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 角刈りの後ろについてエレベーターに乗る。一七五ある俺が少し見上げるぐらい だから身長は一八〇を超えてるぐらいか。  少し見上げるぐらいの人は、結構好みである。この角刈りは対象外だが。  そんな事を何となく考えていると、あっいう間に十五階に着いた。ヤクが効いて るな、随分落ち着いてる。  やはり部屋はスイートルームだ、この階層自体、部屋が一つしかない。確かに良 からぬ事も都合よく行えるいい場所だな。  角刈りはドアをノックしてドアが開き入れと促される。ドアを開けた奴と目が合 う、つい、その姿に釘付けになってしまった。タンクトップから覗かせる、両腕と 大胸筋が真っ黒な剥き出しの筋肉――サイボーグだ。  最新鋭の戦闘型デバイス、カーボンユニットシステムを両腕に移植しているよう だ。用心棒として雇っているのか。  軽量で柔軟、そして強固な特殊繊維で編み上げたユニットを組み合わせ、人体の 外側のパーツなら、ほぼ全てに対応可能な技術だと言う。骨格や筋肉と言う疑似パ ーツもいらない。ユニット自体がその役割を全て果たせる。  性能もコストパフォーマンスも抜群のサイボーグ技術だが、人間本来のパーツと は逸脱している為、機能制御には相変わらず小脳と人工神経網を直結したデバイス を積む必要がある。  数年前に、俺が見たタイプよりもバージョンアップされて洗礼されているが、や はり制御はインプラント可能なサイズまで小型化できず、うなじ部分から露出して いる。  とは言え、年々サイボーグ技術の発展には驚かされる。俺はこう言う連中とは畑 違いではあるが、年数的に見てもう旧型なのかな。  廊下を抜けるとリビングが広がる。この部屋も白を基調とした、落ち着きと清潔 感のある雰囲気だった。建物の右端の部屋、北から東にかけて、大きなコーナー窓 から鮮やかな夜景が一望できた。  そして見るからにガラの悪そうなのが揃っている。しかも全員が手に銃を持って いた。これは歓迎と言う気配は皆無だな。 「なんだぁ? お前、輝紫桜町の蓮夢じゃねぇか?」  やっぱり俺を知ってる奴がいた。確か松田とか言うヤツだった。何度か客として 相手した事がある。  始終、髪は引っ張るわ、尻は遠慮ない力で叩きまくるわで、とにかく鬱陶しくて くどい奴だったのをよく覚えてる。  とりあえず「どうも」と愛想笑いだけはしておく。  角刈りに渡してた封筒を受け取った松田が封筒の中身を取り出す。その中身は当 然、俺が入れた物なので、慎重に恐る恐る小さなドローンとメモリーを取り出す姿 は間抜けにしか見えない。 「お前、どういうつもりだ?」 「どうって、客かなって奴に使いを頼まれただけですよ。金ももらったし。お金さ えもらえれば、なんでもしちゃうのが輝紫桜町のHOEだって御存知でしょ?」  今になって思えば、少し化粧しててもよかったかな。仕事してますよ、って体を 演出してもよかったかもしれない。  松田がドローンとメモリーをテーブルに置く、一人用のソファに座る如何にも偉 そうな雰囲気の中老がメモリーを手にする。  サイボーグが乱暴に肩を押して行けと促す。中老が俺を睨んでいる。と言うより も、この部屋にいる全員が場違いな俺を睨んでいた。 「これはなんだ?」 「知りませんよ、インプさんも知らない方がいいって言ってたし。とにかく、そち らからお金を受け取って戻ればいいって……なんなんですか? CrackerI mpって?」  俺は知らぬ存ぜぬを貫くべき状況と立場で、中老に答えたが、鎌をかける様に中 老に尋ねてみた。どうしても、気になる事があるからだ  中老は俺の質問に、または俺その物に対して明らかな不快感を見せ、話す雰囲気 はない。まあ、そう言うのには慣れている。  おそらく、この中老は林組の現組長の竹藤だと思われる。年齢的にも周りの連中 の雰囲気からも間違いないだろう。まさか、こんな一取引の場に現れるとは。確か に俺が手に入れた荒神会の情報は、落ちぶれた林組にとって起死回生の切り札かも 知れないが。 「そいつは過去に何度か、俺達の情報を盗んだり破壊したりと、随分やりたい放題 してきたハッカー野郎だ。サイバーディテクティブにも調べさせて、Cracke rImpって名前に辿り着いた。おそらく近くに潜んでやがると踏んで、雇ってや るついでに今までの落とし前を着けてやろうって訳だ」  代わりとばかりに松田が、俺の気になっていた事を話してくれた。  メールのやり取りにおいて、何度かCrackerImpが自分達の近くにいる 前提の話し方が、妙に引っかかっていたのだ。実際、今日も金をとりに来いなんて 言うのだってナンセンスだ。CrackerImpが指定した場所に来れる距離に いるとも限らないのに。  松田の言う通り、俺は何度か林組に対してハッキング行為を繰り返していた時期 がある。数年前だ。  こいつ等なりに犯人捜しをしていた訳か。“ネット探偵”を使うとは相当本気ら しい。  ネット犯罪に詳しい元警察や、同じ穴のムジナのハッカー崩れが、その知識やス キルでハッカーを追跡、特定して報酬を得ると言う新しい商売スタイルだ。とても ウザい奴等。  しかし、そうなってくると、俺が此処にいては、コイツ等の思惑通りと言う事に なるな。  そして、始めから金を払う気もなかったし、むしろ俺が金に釣られてしまったと 言う事になる。これは何ともお粗末ながら――おもしろいトラブルだな。  俺が思ってた以上に林組はCrackerImpを把握している。  その事を加味して、インプさんにご登場願うとしよう。テーブルに置かれたドロ ーンをつい見つてしまう。“糸”は掴んでいるから見る必要も、意識の集中も不要 なのに。  文庫本サイズの黒いドローンのカメラ部が赤く点灯し、勢いよく四つプロペラを 回し飛び上がる。周りのヤクザ共に合わせて、ビックリする素振りをしておく。 『驚いたな、まさかお前達がそこまで調べていたとは……。どうりで金払いが悪い 訳だ』  ボイスチェンジャーの設定ミスったな。とりあえず聞き取れるが、低く設定し過 ぎてしまった様だ。これはデーモンぐらいなら似合うが、小悪魔なインプには貫禄 負けだ。  ヤクザ共は全員、銃を構えている。サイボーグの用心棒も竹藤の傍に着いた。警 戒するのは結構だが、間違っても撃つなよ、話が進まなくなるから。 「お前がCrackerImpか?」 『言った筈だ、姿を見せるハッカーがいる訳ないだろ。その人はお前達のいる輝紫 桜町で顔の利く人だと知っている。だから代理をお願いしたんだ』 「そりゃあ、どうも……」  自分の言葉に自分で返すのは、おかしな気分だな。  林組がCrackerImpに金を払わず、データだけを奪おうとしているのは 此処に来る前から分かっている事だ。予想外だったのは、林組がCrackerI mpの事をよく調べてあった事ぐらい。今の所、大まかなシナリオに狂いは起きて ない。  この代理役を、本当は他人にやらせるが正解なのかもしれないが、そんなコネク ションも後ろ盾も俺にはないし、何かあったら後味も悪い。  実際、松田が俺の顔見知りであるように、輝紫桜町では名の知れたポルノデーモ ン。そのネームバリューにどれだけの効果があるかは未知数だったが、連中からは それなりに油断が伺える。危険だが、これでよかったんだ。  それでも、CrackerImpと林組に因縁があると、お互いに認識し合って しまった現状では、俺の慈悲とも言える、このシナリオも効果が薄くなる。  覚悟を決める必要がありそうだ。 『お前等は俺に恨みを持つのは当然だが、そのデータが喉から手が出る程、欲しい のも知っている。確認してみろ、サンプルじゃない本物だ』  如何にもインテリと言った風貌の眼鏡ヤクザが、ノートパソコンを竹藤の前に置 き、メモリーを差し込む。その瞬間から、そのパソコンも俺の手中である。そうい う細工をしてある。  眼鏡ヤクザは手際よくメモリーの中にある、荒神会の胸糞悪い裏事業のデータを 竹藤へ開示する。それを松田が小声で説明している。 「確かに本物だ」 『では改めて、最後の取引だ』  メモリーの細工を発動させる。こちらの位置からは、パソコンの画面は見えない が、既にハッキング済みのパソコンの画面はしっかりミラーリングされ眼球に表示 されていた。  眼鏡ヤクザが慌てている。予定通りパソコンは全ての操作を弾き、パスワードの 表示が画面一杯に表示されている。 『パスワードは十三文字、一時間以内に入力しろ。一文字でも入力を間違えればデ ータは全て消える。現ナマを用意しているんだろ? その人に金を渡して退出させ ろ。その後でパスワードを教える。お宅等との因縁は後に持ち越そうじゃないか。 お互い先ずは、目先の儲けを優先すると言うのはどうだ?』  後のセリフはアドリブだ。これが林組への最後通告だ。さて、どう出るか。  悪いが俺も金が欲しいんだ、このまま泣き寝入りする気なんて毛頭ないぞ。必ず 今夜、金を手に入れる。  不意に脳内に響く警戒音。ふとドローンの視点を確認すると、俺の脚を映してい た。――避けろ。  そう聞こえた様なその瞬間、反射的に身体を横へ逸らすと同時に乾いた発砲音が 一つ。その場に、崩れる様にへたり込む。何が起きた。  見上げると、松田がドローンを掴んでいた。右手に持った拳銃の銃口が俺に向い ている。松田が俺に向かって発砲した。  ある程度、こう言う展開を覚悟はしていたが、いざそれが起きると、心拍数が跳 ね上がり、気が遠くなりそうになって、呼吸が荒くなる。まだ深呼吸する余裕はな かった。  それでも、松田の弾が避けれたのは幸いだった。俺独りでは今頃、無様に痛みに 叫んでいただろう。――俺っぽくなっていく、あの二人に感謝しないと。 「確かにコイツは顔が利く売女野郎だ。だが輝紫桜町じゃハッキリ決まってるんだ よ。上の人間と下の人間ってな。コイツ等はな、俺達にどこでどう消されても輝紫 桜町じゃ、誰も何も言わないんだよ。寧ろ巻き込んだ貴様に悪評が付くだけだ」  松田が銃口を向けたまま迫ってくる。今はゴチャゴチャ言ってる松田はどうでも いい。問題は、こんな無茶をして本当にデータが欲しくないのか、と言う疑問の方 が強い。  壁にもたれ、崩れた姿勢のまま呼吸を整えつつ、ソファに座る竹藤と眼鏡ヤクザ を見る。  もしかすると、あの眼鏡はヤクザじゃないかもしれない。この状況でもPCの画 面から一切視線を外さない。ミラーリングしてあるPCの画面に集中する。  フリーズさせていた画面が正常に戻され、奴の自作と思われるソフトが起動して いた。  迂闊だった。この眼鏡がサイバーディテクティブだ。おそらくCrackerI mpの手の内を読んで、事前にPCに対策をしていた様だ。ハッキングしておきな がら気付けなかった。  こう言う時、俺はやはりハッカーとしては、まだまだ未熟であると思い知らされ る。ポルノ絡みならデーモン級だが、この世界ではやはりインプだ。  あのソフトはコードブレイクする為のものだろう、俺も似た様なのを作った事が ある。  俺がメモリーに仕込んだ細工もそれなりではあるが、相手もプロだ、突破される 可能性は否めない。 「一時間以内に来い! そうすれば金とオカマ野郎をくれてやる!」  松田はドローンを地面へ叩きける。粉々になったブレードとカメラの破片が足元 に転がってくる。元々は無線操作された他人のドローンをハッキングして奪った盗 品なので、特別惜しくはないが、壊されたと言う事実に腹が立つ。  一先ず立ち上がる。へたり込んでビビってるなんて、情けない雰囲気は御免だ。 「蓮夢、てめぇグルなんじゃねぇのか?」 「ちょっと待ってよ! 俺は無関係だって!」  一応、手を挙げて否定するが、これは演技だ。俺は既に次のフェーズへ移行して いる。改めて状況を確認する。目の前で俺に銃口を突き付ける松田。ソファで踏ん 反える竹藤。傍に付き常に警戒を緩めないサイボーグ。作業に勤しむ眼鏡のサイバ ーディテクティブ。その表情に僅かに焦りを感じた。そう簡単に俺の組んだプロテ クトを突破する事はできない様だ。その他は全員、銃を手にした九人のヤクザ共。  合計、十三人か。位置情報を把握する。  ギリギリまで躊躇してた。こんなのは俺の柄じゃない。でも結局、最後はこうな るのも俺の性なのかもしれない。――もう、殺すしかないなコイツ等。 「何にしても、余計な事に首を突っ込んだ自分を怨めや……」 「インプさんを待たずに殺すの?」  松田は俺を蔑む様に笑みを浮かべていた。この部屋いる全員も似た様な表情をし ている。ビッチが泣き叫んで、命乞いをする様でも期待してるかの様だ。醜い心に 溢れていた。  そう、すぐ決断できない、何時も躊躇する。土壇場で慌てる、そしてチャンスを 逃す。だから俺は何時まで経っても貧乏なHOE。いくら着飾って大歓楽街でもて 囃されても、本質はガキの頃から変わっていない。変える事ができないんだ。  でも、それでいい。どうせ汚れ切ってる人生だ。普通の、だとか真っ当とか知っ た事かよ。俺は四苦八苦しながらトラブルに跨って荒ぶるだけさ。  俺は逃げない。どんなに苦しくても、何時だって俺自身と向き合ってきたから。 「そう……なら俺も、一つだけ言っておくよ」  あと少し、時間稼ぎが必要だ。事前にハッキングしていたホテルのシステムに再 度アクセスする。此処に泊まっている連中には悪いが、少し騒がせてもらうよ。  屋上から飛び立った“助っ人”を操作する。少し風が強いようだ、グラグラと煽 られ思う様にいかないが、この部屋が最上階でよかった。“助っ人”は既に駆け付 け、その目は俺とクソヤクザ共を捉えている。俺の目に映る光景と、その反対側に いる“助っ人”の見る映像を重ねて、より精度の高い位置情報を構築する。  当ててはいけないのは、当然、俺と、あのPCだ。特にあのPCがオシャカにな ったら、全て徒労に終わる。事が起きた瞬間に奪い取らねば。 「俺の親父もアンタ等みたいなヤクザの下っ端でね、酒とシャブに溺れたクズ野郎 だったよ。母親はそれに嫌気がさして、妹を連れて蒸発した……」  本当に、働けども、働けども、何一つ良くならないな。こんな血生臭くて、悪い 事をしないとお金って稼げないのかな。 「残された俺は毎日殴られて、それでは飽き足らずに犯されるようになって、その 挙句、他の男に俺を売るようになった。高校になる頃には立派なHOEになってた よ……」  別に並以下の生活でも大して気にしない。ちょいと羽振りのいい奴とセックスし て小遣い稼ぎして、ただ自由奔放に生きたいだけなのに。  そんな単純さすら許されぬまま、次から次へ複雑になってくばかり。 「お陰でこの様さ、だから俺はね、ヤクザって生き物が、殺したいほど大嫌いなん だよ……」  本当、俺の人生ってヤツはままならない。そして――どうしてこんなにも複雑な んだ。  実行する。部屋の照明と言う照明が一斉に消える。今、このホテルの全ての電力 がダウンした。俺以外の全員が一斉にざわつく。  鮮やかな夜景をかき消す、閃光の様な光が外から部屋を貫いた。全員がその光に 釘付けになった瞬間、暗闇の中でPCに向かい、眼鏡のサイバーディテクティブを 押し退けてPCを奪い取って、その場でうつ伏せになる。  分厚いガラス越しでも僅かに聞こえるプロペラ音。このドローンは大物だ、運送 会社が使う数十キロの重量にも耐えられるドローン。これも俺がハッキングして盗 んだものだ。  しかし、そのドローンが積み込んでいる物は、どうでもいいネット通販の商品と は比べ物にならない程、物騒な代物だ。  武器屋の安田お手製の機銃を積んだドローンから、凄まじい勢いで乾いた発砲音 と、窓ガラスが砕け散る音がほぼ同時に響き渡った。  PCを抱えたまま、床にべったりと伏せていてもドローンの映像は、しっかり目 に映っている。ドローンを水平に移動させて更に撃ち続ける。怒声と銃声が飛び交 う中、着実にドローンはヤクザ共に弾丸を浴びせていく。  竹藤はソファから立ち上がる間もなく頭部を撃ち抜いた。組長なんて御大層な肩 書でも、こうなってしまっては、あっけないものだ。眼鏡のサイバーディテクティ ブは、俺に覆い被さる様に倒れた。どかしたいが、先ずは残りを仕留めていこう。  機銃の反動を低減するようにドローンは改造してあるが、これだけ連射してると 流石にブレてくる。ドローンを部屋に侵入させて残りを片付けてしまおう。  ドアの方へ逃げる二人を狙い撃つ。書斎机に隠れている奴の後ろへ素早く回り込 み、数十発撃ち込む。ドローンの目に移り込む、ヤクザ共の恐れの仕草や叫び声に は悪いが、ここまで来たら容赦できない。  センサーからの警告音と共に、ドローンが大きくよろめく。一発被弾した。  ブレード周りはケブラー素材をコーティングしたパネルがあるので、簡単には墜 とされる事ない。発砲された方を向くと、仕留め損ねた松田がいた。拳銃の弾は撃 ち尽くした様だ。ドローンに向かって待て、と手を出すが、出来ない相談だった。  数発撃ち込んで、松田はその場に崩れた。  最後の一人、生き残りはやはり、用心棒のサイボーグか。最初に脚を撃って動き を鈍らせておいたが、この機銃の弾丸ではカーボンユニットに充分なダメージは与 えられなかった様だ。  対峙するドローンとサイボーグ。機銃の残りは八発。頭部を狙い、全弾撃ち込む が、サイボーグの右腕は扇状に展開していて全てを弾いた。左腕からは三〇センチ 程度の鋭利な刃が突出している。あんな事が出来るのか。  弾切れのドローンではどうにもならないな。ドローンを着地させ接続を解く。  あのサイボーグは俺が仕留めよう。――ヤクザを殺すより楽な相手だ。  眼鏡のサイバーディテクティブの死体をどかし、立ち上がる。ふと大きなガラス の破片に映る自分の顔。左目が真っ赤に光っていた。今の俺はフル稼働中だ、暗い と余計に目立つ。まるで悪魔だな。悪くないね。  その目でサイボーグを見つめる。サイボーグは訳も分からないって感じだが、鼻 息を荒げ殺気立っている。もう奴の“糸”は既に掴んでいた。  脚を引きずりながら向かってくるサイボーグ。  サイボーグにインプラントされているデバイスには、必ずメンテナンスやログデ ータ回収等を円滑に行えるよう、無線接続が出来るようになっている。  俺なら簡単にそれに侵入して、その制御プログラムをクラッキング出来た。  制御システムを破壊されたしたサイボーグは、機械化した部位とデバイスに大き な負荷がかかり、文字通りクラッシュする。  サイボーグの露出した制御デバイスから、火花が飛び散り、両腕は明後日の方向 へ、へし折れた。苦痛に叫ぶ余地もなく即死する。仕方ないとは言え、何時もこの 悲惨な光景に、罪悪感を覚える。本当にままならないな、HOEであれ、ハッカー であれ、こんな虐殺は俺の領分を超えてるよ。  今になって非常灯のスポットライトが点灯した。僅かに明るくなる。そこら中に 転がる薬莢、飛び散ったガラスの破片、血塗れの死体が鮮明に映る。不本意だが終 わったな。  壁際からガタンと音がする。口と鼻から血を吹き出し虫の息の松田がいた。近付 いて松田を見下ろす。砕けたサイボーグと同じ、訳が分からないって顔を曝してい た。話せる余裕はなさそうだ。  松田の前にかがみ、中指を突き立ててやった。 「俺の事をグルとか言ってたね、お間抜けさん。ちょっと違うな」  まあ、コイツとは何度か客とHOEの関係だったし、少し位はネタ明かしをやっ てもいいかな。  どうせ死ぬだろうし、かと言って助けてやる事も出来ないし。 「この俺が、CrackerImpだ! クソビッチが!」  教えてやるよ、混沌としていて、何もかもが拗れて絡まってしまった。複雑なニ ューラルネットワークで構成されてしまった、俺の話をね。

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