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12.― JIU WEI ―  重厚な金切声を上げながら、天井が大きく開き切った。突如、第二船倉のハッチ が開き出したのだ。外の光と共に、冷気も入り込んで来る。  それにしても、甲板に高々と積まれている企業ロゴの入った色鮮やかなコンテナ とは違い、ここに積まれているコンテナは酷くボロだった。元の色が分からないぐ らい赤錆びている。  こんな物に、ジャラや人々を詰め込んで運んでいたというのか。想像するだけで 怒りが込み上げてくる。  上の方のコンテナは確認していないが、彩子さんと共にかき集めた情報通りの兵 器が積み込まれていた。  大型オートマタに軍用ドローン。そして高速戦車。軍隊でも作る気なのか。  鵜飼の立てた計画に従い、あの女忍者がビルに仕掛けた“危険物”、爆弾を船首 の方に仕掛けた。万一の際に使うそうだ。  第二船倉にある密輸品の証拠画像も、警報のお陰で見張りがいなくなり、無事に 収めて鵜飼に転送できた。  鵜飼と共に、この巨大な密輸船に忍び込んで三十分が過ぎた。今のところ予定通 りに進行している。  流石は忍者だ。潜入のスキルや知識は一級品である。私や彩子さんでは得られな い情報とアドバイスばかりだった。この短期間でこれだけ出来れば上出来だ。  CrackerImpが手に入れた情報と、鵜飼が手に入れた情報があれば、海 楼商事と言えどもダメージになる。その隙をCrackerImpなら、きっと見 逃さない筈だ。――答えが目前にありそうな気がする。  鵜飼は情報を手に入れたのだろうか。こちらから通信はしないルールになってい る。迂闊に連絡すると見つかるリスクがあるからだ。鵜飼の方が、潜入している場 所が厳しいのは間違いない。  役目は果たした。警報も鳴り止みハッチも開いている。鵜飼の連絡を待つか、鵜 飼と合流するか、離脱するか。  鵜飼曰く、見付からずに済むのなら、撤退すべきだと言っていた。常に忍耐との 勝負。好機が訪れるまで辛抱強く構える事が大切だと。  その理屈なら、役割は果たしたので、ここを離れて安全を確保すべきなのだろう けど、万が一鵜飼が見付かった時の事を考えれば、まだ離れるべきではないか。  しかし、鵜飼の連絡を待つにしても、身を隠し時間を潰すのも勿体ない。上のコ ンテナも調べてみるか。ワイヤーを引いて九尾を放つ。  二本で身体を持ち上げ、もう二本はコンテナとコンテナの隙間に食い込ませて上 へ登っていく。自分の身体に念動力が使えれば、浮き上がれて便利なのになと、時 々思う時がある。出来るのは、地道に登るか、浮かした物に乗ってバネの様に飛び 上がる事ぐらいだ。  一番上の、真ん中にあるコンテナの鍵を念動力で潰して扉を開けて中へ入る。途 端に鼻を劈く酢酸臭に不快を覚えた――今までのコンテナと違う。  ペンライトで周囲を照らすと、大きなハードケースが幾つも積まれていた。一先 ず画像に収め、その中の一つを取り出して中身を確認してみる。  中には黒いマスクと、ヘッドギアだろうか、頭に装着する物の様に見える。両耳 はヘッドホンの様に塞がれてる。そして筒状の透明なケース。  ケースの中には、濁った白い液体が波打っていた。これから酢酸臭がする。  これまでの重々しい兵器とはまるで違う、何処か不気味な雰囲気が漂う装備品に 感じた。何か漠然とした不安を抱き始めている。  一つ持ち帰ってみるか。どの道、ここにある物は警察が取り押さえる。薬品らし きものが入ったケースをズボンポケットに入れようとした瞬間、背筋を駆け上がる かの様な――殺気に戦慄を覚えた。  咄嗟に振り見き後ずさったが、巨大な何かが振り下ろされたその風圧に吹き飛ば され積まれたハードケースに叩き付けられる。火花を散らし、金属が金属を叩き付 ける様な甲高い衝撃音がコンテナを震わす。  落としたペンライトが、その者の足元を照らす。回収しようとしていた白い薬品 はケースが割れて地面に広がっていた。  その全貌は暗闇のコンテナの中では分からなかった。分かるのは赤く閃光する眼 と静かな殺気だけだった。  この状況で確実な事は一つ。――ここを出ないと殺されると言う事だ。  八本の尾で上半身を包み闇雲に突っ切る。襲ってきた者が掴みかかって押さえ込 もうとするが、残った一本の尾を地面に突き刺して思い切り突っ張り、コンテナの 外へ押し出した。  そいつごと真っ逆さまに落下する。尾を地面に当てて衝撃を吸収しつつ少し飛び 上がって距離を取った。相手も、落下を難なく凌いでいる。襲って来た者の全貌が 明るみに曝された。  全身をダークグレーのボディーアーマーで身を包み、フルフェイスの無機質なメ カヘッドは時折、目の部分が赤く光っている。  何より異質なのは、あの風圧を生み出したであろう右腕だった。肩から手まで一 メートル半はある。真っ黒で機械的な三本指のアーム、腕から肩にかけて鋭利なナ イフの様なトゲが無数に飛び出していた。見方によっては、黒い翼の様に見える。  紛れもない――戦闘型のサイボーグだ。  しかし、ここまで身体を機械化してる者を見るのは初めてだった。この密輸船の 用心棒だろうか。只成らない出で立ちからは、絶対的な力を感じさせる。間違いな く強敵だ。 『ユーチェン、こっちの作業は終えた。間もなく警察がやって来るだろう。そっち の状況は?』  骨伝導のイアホンから鵜飼の声が響く。やっとか。  鵜飼の言っていた事は正しいと思う。弟のジャラを助けても、私がいなければ意 味がない。  それでも構わない。あの子を助ける為に私は今日まで、獰猛な九尾の狐として生 きてきた。そしてそのツケが回って来たのだ。  鵜飼の真意は分からない。しかし、正体が広く暴かれてしまった。きっとこのま ま無事に済むとは思えなかった。サイキックへの対処法も手に入れた行政と忍者を 相手には太刀打ちできない。それどころか、彩子さんとCrackerImpだっ て巻き込んでしまう。  鷹野って人は悪い人ではなさそうだったが、声の感じで分かった。最後にはジャ ラや彩子さんを盾に、私を抑えようとしていると。  あの場では鵜飼を拒む事は出来なかったし、実際私達は手詰まり気味だった。 「問題ない……こっちも離脱する。後で落ち合おう……」  呼吸と整えて、小声で鵜飼に伝える。  今、大事な事は鵜飼の任務を完遂させる事だ。人知れずに海楼商事の悪事を白日 の元に曝せればいい。  その為には鵜飼をここから遠ざけないと。私がコイツを食い止める。  サイボーグは静かにこちらを見ていた。お互い表情が見えない出で立ち。故に気 配が際立っていた。  尾を六本浮かして身構える。余力を残して隙を減らす。鵜飼のアドバイスだ。  サイボーグがゆっくりとこちらに歩いて来る。右腕を盾の様に構えていた。パワ ーに関しては奴の方が上だが、リーチと手数ならこっちが上だ。大丈夫、やれる。  こちらもサイボーグへ向かって行く。五メートル圏内に入ったら、すぐに仕掛け てやる。  サイボーグが間合いに入った瞬間、右側の三本の尾を打ち出す。何時もより強め に、並の人間なら骨が砕けて何メートルも吹っ飛ばせる程の力を込めるが、サイボ ーグはあっさりとそれを振り払った。払われた尾に身体が引っ張られる。  パワーも反応速度も予想以上だ。――人間の理屈では戦えない。  よろめいた体勢を無理に直さず、流されるまま左側の尾をサイボーグに向かって 突き出す。折り畳まれたサイボーグの右腕は、ほぼ全身を覆う盾だった。これだけ 強く打ち付けても全くよろめかない。見た目以上に相当な筋力、或いはボディーア ーマーや筋肉そのものにも細工されているのかもれない。  どうにか一本の尾がサイボーグの左肩に当たるが、大してよろめく事もなく反撃 してきた。必殺級の剛腕を惜しみなく振りかざして来る。  サイボーグの右腕は刃物の塊だ、何処に触れてもズタズタにされてしまう。手数 で押していくしかない。余力を残す余裕なんてなかった。  距離を取って九本全ての尾を繰り出す。上段から下段まで絶え間なく尾を突き付 けた。サイボーグが後退を始める。このまま押し切れるか。  尾を扇の様に重ねて一度に打ち上げ、そのまま振り下ろす。九連撃に黒い尾と翼 が激しく火花を散らした。  下ろし切った勢いで一回転、今度は右へ左へと振り回し、その勢いで回し蹴りを お見舞いする。サイボーグの顔面にヒットした。大した威力ではないが、サイボー グがよろめいた。  渾身の念動力を込めて、九尾を振り回し、サイボーグを薙ぎ払う。数メートル先 まで転がって崩れたが、いまいち手応えがなかった。  サイボーグはすぐに姿勢を整えて立ち上がる。気怠く首を軽く回して、両肩をほ ぐす様に回していた。寸前で攻撃をいなされていたのかも知れない。  戦闘を楽しんでいる様な雰囲気をひしひしと感じる。九尾で薙ぎ払い、叩き伏せ られる様な相手ではないらしい。――ならば、衝撃波で仕留める。  サイボーグが迫って来る。仕切り直しだ。  次は攻めさせてやる、良いタイミングが訪れるまで誘い込んでやるんだ。  それにしても、戦闘型のサイボーグがここまで強いものとは。数年前までサイボ ーグ技術は医療面や補装具の究極系と言われていたのに、今では補うどころか、人 間以上の力を獲得する手段になっている。  九本の尾を絶え間なく繰り出しタイミングを見計らう。サイボーグは攻撃を受け ても、ほとんど怯まない。  この鋼鉄の九尾。大きなオートマタだってよろめく。忍者は必死に避けようとす る。なのにコイツはオートマタより頑丈で忍者の様に――強かだ。  サイボーグが勢いよく右腕を突き出して来る。横にかわしてよろめくが、これも 計画の内である。予想通り追撃に迫って来た。このタイミングが欲しかった。  右手をかざし“掴む”目安を図り、サイボーグの全身を念動力で拘束した。やは り力が強い。こっちも何時も以上に力を加えた。念動力でこれだけ反発を感じた事 は初めてだった。右手がふるふると震え、脳を拳で押し潰されている様な不快な痛 みが侵食してくる。  それでも動きは封じた、近づいて衝撃波でコンテナにめり込ませてやる。少しで も気を緩めば、拘束を解かれてしまいそうな程の強力な反発。一体、何が起きてい るのか――何なんだ、この感覚は。  サイボーグは足掻く動きを止めると、事もあろうにゆっくりと両腕を戻し、重々 しく一歩踏み出してきた。何故動けるんだ、こんな事あり得ない。  確かに念動力で掴んでいる。両手足、胴体に首。首に関しては呼吸だって困難な ぐらいの強さで締め上げているのに。――何かが邪魔してる様な感覚。  三メートルの距離、サイボーグは歩みを止めると左手をこちらにかざしてきた。  これでもかと言うぐらい力を込めているが、これ以上締め上げるのが限界の様な 気もしてきた。サイボーグの左手が何を意味するのか、どこか嫌な予感がする。も う衝撃波を放つべきか。  ふと気付くと、視界が陽炎の様に揺らぎ始め、じわりと熱を感じ始める。  異常な熱さに身体が震え始めた。その熱の根元はサイボーグがかざした左手から ではなく、無機質な頭部から伝わってくる様だった。  一瞬で視界が真っ赤に染まり、自分の周囲が燃え始める。熱さとも痛みとも分か らない苦痛が全身を覆っていく。  堪らずに衝撃波を放った。巻き上がった炎ごとサイボーグを吹き飛ばす。苦し紛 れの衝撃波ではサイボーグには浅かった。  力が抜けて膝から崩れる。在り得ない話ではないが、こんな事は認め難い。こん な化物が、この世に存在するなんて。  このサイボーグ、サイキックだ。それも――“パイロキネシス”を使いこなす戦 闘型サイボーグ。  しかもサイキックとしての特性や力の使い方も知っているらしい。私よりも遥か にベテランだ。  やっと分かった、私の念動力が上手く効かないのも、ヤツの感脳波が妨害をして いたからだ。サイキックの感脳波にこんな使い方があったとは。私には、そのやり 方が分からない。何もかもが上手で手の打ちようがない。  見上げるとサイボーグが目の前に立っている。右手の三本アームの下部から鋭利 な刃が飛び出している、今まさに振り下ろそうとしていた。  まだ念動力が使えない、あと少しなのに。避け切れないにしても、致命傷を避け る為に必死に動こうとしたが、サイボーグの右手は身体に触れる事なく寸前で止ま っていた。――鵜飼。  サイボーグの剛腕を、刀と全身を使って、的確に衝撃を受け流して食い止めてい た。鵜飼の鋭い眼光がサイボーグを睨み付けている。  サイボーグが三本アームで刀を握った瞬間、鵜飼は刀を手放しサイボーグの股の 下を潜り抜け、サイボーグの背中と肩を右手に隠し持つ刃で切り付けた。サイボー グの背中から青白い火花が飛ぶ。そのままバック転数回でサイボーグと距離を取っ た。  得物を躊躇なく手放して次の攻撃へ繋げる。大胆で強か。やはり鵜飼は強い。  こっちも念動力が“戻ってきた”。鵜飼の方へ向き、背を向けたサイボーグの足 に尾を絡ませて引きずり、向こうへ投げ飛ばす。  鎖を地面に投げ掛けて器用に刀を手繰り寄せる。早足に鵜飼の元へ合流した。 「ったく、何が“問題ない”だ。無茶しやがって……」  声量は小さく、少々呆れた調子で言われる。視線はサイボーグから一瞬たりとも 離す事なく。  サイボーグは既に姿勢を立て直してこちらを見据えている。相変わらず余裕ぶっ た鼻持ちならない雰囲気を放っていた。 「何故、離脱しなかった? お前だけでも隠密に目的を果たしていれば後は……」 「そう言うの、一旦後回しにしろ。先ずは俺達とお前と彩子、全員で目的を果たす んだ。犠牲はなし、いいな?」  そう言うの。とは、つまり懸念がやはり的中したと言う事か。――いずれ鵜飼は 私達に牙をむく。  確かに今は、あのサイボーグに集中すべき時だが、後回しにして一体何になると 言うのだ。 「鵜飼……」  鵜飼の言葉をどこまで信用すればいいのか。今はまだ図り兼ねる。  でも助けに来てくれた。今は命拾いを良しとして、目の前の強敵を退く事に集中 するしかないのか。どこまでやれるか、凄腕の甲賀流と二人がかりとは言え、あの サイボーグも相当な規格外だ。 「それにな、トンズラするにも出来ない状況なんだよ。聞こえるだろ、上だ」  サイボーグ相手に必死になっていて気付かなかった。頭上から聞こえるけたたま しいプロペラ音。解放されたハッチに覆い被さる様な真っ黒な影。  大型のヘリかと思ったが、その正体はドローンだった。それも空輸用の超大型ド ローンだった。  奴等、全てを空輸で持ち去るつもりか。このままだと警察が来る頃には全てを持 って行かれてしまう。阻止しないと。  あの化物みたいなサイボーグと戦いながら、どうやって阻止する。

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