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11.― DOUBLE KILLER ―  漫画喫茶か、十四、五の頃だな。仲間達と一晩中屯ってた記憶が微かにある。そ れ以来、利用した事はなかった。  俗っぽい外観とは裏腹に内装は綺麗に整っている。SF映画辺りがテーマなんだ ろう。光沢感のある黒い床と壁には、幾何学模様が施されコーラルグリーンの光を 放っている。  カウンターで店員と話している蓮夢を横目に、十冊程度の漫画本とエナジードリ ンク二本を指示通りカゴに放り込む。  黒いレザーのライダースジャケットとパンツ。インナーとウィッグはワインレッ ドに合わせている。本人には言わないが、今日はワイルドで男らしい容姿だった。 「お待たせ! あ、コレ違う……。ロゴがピンクのヤツって言ったじゃん」 「ピンクだろ」 「どう見ても赤だし」  緑、青、黄色、他に赤系のが何種類かあったが、どれも微妙な違いにしか見えな かった。そもそも、何故こんなに種類が多いんだ。 「まぁ、言われてみれば赤か……。代えて来るか?」 「いいよ、勿体ないし。早く部屋に行こう」  共有スペースを出て階段を上ると、個室が並んでいる。  蓮夢の表情は会った時よりも少し明るくなっていた。本人は隠せてると思ってい るのだろうけど、夜の仕事をした次の日の蓮夢は、何時も――すり減っていた。  始めは知った事じゃないと気にしない様にしていた。頭ごなしにそれを否定すべ きじゃないとして、割り切る様に努めていたが。やはり気がかりだった。蓮夢の話 すセックスの話をどう聞けばいいのか、やさぐれて失望してる目をどう受け止めれ ばいいのか、何時も目を背けていた。  あの雄也とかいう男一人でも殺してしまえば、幾らかマシになるだろうか。そん な考えすら過っていた。 「部屋に入ったらソファがある。そこに座って漫画本を読んでるフリしてて、動か ずに五分ぐらい。部屋に隠されてる監視カメラの映像を取り込んで、リピートした 映像に差し替えるから」  馬鹿な事を考えていると、蓮夢から指示が入る。個室にカメラが仕込まれている というのは、どんな理由でだ、良い趣味とは言えないな。 「部屋に隠されてる事をどうやって知った?」 「下調べでね。この店のシステムにハッキングした時に見つけた。今はこの建物の 全てのシステムを乗っ取ってある。セキュリティも、防災システムも、この漫画喫 茶の帳簿も会員情報も全てね。このお店には悪いけど、最終的には全てのシステム を破壊して痕跡を消す。外は“エイトアイズ”が周辺を警戒中って状況だよ」 「全て、お前のコントロール下にある訳だ。わざわざ此処を選んだ理由は?」 「部屋に入ればわかるさ」  こうして普通に話して歩いているだけなのに、頭の中では高等なマルチタスクを 狂いなく正確に行っている。そんな風には見えないだけに不思議に思える。  カードキーを使い部屋のドアを開けると、六畳ほどの部屋に一人用のソファ、奥 にはゴツいゲーミングチェアと、妖しく光り輝くデスクトップが置いてあった。  内装は全体的にシックで、落ち着いた空間になっていた。間接照明も暗過ぎず明 る過ぎずで、集中して作業をするのに適した雰囲気だ。  蓮夢が横目にサインすると、エナジードリンクを開けて飲みながら真っ直ぐデス クトップを開いて、オンラインゲームを物色し始めた。言われた通りに演じるか。  ソファの前のテーブルに漫画本を積み、ソファに凭れながら漫画本を読む。こう やって漫画本を読むのも十代の頃以来だな。良い思い出がない。  ガキの頃はまともに漫画本なんて買えなかった。あるのは古雑誌ばかり。  それでもあの場では良かった。外に出る様になって、それまで自分達が読んでき た物が――数年前の物語ばかりだった事を思い知った時だ。  ほとんどの連中は気にせず双方を楽しんでいたが、俺は萎えてしまって、漫画の 類いに興味が失せてしまった。  今こうして、何となく漫画を集中して読んでみるが、何も感じなかった。シケた 思い出のせいか、鬱のせいか。  姿勢を動かさずに蓮夢の方を見る。湾曲した大きなモニターには、戦略シミュレ ーション物のゲーム、それを食い入る様に、それっぽく遊んでいた。あの手のゲー ムなら動きも少ないから、今の状況に適している。 「いいよ、映像を差し替えた」  リュックから取り出したノートPCをテーブルの上で開く。モニターに部屋にい る二人が映っていた。繋ぎ目も分からないぐらい綺麗に編集されている。脳内でこ れをやっていたのか。  蓮夢はジャケットを脱ぎ捨て、カメラの隠された位置へ椅子を運んで上がる。ガ ムテープで壁に埋め込まれたカメラを塞ぐ。 「何故、隠しカメラなんか……」 「ラブホ代わりに使う馬鹿がいるんじゃない? その対策とか、或いはその手の映 像を高く売るとか、何にしてもロクでもない理由だろ」  椅子か降りて、デスクトップパソコンの位置へ戻し、リュックからケースを取り 出し中身をデスクへ置く。基盤の様な物が四枚と精密ドライバーだった。 「此処を選んだ理由は三つ、ハッキングに自分の端末を使いたくない。中央区と港 区から離れてる。そして三つ目の理由がコレ」  蓮夢は話をしつつ、デスクトップパソコンをシャットダウンして、デスクの下へ 潜り込んでコンセントを外す。 「余程、性能がいいパソコンなんだろうな」 「そう、eスポーツの世界大会なんかに出る連中もわざわざ此処の使うってぐらい のカスタムマシン。俺のデジタルブレインと直結するなら、最低でもこれぐらいの 能力は欲しいところだね」  一流は道具を選ばないなんて、よく言ったものだが、蓮夢の業界では通用しない らしい。腰を上げ蓮夢の傍へ行く。  蓮夢はPC本体の大型ケース、二か所に付けられた南京錠を確認すると、ポケッ トから小さなレザーケースを取り出す。中には特殊形状の細いピンが数本入ってい た。 「ピッキングできるのか?」 「ハッカーの嗜みってヤツ。この端末のメモリだけは増設しておく。これだけの為 に高い買い物だったよ……」  手際よくピッキングツールを南京錠の鍵穴へ差し込み、慣れた手付きでカチカチ と二本のピンを動かして、あっさりと開けてみせた。もう一方の南京錠もほんの数 秒で開けた。  PC本体のケースを開け、複雑の入り組んだケーブルや基盤の中から迷う事なく 四枚の基板を外し、用意した四枚と交換する。知識のない者から見れば、惚れ惚れ する手際の良さだった。 「報酬に見合っているのか?」 「今回は大赤字だね。正直、ここまで大事になるとは思ってもみなかったよ」  笑えない話に微笑を添えながら、デスクトップPCを起動させる。テーブルのノ ートPCをデスクへ移し、腕に接続するコネクターのワイヤーを伸ばす。  蓮夢が幾らぐらいの報酬で動いているのかは知らないが、大体の相場は分かって いる。愚かだと思う反面、それでも意欲的に仕事を続けている熱意には尊敬の念を 覚えていた。  これもまた、今後の投資や財産になるという確信を持っているのだろう。  脆くて、悲観的な一面もあるが、総合的に見て蓮夢の心は前を向いていた。 「そうだな、俺もヤクザを数人仕留めて終わりだった筈なのに……」  あれで俺の仕事は終わりだと言って、報酬の回収だって他にやらせればよかった のに。――流され易い性分か。 「俺も鉄志さんも見通しが甘かったね」 「俺の場合は貧乏クジだよ」  蓮夢の飲みかけのエナジードリンクを一口もらう。おそろしく不味かった。  「これでよし。始める前に確認するけど、おそらく侵入から一八〇秒ぐらいで逆探 知されると思う……」  袖を捲り、ゲーンミングチェアに座る。左腕にインプラントされたポートにノー トPC、デスクトップPC、そして自作の拡張バイザーを接続した。三本のケーブ ルを束ねて腕に一回り巻き付ける。 「海楼商事の手下が来るなら、中央区からだろうな。二十分そこそこだ」  これだけ入念なリサーチと準備をしながら、決着が着くのが僅か数分とはな。想 像を絶する速さと、莫大な情報量。  俺の戦って来た世界とは、全く違う世界の戦いだ。普段その手の事は任せっきり なだけに、蓮夢が今やっている事、言っている事の一つ一つが興味深かった。  とは言え、数十分後には俺の世界での戦闘を想定しないとならなかった。荒神会 の様なセミプロじゃないプロとの戦闘を想定しておかなくては。 「それを少しでも遅らせつつ、セキュリティAIの“ガーディアン”と戦いながら 中枢まで潜り込む。その間に可能な限りのマルウェアをばら蒔いてね。それも上手 くいかなかったら、せめて“ガーディアン”の正体でも暴いてやるさ」  自信のなさそうな物言いに思えるが、現実的とも言える。蓮夢のデジタルブレイ ンを以てしても“ガーディアン”は余程の強敵らしい。 「実際、あのビルを攻略するのに何が一番有効なのか……」 「正直、鉄志さんの案がいよいよ現実味を持ち始めた様な気がするよ。奴等、隙が なさ過ぎる……」  バイザーを額にかけたまま、神妙な面持ちでモニターを見つめている。原始的な 俺の案。武装して直接乗り込む案だ。  蓮夢はそれを視野に入れて、既に覚悟を決めている様に見えた。 「直接、乗り込むのか?」 「鉄志さんが今度、入り込んだ時に決まるよ。その時の為に“鍵”も必ず手に入れ る」 「“ガーディアン”ってのは、そんなに手強いのか?」 「スペック的な事を言えば、俺より上だよ」  モニターから目を離さず、軽快なタイピング入力で着々を準備を進めている。モ ニターは既に幾つもの窓が展開され、濁流の様な勢いでコードが流れている。 「そんなにか」 「アップグレードはしてるけど、もう七年だからね、デジタルブレインも……。こ う言うの、日進月歩って言うんだろ?」  タイピングを止めて、蓮夢が見上げて来る。両目の奥の方で、微かに赤い光が揺 らめいている。――サイボーグの眼光。  蓮夢の持つ能力、或いは性能と言うべきか。それはデジタル化されたデバイスで ある以上、限界を超える事は出来ないと言うジレンマを抱えているらしい。 「でも俺にも、ハッカーの意地ってものがある。勝てないにしても、只じゃやられ ないよ」  意地か、悪くないな。決して交わらないものを内包して矛盾に曝されても、蓮夢 には確かな意志があった。  そんな蓮夢を見ていると、そんな限界だって超えられるじゃないかって気もして くる。この手の分野に疎いせいもあって尚更だ。 「期待してるぞ、蓮夢」 「名前呼ばれる度に、胸キュンする。パフォーマンスが落ちるから、マジやめて」 「なんでだよ……」  エナジードリンクを飲み干してバイザーをかける。変に意識されると、こっちま で妙に意識してしまう。これは俺に非があるが、よく今まで名前を呼ばずに会話出 来ていたなと思う。 「さてと……あとは“デコイ”達を招集っと」 「デコイ……。囮か?」 「個人活動で名を上げたがってるハッカー連中。上手くいったら自分の手柄にして もいいって話で手伝ってもらうのさ。俺の作ったハッキングプログラムも渡してあ る。俺とデコイ達、四人で一斉に仕掛けて“ガーディアン”を攪乱させる」  ワイヤレスのヘッドセットを手に取る。これだけ見てるとオンラインゲームする 連中と大して変わらないな。 「お待たせ、調子はどう?」 『遅いぞ、CrackerImp』 『あんたの組んだプログラム、とんでもない代物だね』 『あ、初めまして。CrackerImpさんと一緒にやれて光栄です』 「再度、確認するけど、ヤバいって思ったら回線を切っても構わないからね。作戦 中の会話は禁止、お前等まで逆探知される可能性がある。その後のトラブルには責 任は持てないから、そのつもりで」 『へっ、最近名前が売れてるからって偉そうに、お前の手なんか借りなくても俺の ハッキングプログラムで充分なんだよ』 「好きに暴れるといい。このシステムを制覇したらハッカー界隈から注目されるの は間違いないから、みんなも自由にアプローチしてね。それじゃ、配置について」  ヘッドホンから漏れる声を聞く限りでは、威勢のいい男と、女、そして十代そこ らの子供と言った面子の様だった。  この部屋と建物のシステムを乗っ取り、更に他のハッカーを掻き集める。思って いた以上に規模の大きい作戦だ。 「こいつ等、自分が囮だって知らないんだよな?」 「知ってるよ、俺を含めてみんなが囮。そう言う取り決めになってる。俺のハッキ ングプログラムを提供したのは、カモフラージュになるからだよ。それに、俺が出 し抜かれる訳ないだろ? みんなリスクは承知してる」  囮と言う言葉に敏感になり過ぎたな。蓮夢がイワンみたいな事をしているのかと 勘繰ってしまった。 「システムの中枢へ辿り着く競争。連中はそこまで。そこから先は俺が引き継いで システムを奪い取る。尤も、そこまで行けるかどうか……」  何時の間にか取り出していた小瓶から、左手の甲へ白い粉を垂らし、蓮夢は手慣 れた感じで鼻から脳天へ一気に吸い上げた。  鼻から吸い込み口から息を吐くを数回繰り返す。バイザーで見えなない視線は間 違いなく俺を睨んでいる。小言は聞きなくないと言っている様だった。不本意だが 今日ばかりは黙っておこう。  手の甲に残ったコカインを舐め取り、軽く鼻を啜る。その仕草もどこか艶めかし く映るのだから、本当に厄介な奴だ。 「鉄志さんは時計を見てて、逆探知を察知したら知らせる」 「一八〇秒のカウントダウンと、二十分のタイムリミットだな」 「潜り込むよ……」

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