り出す。数分遅け れば、焼かれていただろう。  ユーチェンと蓮夢がパイロットを介抱してるが、出来るだけ早く離れるべきだっ た。――既に周囲から気配を感じる。 「おい、鉄志」 「分かってる……。秋澄、こっちは無事だ。状況を報告しろ」 『こっちはスキャンされた顔の解析作業に入って、ドローン二機も離陸させた』 「テツ、遠隔操作で今、呼び寄せてるよ」  “レインメーカー”と言う機銃付きのドローンが二機。彼方此方、ネットワーク にアクセスして、ドローンを操作して。普通に身体を動かして、会話もする。  改めて恐ろしい存在だ。機械の脳みそと言うのは。 「戦況は?」 『ポイントΩからの通信が途絶えてから間もなく、敵の攻撃が激化したようだ。Σ からβへ進軍中。ポイントβでも待ち伏せを食らった。第二波が停滞してる。気を 付けろ、そこら中にいるぞ』  険しい表情滲ませている。密輸船のサイボーグ野郎が、鉄志にとって因縁のある 男だったとはな。しかも“組合”を裏切って、サイキック達を兵士に仕立て上げて いたのだから。無粋な話だ。  確かに出来過ぎている。容易に奇襲出来た事も、呆気ない全滅も、ポイントβの 戦闘が激化するタイミングも。 「第三波はどうする?」 『準備中だ。残存兵と合流してポイントβ内で再編成する。急がないと第二波も危 うい』  ここで第二波も全滅すれば“組合”戦力は一気に半分はなくなる。作戦が始まっ て、間もなく二時間。圧倒的に“組合”が不利な状況だ。 「もう、そこまで追い詰められてるのか……」 「進軍が遅れてる分、犠牲が少ないのが救いだ。蓮夢、このエリア内で何か新しい 情報は?」  呆れた調子で呟けば、鉄志がすかさず反論してくる。見ず知らずの同胞の為か。  ここまで潜り込めたんだ。俺達の任務を優先しても、いい様な気もするが。属す 組織が違うと、どうしても温度差が生じる。 「街のほぼ中央で大規模戦闘。大型オートマタやドローンの空襲も始まってる。か なりヤバそう……」  左右に視線を泳がせ、うつ向いた鉄志は深く考え込ん込む。  裏切りの可能性があるにしても、明らかに初動を見誤っている。今となっては待 機中の部隊を即座に全投入したとしても、勝てるかどうか。  何か考えがまとまったのか、鉄志が顔を上げる。  単独行動ばかりの俺には兵法の心得はない。鉄志の案を聞くしかなかった。 「秋澄、捜索を継続しててくれ。第三波はどれくらいで動き出す?」 『三十分から四十分ってとこだろう』 「了解。俺達は中央の部隊と合流して、敵を押し出す」  回線を切って、俺達三人を見据える。味方の支援。それが鉄志の選択だった。  事前に想定されていた事だったが、こんな戦場でたった四人で何が出来ると言う のだ。 「よし、みんな無事だな。パイロット達のお陰だ。街の中央で戦ってる部隊を踏み 留ませるぞ。その後、合流した部隊と再編成させてポイントΩとΣから来る増援を 迎え撃つ」 「“組合”をこれ以上進軍させず、敵を誘き出す。そうなればスキャンする効率が 上がるし、戦闘も停滞化すれば消耗戦よりはマシって事?」 「そうだ。俺達はその隙に、ΣとΩへ移動する。システムへのハッキングもジャラ の救出も自由に対応できる」  双方の犠牲を最小限にする為に、この仮想街地を制圧して籠城させる。敵の目が 此処に釘付けになっている隙に、こちらの任務を遂行する。要約するなら、そう言 う事だが。 「鉄志、そんな時間は……」 「アヤ達が捜索してる、大丈夫。この区間のスキャンも約八〇パーセントは終わっ てるから。それに、俺の見立てだと今、此処にジャラはいない……」  ユーチェンの懸念を予測してたかの様に、蓮夢がフォローする。  捜索を優先するなら、戦闘は極力避けるべきなのに、鉄志は敢えて戦い、且つ勝 利しようとしている。  確かに端末で“エイトアイズ”のステータスを確認してみても、スキャン済みの 数百人に対し、ジャラの顔との合致率は低い。  ならば、ジャラは今どこにいる。 「何故、そう思う?」  蓮夢の傍へ行き、少し圧をかけた。いや、釘を指すと言うべきか。  コイツは根本的に鉄志の味方でいる。俺やユーチェンを、都合のいい駒にされる 訳にはいかないからな。 「勿論、スキャンは続ける。でも“エイトアイズ”からの映像を見る限りでは、こ のエリアはサイボーグが多い。ジャラの年齢や推定される容姿に近いヤツが少ない んだ。ここで戦って、敵を誘き出さないと捜索も行き詰まるのが目に見える。危険 だけど、敵を揺さぶって煽るしかない……」  温存された敵を表へ出さねば、更なる情報を得られないと言う事か。  ハッカーなんてものは黙々とパソコンでも弄って、コツコツ情報を集めるものと 思っていたが、蓮夢のやり方はハイリスク、ハイリターンを狙う博打だ。  それ故に成功したなら、と言う魅力は悩ましいものもある。 「相手は部隊だろ、俺達四人が加勢して状況が良くなるとでも?」  今度は鉄志を見据え、釘指しをする。  大規模な戦闘において、四人でどれだけ貢献が出来ると言うのか。鉄志はそこへ 行き“組合”の傭兵達を勝たせる気らしいが。 「それぐらい出来て当然だろ、何の為に俺達はチームになった? その辺の連中と 同じ仕事しか出来ないなら、組んでる意味がないだろ」  鉄志の鋭い眼光が、容赦なく俺の躊躇を貫いてきた。  鉄志は本気だ。どんな手段や方法を隠し持っているのかは知らないが、ハナから 覚悟が違う。返す言葉もなかった。 「今がチャンスなんだ。敵もまだ本腰を入れてない、ここで味方を勢い付かせた頃 に第三波と合流させれば、敵も再編成せざるを得ない。踏ん張れよ、甲賀流!」  無遠慮に肩をバシッと叩かれた。裏表もない自信に満ちている。本気なのか、俺 達四人で、何もかもひっくり返そうと。  にしても決断の速さには脱帽する。これが――戦場を知る者か。 「ユーチェン、まず味方の状態を立て直してから、ポイントΣへ向かおう。その頃 にはΣとΩのスキャンもかなり進行してる筈だ」 「分かった……」  不安を拭いきれた訳ではないだろうが、ユーチェンは小さく頷いた。  蓮夢の雰囲気からも余裕とまでは行かないが、勝算は持っていると言った雰囲気 だった。奴も――鉄志に牽引されているのか。  ヘリが不時着して、燃える機内を脱し、敵地の中へ降り立ってからも淡々とこな し、状況を把握して決断した。今の鉄志には迷いは微塵もない。 「動けるな? 南南西方角へ向かえばポイントαだ。救難信号は送ってある。ご苦 労だった」  一方のパイロットが肩を貸し、よろめきながらも、建物の物陰に逸れて戦線を離 脱した。  さて、本当に四人だけだ。鉄志や蓮夢が向こう見ずの無茶なのか、未だにエンジ ンが掛らない自分を律するべきか。  鉄志はいざ知れず、男娼だった蓮夢ですら、この戦場の空気に適応している。未 熟だと言うのか、この俺があの二人よりも。若輩であるが故か、鼻持ちならない感 情が込み上げてくる中、突如――覆い被さる殺気に、全身の毛が逆立った。 「鵜飼!」  叫ぶ鉄志よりも速く殺気の塊を回避する。凄まじい風圧、オートマタかサイボー グか。身を捩りバック転で距離を取る。空振りの剛腕がヘリの残骸を押し出し、け たたましく金属が擦れる音が響いた。――二メートルは超えるサイボーグ。  鉄志が即座にライフルで二発発砲したが、悉く装甲に弾かれる。ユーチェンも出 遅れてしまったし、蓮夢に関しては衝撃に呑まれ倒れていた。  迂闊だった。――既に囲まれている。  十二人のサイボーグ兵がこちらに銃口を向ける中、鉄志も銃口を向け抵抗してい たが、テガブツのサイボーグ共はガトリングガンを構えている。普通に考えれば勝 ち目がない状況だ。  海楼商事のデータにあった通り。サイボーグ兵士達は個体差はあるが“サイズ分 け”されている。  重装甲重武装の“ラージ”。カーボンユニットシステムをインプラントした汎用 重視の“ミドル”。機動力重視の“スピード”。全員アーマーとメカヘッドを装備 していた。  流石に圧倒された。見るからに武器となり、人間の見た目から逸脱した十二人が 殺気を向けてくる光景。――これが次世代の戦場におけるスタンダードなのか。  だからと言って、引き下がる訳には行かない。どうやって仕留める。それだけを 考えろ。  先行出来るのは俺と鉄志。手前のデカブツを仕留めて、左右に展開するか。鉄志 と目を合わせ段取りを決める。  不意に蓮夢が間に入って来た。視線は真っ直ぐとサイボーグ共に向いていて、忙 しなく眼球が動いている。 「蓮夢、下がってろ」 「お前等が下がってろよ……」  両腕で俺と鉄志を押し退けてサイボーグ共に近付いて行った。軽く両手を上げて 見せながら降伏を示すが、蓮夢からはそんな雰囲気は微塵も感じなかった。何をす る気だ。 「右端の二人と左奥の三人。そいつ等は倒してね」  背中越しに小声で指示してきた。鉄志は既に右端の二人に視線を移していた。 「そう、怖い顔するなよ。同じサイボーグなんだから、仲良くしようよ」  十二の銃口がゆっくりと一斉に、蓮夢に向けられる。こんな時に、下らない軽口 と艶っぽい目付きをして、聞き入れる者など一人もいない。  何をする気か知らないが、やたらと胸騒ぎがした。 「ま、俺とお前等じゃ、レベルが桁違いだけどね……」  蓮夢が言い放った次の瞬間。サイボーグ共が一斉に痙攣を起こし、苦痛と吃驚に 叫んだかと思えば、次々に腕や足、腰があり得ない方向へ曲がってへし折れた。  蓮夢は間髪入れず拳銃を取り出して、右端の一人へ向けて発砲する。フルオート の拳銃から絶えず炎が噴き出す。これは勝機――左奥の一人。  鉄志も蓮夢に続いて右端に撃ち込む。左奥のサイボーグが発砲しかけたが、銃口 が真上に向いていた。――ユーチェンの念動力。  “大蛇”をサイボーグの喉元に向かって放った。メカヘッドとアーマーの隙間を 狙い放つ。――手応えあり。  鎖を引き寄せつつ、勢いよく足で踏み付け、サイボーグの頭を垂直に地面に叩き 付けた。  右側も片付いていた。蓮夢はカラになった弾倉を捨て、再装填している。鉄志も 警戒を解いていた。一瞬で戦闘用サイボーグ十二人を。 「お前、一体何を……」  ユーチェンと共に蓮夢の元へ行き、問いかける。不快そうに親指でこめかみを軽 く押さえている。頭痛だろうか。 「メンテや微調整の為に、無線デバイスと制御システムが繋がってるサイボーグは 多い。そこにハッキングして、システムを破壊すれば、制御を失った身体は過剰動 作を起こして砕ける……」  アクアセンタービルでサイボーグ共の死体の先でハッキングをしていた蓮夢を思 い出す。そう言う事だったのか。  単順な考えだが、蓮夢さえいれば、この場のサイボーグやオートマタ、ドローン も破壊し尽くせると言うのか。――なんと、末恐ろしい。  鉄志が決め手の如く、蓮夢を推す理由も真に頷けた。蓮夢の能力は、この中の誰 よりも驚異的だと。 「サイボーグにとって、蓮夢は天敵ね……」 「無線デバイス非搭載のサイボーグには、使えない手段だけどね。さぁ、早く中央 へ向かおうぜ」  先へ進む蓮夢の肩を叩いて労う鉄志の後を、小走りで付いていく。ユーチェンと 一瞬、顔を合わせた。面越しではハッキリしないが、おそらく俺達の考えてる事は 同じだろう。――このチームなら、きっと乗り越えられると。  ならば雑念は捨てよう、遅れをとる訳にはいかない。俺達の役目を果たさねば。

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