作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

4.― JIU WEI ―  中央が遠く感じる。小分けに襲いかかって来る邪魔者達に足留めを食らい続けて いた。早く本隊と合流しないと。  九尾七本を盾に敵との距離を詰める。鵜飼が飛び出し、一機のオートマタに斬り 付けるのが合図だ。九尾を展開して敵部隊の懐に飛び込んで振り回す。  粉々に砕け散るオートマタ、吹き飛ばされるサイボーグ。大型のサイボーグが一 本の尾を掴むが、すかさず鉄志のライフルから放たれる二発の弾丸がサイボーグの 脇を貫き、膝を付いたところに尾を叩き込む。  オートマタ二機の頭を念動力で握り潰し、重ねた胴体で蓮夢をガードする。蓮夢 もライフルで応戦し、脳内では大量のタスクをこなしていた。  そして全てが整うと、サイボーグ共は一斉にへし折れ、オートマタはシャットダ ウンし、力なくその場に立ち尽くす。戦闘終了だ。  正直驚いていた。私は、いや私達は――強い。 「秋澄、状況を報告しろ」 「アヤ、スキャンした情報を送って」  戦闘を終えると、無線で連絡するのもワンセットだ。鉄志は秋澄に戦況の具体的 な状況を確認し、蓮夢は彩子さんにジャラの捜索状況を共有する。 『ユーチェン、大丈夫?』 「彩子さん、こっちは大丈夫です。それより、ジャラの捜索を引き続きお願いしま す」 『蓮夢に情報を渡した、必ず見付け出すから、無茶はしないで……』 「私も必ずジャラを連れて帰ります」  落ち着いて会話をするぐらいの余裕が出来てきた。彩子さんの声から普段の冷静 さを感じられる。  ジャラ、何処にいるのか。出来るだけ戦闘には参加せず上手い具合に、どうかや り過ごしていてくれ。 「蓮夢、秋澄が例のマルウェアを流し込んだそうだ」 「了解……。鷹野、これからその端末にアプリをダウンロードする。それを使えば HQに集約される全ての情報が筒抜けになるよ。上手く活用して」 『ホント、何でもアリのハッカーさんね……』  鷹野さんも声色も明るかった。HQの雰囲気は分からないが、私達チームの状況 は今のところ順調に思える。  蓮夢の側へ寄ると、蓮夢は左手で額を押さえている。頭痛だろうか。鉄志もその 様子を静かに見ていた。 「蓮夢、大丈夫?」 「まだ、大丈夫……」  小さく呼吸を整えながら“まだ”と、意味深に答える。  サイキックである私もそうだが、人間である以上、何かを行えば、必ず消耗する ものだ。機械の身体、機械の脳も同じ、生身に負荷がかかるのかも知れない。 「それよりもユーチェン。ポイントβのスキャンが既に九十五パーセントだ。中央 の戦闘で敵軍も出尽くしてる筈。ポイントΣやΩに“エイトアイズ”を優先しても いいって思うけど、どうする?」  決め打ちか。残りの五パーセントを捨てて、次に取りかかるべきかどうか。ポイ ントβにジャラはいないと決めるとなると、考えさせられるが。 「分かった、蓮夢を信じる」 「ありがとう。アヤ、残りの解析を急いで。ここからは、ポイントΣとΩに的を絞 るよ」 『了解した』  蓮夢の推測を信じて、今は出来るだけ早く全エリアのスキャン率を上げていくべ きだ。  焦らず平静を心掛けるが、もどかしい。ジャラに近づいているかどうか、今だ実 感を得られないのは。 『鵜飼、氷野市長からの伝言よ。警察と公認自警団で特別調査隊が組織された。こ っちの勝ち負けに関わらず、静観の立場よ。だから、絶対に吉報と共に生きて帰っ て来い。あと、知隼くんも“頑張れ兄ちゃん”だって……』 「気楽なもんだ……」  みんなに表情を見せない様、背を向けて小さく呟いていた。  鷹野さんの話では、六連合内に点在する公認自警団は、表向き小規模な組織を装 っているが、実際は――軍隊レベルの組織だと言っていた。  表立って軍を持てない事情を引き摺っている日本の立場に配慮しての事らしい。  偽銃や旧式の安価な兵器などを隠し持っているが、オートマタやドローン相手で は勝ち目がない。此処の後始末をする為に準備していると言ったところか。  鉄志と蓮夢が先に歩き出した。鉄志の方は周囲を警戒しながら歩いている。敵の 残骸と遺体、罪悪感を避けながら付いて行く。 「それにしても、エゲつないやられ方だな……」  サイボーグ化された箇所がグチャグチャに捻じれ曲がった、悲惨な亡骸を跨ぎな がら言う鵜飼を蓮夢が見る。元々人間の骨や筋肉では持て余すパワー。制御を失っ てしまうと、些細な動きでこうなるそうだ。  ハッカーにとってはクラッキングと言うありふれた行為でも、サイボーグには規 格外の脅威だな。 「敵のHQが勘付けば、プロテクトやジャミングでアクセスし辛くなる。何時まで 通用するか……」 「敵の中枢とやらには、どうやってアクセスするんだ?」 「オートマタやドローンは指令を受けるだけで片通。敵HQの指令を双方向で受け 取っている“中継役”と直結するしかない。ここまでに仕入れてきた情報から考え るなら、大型オートマタや大型ドローン、高速戦車。その辺りが怪しいかな。まず は、その辺から探りを入れて、攻め方を決めないと」  私達の視界に広がっているハリボテの街並みと戦場の裏側に存在するネットワー クの世界。蓮夢はその両方を常に見ていた。  念じる事で何かに影響を与えると言う点では、親近感がある。 「迂闊に破壊すると、アクセスする機会が失われるな」  鉄志が振り向いて私と鵜飼を見る。大型のオートマタや、それに近い兵器を破壊 せずに手に入れる案を求められてる様に感じた。 「生け捕りにしろとでも? そんな余裕はないぞ……」 「忍者なら戦車に飛び乗って、乗っ取るぐらい出来るだろ?」  随分と挑発的に煽るな。プライドの高い鵜飼だが、相手が鉄志ぐらいの実力とベ テランであれば、迂闊な反発はしないのか。――それとも上と見ているのか。 「簡単に言ってくれるな。そんな事するより、念動力で無力化した方が楽だろ?」  後ろを歩く鵜飼を睨み付ける。まさか丸投げして来るなんて。   「楽って軽々しく言わないで欲しいんだけど……」  対象の重さやパワーは限りなくリアルな感覚で伝って来る。私自身、念動力を使 う時は“掴む”と“持ち上げる”と言う感覚だ。  大型オートマタと戦うのは、骨が折れる。掴んで拘束しても抵抗力が強い。負け はしないが、押し負けそうな圧を常に感じる。――まだまだ経験不足だ。  なんて言う、苦労はサイキックではない者には理解出来ないだろうから、一々説 明はしないにしても、無遠慮な物言いは腹が立った。 「“人の苦楽は壁一重”ってヤツだね。でもこれで、三つの可能性が生まれた。臨 機応変に行こうぜ」  無難なまとめ方だ。いずれにしても、蓮夢のハッキングが状況を引っ繰り返す為 の切り札である事は変わりない。  もし、私や鵜飼にその機会が訪れれば、破壊せず手に入れると言う選択肢が加わ った。当然、蓮夢と鉄志にも。故に四つの可能性と言ったのだ。  会話が切れて無言が続くと、途端に銃声や爆音が耳に入ってきて緊張感が戻って 来る。――大分、中央に近づいてきた。  突然、鉄志が立ち止まり左手の拳を上げる。止まれの合図に緊張が走る。約百メ ートル先の異様な光景に気付く。  フワリと浮いたトラックの残骸。その下に二人いる。――サイキックだ。  気付いた時には、既に鉄志と狙撃銃に持ち変えた蓮夢が発砲していた。  鉄志達が放った弾丸は、もう一人のサイキックによって弾かれてしまう。その一 瞬、半球上の幕の様な物が見えた。同時に凄まじい勢いで中に浮いたトラックが向 かって来る。  考えるまでもない。アレを止められるのは私だけだ。九つ全ての念動力を使って 受け止める。こちらまで十メートルの距離で勢いを殺してトラックを地面に叩き付 けた。  離れたサイキック兵達を確認する。離れ過ぎてハッキリしないが止められなかっ た。可能性が少ないにしても、あれがジャラじゃないと断言出来ないのなら。 「スナイパー!」  背中に衝撃を受けて倒れこそしないが、両膝を付いた。鉄志の怒声と銃声は、ほ ぼ同じ、まだ状況が理解できない。  いけないと分かっていてもサイキック兵が気になっていた。  締め付けられるぐらいの力で、建物の陰に引っ張り込まれる。埃っぽい壁に背を 叩き付けられた衝撃で少し冷静になれた。これは待ち伏せだ。  私達は敵のキルゾーンにいる。 「鉄志、腕から血が……」 「掠っただけだ。蓮夢! スナイパーを頼む!」 「了解……」  サイキックに気を取られて、スナイパーがいるなんて想像も出来なかった。鉄志 の右肩から滲む血に、不甲斐なさが込み上げる。  分断されてしまった。私と鉄志、蓮夢と鵜飼の位置を確認出来ない。無線越しの 蓮夢の声は僅かに弱々しく、躊躇を感じられた。 『正面の二人はサイキックか!』 「おそらく、私と同じタイプの念動力と、もう一人は“フォースシールド”だ」  当事者としての知識程度のものだが、その特徴は捉えていた。  サイキックをもっと観察したかったが、僅か数センチでも壁からはみ出れば、ス ナイパーが容赦なく撃ってきた。劣化したコンクリートが細かく砕ける。 「バリアか?」 「一説には念動力と衝撃波の中間の能力と言われている。迂闊に触れれば吹き飛ば されるぞ」  その有効距離や範囲は個人差があるが、一様に触れた物を弾き飛ばす傾向がある とされる。攻めに関しては近距離に限定されるが、守りは強固だ。一方は私と同じ 念動力の様だった。 『どうする? 手の内を探らんと対策がとれないぞ』  鵜飼が出る気なら加勢しないと。いくら手数の多い忍者でも、サイキックを二人 相手では対応しきれない。  相手の能力の制限を知っておかないと近づく事すら自殺行為だ。 「俺達はスナイパーに釘付けだ。それを何とかしないと。鵜飼、サイキック達の後 ろに回り込んで待機しろ、やれるか?」 『誰に物言ってるんだ、甲賀流を舐めるな……』 「鵜飼の言う通りだ。距離を詰められる前に、仕掛けて手の内を探らないとサイキ ックは危険だ」  互いに壁に張り付き、向かい合って身動きが取れない状態だった。感じるのはジ リジリと迫るサイキック兵と、スナイパーの眼光のみ。 「蓮夢、スナイパーは捕捉したか?」 『捉えてる。屋上から狙い撃つ』 「その位置から二人狙えるか?」 『え、二人?』  間の抜けた声を蓮夢は発したが、私もうっかり同じ様な声が出そうになる。スナ イパーが二人。 「スナイパーは二人いる。甘いぞ蓮夢!」 『マジかよ……』  鉄志の叱咤が二重になって耳を劈く。蓮夢だけじゃないが、やはり戦闘慣れして いない事が響いてくる。 「お前は捕捉した奴を仕留めろ、もう一人のスナイパーは俺が乗り込む。ドローン を使ってサイキックを足止めしてくれ」 『ここで“レインメーカー”使うの?』 「仕方ないだろ、出し惜しみするな」  上空で待機中の強襲用ドローン“レインメーカー”。予定では本隊と合流した際 の戦力として投入する予定だった。  ここで使わざるを得ないと言う事は、かなり追い詰められているのか。 「ユーチェン、前方をしっかりガードして進むぞ。スナイパーに俺を狙わせる。見 つけたら乗り込んで仕留めてやる……」 「無茶だ、失敗したら鉄志は……」 「此処じゃ、やった者勝ちなんだよ。腹括れユーチェン!」  何一つ迷いもなく、鉄志は速やかに段取りを決めていく。先の不安もリスクも顧 みず、今この瞬間だけに集中していた。  理解を超えている。しかし、これが戦場の立ち回りなのだろうか。何もかもが速 過ぎる。 『配置に付いたよ』 「みんな、よく聞け。蓮夢がスナイパーを仕留める、ドローンでサイキック兵を足 止め、もう一人のスナイパーを見付けて仕留める。最後にサイキック兵の手順で行 くぞ。集中しろ!」  折り畳んでいた九尾を展開して前方を包む。鉄志が左手が肩を叩いた時が前に出 る合図だ。銃声が一発鳴り響く。 『狙撃手、仕留めた!』  蓮夢の一声と共に鉄志が肩を叩く。道路に出ると、早速スナイパーの一撃が尾に 命中した。歯を食い縛って堪える。  尾と尾の間から二人のサイキック兵の様子を伺う。既に蓮夢が操作する“レイン メーカー”が頭上十メートルの距離を保ちながら、弾丸の雨を降らせて足止めして いた。二人のサイキックを包む様にシールドが弾丸を弾いている。 『テツ、“インセクト”がスナイパーを見付けた! そこから建物二つ先の三階に スナイパーとサポート二人がいる。狙える位置に向かう』  吉報だ。蓮夢のアシストドローンがスナイパーの位置を特定した。凄い、見落と したミスを早くも挽回した。一体蓮夢は、どれだけのタスクを同時にこなせるんだ ろうか。 「ダメだ、お前はサイキックを狙え。ユーチェン達をサポートしろ。スナイパー共 は俺がやる。ユーチェン、出るぞ」  出るって、ここからでも正確に狙撃して来るのに、私のガードなしで向かう気な のか。蓮夢の言う建物までまだ二十メートル以上あった。 「無茶だ! 出た途端に撃たれるぞ。もう少し距離を縮めよう!」 『後ろに回り込んだぞ。ユーチェン、仕掛けるなら念動力の方を頼む! 俺はシー ルド野郎だ』 『“レインメーカー”弾切れ。離脱させる!』  無線から入る鵜飼と蓮夢の声が疎ましい。物事が速く展開していき、付いて行く のがやっとだった。  常に先を読んで行動力のある蓮夢。瞬間的な判断力に優れた鉄志。この二人が組 んで、海楼商事を追い詰められたのも分かる気がする。 「出た途端に撃たれるって分かってるなら、楽勝だろ……」 「鉄志!」  九尾の盾から身を乗り出し、一瞬の硬直から、すかさずか真横へ飛び出すと、間 髪入れず弾丸がその場を抉った。  自分の姿を見せて、スナイパーが引き金を引き、射角と着弾のタイミングまで全 て読んでいたと言うのか。経験なんてレベルじゃない――恐るべき感覚だ。  建物沿いに到達した鉄志が、スナイパー達が待ち構える建物まで一気に走り出し た。鉄志がスナイパー達を仕留めるまではガードは下げられないが。サイキック達 を相手にしないと。 「鵜飼、私が引き付ける! 隙を見つけて仕掛けてくれ!」 『そのつもりだ、簡単にやられるなよ』 『配置に付いたよ。気を付けてユーチェン。テツは“インセクト”からの映像を確 認して』 『了解……』  飛び交う無線を頼りに各自の行動を信じて、全力を尽くさねば。  サイキック兵。二人とも黒いボディスーツと上半身はネイビーのアーマー、マス クとヘッドギアを装着している。あのマスクとヘッドギアは密輸船で見た物だ。  十五メートルの所で距離を保ち睨み会う。お互いサイキックだ。手の内を探り合 っている。  トラックを投げる程の強力な念動力。私も同じぐらいの力はあるが、スナイパー を警戒したままでは全力は出し切れない。念動力で側にあった道路標識を地面から 引き抜いた。さっきのトラックの礼に投げ付けてやる。  シールド使いが前に出て来た。こっちの動きを読んで守りに入るらしい。裏を返 せば、念動力で受け止めるよりシールドで守った方が確実。  つまり――念動力の有効範囲は短いと考えられた。  心配なのは“拮抗”が発生した時だ。サイキック同士の力が、衝突し合った時に 起きる目には見えない押合い。  密輸船ではパイロキネシスのサイボーグに、完全に力負けして追い詰められた。  何よりも、私自身がサイキックとの戦いに不慣れだった。  しかし、これ以上躊躇する訳にもいかない。引き抜いた標識を槍の様に一直線に 投げ付けた。前に出たフォースシールドに弾かれて標識が建物の二階部分に突き刺 さる。サイキック兵二人がこちらへ向かって来た。  スナイパーが気掛かりだか、鉄志が何とかしてくれると信じて、仕掛けるしかな い。ガードに使っていた九尾を大きく展開させた。  二本をバネにして真っ正面から飛び掛かる。四本の尾をフォースシールドに突き 立てるが、予想通り弾かれてしまい、吹き飛んだ尾に身体を引っ張られた。その遠 心力でもう一人のサイキックに尾を振り下ろす。  直撃は免れたが、大きく抉れたアスファルトの破片が念動力のサイキックを怯ま せる。フォースシールドのサイキックが向かって来た。体当たりでもする気か。  咄嗟に念動力でシールドを掴もうと試みるが、それすらも弾かれる様な感覚と共 に、衝撃で身体を押し倒されてしまった。早く立ち上がらないと。  フォースシールドか、念動力か、先にどっちと戦う。迷いかけた瞬間、蓮夢の撃 つライフルがフォースシールドを抑え込んでくれた。更に何処からともなく鵜飼が 頭上からフォースシールドを後ろから一直線に斬り裂き、間髪入れずに胸元を突き 刺して仕留めた。  そうだった、今の私には――“仲間達”がいたんだ。  しかし、このサイキックだけは私が倒さないと。立ち上がり念動力のサイキック に向き合う。既に首筋を掴まれている様な気配を感じた。  九尾を動かす時間もない。サイキックが突き付ける両手に向かって右手をかざし た。やはり思う様に念動力が使えなかった。周りの空気が小刻みに震えている様な 錯覚が覚えた――“拮抗”している。  一瞬でも気を抜こうものなら、首をへし折られるか潰されてしまいそうだ。伝わ って来る。殺意ではなく強く念じるものを。  どうすればいい、相手の能力を抑え込んで自分の能力を押し通すには。その対処 法もコツも分からなかった。もはや念じる以外に方法がなかった。  こんな所で負ける訳にはいかない。先へ行くんだ、邪魔をするな、そこを退け。  私には切り札が残っている。しかし、それを使った瞬間、念動力が一消える。衝 撃波が先か、コイツの念動力が先か。危険な賭けだ。  邪魔をするな、そこを退け。私の心とは違う、何か凶暴な衝動が込上げ、全身か ら噴き出してしまいそうだ。  首を絞め付ける息苦しさに耐えながら、二本の尾を地面へ突き刺して身体を持ち 上げる。ジャラを助けるんだ。邪魔をするなら潰す。  これが私の意思なのか本能なのかは分からずに放った衝撃波。念動力のサイキッ クは、ひしゃげた地面ごとにめり込んだ。念動力が消えて鋼鉄の九尾がガラガラと 崩れ落ちる。膝をつき、身体で呼吸をする。 「ユーチェン、大丈夫?」  蓮夢が傍に寄って来て、両肩を摩ってくれる。 「大丈夫……」  今度は鵜飼が手を差し伸べてきた。その手を握り立ち上がる。久し振りに大きな 衝撃波を放ったせいか、大分力が抜けていた。  やはり衝撃波は、感情の起伏に左右され易い様だ。 「また、押し負けそうになってたな……」 「悔しいけど、どうすればいいのか分からない……」  鵜飼には見抜かれていたか。念動力の感覚が戻ってきたので、九尾を掴んで畳み 込み、フックとワイヤーを絡めてしまう。 「みんな無事だな……」  合流した鉄志の眼は、この場の獲物を狩り終えて、満足げな狼の様に研ぎ澄まさ れていた。  地の利を得た狙撃手と兵士に挟まれ。正面からは迫って来るサイキック達。苦戦 は必至だったが、即座に対応を定めて全員を行動させた鉄志の決断力の勝利だ。  蓮夢の言っていた通り、生粋のリーダー気質で頼り甲斐がある。  ライフルの残弾を確認し、予備のマガジンに交換し終えると、行くぞと首で催促 する。これ以上は邪魔なく中央の辿り着きたい。  少し歩いたところでふと振り替えると、蓮夢だけはその場にしゃがんだまま、い そいそとサイキック兵の亡骸を探っていた。 「蓮夢、行くぞ。中央はすぐそこだ」  返事もあやふやに、アーマーからポケットまで、なりふり構わずに探っていた。 「おい、早くしろよ!」 「ちょっと待って! 情報が欲しいんだ、サイキック兵の……何かある。今の内に 手に入れておかないと……」  鵜飼を睨んで牽制する。二人とも苛立っていた。  こんな状況では、何が役に立つかなんて分からない。しかし、蓮夢の着眼点は侮 れないものがあるだけに期待もある。  攫われたサイキック達のリストこそあったが、サイキック兵達の装備や運用方法 の様な具体的な情報はほとんどなかった。  戦えば強敵。しかし、倒すべき相手ではない。蓮夢の回収する情報の中にウィー クポイントとなるものがあればいいが。  サイキック兵の瞼を下ろして、丁寧にヘッドギアとマスクを外す。ケーブルを取 り出し、ヘッドギアの内側にある接続ポートと左腕を接続した。蓮夢の右腕は端末 やバイザーと繋がったまま配線まみれになっている。  サイキック兵のマスクを調べる蓮夢につられる様に、全員が食い入る様にマスク を見つめていた。マスクの内側から漏れているはガスだろうか、空気を歪めて揺ら いでいる。  蓮夢がマスクを口に当てて、ガスらしきものを吸い始めた。ギョッとしたが、誰 も何も言わなかった。死に繋がる物ではないだろうけど。得体の知れない物に躊躇 しないところは、蓮夢がドラッグの類いに慣れている事を示していた。  褒められた事じゃないが、今はその経験や知識に頼るしかない。 「これ……多分ヘロインだ……。それもかなり強力だよ……」  両手を突いて、息を荒げる蓮夢を鉄志が支えている。サイキック兵が曝されてい る状況を知る度に、ジャラの顔が浮かび息苦しくなって行く。  私の弟に――麻薬を与えているというのか。 「でも何か違う……。朦朧とした感じがヘロインっぽいけど、意識がやたらハッキ リしてる……」 「幻夢の秘薬」  冷静な分析。腸が煮えくり返りそうな私。そこに意外な者からの言葉。蓮夢と鉄 志が鵜飼を見上げていた。 「甲賀の秘薬に似たようなのがある。五感を麻痺させず意識を混濁させる物だ。製 法は話せないが、ヘロインとは相性がいい筈だ……」 「そんなクスリ、何に使うんだ?」 「人を操る際に使う秘薬だ。併用して上手く暗示をかけて洗脳すれば、複雑な作業 も出来る。何処の流派にも似た様な術は存在するが、甲賀の秘薬は更に強力だ」  へたり込んだまま呼吸を整えている蓮夢を余所に、淡々と話される甲賀の秘薬。  今、ジャラはどんな状態で此処にいるのか。サイキック兵全てにこの処置が施さ れているのだろうか。  衝撃波を放った後だからなのか、感情的が抑えきれない。――私の弟によくも。 「このヘッドギアからは、片通で音波レベルのシグナルが送られてきてる。これっ て、まさか……」 「戦う意思のない者まで、戦場に投入させているのか……」  このヘッドギアからはアクセスは出来ず、一方的にサイキック兵を操っていると 言う訳か。あの時、密輸船で粉々に破壊していれば何かが変わっただろうか。考え るだけ馬鹿々々しい事だけど。  許せない、こんなふざけたシステムを考えて作った奴に。忍者の秘薬をこんな事 に悪用する事を容認した伊賀流の望月に。同じサイキックでありながらサイキック 達を、私の弟を兵器の様に扱うイワン・フランコにも。――許さない。  三人を背に黒狐の面を外して、深呼吸をする。目の前にある建物の入り口を支え る、四本の柱と屋根を念動力で引き千切った。  瓦礫を中央に集めて、衝撃波で吹き飛ばした。轟音と土埃を立てて建物に大穴を 開けてやった。  後頭部から三人の視線を感じる。大丈夫、これはサイキック九尾の黒狐の怒りで はない――リィ・ユーチェンの怒りだ。  こんな八つ当たりで収まりがつく訳じゃないが、少しは引っ込める事が出来そう だ。黒狐の面を被って振り向く。 「急がないと、ジャラが心配だ……」  静かに頷いてくれる三人が私を勇気付ける。焦らずに急ごう、此処に至るまでに 得た全てを使ってジャラを救うんだ。猛り荒ぶる妖は手前に閉まっておこう。  この退廃した島国で、私は変わったのだから。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません